2009年もあと数日、帰省ラッシュの前に運良く実家に戻った。
小4の娘がスキー合宿のため、私は4歳の息子を連れて中央線から新幹線、岡山からは津山線に乗り継いで帰ってきた。
朝8時過ぎに家を出て、実家に着いたのは夕方の4時を過ぎていた。
各駅停車の津山線では、ひらがなを覚えたばかりの息子が嬉しそうに全部の駅の名前を順番に読み上げながら津山まで戻ってきた。
途中、佐良山駅を過ぎたころから津山の景色が昔と大きく変わっているのに気がついた。
津山口駅を過ぎ、高校時代に通った大谷にあるボクシングジムの近くの踏み切りの酒屋もなくなっていて、しばらく色々なことを思い出していた。
高校時代にやっていた酒販会社のバイトでは北は県境の上斎原や阿波、南は福渡と広範囲で酒の配達の助手をやっていて、市内の酒屋よりも郡部の遠距離にはるばる出かけるのが楽しかった。
津山線沿線に点在していたはずの酒屋も車窓からの様子では店が閉まっていたり、空き家なのか人の気配もなくなっている。
昔は栄えていたスーパーやドライブインも人の気配がない。
ふと、振り返る20年、途中1年半、津山で過ごしたが、あわただしい教員生活だったため、それほどの変化を感じることもなかった。
中途半端な過疎化で産業は衰退しているところばかり。
隣町の山田養蜂場だけが右肩上がりの大企業になっている感じである。
地元の工場が閉鎖し、やむなく転勤していった友達もいる。
故郷に帰れば何とかなると最後の砦にしていたこの場所も私の帰ってくるべきところではなくなっていた。
それでも、人は住んでいる。
たくさんの親戚や知人、友人が住んでいる。
しかし、希望につながる話題を聞くことがほとんどない。
政権の変わったあとも、期待はすでに薄れている。
ノスタルジーに誘われても、それを満たすはずの故郷はとうとう現実の世界からはなくなった。
同窓会にせよ、古い友達との飲み会にせよ、飲んでいるうちに会話の内容は、地元の世間話に移っていく。
気がつけば、私のいなかった20年間に違う世界ができてしまっている。
地元の世間話には全くついていけないまま、ただひたすら空しく酒を飲んでいる自分に気づく。
私の知っている故郷は青春時代までのまだケータイもインターネットもない白黒映画のような遠い昔の情報で止まっている。
廃屋の中から出てきた古新聞のように・・・。
だから、だから前を見て、一心不乱に進むしかない。
振り返らず今ある自分の道をひたすらに・・・。
郷愁に浸る暇などない。
だから今を懸命に生きる!
一度しかない人生、振り返るにはまだ早い!
そう思いながら一日が過ぎた。