いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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カテゴリ:思い出のポケット( 39 )


26年振りの韓国 その2(今を見て当時を振り返る)

 韓国で上映が始まったばかりの

「万引き家族」
 

狎鴎亭(アックジョン)で見た映画の看板


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かつて、この辺りにヨンジンホテルがあったが、今は建物自体が無かった

前の道をはさんでななめ辺りに

当時、韓国で初めてオープンした牛どん店があった

これも、今は面影すらない・・・

26年の歳月が経って、今では誰にも証明できない

ただ、私の記憶の中でしか残っていない

私の部屋に2週間滞在した、李さんをはじめ、

自宅に泊めていただいて趙さん・・・

愛想よく振舞ってくれた奇さん・・・

そして、もうすでに取り壊されている「朝鮮総督府」へ案内してくれた申さん・・・

たくさんの記憶がよみがえってきた

あとから・・・

あとから・・・



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金浦空港に着陸

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空港内の通路で

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空港鉄道の電車内
妊婦さんへは空席のまま配慮してある座席


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시청(シチョン)市庁駅からコリアナホテルへ向かう途中

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명동(ミョンドン)明洞周辺の街並み

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1500円から2000円くらいで売っている帽子

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ホテルの部屋から見える景色
Nソウルタワーが見える


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眼下には広い道

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2日目の朝
남영(ナミョン)南営駅の周辺を散策


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再び電車に乗って홍대(ホンデ)弘大へ
홍대입구역(ホンデイプクヨク)弘大入口駅
途中の서울역(ソウル駅)を過ぎるころ

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弘大(ホンデ)周辺を散策中に「ダイソー」を発見
結構、混んでいた

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再び、시청(シチョン)市庁に戻ってきて

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バス停

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南大門市場へ行く途中
中国銀行(岡山のではなく中国の銀行)


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きれいな水が流れていた

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롯데 백화점(ロッテ百貨店)の通路にあるアイドルの手形と看板

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もうすぐ남대문시장(南大門市場)

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한국은행(韓国銀行)ハングウンヘンって入り口に書いてある

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남대문시장(南大門市場)ナンデムンシジャン
木曜日は閉まっている店が多かったので賑やかでなかった
両替をすると、日本の銀行よりレートがかなりよかった!
ついでにその店でお土産(韓国のりをたくさん)を買った

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「Nソウルタワー」昔は南山タワーって言っていた
横に満月が


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ポカリスウェットの自動販売機

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最終日は압구정(アックジョン)狎鴎亭へ

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26年前、この辺りに牛どん店があった

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ど金持ちが来る高級車のディーラーとゴルフショップばかりの通り

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そして、高級レストラン

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現代アパートのそば
この辺は、昔の面影が十分に残っていた


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空港鉄道で金浦空港へ
途中、漢江を渡る鉄橋の上

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そして、金浦空港へ

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空港と直結しているロッテモール(超大型ショッピングセンター)
中には小さな「ダイソー」があったが
minisoの日本語が「メイソウ」になっていた
どう間違ったのだろう?


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大韓航空機へ搭乗

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楽しかったソウル2泊3日のフリーツアー



26年前の記憶の中では

まだ、日本のほうが経済も文化も進んでいたように思う

しかし、今回の訪問で、逆転現象が起きてるのを感じた

26年前の思い出に

朝鮮総督府の中にあったミュージアムにどうしても案内したいと

勤務中で明洞から狎鴎亭への移動途中に連れ出してくれた

申東近さんからもらった

「プルンハヌル」という歌手のカセットテープがあった

彼の一番好きなミュージシャンだった

そのころ、私が知っている韓国人歌手は

「チョーヨンピル」と「ケイウンスク」くらいだった

当時、韓国で人気があった日本のミュージシャンは

「長渕剛」、向こうの人は(ナガブチチュヨシ)と言っていた

「つ」が「ちゅ」になる韓国独特のくせ

「安全地帯」も人気があった

彼らは(アンジェンチテー)って言っていた

韓流ブームの今を

その頃は全く予想できなかった・・・


ただ、あのころも、今も

韓国の人々に触れると

親近感を強く感じて、大昔に同胞だったような

霊的なというか、不思議と落ち着くような

親しみを感じてしまう

その感覚を私は大切にしたい



















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by ikenosai | 2018-08-01 22:45 | 思い出のポケット | Comments(6)

復活 35年前に買った自転車

 父の三回忌で実家に帰省

約30年間、倉庫に眠っていた自転車の手入れをし、復活!

白骨化(劣化)したタイヤも空気を入れると、乗ることができたので周辺をサイクリング




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野山を駆け抜けた頃を思い出し
周囲10キロほどをあっという間に走行

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小学校時代によく遊んだ川
釣りをしたり、泳いだり

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中国自動車道 勝央SA 上り側の近くの池
当時はいなかったブラックバスを釣るボートが・・・

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ブリヂストン ユーラシア グラン スポルティーフ
1980年代のロードレーサー

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タイヤは劣化しているが、空気を入れたら、走行可能に!

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 この自転車は35年ほど前、高校1年の夏休みに湯郷温泉のレストランでアルバイトをして買った

当時は時給390円、夕方から480円に・・・

5万円くらい貯まった

それでも、パーツを付けたりして、足りなかった

父が、「お父さんが足してやろう・・・」と足りない分を払ってくれた

元気盛んな私を目を細めて見守ってくれていたのを今でも思い出す


 卓球部に、ボクシングジムに、それでも余剰エネルギーが有り余っていたので

週末のサイクリングはちょうどよいはけ口だった


 初めの頃は「柵原の風」を感じて走り続けた
     クリック→
 
https://ikenosai.exblog.jp/25886500/

 それから、日帰りで湯原温泉へ、岡山駅へ

姫路(兵庫県)へ(片道95km 3時間30分で到着)

小豆島(香川県)へ(途中、フェリーを使って)

千代川河口(鳥取県)へ(片道75km 2時間30分で到着)


 中国地方一週の旅行では、四十曲峠を抜け、鳥取県は米子

島根県は、松江、出雲、江津、浜田、益田

山口県は、萩、秋吉台を抜け湯田温泉、岩国の錦帯橋

広島県は、船で宮島へ渡ったり、広島市内、尾道、福山

岡山に戻り、井原、倉敷、岡山・・・ 

        旅行記へクリック→ 
https://ikenosai.exblog.jp/22491791/


 中国、四国、近畿合わせて7県をサイクリングした自転車

高校時代でほぼ完結する旅行記が私の記憶の中に今も・・・












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by ikenosai | 2018-04-30 18:16 | 思い出のポケット | Comments(12)

福力荒神社の旧正月大祭


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 今年の春節、2月16日(金)が元日だった。
中学校以来の地元(JR姫新線美作大崎駅周辺)の旧正月。
当時は西日本最大級と言われ、200件以上の露店で賑わっていた。
大祭のエリアにある津山市立大崎小学校は休みになり、旧正月の3が日を祝う。
学校の運動場は駐車場になり、PTAで切り盛りする。
学校の備品や活動の費用を集める大きなイベントだった。
私は3日間とも朝から暗くなるまでこの祭りに出かけ、遊びほうけていた。




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「まむし除け」と「安産祈願」で知られる福力荒神社



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静かな集落もこの3が日は大勢の参拝客で賑わう


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私の小学校時代から見れば露店は5分の1程度にまで減っていた



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長蛇の列の先は・・・?

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当時から大人気のたいやきのお店「柴田商店」

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 国道53号線、鳥取県との県境にある黒尾峠の名物たいやき。
今は、そこに店はなく、岡山県側の奈義町の国道53号線沿いにあるらしい。

 毎年同じ場所に店を構え、10個単位の大口客ばかり。
屋台の後ろにも屋台を構え、4~5人の店員で切り盛り。
赤ん坊を背負った女性が袋詰めをしていた!



 地元の人にたくさん逢った!
元日は母と一緒に参拝。
母を介して同級生など子どもの頃にお世話になった親世代を紹介してもらい私は浦島太郎のような存在。
ほとんどが30年以上ぶりで、50歳になった私を見て皆さん驚いていた。



 2日目は姉と一緒に参拝、たいやきを買うのに一緒に並んでいたら高校時代の恩師にばったり。
「ここのたいやきはうまいんか?」と訊かれ、「うん」と即答。
先生も孫と一緒にたいやきを買うために並んだ・・・


 ここのたい焼きは日本一。
ひとくち、ひとくちと食べていくうちに、私の子どものころの懐かしい思い出がよみがえる。
あんこの味がこの地域の人々に愛されている。
今でも、ずっと・・・
これからも、ずっと・・・
















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by ikenosai | 2018-02-23 10:33 | 思い出のポケット | Comments(2)

西荻窪の老舗(しにせ)

 うちの奥さんは西荻窪で生まれ育った。

今はひとりで実家に住んでいる兄に、新年の挨拶に出かけた。

西荻窪と言えば、長年続く美味しい洋菓子を売っているレストランがある。

それが、朝市でも話題の「こけし屋」

ランチのコースを食べに行ったが、予約していなかったため、すでに満席だった。

同じ敷地内にあるお店に行ってアラカルトで注文。

こっちのお店は、以前、朝市でよくいった場所。
(義理のお母様がまだ生きていらしたころに)




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 こちらのカフェスタイルのお店でさえも、
ワインセラーには上等なワインがずらり・・・。

 毎月第2日曜日の「朝市」
これに行けば、このお店の良さが、よくわかるのでお薦め!



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 吉祥寺荻窪に挟まれて、意外と知られていないこの街。

実はいい店が点在する。

アンティークな雑貨家具パン屋定食屋
古書(かなりの掘り出しものあり)

行けば1日つぶれるくらいに足が止まる。

うちの奥さんはこの街で生まれ育った。

私の郷里(岡山県津山市)とは真逆の環境・・・

お互いにないものばかり・・・

不思議な縁だと思う。

 西荻窪は、私にとって、東京で一番好きな街になっている。







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by ikenosai | 2018-01-03 21:32 | 思い出のポケット | Comments(0)

「風に吹かれて」



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 「風に吹かれて」を聴いたのは子どものころだった。
ピーター・ポール&マリーが歌っていたのが「金曜日の妻たちへ」の挿入歌だったので覚えている。

 高校2年生のときだった。
英語の先生が、今日はこの歌を訳そうと配ったプリントが「風に吹かれて」だった。


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How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, 'n' how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
Pretending he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

 をすべて訳していった。
歌詞も覚えた。
 その後は、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」
「早く家に帰りたい」「ボクサー」
最後はビートルズの「レット・イット・ビー」だった。

 就職コースだった僕たちの授業は、あまり気合いが入らなかった。
英語もそうだった。
もっと楽しい授業をと、ある日、英語の先生がラジカセを持ってきて、英語の歌を聴いて訳そうと言い始め、そうすることになった。
中にはつまんないと言う者もいたが、僕は楽しかった。

 就職が決まっていた高校3年の晩秋のこと、急遽、僕は大学受験をすることになった。
しかも、無謀すぎる低学力の状態でだった。

 それでも、大学に入りたい、体育推薦ではあるが、残っている学部が法学部で一般受験に混じって、しかも、そこそこの点は取らなくてはならなかった。
教科は英国社の3教科、社会は日本史を選択し、自力でやった。国語も自力でやった。
英語の先生が、問題集持ってきなさいと言うもんで、翌日持って行くと、今日の放課後から毎日、英語の受験勉強をしにきなさいと誘ってくれた。
そして、翌日から本気で勉強した。

 そして、合格。

 上京してからのこと。
学生時代、タワーレコードに行って、少しずつ買っていたボブディランのCD。
歴代のアルバムが24枚揃っていた。
あと数枚でその頃は全部揃うはずだった。
CDラックの1段を占めているボブディランのCDを見た妻が、ここのCDほとんど聴いていないでしょ?
とポツリ・・・。
結局、「BOOK OFF」に売りに行った。
それでも、グレーティスヒット集の2枚だけが今でも残っている。
この中の曲は特に大好きな曲ばかりだったから・・・。

 歌詞が好きで、今思えば、その入り口はあの授業からだった。
あのときの先生はもうこの世にはいない。
卓球部の顧問で、一緒に遠征もいったし、その後には卓球とボクシング両方の予選出場も快く認めてくれた。
最後は、僕の受験勉強を応援してくれた。
合格後(卒業式を終えた数日後)、先生にお礼にとブランデーを贈った。
先生は、笑顔で、「悪いなあ、今夜はこれでおまえの合格を祝うよ・・・」と答えた。

 今でも思うこと・・・。
特に思春期から高校、大学にかけてのころ、私を支え、応援してくれた人々があまりにも多く、その恩に報いる生き方がまだまだ足りていない自分を感じる。
やはり、感謝、感謝で日々を送り、懺悔の中から、プラスにつなげていく知恵を出さねばと振り返る。

 今でも「風に吹かれて」をよく聴く、そして、あのころの先生たちを思い出す。
それだけで生きて行かれる力が湧き出てくる。
そして、誰かの役に立ちたいと思えてくる・・・。


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by ikenosai | 2016-10-15 12:34 | 思い出のポケット | Comments(0)

慌ただしい一週間

 職場は一週間の休み、私は実質4日間。

父の初盆で帰省。

夏の雲から光が差して、残暑の中から、もう秋を感じるこの時期。

夜行バスに乗って、娘とふたりで帰省。

息子は野球の試合に勝ち進んでいたため、まだ東京に!

ジャビットカップの本戦で1回戦、2回戦と勝ち進み、明日は3回戦。

決勝まではまだまだ遠いけど、決勝戦はなんと東京ドーム。

私の少年時代と同じ感じの夏休み・・・!


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我が家から見える夏雲(光が落ちているエリアは以前レーガン大統領がいらした日の出町方面)




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実家の最寄り駅(JR美作大崎駅)奥に見えるのが西日本最大の旧正月の出店でにぎあう福力荒神様。



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いつもの近所の蔵。



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過疎と廃屋の地域で少子化も・・・!



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猫じゃらしの先だけ残してのカエル釣りを娘に伝授・・・!



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 田んぼや溝にいるイボガエルやトノサマガエルがパクリと食いつき、意外と面白い。
私の少年時代の遊びの一つ。
高校生の娘も面白がって何度もチャレンジ。



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 高校時代、毎日やっていたウエイトトレーニングの残骸。
ここから丈夫な体は作られていった。
今ではそんな面影はなく・・・?



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 そして、自転車・・・!
高校時代の休日は30キロ以上は乗っていた。
日帰りだと、鳥取県千代川河口(往復約150キロ)、岡山港(往復約130キロ)、姫路城(往復約200キロ)、小豆島(往復約140キロ)、湯原温泉・・・等々。
一週間かけて中国地方一週もした自転車。(津山→米子経由で出雲→浜田→萩→秋吉台経由で湯田温泉→宮島経由で広島→尾道→津山)、もう30年も前のこと。



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 知人が経営しているケーキ屋さん(鏡野町)
津山近辺で一押しのスウィーツのお店。
おみやげはここで買って・・・!

 そして、慌ただしく夜行バスで帰ってきて、そのまま勤務だった。












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by ikenosai | 2016-08-19 18:49 | 思い出のポケット | Comments(4)

会えて良かった!

8月19日(水)夜勤明けから新幹線に乗って岡山へ。




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岡山駅から津山へ。

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津山駅から姫新線で美作大崎へ。

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時刻表は、1時間に一本程度、時間帯によっては、無い時間も・・・!

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上月(こうづき)から兵庫県。

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先祖代々の墓から、かすかに見える中国山脈。

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墓地の近くの池、子供の頃はよく遊んだ場所。

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方言丸出しの看板。

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一番好きな田園風景。

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我が町内の通天閣!


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空き家が増えて、蔵も空き家に・・・!


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 安否確認の黄色い旗。
実家の周辺も高齢化と過疎化で、色々な工夫が・・・!

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 奥さんと息子は、17日(月)からのツアーだったので、飛行機で松山に、親戚のある伊予西条で過ごし、瀬戸大橋を電車で渡って、岡山駅から私と合流して、津山に戻ってきた。
帰りも、飛行機だったので、私はひとり新幹線に乗って東京に・・・!
今朝、同じ、美作大崎発の列車で出発。
新幹線では、いつもの駅弁「下津井旅情」、ビールを飲む飲む舌鼓・・・!
東京の家に着いたのは、数分だったが、私の方が早かった。

 川崎医大病院に入院している親友に会いに・・・。そして両親に会いに・・・。
2泊3日のあわただしい帰省。
みんなに会えて良かった・・・!









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by ikenosai | 2015-08-21 20:19 | 思い出のポケット | Comments(2)

福力荒神様の旧正月

  岡山県津山市のはずれに美作大崎駅がある。

津山駅から姫新線で姫路方面に2つ目の駅。

中国山脈を望むこの美作大崎駅のすぐ近くに福力荒神様がある。

かれこれ40年ほど前の旧正月は大にぎわいで、臨時列車も走っていた。

元日よりもにぎやかな旧正月のほうが私には印象深い。

200軒以上の露店が並ぶエリアの中に大崎小学校があり、PTAが運動場を駐車場にするため、3が日の間、学校は休みだった。

この3が日は朝から晩まで参拝に出かけていた。

もちろん、露店目当てにだった。

関西方面から、この時期にごっそりとやってくる露店商の人たち。

どこか、寅さんを思い出させる独特の世界。

たこやき、リンゴ飴、フレンチドッグ、わたがし、くじ引き、一杯飲み屋、おもちゃ屋、アイドルのブロマイド、ハブとマングースの戦いをけしかける薬売り等々、たくさん並んでいた。

たいやき屋だけでも10件以上はあった。

あのころは、“およげたいやきくん”が大流行して、ラジカセで曲を流しながら売っていた店も多かった。

この地域では、旧正月にもお年玉がもらえて、この3が日を過ごせるくらいはあった。

ところせましと並んでいたはずの露店が今では点々として元気がないとのこと。

私は、中学校卒業後は行っていない。

まして、大人になってからは、この時期に帰省はできていない。

それでも、毎年、母から電話があって、その年の様子を聞いている。

  春節に合わせてやってくる露店商たちの民族大移動だった面影は、いまいずこへ・・・。

それでも、この地域一番のイベント。

福力荒神様へぜひいらしてみては・・・。


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 姫路方面

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 津山方面

 昔は、駅舎もあって、駅前は人通りもあってにぎやかだったのに、
 今は、汽車に乗る人がほとんどいない。    


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by ikenosai | 2015-02-18 18:38 | 思い出のポケット | Comments(0)

 10月20日(日)の朝に放送された“小さな旅”

 朝、妻がテレビを点けた。

 寝床の中から聞こえてくるオープニングの曲に私は、今日はどこ!とたずねた。

 「瀬戸内海」という返事に、いそいそとテレビの前に。

 四国フェリーから望む瀬戸内の海だった。

 宇野港と高松港を結ぶ連絡船は、かつて瀬戸大橋のない時代に何度か利用した懐かしい船だった。

 私の母は、愛媛県南宇和郡で生まれ、後に島根県浜田市に引っ越すが、子どもの頃の思い出は全て四国のことばかり。

 対岸の岡山に渡り、まさに瀬戸の花嫁だった。

 なので、夏休みは浜田に行くか、四国に行くかだった。

 父が行かれない年は鉄道と連絡船で行き、父の行かれる年は自家用車とフェリーで行った。

 父は中古のカローラがお気に入りだった。

 ステンレスのフェンダーミラーが懐かしく、重たいハンドルのマニュアル車で12時間以上ものドライブ。

 フェリーは束の間の休息だった。

 座敷に寝転がり、常設のテレビで夏の高校野球を観ていた。

 私は姉とはしゃぎながら甲板に出たりしてあっという間の1時間。

 高松からも長い旅。

 朝、5時に起きて急いで身支度し出発。

 早朝の宇野港で乗り入れの順番を待ち、昼食は香川か愛媛かは憶えていない。

 高速道路がない時代、どこに行っても信号待ちの交差点。

 ぐにゃぐにゃ曲がった小さな峠ばかり。

 そんな道を父は平然とマニュアル車で走っていた。

 暗くなってやっと母の故郷へ。

 そんな懐かしい昔のことを思い出していた。

 瀬戸大橋が出来て、フェリーはなくなるだろうと思っていた。

 しかし、便の数は減ったものの、しっかり地域の人々の暮らしを支えながら根付いている。

 携わる船乗りの半生が紹介されていた。

 かつての船長で今は定年退職をされた方がずっと切り絵の創作をされている。

 人生のほとんどを船上で過ごし、その記憶を切り絵で表現されているのにとても感動した。

 NHKのこの番組はかなりの長寿番組であるが、いつまでもこんな一隅を照らし、いつまでも私たちに感動を与えてくださっている。

 そのことも思い、人々の人生の輝き、日常の積み重ねの大切さをあらためて感じさせられた。

 何の変化もないような日常、私のような人間は、退屈してしまうだろう。

 しかし、そんな日常を積み重ねていくことが大切であることがこの番組からひしひしと伝わってくる。
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by ikenosai | 2013-10-22 15:41 | 思い出のポケット | Comments(1)

東京国体

 先週から始まった東京国体も、8日で終わった。

4日(金)から日野市で開かれていたボクシングを観に行った。

大学時代の後輩が岡山代表の監督として上京していて、連絡を受けての観戦だった。

さすがに45歳の私には、夜勤明けはきつかった。

それでも、行ってみると一気に懐かしさがこみ上げてきて、20年位会っていなかった後輩とは途絶えることのない会話であっという間にその日の日程が終わり、帰ってきた。

近年、岡山はレベルが高く、昨年の国体は優勝だった。

ボクシングマガジンを見て驚いたぐらいだった。

今年も、期待していたが、準決勝で全滅だった。

ホープの清水君も、石原君も出ていないので仕方がないとは思っていたが、成年の部には高校制覇の藤田兄弟がいる。

それでも、準決勝で終わった。

決勝も挨拶だけでもと思い、高校生たちにお土産を持って伺った。

その日は夜勤の入りで、午前中の会議もあり、10時がリミットだった。

それでも、高校の決勝戦3試合を観ることができた。

私を大学に押し込んでくれた先輩もきてくださっていて、励まされた。

私たちをリングサイドからとり続けてくださっている高尾氏もカメラマンとして写真を撮っていた。

ここに来れば、私は原点に戻れる。

そんな思いがこみ上げてきていた。

弱かった私が変われたもの、覚悟を決めて生まれ変わったもの。

高校時代から大学1年にかけて、私には不思議な奇跡の結集がある。

だからこそ、あの時の人たちに会うと原点に戻れるのだと思う。

東京での国体はしばらくないだろう。

少なくとも私が生きている間には・・・。

だから、記念にと高校生たちに東京らしいお土産を贈った。

かつての自分と重ねて・・・。

私がなぜ、スポーツが好きなのか。

それは、自分の運命を変えたボクシングとの出会いがあったからに違いない。

そう思いながら会場を後にした。

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 学生時代、最後の合宿は台湾だった。

それから、数年おきに同じ台湾の大学と練習試合を行っている。

私たちが第1回目の遠征だった。

記念に当時の学生とジャージを交換していた。

そんなことをしたのはどうやら私だけだったようである。

今でも、よく着ているジャージ。

台中にある省立体育専門大学。

私の相手はタイで行われたキングスカップの台湾代表選手だった。

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by ikenosai | 2013-10-11 23:11 | 思い出のポケット | Comments(0)