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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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因果応報



因果応報によろこび、因果応報に泣いた一戦

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 6月23日(日)、息子たちが出場した全国大会まで続く選手権大会は東京第10ブロックの予選3回戦で終わった。

約40校もしくは連合チームの中で都大会に進めるのはわずか2チーム。

この試合は準々決勝だった。

そして、ここで勝てば決勝が見えてくるはずだった・・・。

しかし、この前の春季大会の優勝チームに接戦の末敗れてしまった。

4回までは完封していた息子も、5回裏の相手の攻撃で一発を浴びて均衡が破れた。

1ヒット1エラーで3失点、その後にさらに1失点し、この回で4点を失った。

その回の表の攻撃では一死三塁という先制のチャンス、打席には4番の息子が・・・。

痛烈な当たりが三塁ライナーでダブルプレイになってチェンジ。

そこから相手に流れが変わった。

次の6回に一点を返すものの、反撃もそこまでだった。

終わってみれば1対4。

しかし、この冬に選抜チームで一緒だった超高校級のナンバーワン選手といい勝負ができた。


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 夏の多摩大会が残ってはいるが、この大会で一区切りのように感じ、何だか寂しかった。

息子は先に帰宅し、私は次の早稲田実業中の試合を観てから帰った。

選抜チームで一緒だった早実中の親御さんからも、「いい試合だったのに、惜しかったですね」って言われた。

後の祭りではあるが、敗因を振り返っていた。

野球は流れが大きく左右する。

今日はその典型的な試合だっただけに、久しぶりに悔しい思いになった。

それでも、今までで一番いい試合だった。

あんなに緊張感が続く長い試合は久しぶりだった。

気が付けば、緊張の糸が切れないままに試合は終わっていた。

悔しくて泣いている選手もいたけど、ほぼ力を出し切ったような清々しさも残っていた。

そんな余韻の中で私も帰宅した。

途中で弁当を買って帰り、息子と食べた。

「いい試合だったなぁ」って思わず伝えた。

そして、夜になっても二人きりだったので、外に出てコンビニでアイスクリームを買って食べながら高校受験の話をした。

「僕はもう、野球はやらないよ」って息子から切り出した。

「パパにも、先生にも悪いと思うんだけど、やっぱ高校で硬式野球はしたくない」って・・・。

これは、私自身の卒業なのかもしれないって思い、受け止めた。

息子の野球する姿をずっと思い描いていたので、一瞬、やり場を失ったような感覚になった。

思えば、この子は私が中学生のころよりはるかに立派でかっこいいって思えるし、再び青春の追体験をさせてもらったようにも思う。

そうだ、そうだ、この子の人生だもの・・・。

何がしたいのか、どんな高校生活を思い描いているのか、思い描いていこうとしているのかを話し合った。

この夏は、重く、大切な夏になるってそう思えてきた。

私も覚悟が必要なんだって・・・。

今から客観的な視点で観ながら、少しずつ私自身が子離れをしていかなければとも思えてきた。

この子のお父さんで良かった。

心からそう思い、父親として何ができるかを再び考え始めている・・・。


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# by ikenosai | 2019-06-26 09:37 | のぼーる(野球) | Comments(8)

「もう東京へは行くこともないじゃろう」


 高校3年の夏、自ら青春の幕引きをし始めていた。

最後の敗戦で国体への夢が途絶えてしまった。

高2の夏の国体予選、高3のインターハイ予選、高3の国体予選と全て同じ相手に敗れて、3敗、無残にも勝ち星のない戦績で終わろうとしていた。

秋からの就活、青春にもピリオドをと覚悟していた。

そして、10月に地元のゴムの加工工場への就職が決まった。

しかし、ずっと迷っていた。

こんなもんじゃない。

ここで終わらせるわけにはいかないと・・・。

自分自身に何度も言い聞かせていた。

迷走する先で、父と一緒に工場へ行き、採用を辞退し、謝罪した。

今頃になって思う、父は宙ぶらりんの私をどう思っていただろうって。

そして、さらに迷走する先で陸上自衛隊を受けた。

その次につながる体育学校への希望も兼ねて。

そんなに簡単にはいかないのに、往生際が悪く、情けなかった。

それでも父も母も私の迷走に付き合ってくれていた。



 11月も終わる頃、一発逆転のチャンスが舞い込んできた。

駒澤大学からの体育推薦の話だった。

「ボクシングをしに大学に行く気はないか」というスカウトの電話だった。

しかし、我が家には私を上京させるほどのお金はない。

担任の先生が家に来て父を説得してくれたが、翌日になると「やっぱり無理じゃ、そこまでの仕送りはできん」と父に言われて、半ばあきらめていた。

それでも赤本の学部と授業料のところを見ていて夜学での可能性はないものかとスカウトに電話で聞いてみた。

昼間バイトして、夕方部活に行って、夜の授業を受けるという、ぬるま湯に浸かって生きてきた私には相当の覚悟が必要なチャレンジだったが、運命を変える何かがこの先にはあると信じてお願いした。

数日後、スカウトの方が80キロほど離れた倉敷からはるばる説明にいらして、私と家族は覚悟を決めた。

受験できる学部が法学部しか残っておらず、一般受験に交じって合格平均点の半分くらいは採らないと合格できないし、入学後の授業についていけないとのことで、そこから初めての受験勉強が始まった。

高校受験のときも全く勉強せず、高校卒業後は就職と思っていたので進学のための知識すら持ち得ていなかった。

12月から猛勉強が始まった。

社会は好きだった日本史の問題集に取り掛かり、国語は漢字を中心に自力で、英語は卓球部でお世話になった顧問の先生が毎日、放課後に補習をしてくださり、熟語を中心に勉強した。

冬休みに入り、受験のための旅費を稼ぐために酒販会社で酒の配達のバイトをした。


 3月に入り、受験で上京した。

津山から高速バスに乗って新大阪まで行き、そこから初めての新幹線に乗った。

物珍しさもあってか問題集を持ったままで車窓にくぎ付けになっていた。

名古屋を過ぎて、浜名湖、富士山が見え始め、多摩川を越えて、浜松町から見えた東京タワーに私は無限大の希望を抱いていた。

そして、渋谷からバスに乗って世田谷区の弦巻まで行くと、お世話になる監督の奥様に案内され合宿所に着いた。

春休みで数人の先輩しか残っていなかった。

空いたベッドを借りて二晩泊ることになった。

翌朝は入学試験。

昼には試験が終わった。

午後から東急新玉川線に乗って二子玉川に行き、大学の練習場を案内してもらった。

初めて見る自動改札に困惑してしまった。

夜になって、先輩から「家に電話をしなさい」と言われ黒電話から父に電話した。

受話器を握った私は思わず、「試験はできんかった、だめかもしれん。」とあきらめの境地を父に伝えた。

父からは「いや、お父さんは、お前があんなに勉強するのを初めて見せてもらった。それが本当に嬉しかった。じゃけえ、そんなにがっかりするな。ようがんばったがな。お金を今どのくらい持っとる。もう東京へは行くこともないじゃろう。何日か遊んでから帰ってもええで。思い出を作ってこい・・・。一つだけ約束がある。変な気だけはおこさんでくれいよ。」

その言葉でハッと目が覚めた。

次の日の午前中に東京からまっすぐ帰宅した。

3日ほどして合格の連絡が来た。

私の人生の中で約2番目に嬉しい出来事になった。

そして、両親を連れて入学式に出た。

大学受験は私の一生を左右する大きな出来事だったと思う。

入学後は早朝から働いて、部活して、星空のキャンパスに通う日々が始まった。



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ここから東京へ旅立った(国鉄姫新線 美作大崎駅)






 



# by ikenosai | 2019-06-15 21:04 | お父さんお母さん | Comments(6)

5月後半の食卓


5月もあっという間に過ぎていく!

それでも、食事が作れた日の一部を・・・!



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田舎からの野菜とパスタでサラダを作って・・・


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生活クラブ生協のトマトケチャップで作るパスタ・・・

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ハンバーグを作って、田舎からのグリーンピースを添えて・・・

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ピースご飯と粕汁、スペイン風オムレツはキッシュのようなかたちで・・・

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回鍋肉と海老と湯むきトマトと大根のサラダ・・・

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豚肉と大根、小松菜、キャベツを炒めて・・・

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豚肉は塩と生姜のみでさっぱりと炒めて、田舎からの野菜は煮びたしにして・・・

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昼食にジャージャー麵を作って・・・

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再び回鍋肉、そして、自家製麻婆豆腐、豚汁・・・

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茹でたジャガイモとニンジンをその他の野菜と一緒に炒めて・・・




モノレールが見えるグランドには新1年生が加わり24人に!

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息子は美味しい、美味しいとたくさんご飯を食べているので、
それだけで心地よくありがたい。
5月は京都・奈良・大阪へ修学旅行へ行った。
何度も何度も楽しかったって言っていた。
そして、6月は全国大会へ続く選手権大会。
ラストシーズン、野球部の練習に励んでいる。
悔いのないようにと今から私は祈っている・・・











# by ikenosai | 2019-05-30 09:45 | 食べること | Comments(8)

30年間帰省しなかった「トト」 と 真逆の私


 30年ほど前に観た「ニューシネマパラダイス」
主人公の「トト」ことサルヴァトーレは若かりし頃、シチリアを出てローマへ、
あれから30年の歳月が・・・

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 私は、あの映画を見て以来、虜になってしまった。
そして、1万5千円以上はしたビデオをすぐに買ってから40回ほど観た。

 そんなに観たもんで、イタリア語のセリフも一部ではあるが覚えてしまった。
30年もの歳月が過ぎて田舎に帰った「トト」・・・
気が付けば、あの映画から30年が過ぎて・・・
私は何回も田舎に帰っているので、「トト」と重なるようなエピソードを持ち得ない。

 途中で完全版のDVDを買って、前のビデオは以前に勤めていたフリースクールへ寄贈。
完全版で解ったアルフレードが仕組んだもう一つの真実・・・
私は玉手箱を開けてしまったような感覚になっていた。
観なければよかったと半分は思った・・・

 最初の上映の時、短く編集した根拠が完全版を観て解ったような気がする。
「言わぬが花」そんな言葉を思い出していた。

 それは人生においても・・・って。

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 芸能界の情報、週刊誌やワイドショー、インターネット等々・・・
丸裸にされた著名人がああでもない、こうでもないって、やりたい放題に報道されているのにつけ、人の人生を一つの出来事で決めつけるのもって思った。



最近の我が家の食卓・・・

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豚カツ と 豚汁
(酎ハイも)

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豚肉と魚介でだしをとったスンドゥブ(コチュジャンで辛さを自由に)
(酎ハイも)

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炊き込みご飯、みそ汁、味付けした牛ステーキ肉と豚肉、
もやしのナムル、海老と水菜のサラダ
(酎ハイも)

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すき焼き
(酎ハイも)

家族みんなで夕食を囲めば・・・
それぞれの思いの進捗が分る!
だから、あえて設定している
父の代からの習慣
嬉しい時間・・・!








# by ikenosai | 2019-05-07 10:01 | 食べること | Comments(17)

「ナイン」その11 8強に進めず敗退

 昨日の敗戦で都大会の夢は途絶えた。

前大会の準優勝チームに3対8で敗れた。

2対3で接戦だったが途中からの守備の乱れで流れが変わった。

敗戦へのターニングポイントはツーアウトからのエラーで連続失点。

それでも息子は完投し、得点につながる三塁打を打った。

野球は一人ではできない・・・

しかし、投手の役割は大きい・・・

責任も大きいが、成長も大きい・・・

昨年に比べても成長は著しい・・・

そこに着目すれば、「感謝」しか言葉は出ないはずなのに、私も悔しかった・・・


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 中学生の軟式野球のチームにはそんなに差がないと思う。

まだ成長過程にあって、野球に関する知識も技術も途上の段階。

だからこそ目標設定をしてチーム作りをしていけば変わっていかれるのにと思ってはいる。

それなのに全体の志気はなかなか高まらないまま・・・

先生も苦労している様子。

思えば自分が中学生だったころもそんなもんだったと今頃になって振り返る。

みんなで何かを乗り越えていくのって充実していて楽しいはずなのに・・・

しかし、それぞれの意識の違いなど、温度差もあって、負けた後の悔しさもそれぞれだった様子。

息子は、半ばあきらめていたような表情。

本当は悔しかったと思う・・・

それでも、チームメイトへの不満はほとんど口にしていなかった。

期待はしていたのに・・・

昨日のチームに勝てれば決勝までは行けたと話していた。

確かにそうんな感じで今日、昨日の相手チームの準々決勝を私は観ていた。

10点差でコールドゲームだった。

昨日勝っていれば確実にベスト4。

この悔しさをバネに、次の選手権大会(全国大会へ続く一番大きな大会)へみんなで挑んで欲しい!

中間考査一週間前を切った日の試合が終わり、今日の息子は一日缶詰で試験勉強だった。

(今、深夜0時を過ぎたので全てが1日前になります)









# by ikenosai | 2019-04-22 00:21 | のぼーる(野球) | Comments(8)