いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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第5夜 いでし月かも


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 再び金浦空港に降り立った僕を出迎えてくれたのは一つ歳下の女性だった。

タクシーを拾ってソウルの街まで、それぞれの国の言葉が解らないので、片言の英語で話すだけだった。

それでも、笑顔だけは絶やさず過ごしていた。

レストランの立ち上げで来たものの、幹部がごっそりクビになり、通訳も辞めていた中、技術指導を任されていた。

 会社に残った彼女たちは、右往左往しながらも何とかお店のオープンまでの準備でてんてこ舞いの様子。

僕はただ、僕のペースでしか関われず、開店、昼のピーク時、そして、夕方、閉店とピンポイントで店に入っていた。

午前中は学校を卒業したての男の子が入り、彼女はランチ前から閉店までの勤務だった。

アメリカ留学の経験がある社長はワンマンで、売り上げ金を途中で持っていくもんで、こちら側の経営マニュアルなど通用しない。

表向きの部分、店の雰囲気だけを日本から盗もうとしているのが伺えてはいたが、こっちも上からの命令で、動くしかなかった。

このまま行くとこの経営は沈没すると思っていたが、互いの苦労をねぎらい、励まし合うように彼女と僕は働いていた。

 店から道を挟んだ向かいのホテルに僕は泊まっていた。

ここで2週間過ごす。

時折、部屋の窓から店の方を見下ろしていた。

 ある夜、ホテルの窓から見下ろすと、歩道のベンチで休んでいる彼女が見えた。

閉店してすぐに帰るはずの彼女がぐったりと疲れた様子。

地方の町「春川」からソウルに上京してきている彼女は一人暮らしだった。

地下鉄に乗って帰るはずなのに、なんだかうつろで寂しい表情に見えた。

僕は窓を開け、彼女に声をかけた。

見上げた彼女が「おおう!」と指さした。

そこには大きな満月が夜空に映えていた。


 僕も思わず「おおう!」とオウム返しに言葉を発し、「ジャスターモーメント」と言って、下に降りて行った。

今、ここで何をしているのかたずねると、「タイヤード」と答える。

「ハングリー」と返すと、「イエ(はい)」と答えるので、静かなレストランに連れて行った。

入ってみると、そこはイタリアンレストランだった。

日本ではすでにブームは終わっていたが、この国ではまだまだ高級感が漂い、高いメニューに彼女は戸惑っていた。

「ノープロブレム、アイハブイナッフーマネー」と言うと「リアリー」と言って元気になってメニューを見始めた。

日頃から疲れ切って家に帰るだけ、そして、リフレッシュもできぬままで、次の日も、その次の日も仕事にきていたのだと思う。

僕が切り出し、コースを注文したが、ワインは「ノーサンキュー」とのこと。

どうやらアルコールが飲めない様子。

それでも前菜、サラダ、肉料理、ピッツァ、パスタを食べきり、最後のデザートは僕の分も食べた。

僕は白のグラスワインを飲みながら、元気になっていく彼女を見ているだけで嬉しかった。

片言の英語で話す会話はなかなか通じず、時間がかかることもあった。

それでも、お互いに興味があったのか、夢中になり、あっという間に時間だけが過ぎてしまっていて駅に行くも電車はすでに終わってしまっていた。

 困った様子の彼女に僕は戸惑ってしまった。

それでも、疲れを癒さなければと思い、僕の部屋に連れって行った。

ホテルの歯ブラシやタオルを渡し、僕はソファーで寝て、彼女にベッドで寝ることをジェスチャーで伝えると彼女は何も言わず首をたてに振った。

明け方目が覚めると彼女はもうすでに起きていて、身支度もしてベッドに座っていた。

あと1時間もすると僕は店に行かなければならない。

彼女はまだ休める。

それなのに、彼女は「プリーズ」と言って僕をベッドの布団の中に入るよう勧めた。

「ドンウォーリー」と言って1時間後に起こすと言っている。

そして、彼女がソファーに座った。


 次に目が覚めたとき、僕の顔の真上には彼女の顔があった。

僕の頬に手を当てて、笑顔で気持ちよく起こしてくれた。

言葉は通じなくても、心が通じているような嬉しい気持ちになって目が覚めた。

僕は、あくびをしながら起きあがり、彼女に鍵を渡して、出るときにフロントに渡すように伝えた。


 昼前になって彼女が店に現れた。

何だか僕だけがそわそわとした感じだった。

そして、以前より彼女が美しく見えていた。

彼女との間に誰にも言えない小さな秘密ができてしまった。

その日の夜は早めに帰って僕は眠った。

煌々と輝く月夜の下でカーテンを開けて眠った。

彼女と一緒に海に行った夢を見ていた。

大きな月の下で手をつないで何も言わないまま足早に浜辺を歩いている。

時折振り返ると月夜に照らされた笑顔が、昼間の明るさの中にいるようにくっきりと見えていた。

彼女が気になってしかたがなかった。

 目が覚めた。

やはり彼女が気になってしかたがなかった。

彼女は休日だった。

会えないだけで、何だか切なくて、不思議な感覚だった。

それはまるで思春期のような独特の感覚だった。

そして、胸がキュンとなるような苦しみに襲われていた。

一定ではなく、落ち着いたり、急に激しい苦しみを伴ったりして、不安定なものだった。

何だか彼女がいないだけで、仕事に行く気持ちもイマイチだった。

通訳もなく進めていく仕事は、思い通りにはいかなかった。

それでも、彼女の来る日は違っていて、楽しかったし、彼女も僕の進める仕事に協力的だった。

 ある夜、みんなに声をかけて、飲みに行った。

もちろん、彼女も一緒だった。

二十歳そこそこの若者ばかりだったので、彼女は少し落ち着いて見えた。

みんなで飲んでも、僕と彼女だけが少し年上で、その輪から外れているような感じだった。

それもあってか、僕と彼女は弾き出され、いつの間にかくっついていた。

僕はテレていたが本音は嬉しかった。

大した会話ができている訳ではなかったが、そうしているだけで嬉しかった。

何となく安心できる感覚が異国での孤独感を癒し、心の隙間にすっぽりとはまってしまっていた。

不思議な感覚だった。

どこの国であれ、僕には彼女のような女性の存在が大きかった。

それでも、何時か離れていくときのことを考えると、それ以上彼女との距離を縮めることはできなかった。

紳士のような距離間を保とうと僕は誓っていた。

気がつけば、懸命に仕事の後押ししてくれている彼女が側にいた。

 そして、最後の日はやってきた。

日本人の父を持つパートのおばさんが別れを惜しみ、涙を流しながら「さようなら」と言っていた。

この国との関係の複雑さを日に日に感じていたこともあって、彼女を好きでありながらも複雑な心境で深入りしないよう努めていた。

彼女も日本人の僕への何か、違和感のようなものを感じていたと思う。

それでも、好きだという純粋な気持ちを僕なりに大切にしていた。

ひとりひとりと握手をし、お別れの言葉を言って店を出た。

 空港まではタクシーに乗って行った。

空港までの見送りは彼女だった。

無言のまま後部座席の隣に座っていた。

乾ききった雰囲気の中で目も合わさず、帰国する感じだった。

僕は寂しかった。

彼女がどこの国の人であろうと、純粋に好きだと思った。


 出国手続きを終え、出発ロビーに来た。

いよいよ別れなければならない。

やはり寂しかった。

やっと目を合わせた僕たちは、純粋に抱き合った。

額と額をくっつけて、彼女の額に僕は唇を付けた。

そして、「ソーロング」と言葉を掛けた。

離れ際に、何とも言えない寂しい感情に襲われていた。

彼女の目には涙がきらりとしていた。

僕も充血した目を感じていた。

もう一度、抱き合ったらきっと唇にキスをするだろうと思った。

しかし、そこで止めて背を向けた。

 エスカレーターを下りはじめたら彼女が「ムーン・・・」、「ファーストナイト・・・」「ドゥーユーリメンバー・・・?」と大きな声で言っていた。

しかし、エスカレーターが降りていくと、言葉もかき消され、あわただしい出発前の機内へと入っていった。


 成田に着いたのは夜だった。

細くなった月が空に見えていた。

耳に残っていた彼女の声とともに、幻のような恋が記憶の中から、遠くへ、遠くへと離れていくのを僕は感じていた。


 小さな涙がきらり・・・。

滲んで見える空港の灯りをリムジンバスの窓から眺めていた。

大きな月を思いだし、酔いしれていた。

そして、あの夜に思いを馳せて、小さく「さようなら」と呟いた。

それは、もう会うことのない異国の彼女に向けてだった・・・。



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by ikenosai | 2016-11-12 00:28 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)