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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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「もう東京へは行くこともないじゃろう」


 高校3年の夏、自ら青春の幕引きをし始めていた。

最後の敗戦で国体への夢が途絶えてしまった。

高2の夏の国体予選、高3のインターハイ予選、高3の国体予選と全て同じ相手に敗れて、3敗、無残にも勝ち星のない戦績で終わろうとしていた。

秋からの就活、青春にもピリオドをと覚悟していた。

そして、10月に地元のゴムの加工工場への就職が決まった。

しかし、ずっと迷っていた。

こんなもんじゃない。

ここで終わらせるわけにはいかないと・・・。

自分自身に何度も言い聞かせていた。

迷走する先で、父と一緒に工場へ行き、採用を辞退し、謝罪した。

今頃になって思う、父は宙ぶらりんの私をどう思っていただろうって。

そして、さらに迷走する先で陸上自衛隊を受けた。

その次につながる体育学校への希望も兼ねて。

そんなに簡単にはいかないのに、往生際が悪く、情けなかった。

それでも父も母も私の迷走に付き合ってくれていた。



 11月も終わる頃、一発逆転のチャンスが舞い込んできた。

駒澤大学からの体育推薦の話だった。

「ボクシングをしに大学に行く気はないか」というスカウトの電話だった。

しかし、我が家には私を上京させるほどのお金はない。

担任の先生が家に来て父を説得してくれたが、翌日になると「やっぱり無理じゃ、そこまでの仕送りはできん」と父に言われて、半ばあきらめていた。

それでも赤本の学部と授業料のところを見ていて夜学での可能性はないものかとスカウトに電話で聞いてみた。

昼間バイトして、夕方部活に行って、夜の授業を受けるという、ぬるま湯に浸かって生きてきた私には相当の覚悟が必要なチャレンジだったが、運命を変える何かがこの先にはあると信じてお願いした。

数日後、スカウトの方が80キロほど離れた倉敷からはるばる説明にいらして、私と家族は覚悟を決めた。

受験できる学部が法学部しか残っておらず、一般受験に交じって合格平均点の半分くらいは採らないと合格できないし、入学後の授業についていけないとのことで、そこから初めての受験勉強が始まった。

高校受験のときも全く勉強せず、高校卒業後は就職と思っていたので進学のための知識すら持ち得ていなかった。

12月から猛勉強が始まった。

社会は好きだった日本史の問題集に取り掛かり、国語は漢字を中心に自力で、英語は卓球部でお世話になった顧問の先生が毎日、放課後に補習をしてくださり、熟語を中心に勉強した。

冬休みに入り、受験のための旅費を稼ぐために酒販会社で酒の配達のバイトをした。


 3月に入り、受験で上京した。

津山から高速バスに乗って新大阪まで行き、そこから初めての新幹線に乗った。

物珍しさもあってか問題集を持ったままで車窓にくぎ付けになっていた。

名古屋を過ぎて、浜名湖、富士山が見え始め、多摩川を越えて、浜松町から見えた東京タワーに私は無限大の希望を抱いていた。

そして、渋谷からバスに乗って世田谷区の弦巻まで行くと、お世話になる監督の奥様に案内され合宿所に着いた。

春休みで数人の先輩しか残っていなかった。

空いたベッドを借りて二晩泊ることになった。

翌朝は入学試験。

昼には試験が終わった。

午後から東急新玉川線に乗って二子玉川に行き、大学の練習場を案内してもらった。

初めて見る自動改札に困惑してしまった。

夜になって、先輩から「家に電話をしなさい」と言われ黒電話から父に電話した。

受話器を握った私は思わず、「試験はできんかった、だめかもしれん。」とあきらめの境地を父に伝えた。

父からは「いや、お父さんは、お前があんなに勉強するのを初めて見せてもらった。それが本当に嬉しかった。じゃけえ、そんなにがっかりするな。ようがんばったがな。お金を今どのくらい持っとる。もう東京へは行くこともないじゃろう。何日か遊んでから帰ってもええで。思い出を作ってこい・・・。一つだけ約束がある。変な気だけはおこさんでくれいよ。」

その言葉でハッと目が覚めた。

次の日の午前中に東京からまっすぐ帰宅した。

3日ほどして合格の連絡が来た。

私の人生の中で約2番目に嬉しい出来事になった。

そして、両親を連れて入学式に出た。

大学受験は私の一生を左右する大きな出来事だったと思う。

入学後は早朝から働いて、部活して、星空のキャンパスに通う日々が始まった。



e0148909_20582305.jpg

ここから東京へ旅立った(国鉄姫新線 美作大崎駅)






 



by ikenosai | 2019-06-15 21:04 | お父さんお母さん | Comments(6)
Commented by shirakobato2 at 2019-06-15 22:29
こんばんは。
たしか、初めてのコメントですね。なんでも、すぐ忘れる
ようになりまして・・・(苦笑)
そのような過ぎ去りし日々がおありでしたか。それで、
いまがあるのですね。福祉のお仕事、ご立派ですよ。
こちらは、目指す一流大学では門前払い?で、浪人を
して、地元では、名の通った大学を卒業して、いまが
あります。
いまは亡き、優し~い妻とは、その学生時代に知り合い
ました。”人間万事塞翁が馬”と、いつも思いますよ。
卒業のとき、お世話になった母校の学長に色紙をいただ
きましたが、「”昆”池の魚、大鵬となるも、風邪ひくな」と書かれていました。 ”昆”虫:つまらない?虫、”昆”布:
どこにもある?海草
どんなに偉くなられても、お体に気遣ってお暮しくだ
さい。
Commented by ikenosai at 2019-06-17 08:44
> shirakobato2さん
コメントありがとうございます!
そうですね、塞翁が馬・・・!
私もそんなことばかりでした。
 一旦、実家に戻って中学の先生をしていたことがありますが、期限がきて、再び上京。
どうしても結婚したい人がいて・・・。
その再びの上京の際に、駅まで見送りに来た父と別れ際、抱き合い、号泣うし合い・・・。
津山駅から岡山駅まで列車の入り口にひとり佇んで拭えねまま泣いていました。
1時間半もの間・・・。
数年後、その人を連れて帰省しました。
それからずっと、父は最期まで、「お前はええ嫁をもらった」って、ことあるごとに言っていました。
私にとっての一番の出来事は、その人との結婚だったんです。
みんなに祝福されて22年、第一子の娘が今年二十歳になります。
こういう出来事を反芻しながら感謝が湧き出てくるときに幸せだなぁって思います。
Commented by milletti_naoko at 2019-06-18 18:15
ずっと昔のことを、ここまで詳細に覚えられているということは、それだけ悩んだ末に決断をされ、将来へと必死で勉強された末に手にされた合格だったのですね。何を志望されようと、しっかりと支えようとするご両親も、また思い立って必死で勉強をしようとしたときに、チームを組んで合格のためにあれこれ教えてくださった先生もすばらしいですね。過去のできごとではありますが、心からおめでとうございますと申し上げたい思いです。拝読して感動いたしました。
Commented by ikenosai at 2019-06-19 09:10
> milletti_naokoさん
コメントありがとうございます!
嬉しいです。
私の両親は、父が農家の生まれで7人兄弟姉妹、母が漁師町の生まれで8人兄弟姉妹でしたので、中卒か高卒で十分と思われていました。
そんな中で、両一族をとおして最初の大学生になりました。
みんなが喜んでくださってお祝いをたくさんいただきました。
その恩に報いなければと今頃になって思います。
 私も愛媛にご縁があります。
私の母方の祖父母は南宇和の御荘(愛南)、妻の祖母(父方)が新居浜、祖父(母方)西条と我が家も愛媛に深いご縁があります。
一昨年前の夏休みに西条と松山、それから、大久野島(ウサギの島)に行きました。
のんびりとした愛媛の雰囲気に久しぶりに和んできました。
心地良さを感じるあの感覚が私のDNAにはあるんだなぁって思いました。
温かいお祝いのメッセージをいただき感謝です!
ありがとうございました!
Commented by kawa1210 at 2019-06-27 09:52
おはよう御座います。ブログ拝見させて頂きました。古き良き時代の思い出を鮮明に覚えているとは凄いですね。私も歳を頂き昔のこと、戦時中に母に手を敷かれ逃げた事など、それだけ歳を頂だと言うことですねー、

拙いブログにイイねを頂き有難うございます。末期高齢者のボケ防止に、毎日散歩し投稿します。此れからもよろしくお願いします。嶺、
Commented by ikenosai at 2019-06-28 09:04
> kawa1210さん
あたたかいコメントありがとうございます!
そうですね・・・。
どんな時代であっても、親子の関係、思い出、それぞれではございますが、心に響くものは本質的には同じところにあるように思います。
人の心がわかるとき、わかってもらえたと思うときに温かなぬくもりを感じるのだと思いますね。
そして、生きている喜びも・・・!
大先輩からのコメント、感謝です!
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