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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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海さえあれば楽しかった

 高校生になって、最初の夏休みがきた。

友だち3人と早々に、キャンプを計画した。

大して小遣いを持っていなかったので、自転車で日本海の浦富海岸に行くことにした。

浦富海岸は鳥取砂丘から兵庫県に向けて行ったところにある絶景の海岸である。

私以外の2人は、すでにサイクリング用のドロップハンドルのいいやつに乗っていたので問題なかったが、私は中学時代から乗っているくたびれた自転車。

1人が気を遣ってくれて、余っているいいのがあるからと貸してくれた。

テントやタオルケット、飯ごう、鍋、燃料等々分担して持つことにした。

早朝5時に待ち合わせて出発した。

自転車で遠出するのは中学2年のとき兵庫県の相生に行ったサイクリング以来だった。

楽しさが込み上げてくるのか、みんなスイスイ飛ばして、意気揚々と黒尾峠の坂を上っていた。

峠のドライブインで少し休んだ。

まだ、早朝だったので、人は少なかった。

山の中だったので、水道の水が冷たく美味しかった。

鳥取県側の道はほとんど下り坂で、しかも急だったので、あっという間に鳥取市に入った。

そこから国道9号線を通って、ひたすら浦富海岸のある岩美町を目指す。

砂丘の側をとおり、ああ海まできたという実感でみんな興奮気味だった。

思いの外、上ったり下ったりしながら、やっと浦富海岸にたどり着いた。

日差しは強く、暑かったが、昼までには充分に時間があった。

海水浴場の事務所に行き、手続きをした。

高校生でしかも自転車で来たことを伝えると、料金を半分にまけてくれた。

テントをはり、荷物を入れ、自炊できるようにした。

急いで水着に着替え、その日から原始人のような裸の生活が始まった。

太陽が見えている時間帯はご飯を食べるとき以外は、水中メガネとシュノーケルを付け、ずっと潜っていた。

どんな美人が水着姿でいてもお構いなしだった。

私たちはイルカのようだった。

そして、海の景色の一部のようだった。

夜は、そこらじゅうで花火をやっていたので、私たちも買い込んで野郎だけで楽しんだ。

翌日の朝は、早朝に目が覚め、飯ごうで飯を炊き、朝ご飯を作った。

そして、8時頃にはもう海の中にいた。

昼ご飯を食べるとき以外は、夕日が沈むまで海の中にいた。

いくら潜っても飽きない景色。

魚の群れや、浅瀬にやってくるボラを追いかけて遊んだ。

小島の岸から飛び込んだりもした。

午後から海水浴場のイベントがあり、宝探しに参加した。

広い砂浜を利用し、枠内の砂の中に色々な品物が埋めてあった。

みんな、それぞれに何か見つけたが、何を見つけたのか今は覚えていない。

それでも、3日連続の海の暮らしはすごく楽しかった。

3日目、午前中は海で遊んでいたが、午後、荷物をまとめて、海をあとにした。

充分に満足感はあったはずなのに、まだまだ海にいたいという気持ちが強かった。

鳥取駅まで1時間近くかかった。

そこからは、ひたすら千代川を上っていくだけである。

来るときよりも上り坂が多く、みんな疲れが出始めていた。

智頭駅を過ぎたあたりから、本格的な上り坂に入る。

それでも、体力に自信のあった私は、テンポ良く、スイスイと自転車を漕いで上っていった。

上り坂も最後のほうは急なヘアピンカーブが続く。

それでも、漕いで漕いで登り切った。

振り返ると、2人がついてきていなかった。

20分ほど休憩しながら待ったが、一向にくる気配がなかった。

坂を見下ろしても、姿はなく、心配になった。

私は、とうとう上ってきた坂をまた下り始めた。

長かったはずのヘアピンカーブをあっという間に駆け下りてみると、疲れ切った2人は、自転車を路肩にねかせ、本人たちも路肩の安全な場所で仰向けになって死んだように寝っ転がっていた。

体力の差は歴然とあった。

私は運動部に所属し、毎日2時間以上の運動は当たり前だったし、ちょうどマッチョにあこがれていたこともあって、筋トレにもはまっていた。

彼らも普通の高校生並みの体力はあったが、私が異常に元気だったと思う。

再び列をつくり、坂道を上り始めた。

彼らを先に行かせ、私はその後ろについた。

さすがに2度目のヘアピンは疲れた。

それでも、彼らのペースだったので、ついて行くことができた。

黒尾峠の頂上のドライブインで一息入れた。

トンネルの向こうは、岡山県。

あとはほとんど下るだけ。

ここまでくればもう安心だった。

途中まで一緒に行き、私だけ方向が違うので途中で別れた。

家に着いたのは夕方だった。

ヒグラシの鳴き声が山の方から盛んに響いていた。

家にはまだ誰もいなかった。



 今日は海の日、当時はそんな祝日はなかった。

それでも、中学や高校のときは、毎日が海の日かプールの日だったように思う。

さらにお金のない日は、川に潜ってナマズやアユを捕っていた。

その川も今は、とても泳げるような川ではない。

あんな田舎でさえ、時代とともに環境破壊が進んでいるのだと思うと、何だか悲しい感じがする。

3年前の夏、四万十川に行った。

今では日本最後の清流なんて言われているが、私の実家近くの川も昔は同じような清流だった。

那岐山の麓、塩手池から流れる広戸川は、私が子どもの頃はまだまだきれいだった。

堤防近くの浅瀬にうつぶせになると、遡上するハヤがお腹のすき間に入ってくる。

それを手づかみで捕るのが楽しかった。

近くには、駄菓子屋もあり、300ミリのコーラをよく飲んでいた。

その場で空き瓶を返すので、一本50円で飲めたのも、何ともありがたく、いい時代だったなあと懐かしい。

そんな駄菓子屋も店主が亡くなり、儲からない趣味のような店だったので今はない。

あるのは、どこへ行っても金太郎飴のごとく、個性のないコンビニだけである。

by ikenosai | 2009-07-20 07:14 | 海まで走ろう | Comments(0)
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