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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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文化だより 第28号

文化だより 第28号

                文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌)
                 特定非営利活動法人 文化高等学院


“親の“自立・子どもの自立”
~子どもは親の背中を見て育つ~



「人生今からだ」

 ~石川 洋 著~より


 人間を育てることほどむずかしいものはない。落ちこぼれ、いじめに、手の打ちようのない先生も多い。

江戸末期熊本藩「時習館」をたてて人材育成をした堀平太左衛門は、その指針のなかで「人を育てることは、川に橋をかけるようなものだ。えてして橋は道のあるところに限られるが、そうであってはならない。導かれる者は、川上にも川下にもいるからである。その者がいる場所から川を渡れるようにすることだ」と教示している。橋はその人に架ける。今こそ必要な教育の心である。


“人運”

 人運は、人の役に立つことから生まれる。

積極参加し待ち人になってはならない。

 人の長所の見える人は、必ず成長することができる。

 嫌な人を生かすことは、自分の器を大きくする。

 人につくすことを知らない人は、子孫を駄目にする。

 損得よりも縁を大切にする人が本物である。

 他の人は自分の合わせ鏡である。


“親の道、子の道”

 子どもが抱く父親像は、母親の教えたイメージに大きく影響する。

 子どもに楽な道を選ばせる親は、子どもが一生苦しい荷物を背負うことになることを肝に銘ずることである。

 今日の終わりに明日の準備を習慣づけてあげることが明日への責任を果たすことである。

 子どもの友だちを粗末にする親は、必ず子どもに反抗される。


“人生五訓”

1、原理原則を教えて下さる先生をもつこと。

2、叱って下さる先輩をもつこと。

3、品性を高め合う友をもつこと。

4、自分より秀れた後輩をもつこと。

5、嘘のつけない親をもつこと。

※反省という自己弁解から一歩も出ない。叱って頂くことである。

                石川洋 著 「人生今からだ」より



 夫の“存在”


“お母さんというのは、安心できるいい夫に恵まれたときに、いちばんいい母親になるのです。どんな親でも自分の子どもに期待し、子どもに生きがいを求めます。しかし、夫婦がおたがいに相性がよければ、夫婦の生活はしっかりと存在しますから、子どもに自分の思いどおりになってもらおう、というような関係の深入りをしないですみます。夫との関係が深ければ、それだけ、子どものありのままの姿を尊重しやすくなるわけです。ところが、夫を受け入れられなければ、その満たされない部分を子どもに求めることになります。もっともっといい子になってほしいという、子どもにとっても親にとっても、たいへん不幸な悪循環としての過剰期待に、はまりこんでしまうことがよくあります。”


“本来、親が育児する喜びというのは、二つの観点があると思うのです。ひとつは子どもに期待できる喜び、もうひとつは、子どもを幸せにすることができる喜びです。このときに、できることなら、子どもを幸せにできる喜びのほうを、ずっと大きくもって、子どもに期待する喜びは、小さくしていただきたいと思います。親が子どもに期待する喜びを、大きくしてしまった場合に、子どもからみると条件つきの愛情になるわけです。そして、その期待が過剰になってしまうと、子どもは愛されているという実感をなくしてしまいます。”

  「子どもへのまなざし」 佐々木正美 著より



 子育てで、よく言われる“4訓”


 乳児は肌を離すな

 幼児は手を離すな

 少年は目を離すな

 青年は心を離すな


 肌を離すなとは、本能的にある安心の欲求を満たすこと。

 手を離すなは、ずっとそばにいて危険から守ること。

 目を離すなは、見守ることで、危険から守ること。

心を離すなは、信頼によって心をつなぐこと。つまり、関わらなければ始まらない親子の関係、それが子育てです。


 以前、地域の教育関係の人たちが集まる会合に参加した時の自己紹介で「お母さんは、早く家に帰ってお子さんと過ごしてあげてください。」とコメントすると、公立の保育士さんから怒られ、「女性への“冒涜”だ、謝罪しろ。」とまで言われたことがありました。仕事が忙しくてなかなか家に帰れないのでしょう。そんなのは自分を正当化するただの言い訳だと思いましたが、他者への配慮のない自身の発した言葉をまず反省し、謝りました。しかし、そんな感情的な人が子どもたちを見ているのかと思うと、残念に思い、悪因が蒔かれているのではと心配になりました。感情で論破するような人には、人は育てられないし、生かすことも難しいでしょう。ましてやる気なんて起こりません。不登校や引きこもりの子どもたちと関わる中で感じた根本的なこと、幼少期の周囲の、特にお母さんの関わりがどれだけ影響しているかを強く感じていただけに、本当に残念でした。



以下の5項目、お子さんはどうですか?


1.テレビ、ゲーム、スマホなどの利用時間に制限をかけていない。

2.子どもは、食事の後にお皿を下げたり自分のものをしまったりなど一切しない。

3.子どもは、「おはよう」などの挨拶をしない。

4.友人宅、レストラン、食事などに関し、最低限守るべきマナーを、教えていない。

5.子どもの習い事や受験先を、全て親が決めている。


 過保護だったり、過干渉だったりと、子育てがなかなか上手くいっていないで悩んでいる親御さんが結構います。果たして何が足りていないのかと言うことなのですが、一つにはイマジネーション、つまり想像力だと思います。これをするとこの先どうなるのかという想像力なのです。その時々の親の感情に子どもが振り回されてはいないでしょうか。こうした悪因の“たね”はやがて、周りの友だちや、果ては次世代の子育てにと影響します。


 最近の福祉業界を例にとっても、誰かのために・・・と志を持って従事されている人たちで成り立っているはずなのに何かおかしい・・・。そんな事件が頻発していることはニュースでもご存じだと思います。人の幸福につながる架け橋となる仕事には、原則として、“誰がために”という、人の幸せに自分の幸せを重ね合わせられる、“器”とでもいいますか、大きくて優しい心がなければ、長続きはしません。耐えきれなくなってしまうと、暴言や暴力などでしか対応できず、離職してしまう人もいます。イマジネーションがカギなのです。相手の心を読むことなのです。それも、何パターンかの心を読むことなのです。そして、アクション、つまり、立振舞や行為が重要なのです。人が怒りや違和感を覚えるときは、人として、“いかがなものか”と思ってしまう行為や行動によってです。テレビ、ゲーム、スマホなどの利用において、約束事がないままほったらかしているのにも、面倒臭い、今更・・・、なんて感じで“おざなり”にしているのが正直なところでしょう。家以外の公共の場等、また、食事などでのマナーや常識も、今更・・・。という感じでしょう。そういう親たちが電車やバスの優先席でケータイやスマホをいじっている訳です。心臓にペースメーカーが入っている人がそんなにたくさんいるとは思いません。しかし、そう言った人たちへの配慮。あえて、気遣いや心配りをするという、“人として”のマナーを公共の場で約束し合っている社会のルールの“いろは”の“い”なのです。公共の禁煙エリアでの喫煙も同様ですね。しかし、注意する方が恐い時代です。車掌だって直接には注意しません。見て見ぬふりをした方が楽です。警察だってあまり注意しません。今、指示されている業務ではないということでしょう。親だってそうです。“人として”を教えることは、親自身が“人として”どう生きるのか、その背中を見せて実践していくことなのでしょう。これから先をどうイメージし、どう生きていくのか、そして、最後は覚悟して生きていくのか、中途半端な気持ちのまま生きていくのか、それだけの違いで、その差は大きく変わっていくことでしょう。



お薦めの“1冊”


 「人生今からだ」


著 者 石川 洋

出版社 ぱるす出版

価 格 1,080円(税込)


 私が大学
4年のときでした。姉の結婚式で帰っていた岡山からの復路の新幹線の途中、新大阪から隣の席に座ってきた出張中の会社員の方と意気投合し、結局、東京駅に着くまでの間、仕事を通しての人生訓を教わったのです。その方が、最後に結論として言われた言葉が、「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということでした。その方の職場には、東大をはじめ、慶応、早稲田と日本の上澄みにある大学を卒業した人たちが、苦労し、時には泣く泣く働くこともあるとのことで、上司からは、辞めてもかまわない、代わりはいくらでもいるんだからと言われているそうでした。その段階で、私には無理だという、最初からあきらめのような、不安のようなものが頭の片隅に残りました。しかし、その方は付け加えて、もっとも重要なこととして、気持ちの問題。向上するバイタリティーが必要なんだと言われました。石川洋さんのこの本を読んで、当時の、就職活動に入る学年だった自分を振り返るのです。そう言えば、あの頃は何も知らないくせに元気だけはあったと・・・。

この本のはしがきに「誠実なる青年時代の苦しみを経験した者でなければ、心豊かな老いを迎えることはできない」と倉田百三さんの言葉を引用され、終わりに、親鸞聖人の言葉でこう締めくくられています。「人生経験の中で、誰もが迎える“死”ほど不思議なものはない。だれもが、おだやかに迎えたい終着駅である。(中略)最後の人生勉強は「ありがとう」の一語に尽きるのである。」


 新幹線で臨席に座られた会社員の方は、花博で来日していたジャネットジャクソンのバースデイパーティーを主催した電通マンだったのです。その方の言葉と重なって何度もこの本を読み返し、今からだと気持ちを入れ替えています。



編集後記


 彼岸(天国)に近づく私の父は、老いてなお、進化と言いますか、人として向上し続けている背中を私に見せています。そんな父の口癖に、「子どもは親の背中を見て育つ、だから、おまえの生き方は、子どもに影響するんだよ」と言った後、必ず、「お父さんはそれができなかった、おまえたちにしてやれなかった」と晩年になって、反省の言葉を伝えています。私はそう思ってくれているだけで涙が溢れ、自分の至らなさ、親孝行のできない未熟さに反省をするのです。父の思いにどう答えていこうかと考え、そして、自分に与えられた子育てをしっかりしなければと言う答えにたどり着くのです。次世代を大切に育てることは、先祖の思いに答えることなのだと思うのです。そして、親世代からの自立、依存しない生き方をそろそろ意識しなければと思います。子育ては育児書のマニュアルやテクニックではないのですね。最後は慈悲の愛があったかどうかなのだと思います。不器用でいいんです、愛があれば、愛されたという記憶が残れば・・・。(
S
I






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by ikenosai | 2015-10-01 22:02 | 文化だより | Comments(0)

文化だより 第27号

文化だより 第27号
                文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌)
                 特定非営利活動法人 文化高等学院

“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”
(オットー・フォン・ビスマルクの名言より)
未来の安定は想像力が鍵!

国際社会で“平和”に生きていくために!

 選挙権が18歳以上になれば、高校3年生の誕生日を過ぎれば選挙に行かれることになります。尖閣諸島に関わる中国や竹島問題に関わる韓国、拉致被害者問題がまだ未解決の北朝鮮、そして、アメリカとの安全保障をめぐる今後の関係は、間違いなく次の世代へと引き継がれることになるでしょう。そうなりますと、平和の礎になるものをしっかりとつくっておかなければならないのです。選挙は、その根幹となる人材を選ぶ大切なことなのです。国民ひとりひとりがそれぞれの中で意識して政治参加できるきっかけが家庭と教育の現場にもあるようです。希望につながる環境でありたいと願っています。平和は人々の意識の中にこそ根付かせなくてはならないのです。

今こそ、“憲法”について考える!

 最近、なぜ憲法について語られるようになったのか。今号では憲法の役割について考えたいと思います。憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないことや、やるべきことについて国民によって定められた決まりなのです。例えば、日本では表現の自由について保障されており、国による国民の表現活動を侵してはならないと「基本的人権の保障」で守られているのです。「立憲主義」は国民によって制定された憲法で国家権力を制限し、人権保障をはかるという最も基本的で大切な考え方なのです。国民の権利・自由を守るため国に縛りをかけるという役割をもっているのが憲法です。簡単に変えられてその縛りが緩められてしまうようでは本来の憲法の役割としては機能しないことになるのです。憲法を変えることは、普通の法律を変えるよりも厳しい手続が必要とされています。本来の憲法は国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのですが、諸外国との関係、そして、圧力、国際貿易等でのしがらみにあって、優先順位を忘れがちにもなります。今こそ国際レベルでも憲法のような約束事で縛りをつくり、軍備や果ては国際経済までも部分的な抑制が必要とも言えます。そういった取り組み無しでは戦争も紛争も終わる日はこないでしょう。国際連合の常任理事国が、核に核ではなく、諸外国に慈悲を持って接すること。そして、過去の戦争においては、戦争の関係で亡くなった人々の無念の魂を沈め、子子孫孫へ怨念を残さない取り組みが必要なのではと過去の歴史からも感じます。

“主権国家”について考える!

 世界には独立国の数が200近くあります。世界中の人々は、どこかの国家に住んでいるか、どこかの国家に属しています。国家が、国内の政治について、外国から支配を受けずに、国家が独立を保つことや、国内政策を最終的には自国で決定する権利のことなどを主権と言います。独立国には、この主権が欠かせないのです。国家の主権は、法律的には、どの国にも対等です。

 国際社会は、このような主権を持つ国々を中心に構成されています。国家が成り立つには、主権の他にも、国民と領土が必要です。国家は、領土・国民・主権の3つの要素から成り立っています。主権とは、外国からの内政への不干渉。これは 国家が、その国の領土と国民を統治する権利であり、国内政策を最終的には自国で決定する権利です。なお、沿岸から約12海里(=約22km)までの海が領海として認められます。また沿岸から200海里(約370km)までの水域(つまり12海里〜200海里の水域)で、領海の外側の範囲の水域のことを経済水域あるいは排他的経済水域と言います。経済水域内にある漁業資源や鉱物資源は、沿岸国に権利があります。経済水域は領海と違い、他の国と重なることもあります。 1982年に国連海洋法条約で、沿岸の海岸線から200海里までが排他的経済数域と定められました。経済水域の外側の、どの国の領海や経済水域にも属さない海は 公海 とよばれ、公海では、どの国も平等に航行や利用が出来ます。南極大陸や宇宙空間は、どの国の領域にも属しません。

 国家が安定していくための鍵は、まずは国内自給率への強い意識と国際競争に負けないためにも、選ばれる工業製品や加工品の生産。他国にはないもの、あるいは、できないものを作り続けることも重要だと思われます。そして、関税がポイントになります。国産の食料の安定供給と輸入品とのバランスは自国の首を絞めない程度の政策が求められます。そういった観点からも将来の日本のことを考えますと、どんな人に国を治めてもらうかという意識はそれなりの人材を求めていくことが必然的になるでしょう。つまり、アバウトな感覚では任せられないのです。

“風が吹けば桶屋が儲かる”

 国家間の貿易についてはもっと慎重にならなくてはと感じます。以前、ハイチの人々は自国で米の生産をし、自国で消費していましたが、1990年代半ばに、国際通貨基金が推進する貿易自由化政策のもと、それまで35%だった米の輸入税率をわずか3%に引き下げたのです。ここからアメリカ政府のテコ入れが始まりました。ハイチの国内には安いアメリカ産の米が入り、自国米は競争に負け、次第に生産が減少し、80%程を輸入に頼るようになってしまいました。アメリカとの関係が悪くなった場合は簡単に兵糧攻めに遭う縮図を自ずからがつくってしまったことになるのです。主食の調達は自国生産が原則なのです。戦後の日本でも同じような現象がありました。それは戦後の食糧難でアメリカ産の小麦粉と脱脂粉乳が大量に入ってきたときのことです。アメリカの慈悲でいただいていたら、涙が出そうないい話です。しかし、したたかなアメリカの政策だったことはすでにお解りでしょう。

 対米貿易収支のバランスにはまだまだ慎重にならなければ今後の日本もハイチのような結果を招く可能性があります。対中国貿易もです。人件費や物価の違いもありますが、国の生命に関わる食料を簡単に輸入して、国産品が競争に勝てなくなることは、国家を失うことへの加速化につながるのです。理にかなった地産地消の原理と食文化が実は地域性をつくり、人々の性格にも影響を与えていることが言われるようにもなってきています。何世代にも渡って受け継がれてきた食文化。その土地土地、その風土に合った農産物はその気候をも含めての生きる力になっています。通常、暑さに耐える夏の野菜は体を冷やす作用があり、寒さに耐える冬の野菜は、体を温める作用があります。技術の進歩は、季節を狂わせ、旬でないものが年中食べられる環境を生み出しました。心身共に不調を感じるようになるにはそれなりの因果関係があるのです。そういった部分まで含めて考えることも、個々の意識の中につくられればと思います。自分たちの環境を自分たちで守る意識。その原点が、子育てや教育になると思います。


7代先の“未来”に願うこと!

 アメリカンインディアンの中にチェロキーインディアンという民族がいます。彼らは7代先のことをイメージし考えてから、これからのことを決めているそうです。人々が正しく生き続けるための原理原則は、実はシンプルなはずなのですが、自分を立てるがために歪曲してしまうものです。また、権利や義務を法律で定めることだけでは法律万能主義にも陥り、人としてどうあるべきかという大切なものが薄れてもいきます。違法でなければいいと、法律を駆使してでも自己を正当化してしまう感覚も多数派になりつつあります。しかし、多かれ少なかれ、人々の行為には良いことも悪いことも入り混じっているものです。自分のものという概念が無くなると案外、変われるのかもしれません。人々がより善く生きていくための最後の砦は教育ではないかと思うのですが、模範的な大人の行為、特に親の行為は教育の中で一番重きを置く部分でもあると思います。優先席でのケータイマナーや、歩きスマホ等、公共の場での大人の行動は今、子どもたちにとってどのように影響しているのかと考えつつ、自分の行動を振り返っています。

神々が宿る聖域

 中国山脈にある那岐山は岡山と鳥取との県境にあります。南側に降る雨は馬桑川にそそぎ、梶並川、吉野川、吉井川を経て、瀬戸内海に運ばれます。北側に降る雨は千代川を経て日本海に運ばれます。中国山脈は南側を山陽、北側を山陰と呼び、快晴の日の那岐山頂からは遙か伯耆富士(大山)をも望めます。山の麓付近は山陽にせよ山陰にせよ、大きな変化もなく静かに時が流れています。那岐山の南側麓にある奈義町は大昔に浄土宗の開祖、法然上人が幼少期に修業した古寺の菩提寺があります。法然上人ゆかりの大銀杏は当時から今もこの集落を見下ろしています。神秘に満ちたこの山を私は中学の時初めて登りました。以後、渓谷沿いの山道を通って何度も山頂に登ったものです。高校時代には真夜中に起きて20キロもの道のりを自転車を漕ぎ、早朝に山女釣りをしたこともあります。まるで神々が宿る不思議な土地のようにさえ思えます。この地は「NARUTO」の作者岸本斉史さんの生まれ育った土地で、今も那岐山が下界を見守り続けています。

お薦めの“1冊”

 「覚悟の磨き方」
著 者 吉田松陰
(編訳)池田貴将  
出版社 サンクチュアリ出版
価 格 1,620円(税込)

 人材の育成という事を論じるときに欠かせないのが「松下村塾」です。吉田松陰が「松下村塾」で教えたのはわずか2年半でしたが、伊藤博文など、総理大臣2人、国務大臣7人、大学の創設者2人を輩出しました。
 本書では松陰の言葉を通して、その生きざまに触れ、幕末という混乱の世の中で、優秀な人材を輩出し続けた考え方に触れることができます。特に印象深い箇所を紹介します。

人生は四季を巡る
 もうすぐこの世を去るというのに、こんなにおだやかな気持ちでいられるのは、春夏秋冬、四季の移り変わりのことを考えていたからです。
春に種をまいて、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬がくれば貯蔵する。
春と夏にがんばった分、秋がくると農民は酒をつくって、なんなら甘酒なんかもつくって、収穫を祝い、どの村でも歓喜の声があふれます。
収穫期がやってきてきつい仕事がようやく終わった。
そんなときに、悲しむ人なんていないでしょう。
私は30歳で人生を終えようとしています。
いまだ、なにひとつできたことはありません。
このまま死ぬのは惜しいです。
がんばって働いたけれど、なにも花を咲かせず、実をつけなかった。
ですが、私自身のことを考えれば、やっぱり実りを迎える時期がきたと思うんです。
農業は1年で1回りしますが、人の寿命というものは決まっていません。
その人にふさわしい春夏秋冬みたいなものが、あるような気がするんです。
百歳で死ぬ人は百歳なりの四季が、30歳で死ぬ人は30歳なりの四季があるということ。
つまり、30歳を短すぎるというなら、夏の蝉と比べて、ご神木は寿命が長すぎるというのと似たようなものじゃないかと思います。
私は30歳で、四季を終えました。
私の実りが熟れた実なのか、モミガラなのかはわかりません。
ですがもしあなたたちの中に私のささやかな志を受け継いでやろうという気概のある方がいたら、これほどうれしいことはありません。
いつか皆で収穫を祝いましょう。
その光景を夢に見ながら、私はもういくことにします。

祖先を想え
今のこの世界を残すために、自分の命を差し出した人たちがいます。
彼らはなんのために命を捧げようと考えたのでしょうか。
私たちは考えなければいけません。
今のこの世界は、彼らが思い望んだ未来になっているのでしょうか。
その答えは、私たちの生き方でしめすしかありません。

辞世の句
私の身がここで滅んだとしても、私の日本人としての魂は、ここに置いていくことにします。


編集後記

 本誌の創刊から9年が経ちました。当時は、娘が小学校に入学する年でした。第2号の編集後記でゴールデンウィーク明けで学校に行きたがらない娘を学校の下駄箱まで送ったことを書いています。泣いている娘を必死で励まして見送りました。今年、娘は高校1年生になりました。毎朝、7時過ぎには家を出て電車に乗って通学しています。時の経つのは早いものですね。あっという間に、孫ができ、あっという間に来世へと旅立つのでしょうか。それぞれの人生を考えますと、柔軟な考え方と過ごしやすい環境があればと思います。すべてをマニュアル化させ、決まりだけで生きていくのではなく。原理原則に基づいた万物の理(ことわり)を理解し、最後は智慧を授かる方向づけを代々に渡って引き継いでいかれるようにしたいものです。足るを知る生き方、そして、足りないところに心が注がれ、満たしていかれるようになれば、人々の間には感謝の思いが湧き出てくるのではと思います。今こうしてこういう思いになれることが感謝なのですね。(S・I)


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by ikenosai | 2015-07-05 21:48 | 文化だより | Comments(2)

「原理主義の落とし穴」  “心地よい生き方”について考える 文化だより第20号(平成24年6月1日発行)

「原理主義の落とし穴」
   “心地よい生き方”について考える

“脱”原理主義で
      不安を解消!

 更年期の落とし穴

 思春期は第二の成長期です。育ってきた環境や周りの関わりなど、これまでどうだったかが大きく影響してきます。加えて、母親のホルモンバランスに大きな変化が現れる時期とも重なることがあり、お母さんの更年期と子どもの思春期が重なることで家族関係にさらなる不安定を招く原因にもなっていきます。それなのに、働き盛りのお父さんは毎日が仕事で忙しく、家庭を顧みる余裕のない時期でもあるようです。こんなパターンでいきますと、まず、お母さんはお父さんへの不満が増大していきます。とにかくお父さんの行動1つ1つに腹が立つようです。そして、思春期の子どもが思い通りに行かない面へも腹が立ちます。心のよりどころを失い、色々な不満や不安が積もっていき、社会の中の自分、家族の中の自分への不安定から鬱傾向にもなりやすいものです。これを乗り越えるための考え方として、まず、原理主義からの脱却があげられます。
 日本人はきわめてまじめです。決められたことに忠実に動く人が多いです。ああでなければいけない、こうでなければいけないと真面目に取り組んでいきます。しかし、取り組んでいけばいくほどに理想と現実とのギャップにがっかりしたり、辛い気持ちになったりもします。そして、そのネガティブな気持ちに拍車をかけるのが、共感できる人、話を聞いてくれる人がいない場合のようです。これが更年期と重なって特に不安定に陥りやすい大きな大きな落とし穴なのです。



それぞれの精神的自立が重要

 定年後の夫婦には典型的な悪いパターンもあります。妻に依存しすぎる夫。わがままな夫に腹が立つ妻。あれが嫌い、これが嫌だ。と夫への不満を身内にもらすようになっていきます。子どもに愚痴を言うお母さんが多いようです。お父さんがこうだったとか、こうして欲しいのにしてくれない。気遣いがない・・・などなど。年を重ねるにつれ、夫への解消できない不満をもらすようになっていくのです。その不満の始まりは、実は子育てのスタートの時期にさかのぼります。結婚したてのころから夫の妻への愛情はずっと右肩上がりなのに対して、妻は右肩下がりで定年のころには一緒にいても意味がない、むしろ自分の人生はひとりになって過ごしたいと考え、熟年離婚にまで至る場合もあります。これは厚労省の調べで明らかになっている事実です。しかし、これは夫の問題だけでもなく、妻だけの問題でもないのです。では何が大切かということです。基本は調和をとることなのです。そして、この調和は、夫婦関係だけでなく、親子関係にも、近所づき合いにも関係しています。基本的な昔ながらの考え方において現代の女性は違ってきています。一方の男性は相変わらずです。ここに生じるギャップがすれ違い夫婦の根元です。男性は結婚までは母親任せ、結婚後は妻任せで自立しないまま定年退職を迎えます。恐ろしいのは定年後、家で何もしないでゴロゴロしていることに妻はうんざりしていきます。結局、晩年も夫に振り回されていて自分の時間が持てないまま不満が積もっていくのです。基本は早いうちに膿を出し切ってお互いにすっきりした状態から結婚生活を始めることです。これができている夫婦はその後も、話し合いなど適切な解決方法でまるく収めることができるようになるのです。互いにまったく別々の環境で育ってきた人間が同じ屋根の下で易々と過ごせるはずがありません。それでも愛し合っているのであれば早いうちに良い方法をともに考えていくべきなのです。 




覆水盆に返らず ~新たな発想がカギに~

 一度地面にこぼした水はもとには戻りません。同様にこれまでのことをどんなに悔やんでも、もとには戻せません。なのでまずはこれからどうしていくか、どうしていけば良い方向に向かうかを考えるべきなのです。あれはいけない、これはいけないと極端に変えようともともと習慣にないことをやっても簡単に続くものではありません。無理していくとストレスにもなっていきます。原理主義に陥ることはとても危険です。まして、原理主義を通せば他人との関係の中で折り合いをつけるのが困難になり、中途半端なまま理解を得られないままの人間関係しか築けません。我田引水では心はいつまでたっても満たされません。自分の田んぼをまず一番下にして、他の田んぼの水を満たしていくこと、これは他人だけではなく身内にもです。その姿勢は必ず周囲を変えていきます。
 人間関係をどうしても良くしたいと考えている人へのアドバイスとしてはまず、自分の心の悪い癖を直すことをお勧めします。自分の心の中の“小さな死”を実践していくことです。なかなか出来るものではありませんが・・・。たとえば、自分のわがままを抑えて、他人の喜びになる生き方をすること。面倒なことを面倒くさがらず笑顔で行うこと。仕返しや口答えをしない。自己中心的な自分と戦うこと。執着を捨て、いつ死んでも悔いがないよう日々を生き抜くことです。そして、こんな生き方、考え方を他人には絶対に押し付けないことも重要です。なかなか出来ることではありませんが、偉いお坊さんや牧師さん、神父さんにはこんな人が結構います。極めつけはマザーテレサです。よほどの覚悟がないとできないと思います。しかし、これが実践できるようになったら必ず自分の周囲の世界が変わります。そして、居心地の良い環境の中にいることに気づくようになります。




 できた日の思い出

“祈り”千羽鶴にこめて
 
 ある生徒がバイク事故をおこしたとき皆で鶴を折りました。2学期が始まってまもなくして、生徒の母親からの電話でした。娘がバイクで車に衝突し、救急車で運ばれて、すでに3日目。まだ意識不明の重体とのことでした。理事長と話し合った結果、何もできない私たちは、祈ることくらいしかできないので、祈りながら鶴を折ることにしました。その日から皆で鶴を折りました。皆には、彼女が早く元気になって、学校に通えるように祈ろうと話しました。何人かの有志が集まり、休憩時間や放課後を利用して、鶴を折っていました。私は、鶴を折った記憶がほとんどなかったので、生徒たちに誰か折り方を教えてくれないかとたずねると、一番やんちゃな男子生徒が、俺が教えてあげるよと保育園時代に先生から折り紙を教わった話をしながら嬉しそうに教えてくれたのです。私は、びっくりしながら聞いていると、俺が折り紙をするなんて感じじゃないからなあと笑っていましたが、子どものころの思い出を嬉しそうに話していたので、とても良い先生に教わったのだろうと思いました。放課後は学校で、夜は家で鶴を折っているうちに、上手に、しかも早く折れるようになっていきました。最初は折ろうとしなかった生徒も、次第にその輪に加わってきて、いつの間にか皆で鶴を折っていました。
 事故から1週間が経っていました。鶴も千羽になり、母親に電話して、皆で届けに行きました。その日の夕方から彼女の枕元にみんなで折った千羽鶴がかけられました。皆が早い回復を祈っていたと思います。皆の気持ちがひとつになれたことが私は嬉しかったのです。こんな事故はあってはならないのですが、そこから学んだことや経験できたことが素晴らしいできごとだったと思いました。 そして、10日目に奇跡は起きました。彼女が目を覚ましたのです。意識が戻って、退院してまた登校できるようになったのです。母親にさんざん心配をかけた生徒でしたが、卒業式の日には先生方に手紙をしたためていました。母親も娘の卒業に感激し、目から涙が出ていました。私は彼女が入学したころのことを思い出していました。母親には学校に行くといいながら、サボっていて、毎日のように家から確認の電話があったこと。次第に、母親もあきらめていったのか、レポートの期日だけでも守れていたからそれで良いと思っていたのか、少しずつ娘への対応が緩やかになっていったように感じていました。他の高校へ通っている友だちが退学していく中で、高校だけは卒業したいとがんばってくれていたことが、私は嬉しかった。何度も、何度も約束を破られては、また気持ちをリセットする日々の連続でしたが、こうして卒業できて喜んでいる親子を見ることができて本当に嬉しかったのです。母親へは、30才、40才になってやっと分かってくれることがありますから、その日を信じて、今は種を蒔きましょうと話していました。卒業式の日も、この話をして別れました。卒業後も何度か学校に遊びに来ていましたが、最近はとんとご無沙汰のようです。きっと元気でいることでしょう。



お薦めの“1冊” 

 ミュンヘンの小学校
   娘が学んだシュタイナー学校

 著 者 : 子安 美知子

 出版社 : 中央公論新書

 価 格 : ¥714 (税込)
 
 何年か前、著者の子安先生に直接質問する機会がありました。シュタイナーの息の届く環境で子育てや教育に携わっている先生に対して、朝寝坊して、弁当も持たず、お金も持たず空腹の中で過ごし、ゲームやインターネットなど好きなことだけやってダラダラと劣悪な環境の中で過ごしている一部の子どもたちの存在をお伝えし、その子たちにこのシュタイナー教育ができたら、なんて素晴らしいことでしょう。もっと、もっと広めて行かれるつもりはないのですかと詰め寄ってみました。すると先生は、まず、そんな子どもたちが現実にいることに大変驚かれ、信じられないとまで言われました。私にとってシュタイナー教育は、まだまだ金持ちの道楽のような存在でしかありません。現に立川でもシュタイナー専門の学校がありながらも、学校法人としての文科省の認可は得られず、かなりの学費がかかることからも、金持ちであり原理主義者である集団の吹きだまりのような特殊な学校の様にさえ感じずにはいられませんでした。しかし、先生はがっかりされた表情の後、はっきりとした口調で、「広める気はありません。」とはっきりと断言されました。そして、「この教育は、人間が直接、人間を教育し、関わっていくものである以上は、画一化した指導書をつくったり、マニュアルを作ったりして大勢に広められるものではない。」というような内容で話されました。私はそこではっと目が覚めたのです。人間は何処かで楽な生き方を求めがちなところがあります。金さえ出せば、子どもを思いどおりの型枠にはめて製造してくれる、そんな神業を備えた優れたものに期待したり、憧れたりしているのではないでしょうか。しかし、人間本来の心に響くものは、無償で深い人間同士の心と心の関わりだと思ったのです。そしてその積み重ねによって培われていくのだと確信しました。シュタイナー教育にはそのヒントが備わっていたのです。一辺倒の原理主義ではなく、柔軟で工夫した考え方や関わり方で取り組まれてはいかがでしょうか。
 



 健康と予防

 心の安定につながる実践について

 最近の若い人たちの行動には、なぜ、こんなことをしてしまったのか?少し考えれば分かるはずなのに・・・。と言いたくなるようなできごとに出くわすことが多くなっています。1つには育っている環境、周囲の関わりなども大きく影響しています。たとえば、テレビゲームなど、瞬時に反応し進めていかなければならないようなものが非常に多くなっていて、判断力の低い状態で行動をとるといったことが日常茶飯事になっていることも考えられます。こんな状況では、結果のたびに周囲の先生や親たちに怒られることばかりになっていきます。しかし世の中が希薄になっている現代で、適切な解決策を一緒に考えてくれるような大人はそんなにはいません。発達障害などに例えられるこれらの行動には決して治せないものばかりではありません。関わりながらトレーニングすることで解決していくことも不可能ではないようです。まず、子どもたちの1日を振り返ってみましょう。食事の問題、今日はどんなものをいつ口に入れたでしょう。食事は心の安定につながっています。空腹の時間が長かったり、甘いもの、特に砂糖の多いものを摂りすぎたりしていなかったでしょうか。食生活の乱れは即心の乱れに直結しますし、食べられないことよりも食べ過ぎることの方が危険です。次に行動パターンです。1日の予定を考え、イメージし過ごせているでしょうか。これをしないままでいると、予想される問題や困難への対応が全くできません。これは受け身で動いている場合と同じで、誰かに促されないと動けない、自分自身が空っぽの状態です。以前紹介したコーチングに基づく実践が重要になります。つまり、自分で考え、自分で計画し、自分の責任で行動する。しかもその動きの中には社会との関わりなど対外的な節度あるマナーなど人間社会での調和した行動が大切です。これは自学自習では無理です。周囲、特に親の行動が子どもに影響を与えます。まれに反面教師もいますが・・・。なので基本は親の安定した社会生活が基本中の基本のようです。子どもは親を映す鏡です。日頃の子どもの様子から、自身を振り返るきっかけにしてみてはいかがでしょうか。子育ては親子がともに育つことでプラスアルファーの結果をもたらすものです。


編 集 後 記

 ~オリンピックイヤーに寄せて~

 高校時代やったボクシングでは0勝3敗だったにも関わらず推薦で大学に進学しました。家庭の事情もあり、就職を予定していたため、学費や生活費をどうやって捻出するか悩みましたが、バイトをすれば何とかなると考え、必死でバイトをして、部活動をして、夜学に通いました。私がなぜ推薦されたのか、大学に入ってから分かりました。その年は夜逃げしてしまった先輩がいたり、嘘をついて選手登録をしない先輩がいて、リーグ戦に出場する選手が足りなくて、穴埋めのためなら誰でもよかったのです。その影響でリーグ戦は降格寸前、全国大会にも出られず無名だった私にはかなりの重荷でした。1年から重い階級で登録され、増量して出場したのです。第2戦目の相手は2年連続高校チャンピオンでした。私よりも10キロほど上の階級で同い年。彼のことはボクシングマガジンなどでも紹介されていただけに私にはまるで映画「ロッキー」のような話でした。無名選手がチャンピオンと戦うのです。それでも勝負の世界は分かりません。覚悟して勝負に挑んだのです。打って打って打ちまくったらパンチが全部当たって1分間に相手を3回倒してレフェリーが試合を止めて終わりました。それから私は4連勝してチームは残留にこぎ着けたのです。私の役割はその1年目で充分だったのです。今ではとても感謝しています。結局、在学中の4年間は後楽園ホールで行われる全試合(20戦)に出させていただいたのです。あのとき持ちこたえた大学のチームは、その後どんどん強くなっていき、同郷の後輩が何人も推薦で入学してきました。今年はオリンピックの年です。20数年前には想像もつかなかったのですが、後輩からオリンピック選手が誕生しました。前回の北京に続き、今回も出場します。同じ岡山出身の清水聡さんと言います。ぜひ応援してください。

 地球レベルで考えますと、私たちは人類という大きなチームの中のリレー選手のように感じます。そして今、バトンを持って走っています。この先どう走っていくべきかを考えなければなりません。それは誠実に走りながら色々なことをイメージし、実践しながらです。この先でバトンを受け取る次の世代のことをしっかり考えていくことが大切になります。イメージの基本は、善きことを思い、善き行いをしていくことだと思います。原発の問題について賛否両論ありました。あれだけの反対があっても節電どころか、経済の安定をまずは重視していくでしょう。企業があれだけ安い電気に依存している以上、それを止めたり、料金の値上げをしてしまえば、コストは上がり、やがて大インフレに陥ることも想像できるでしょう。未来を担っていく子どもたちのために考えなければならないこれからのことにも色々な選択肢はあるように思います。

 私が大学1年のとき、いくらでも逃げ出すことはできたと思います。一緒に寮に入った期待の新人ともてはやされた関東地区のチャンピオンは入学して数ヶ月で田舎に帰ってしまいました。そして、残された私たちは更なる茨の道を歩んだのです。それだけにそのころのことは特別な印象を残し、語りぐさになっています。私は昨年までの8年間、大学の要望でそのころの話をキャリア教育の中で学生たちに話させていただきました。もう二度と歩みたくない過酷な時代でしたが人生はただ一度だけ、そう思うと、すべては一期一会なのです。だから精魂込めて頑張れたのだと思います。今はただただ感謝です。

 困難、苦しみ、悲しみを誰も好んでまでは経験したくないでしょう。しかし、人が成長する一番の近道はこういった困難や苦しみなどの経験なのです。今、困難、苦しみ、悲しみを感じている方がいらっしゃいましたらどうかこの先の明るい未来を信じてぜひ乗り越えてください。そして、この困難や苦しみ、悲しみを大きく成長していくための糧にしてください。明るい未来への到達を心より祈っています。(S・I) 
              (http//ikenosai.exblog.jp)
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by ikenosai | 2012-06-30 01:08 | 文化だより | Comments(0)

「人間の子育ては本能ではできない」 第19号(24年2月発行)

「人間の子育ては本能ではできない」
“次世代に残したい正しい子育ての「文化」”   ~築かれた母性の中で愛着は築かれていく~ 

 1回目の自我成立は3歳ぐらい、そして2回目の自我成立は思春期で個人差はありますが中学生ぐらいの年齢で訪れます。どちらにせよその辺が反抗期でもあります。まず1回目の反抗期では自主独立的ではないですが、母親に規定された自我に目覚めます。そして、思春期の自我は、自己反省によって自主的に自分を組み直す作業によって築いていき確立されていくのです。しかし、これらの課程が思い通りに上手くいくとは限りません。自我の確立の失敗は重大な精神障害を招くかもしれません。また、1回目の自我成立のときに周囲との人間関係、特に同世代との距離感がつくれていないと思春期での2回目の自我成立が足踏み状態となり、心身共に自立していくことが困難になることも予想されます。困難の原因について考えていきますと、家族の存在が与える影響にたどり着きます。それぞれに個人差はありますが、両親の関係や親の関わり方や考え方がどうであったかということです。つまりこの部分においてが育てる側がこれまで築いてきた結果に他ならないのです。現代において世間的な子育てと育てる側の主観的な子育てとにいくつかの違いはあるでしょう。育てる側から見ても、育てられる側から見ても、世間の考えと主観との間に生じるズレによって違和感は生まれ、育むべき愛着に支障を来し、その世間とのギャップによって子どもの心の発達にも影響を及ぼし、全体の中の自分をつくることが出来ていないことも不登校やひきこもりへの原因として注目すべき課題となります。

~育て直しの基本は親が変わるところから始まる~  
 本来、人間は育てられたとおりの子育てをする癖があります。それが子どもに良い影響を与えるのであれば問題はありません。しかし、どんな子育てのモデルを持つかは次の世代の子育てにどんな影響を及ぼしていくのか?ということになるのです。簡単に説明しますと、叩かれて育った人は叩いて子育てをしてしまい、学校でも同様で、軍隊的教育で体罰や暴力を受けて指導されてきた人が何も学ばないで先生になると、やはり、同じことをしてしまうものです。今の親御さん世代には理不尽な教員の教育を受けたという嫌な経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。だから、リセットする機会が必要なのです。リセットする機会をつくること、それ自体が、教育や子育ての正しい文化をつくることになるのです。
 赤ちゃんを産むと母体の変化から母性が形成されていくと専門家は話します。確かにその通りです。しかし、あまりにも多い情報と多様な生き方の中で、身近なものの影響を受ければ、本来の(理想とする)子育てからは離れてしまうものです。親の影響、特に母親の影響は怖いものです。その母親を支えなければならないのが父親なのです。相互のバランスは人間にしかできない素晴らしい子育ての可能性を持っています。


母から聞いた修学旅行の思い出
 私の母は終戦の年の昭和20年生まれです。兄、姉に続いて3番目に生まれ、その後に5人の妹や弟が生まれました。愛媛県南宇和の漁師町で周囲も裕福な家は少なかったようです。それでも修学旅行にはクラスの半分以上が行ったそうです。母の実家は貧乏で修学旅行へ行くお金などとても出してもらえなかったそうです。それでも行かれない生徒たちが集まり、日帰りの遠足を楽しんだそうです。出発の日は、まず先に修学旅行組を見送ったそうですが、さすがに行かれない生徒たちとともに辛くて辛くて泣いたそうです。子ども心に、行かれない現実が辛くて、貧乏が辛くて…。と母は語ってくれました。
私が小学校の修学旅行のとき、我が家の家計の優先順位はまず修学旅行の積み立てでした。母が子どもの頃に苦い思い出があったからでしょう。お陰で私は楽しい修学旅行に何の不安もなく参加することができました。それは中学でも高校でも同じでした。あのときの母のやさしさ、思いやりは今でも私の宝ものです。
子どもは親の背中を見て育ちます。あのときこうしてくれた。ああしてくれたという記憶がいつまでも強く心の奥に残っていくのです。一家団らんでご飯を食べたり、たわいもない会話をしたりと、親子の関係はこんな日常の積み重ねが大切なのです。そんな思い出が大きな財産となり、心の中に刻まれていき、豊かな心の礎(いしずえ)となるのです。


与えられた仕事に感謝を! ~専門職としてのプライドを~ 
 ケーブルテレビのローカル番組で映画「おくりびと」のモデルになった「納棺夫日記」の著者である青木新門さんの講演が放送されていました。
 富山で貧乏作家をしていて、子育て中にも関わらず貧しくて粉ミルクも買えない有様だったため、近所の葬儀屋に就職します。そこでの仕事は、遺体を拭き、棺桶に入れることでした。死後、何日も経って発見された老婆の遺体など様々な人の死と日々向き合い、生きていきます。当時は特に穢(けが)れる職業ということで、差別や偏見を受け、親戚からも、妻からも辞めるようにと言われていたそうです。そんな状況の中で、青木さんは、かつての恋人の家にお仕事に向かいました。彼女の父の納棺に立ち会ったのです。懸命に仕事をしていた彼の汗を隣でぬぐってくれたかつての恋人の行為に、仕事への自信と誇りが持てるようになっていきます。やがて、清らかで真っ白な白衣に身を包み、納棺夫の七つ道具を入れた素敵なカバンを持って出向くようになりました。遺体の処理だけ済ませば、さっさと帰れと言う雰囲気だったのが、応接間に座布団が敷かれ、お茶が出され、さらに先生とまで言われるようになっていったそうです。そして、年老いたお婆さんから「私の時にはあんたに来て欲しい」と予約まで受けるようになっていったそうです。
 青木さんはその講演でこうもおっしゃっていました。「現代では、死が身近なところでなくなっている」と。心地よく死を受け入れて、身近な人に「ありがとう」と言うことができたなら・・・。死を迎えるその瞬間、臨終に立ち会えた人がやがて次の世代にも同様に「命のバトンタッチ」をしていくことが大切であると話されていました。実は「おくりびと」にはこの場面がなかったから、原作の扱いにならず、タイトルすら別ものになったそうです。
 ガンジス川が流れるインド、ベナレスには生老病死が常にあり、そこには人の死がごく普通に存在しています。人の死と誠実に向き合ってきた青木さんだからこそここまでの偉業につながったのだと感動させられました。



お薦めの“1冊” 

母親幻想 

 著 者 : 岸田 秀

 出版社 : 新書館

 価 格 : ¥1575 (税込)


 この本は「人間は本能が壊れた動物である。」という著者独自の考えから始まっています。これまで、世間一般的に母親は自分の子どもを愛して育てるものだという幻想がつくられてきていること、そしてそれが長らく「文化」として人々を規制してきたことに大きなメスが入れられています。かつては親子の縁など薄いものだったのですが、それが近代国家になって、徴兵制と税金の問題などから、どうしても「家族」という幻想が必要になったことや、親子の関係から、母性との深い関わりが出てきたのだということに触れています。幻想にがんじがらめになっている人には、ガツンと一発の書になり、違和感を感じている人にとっては救いの書になることでしょう。
 母性愛は母親の自己愛の延長に過ぎない、利己主義な母親が子どものためにとあれこれしていることは自分の心を満たすものとしての子育てになってしまっているということなど、母親が子どもに与える影響が精神分析によって細かく書かれています。世間の常識に子育てが大きく影響を受け、多数派の影響によってさらに社会がつくりあげられ、構成されているということ、そして、それが肯定的に見られる傾向によって、正しいものへの基準が解りにくくなってしまっています。そして、本来、親のすべき子育ての境界線を越えてしまった学校教育の難しさが浮き彫りになってきています。子どもがおかしいのは親の責任がほとんどです。しかし、日本では、生徒が非行を犯したりすると学校や教師が非難されます。これは日本の教育の考えに、人は段階を追って成長するものだという「成長の思想」が入ってきたためだと書かれています。たとえば、「自動車教習所には、成長の思想はありません。そこは純粋に運転の技術だけを学ぶ場所です。技術を学んだものが、学んでいないものよりも成長しているとか、大人であるとか言いません。」と、こんなふうに説明が入っています。学校はいつの間にか躾(しつけ)を学ぶところ、成長させてもらえるところという学校教育の「文化」がつくられていきました。そして、さらに、学業はその専門のところに通わせればいいという発想までもが生まれてきます。だからその延長線上に学習塾の必要性が出てきました。学習塾が躾までも担っていたこともありました。洗濯機が誕生し、掃除機が誕生し、買い物は毎日でなくても良い、届けてくれるところもあります。だから、安心して社会に出て行けます。お母さんの家事は減りましたが、便利な時代になったのに母親が子どもと過ごす時間が減り、母個人が有意義に過ごす時間が増えました。またそういう人が増えたから価値観が変わっていきました。さらに、価値観を変えるもう1つの問題がマスメディアの発達です。なので今の時代に「おしん」は流行りません。どの人も今どきのドラマの様な格好いい女性に憧れるのです。子育てという現実逃避が晩婚化をすすめ、親になったとしても、自慢の子どもにしようとして、習い事に通わせ、塾に通わせ、自分の価値を高める材料としての子育てになってしまっているのです。それに失敗した子どもは惨めです。可哀想です。自己肯定ができないのです。母に受け入れられず、自分の存在に疑問を持つようになるのです。母に受け入れられること、いや、誰か身近な人に受け入れられることで、人は生きる力が湧くのです。それに気づかされる1冊です。



 健康と予防  
 免疫力とストレス(続編)

 前号で紹介させていただいた安保先生のお話によると、病気の根本的な原因に自律神経の乱れが影響していることがあげられています。この自律神経の乱れが白血球中のリンパ球と顆粒球のバランスを左右し、免疫力を低下させ病気を引き起こしているそうです。自律神経は自分の意思とは無関係に体の60兆個もの細胞をコントロールしている重要な神経で、免疫系に限らず内分泌系にも関わり、病気にならないよう一体となって働いています。この自律神経には交感神経と副交感神経があります。この2つの自律神経の片方が優位になると片方が下がるというようにシーソーの様になって拮抗して働いているのです。この揺れが激しいほど体調は崩れていきます。また、交感神経も副交感神経もどちらかに偏った状態が長く続くと低体温になり、免疫力も下がり病気になります。交感神経は主に昼間の活動中に働く神経です。この交感神経を優位にするのは、働き過ぎ、悩みや心配事などの過剰なストレスが影響しています。交感神経が優位になると、副腎からアドレナリンがたくさん分泌され、血管を収縮させるため全身に血流障害が起こり、細胞に酸素や栄養が届かなくなります。アドレナリンはストレスホルモンです。アドレナリンの分泌に伴い、顆粒球が大量に分泌されます。そこで増え過ぎた顆粒球が活性酸素を放出して、周囲の正常な細胞までも酸化させ炎症を起こさせ破壊して病気を引き起こす原因になります。顆粒球の増加はリンパ球を減少させ免疫力が低下します。特に胃や十二指腸に潰瘍ができ、それがエスカレートすることで癌を引き起こすのです。一方、副交感神経は、寝るときや食事を摂るときなどリラックスする時間や楽しい時間などに働きます。笑ったり、趣味に没頭しているときなどもそうです。副交感神経優位の状態は、過保護な状態です。ストレスがなさ過ぎる状態が続くと、免疫が過剰に反応します。今度は、アドレナリンではなく、アセチルコリンというホルモンが分泌されます。このホルモンの影響は血管を拡張させ過ぎることなどがあり、それが原因で血液の循環障害を招き低体温になります。副交感神経優位のときには、消化の過程で現れる体に不都合な物質を処理するためにアセチルコリンを出してその受容体を持つリンパ球を増やすのです。リンパ球の増加は顆粒球を減少させ、敵とはみなされないものにまでリンパ球が過剰に反応し、花粉症やアトピー性皮膚炎、喘息といったアレルギー反応を引き起こします。自律神経は1日の中でも、季節でも、天候によっても色々なリズムがあります。免疫学の見解では夜中や明け方にアレルギーや喘息が多いのは夜が副交感神経優位でリンパ球が増えるためで、また、明け方にリウマチの関節のこわばりが起こるのは夜間に増えたリンパ球が炎症を起こすためです。冬に心筋梗塞や脳卒中で倒れる人が多いのは、冬は交感神経優位で顆粒球が最も多くなり、春にアレルギーの病気が多いのは、春から夏にかけて副交感神経優位でリンパ球が最も多くなる時期だからです。春や秋の変わり目は特に注意したいものです。


編 集 後 記
 今号では人間は本能の壊れた動物、もともと母性はなく、つくられていくもの、意識して取り組むものの中から生まれるものだと結論づけてしまいました。しかし、最も大切なことだけはお伝えしなければと思います。私たちにとって子育ての最終ゴールは、死に向かう準備を誠実に行える人間になっていくことではないでしょうか。青木新門さんの講演で、「飛鳥へそしてまだ見ぬ子へ」という映画の原作者、癌のため32歳という若さでこの世を去った井村和清医師の残した次のような手記が紹介されました。「レントゲン室へ行き胸部写真を撮ったのですが、出来あがってきた写真を見た瞬間、覚悟はしていたものの、一瞬背中が凍りました。転移です。私の右足に発生していた肉腫の肺転移。それをさせないために切断した右足でしたが、その甲斐なく、肉腫は肺へ侵入してきたのです。(途中省略)私は心に決めていました。免疫療法を始めよう、この治療法なら、体力のある限り仕事を続けてゆける。治療のために仕事をやめることも、入院する必要もない。歩ける限り、自分の足で歩いていこう。そう考えていました。その夕刻。自分のアパートの駐車場に車をとめながら、私は不思議な光景を見ていました。世の中が輝いて見えるのです。スーパーに来る買い物客が輝いている。走りまわる子供たちが輝いている。犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが美しく輝いて見えるのです。アパートへ戻って見た妻もまた、手を合わせたいほど尊く見えたのでした。」
 井村先生の文章が読まれ涙が溢れてきました。この瞬間、この境地こそが井村先生を育てた親の子育てへの評価だったのです。手を合わせたいほどの気持ちになれる。そんな最期を迎えられたらどんなに素敵な人生になることでしょう。(S・I)

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by ikenosai | 2012-02-18 18:47 | 文化だより | Comments(0)

「セルフケアとコーチング」 “元気に子育て” 文化だより 第18号(23年10月発行)

命のリレー
~子どもたちにいちばん託したいことは何ですか?~

人の一生はどのくらいの期間なのでしょう。私は60数年生きられればあとはおまけだと思っています。つまり、おまけの年になったら感謝、感謝で生きていかなければと今から心の準備をしています。60年といえば、運が良ければ孫の代に巡り会えます。その運にも、年齢的な問題以外に子宝に恵まれないということもあります。たとえば、体質的な問題で不妊治療をしても恵まれなかったり、その逆で無意識のうちに本当は愛してもいなかった相手の子どもを身ごもったりすることもあります。どんな形であれ、子育てができるということは、命のリレーができる、つまり、次世代に命のバトンタッチができる人間本来の幸せに直結していることなのです。しかし、現代の人間の価値観には多様なものが入り込み、その大きな役割を軽んじてしまっていて、人によっては子育てすることで不幸を感じる変な世の中になっているのです。命のリレーをなぜ不幸だと感じてしまうのか、そこには有り余るものの多さなど、価値の多様化で共感しにくい、人の心が分かりにくい等々の問題も見え隠れしていて、単純ではない人々の心を離ればなれにしてしまっているのではないでしょうか。昔は良かった…と言われるのも一理あるのではないでしょうか。昔は単純明快な環境だったから分かりやすかったということなのでしょう。たとえば、今のご家庭の中を見ても、経済的に裕福であれ、貧乏であれ、もので溢れています。必要なものの優先順位も人それぞれです。有り余るものの影響は執着というかたちで現れています。あれも欲しい、これも欲しいといろんなものに手を出し、ついつい買ってしまう。よくよく考えるといらないものまで買ってしまうのです。欲しいものが何でも手に入る経験は、良い結果をもたらすとは限りません。その変な執着が、本来大切な衣・食・住という基本的なことを歪めてしまい、そんな生活空間に子どもたちが置かれているという現状からは何が大切なのかが分からず、未来への希望も見えてはきません。さて、それでは希望の持てる未来とはどんなものなのでしょう。それを示すのが親であり、後々の子孫への大切な役割ではないでしょうか。それを考えること、そのことを願い、思い続ける、念じ続けることが次世代へのメッセージのカギとなるでしょう。以前ご紹介したチェロキーインディアンの7代先の幸せを考えた生き方。ここまで意識が行き渡っていたら、現代社会の問題はこんなに深刻にはならなかったように感じます。今の経済も、そして、原発の問題も。

 任せっきりにしない
 頼りきりにしないなど
 人に依存し過ぎない
 自分で学び
 自分で気づく
 自己責任のもと生きる
 そして、感謝して生きる
 等々・・・

 意識改革が幸福へのカギとなるでしょう。どうか、どうか、今号がそのきっかけになれればと思います。


“十人十色”の環境 
 かつて、介護福祉の勉強のために進学した卒業生がいました。しかし、その勉強は彼にとってかなり難しかったようで、その後、学校をやめていたことをしばらくして知りました。在学中に福祉施設からの引き抜きがあって、そこに就職したとのことでした。以前からコミュニケーションをとるのが難しく、解らなくてもいつも笑顔でうなずくだけでしたので、どこまでを理解できているのかが解りにくい生徒でした。彼の両親は努めて彼のサポートをしていたことでしょう。意思表示の確認も笑顔でうなずかれればイエスなのだと理解しがちにもなります。毎日休むことなく登校し、野球部の練習にも参加し、みんなと楽しんでいたものと私は思い込んでいました。彼が3年生のとき、もう一人の生徒と3人で大岳山(御嶽山よりさらに奥の山)に登ったことがありました。私のペースにも頑張って着いて来て、時に早いと「先生、待って」と声を掛けられる生徒でした。平日だったこともあって山頂は私たちだけでしたので弁当をひろげて昼食にしました。ケーブルカーなど使わず行き帰り全部徒歩でした。これまでの小学校や中学校でも寡黙のまま通過し、何とか乗り越えてきたのだと思います。しかし、福祉の専門的な勉強をするにあたってはかなり困難だったようです。その後、彼の通っていた学校の先生と話す機会があったので彼のことをうかがいました。入学してからの彼の様子を事細かに話してくださったときに私は愕然としました。専門家の目から見て彼は明らかに知的障害があり、障害認定を受けてみると、愛の手帳2度(知的障害者の生活施設に入れる内容)だったのです。今は自立センターで障害者と職員の中間の仕事を任されていて、温厚でやさしい働き振りがとても評価されているとのことでした。嬉しそうな表情で彼から名刺をいただいたことを思い出しました。そこは今、彼にとって最高の居場所になっているようです。本人に適した環境、そして、長く続けられる環境をその福祉の学校の先生は見つけてくださっていたのです。私たちは今、子どもたちのどこを見て将来を考えているのでしょうか。無理やり下駄を履かせ、無理やり納得させ、大人の都合で親の価値観で無理やり次の場所に押し込んでいないでしょうか。考えが不一致の親子を過去にたくさん見てきました。その後どうなっているかと申しますと、ほとんど上手くいっていないことだけはお伝えしておきます。それでも紆余曲折あってやっと自分の居場所にたどり着いた卒業生も何人かいます。やっと本当の気持ちで親と話し合えた生徒たちです。
 子どもの自立は、釣った魚を与えるのではなく、魚をどうやって釣るかを教えることなのです。ただし、どうやったら釣れるようになるか、釣る魚や釣り方など、そして、釣る側、つまり本人の特徴や癖をしっかり捉えて関わらなければいつまでも自立ができないままモラトリアムな時間から抜けられないで苦しんでいくのです。


 “話す力”  
   ~次世代教育への課題~

 文化高等学院では、卒業後マレーシアに向け留学する生徒がいます。その中にはもともと不登校だったり、以前は重いひきこもりの経験を持つ生徒もいます。言葉の壁はもとより、インターナショナルな世界に向けての大きな課題として、プレゼンテーション能力が求められているため、留学先では話す力をつけるプログラムがあらかじめ用意されているようです。つまり、世界を渡り歩くためには、ディベートやプレゼンテーションの力をつけることがすでに必須なのです。それが世界の標準のようです。どこか日本は取り残されているようです。職種によって異なりはしますが、世界を視野に入れた企業で働くのであれば、コミュニケーションの力をつけていくことがこれからはカギになります。コミュニケーションの力は、家族の中からでも充分に学べます。感情的にならず、冷静な中で、相手に自分の伝えたいことを上手に表現できること。相手の話すことが上手く理解できること。この習慣はとても大切なことです。


 健康と予防
  免疫力とストレス

 適度のストレスは健康には必要だそうですが過度なストレスは交感神経の緊張を招きます。過度なストレスが続くと、白血球の中にある免疫成分の顆粒球とリンパ球のバランスが崩れていきます。さらに交感神経の緊張が続くと、体を低体温にしてしまい、継続的に免疫力を下げることになります。低体温は病原菌にとってとても過ごしやすい環境です。例えば、癌(ガン)細胞は41℃以上で消滅し始め、42.5℃を越えるとほとんどが死滅するそうです。これまでの「文化だより」では徹底して低体温対策、冷やさない健康法についてご紹介してまいりました。今一度、バックナンバーをも振り返っていただき、学びの時間にしていただければ嬉しいです。今号では免疫学の世界的権威、安保徹(アボトオル)先生の著書から抜粋させていただいていますので、興味のある方はぜひ、お読みいただければと思います。話をストレスと低体温に戻します。ストレスを取り除くこと、体を冷やさないことで、交感神経を癒すことは病気への改善のカギとなることでしょう。これを実践していくと、ほとんどの病気は治る。そして、癌も。これが安保先生の持論です。現在、私たちは、癌になったら間違いなく死を意識するでしょう。実はここからストレスを増大させ、さらに麻酔をかけメスを入れ、放射線治療、抗ガン剤治療といろいろな方法で免疫力を低下させ、悪化の一途をたどっていくことでしょう。身の回りにもそうやって亡くなられた方がいらっしゃることでしょう。癌にならない顆粒球とリンパ球のバランスがとても重要になります。まず、過度なストレスを受けると自律神経は崩れていきます。そして、興奮物質のアドレナリンが分泌され、さらに交感神経が緊張状態になります。実はこのストレスによるアドレナリンの分泌が血糖値を上昇させるため、糖尿病を引き起こすのです。糖尿病の大きな原因はストレスだったのです。このときの白血球中には顆粒球が増えています。ストレス回避のためには副交感神経を優位にすることが基本となります。夜、しっかり寝ること。食べること。笑うことが重要になります。一般的に交感神経優位の生活パターンの人は比較的やせていて、副交感神経優位の人はふくよかだそうです。どちらにせよ偏りすぎると危険です。交感神経優位の人はストレス解消を、副交感神経優位の人は適度な緊張を与えることが必要になります。しかし、多忙でストレスの多い交感神経優位の人が即効性のある解消法として陥りやすいのが食べることへの執着です。何を食べるかがここでも大きなカギとなります。休憩時間に砂糖のたっぷり入った缶コーヒー、甘いお菓子なんてことはないでしょうか。食べることでストレス解消にはつながります。しかし、何を食べたかが重要になります。甘いものは素早く作用します。ただし、依存性が強いという大きなリスクを抱えることになるのです。先ほどお話しした。ストレスで分泌されるアドレナリンと砂糖を食べて分泌されるインスリンのバランスが不安定になること、さらに砂糖による低体温への影響やそれを好む癌細胞の影響がこの生活習慣を悪化させていくのです。つまり、砂糖の摂りすぎは低体温を招き、体の血糖値を上げ、その結果、インスリンが出て、低血糖になり、低血糖により、(生命を保つために)体を動かさないようにします。低体温と運動不足で免疫力が下がり、呼吸が浅くなっていきます。癌細胞は酸素が苦手です。だから呼吸が浅いということは癌細胞にとって都合が良いことになるのです。
不登校、特にひきこもりのネガティブな原因、思いあたるところはないですか?

 白血球は約60%の顆粒球、約35%のリンパ球、約5%のマクロファージで構成されています。このバランスと免疫力の関係については次号で詳しくお話しします。
 体温を上げて
  免疫力を高めましょう!

①ストレスをためない!
②ダラダラし過ぎない!
③規則正しい生活!
④睡眠時間をしっかりとる!
⑤バランスのとれた食事!
⑥旬のもの!
⑦砂糖を摂り過ぎない!
⑧有酸素で適度な運動!
⑨こだわりや頑固の軽減!
⑩感謝できる心!

 意識すれば取り組める10項目です。ぜひ、取り組まれてみてはいかがでしょうか!



お薦めの“1冊”
 子どもの心のコーチング
~一人で考え、一人でできる子の育て方~

 著 者 : 菅原 裕子

 出版社 : PHP文庫

 価 格 :  ¥580 (税込)

 思春期まっただ中の子どもの心に寄り添うこと、傾聴し、共感することはとても重要であることはほとんどの親御さんはご存じのことでしょう。しかし、どこかで自己流のマニュアル化をしてごまかしていることが結構多いようです。一番は子どもが幸せであること、そして、その幸せは長い目で見てという前提が必要なのです。今を満たすだけの付け焼き刃的な関わりをしていては、いつまでも自立はできないでしょう。育むことも大切であり、経験することも大切、そして、何よりそこから学び、智恵を出すこと、ここに子育てや教育の原点があるのです。変えられぬ個性があるとしたら、それをも受け止めて育てていくこと、ここに本来の子育ての醍醐味があるのではないでしょうか。最後に本書で紹介されている詩をご紹介し、参考にしていただければと切に願うところです。

ひび割れ壺

 インドのある水汲み人足は2つの壺を持っていました。天秤棒の両端にそれぞれの壺を下げ、彼は水を運びます。片方の壺には、ひびが入っていました。完璧な壺が小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに対し、ひび割れ壺はいっぱいまで水を汲んでもらっても家に着く頃には半分になってしまいます。完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら、彼は本来の目的を常に達成することができたからです。ひび割れ壺は、いつも自分を恥じていました。なぜなら、彼はいつも半分しか達成することができなかったからです。
二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日川のほとりで水汲み人足に話しかけました。「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」「なぜそんな風に思うの?何を恥じているの?」水汲み人足は言いました。「この二年間、私はあなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしてもその努力が報われることがない。私はそれが辛いんだ。」壺は言いました。水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。「これからご主人様の家に帰る途中、道ばたに咲いているきれいな花を見てごらん。」てんびん棒にぶら下げられて丘を登って行く時、ひび割れ壺は、お日様に照らされ美しく咲き誇る道ばたの花に気づきました。花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着く頃にはまた水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。すると彼は言ったのです。「道ばたの花に気づいたかい?花が、君の通る側にしか咲いていないのに気づいたかい?僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。そして君は毎日、僕たちが小川から帰る時に水をまいてくれた。この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しい花で家を飾ることはできなかったんだよ。」
   (作者不明 菅原裕子訳)


編 集 後 記
 夏休みの1週間は、岡山に帰省しました。息子と2人で、青春18きっぷでローカル電車を14回も乗り継ぎ、15時間かけて行きました。青春18キップは1枚で5回分もしくは5人分が11,500円で1日1人たったの2,300円で何度も改札を出ることができるので、観光も、買い物もできてとても便利でした。小学1年の息子は、3食が駅弁か立ち食いそばというだけで大喜びでした。1番長かった区間は、米原から姫路までの2時間半の区間で、夏休みの課題をしたり、絵を描いたり、本を読んだりして過ごしました。昨年の夏休みも青春18きっぷを使い、帰り道は、静岡で海水浴をして帰ってきました。今年も息子と長い時間過ごし、楽しい夏休みでした。旅行中、この会報の編集をと考えていましたが、全く手がつけられませんでした。息子たちと鳥取砂丘に行ったり、私の通っていた小学校の校庭で遊んだりしているうちに夏休みが終わり、気がつけば秋になり、あわてて編集し、10月を迎えました。(S・I)
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by ikenosai | 2011-10-29 21:41 | 文化だより | Comments(0)

「お父さんの更年期」 文化だより第17号(23年6月発行)


お母さんだけじゃない 
 “お父さんの更年期” 

こんな症状はないですか!

・疲れやすくなった
・イライラしやすくなった
・トイレが近くなった
・愚痴っぽくなった
・集中力がなくなった
・眠れない日が増えた
・堪え性がなくなった
・新しいことに臆病になった

 などなどありませんか・・・?


 更年期は、老化とともに性ホルモンの分泌の減少の影響でおこるのが原因のようです。
女性の場合には、閉経に伴いエストロゲンという女性ホルモンの分泌が少なくなる期間を更年期といい、一方、男性の場合は、加齢とともに、テストステロンという男性ホルモンの分泌の減少でおこるようです。
男性にも更年期があるとは意外に思われるかもしれません。
エストロゲンやテストステロンといった性ホルモンは、自律神経をコントロールするのに欠かせません。更年期を迎えエストロゲンやテストステロンの急激な減少で自律神経の調子が大きく変化し、自律神経失調症に似た不快感を感じるそうです。更年期という言葉は一定の年齢を指す言葉ではなく、更年期になるタイミングには個人差があり、30代から更年期の症状がでる人もいれば、50代くらいではじめて更年期の症状が出る人もいます。
 男性ホルモンであるテストステロンは、青年期には体内で多量に生成されますが、年を取るに従い減少していきます。このホルモンは、男性を男性たらしめているホルモンで、このホルモンには体の調子をコントロールする重要な働きがあります。
 男性ホルモンの分泌量には、ストレスや運動などの要因も関わっていて過剰なストレスを抱えている人、運動不足の人の場合には、テストステロンの分泌が減少しがちになるようです。過剰なストレスや運動不足は男性にとって更年期障害が生じる割合を高くすることになるのです。

 身体的な症状には、ほてり、のぼせ、冷え性、動悸、肩こり、頭痛、全身倦怠感などの症状があり、精神的症状には、不眠、うつ症状、食欲不振などの症状が見られます。また、頻尿、残尿感などの泌尿器系の症状もあるそうです。 男性更年期障害は几帳面な性格の人、運動不足の人、スポーツを急にやめた人によく起きやすいそうです。また、職業では銀行員や税理士などの堅い仕事の人に多く生じる傾向にあるそうです。
なぜか二代目社長、男らしい男性にも多く起きているそうです。


 予防や対策として一番に挙げられるのがウォーキングと睡眠だそうです。

テストステロンをアップさせる
    “食事と関わり”

 新鮮なタマネギ、ニンニク、ネギを使った料理。

 やさしいコミュニケーションでストレス軽減、ときどきほめたりして心を癒す。

 話をさえぎらないで相槌を打つなどしてよく聞く。

 ボランティアなどで社会とのつながりを持つ。

 スキンシップをとる。腕を組んで散歩するなど夫婦の距離感を狭くする。


野球部が都大会で初めて勝てた日   

~できた日の喜びを振り返る~

 野球をしたいという生徒は、いつも9人ギリギリで何とか大会に出場していた。リーダーシップのとれる者がいれば、少しは上手くなる生徒もいるが、まともに試合ができるだろうかと心配になることのほうが多かった。ちょっとした憧れや気まぐれで野球がしたいと言ってきて、いざ練習になると参加しないで帰ってしまう。厳しくすれば、学校にすら来なくなる。あああ、今年も試合ができるだろうかと、年度初めから私の悩みだけがふくらんだ。今年はチームが組めるだろうか、それでも試合に出たい生徒がいれば出してあげたい。なかなか上手くいかない中でも5~6人はいつも練習に出てきた。試合が近くなって、いよいよ練習に気合いが入り始めた。しかし、登録したのに来ない生徒がいる。いつも気まぐれで無責任なA君。

明日試合だと連絡すると、気乗りしない返事。それでも、迎えに行くからと伝えておいた。6人の生徒を乗せる予定で、最初にA君の家に。案の定、待っていても出てこない。母に説得を促すが、息子との折り合いが悪いのか、強い口調では言えず、堂々巡りを続けている。私は、とうとうしびれをきらし、車を路駐して玄関へ。私の顔を見たA君は、今度は逆ギレ状態で、「絶対いかない」と一言。野球がやりたいと入部してきたときのことを話し、今日の試合をみんな楽しみにしているのに棄権したら、がっかりするだろうと話す。「みんなに謝るか?」と言うと、「土下座ぐらいしてやるさ」と凄んでみせる。そんな見栄を張っても、弱虫なA君にはできるわけない。すんなり、試合に出たほうが本当は楽なのにと思いながらも、やる気を必死で引き出そうとしていた。学校で待っている生徒たちから出発時間が限界をこえていると連絡があった。私の車をあきらめた彼らは、電車に乗って行くことになった。私はA君に説得をくり返していた。なかなか受けいれず、意固地になっていて、動こうとしない。それでも、私はあきらめない。とうとうA君が根負けして、「行くよ、行けばいいんだろう」と一言。私は、無言のまま、車にA君ひとりだけを乗せて、試合会場に向かった。

私の第1回戦は無事終了した。ホッとした。これで試合に出られる。もういい、試合に出られればそれでいい。グランドには、待ちくたびれた8人がいた。朝ご飯も食べずに急いできた生徒がヘロヘロになって待ってくれていた。初戦は、都立六本木高校。人数からいっても、はるかに規模が違う。それでも、9人揃った。何とかなる。運動靴すら持ってこず、私の靴を履いて出たA君。立ち上がりは良かった。しかし、ピッチャーが燃料切れになった。攻撃中の休める時間に、準備しておいたおにぎりを食べさせた。野球の簡単なルールすら知らなかった生徒も、毎日練習に参加しているうちに、投げたり打ったりできるようになっていた。速い球に反応し、ヒットも打った。私もあきらめなかった。必死で声援を送った。燃料切れになったピッチャーも次第に息を吹き返した。勝てる。あきらめなければ勝てる。そう思い始めた。それでも、相手もあきらめない。点差が縮まってきた。しかし、下位打線の生徒がタイムリーツーベースを打って、さらに点差が開いた。みんなが、勝てると思い始めた。最終回、ピッチャーはへたばっていた。それでもみんなが声をかけて、何とか投げきった。そして、試合は終わった。

創設4年目にして、初めて都大会で勝てた。みんなは抱き合い、握手を交わし喜んだ。長い1日だった。みんなはその日1試合だったが、私は2試合分のエネルギーを使った気がした。嬉しかった。試合に出られて嬉しかった。しかも、試合に勝てて本当に嬉しかった。次の試合は、全国大会の出場校。A君はもう試合には来なかった。それでも誰かが加わって、良い試合ができた。コールド負けではあったが・・・。どんなことがあっても私はあきらめない。そこに僅かな可能性があるのなら。ありがとう、感動をくれた生徒たち、そして、試合に来てくれたA君。(当時の手記より)


 “為政清明” 

 ~今はなき大久保利通のような政治家~

 前号では「心のイノベーション」をテーマに茨木のり子さんの詩を取り上げさせていただきました。それから約1ヶ月後、あの震災で東北地方を中心に、特に太平洋側は大惨事となったのです。統率力のない首相、まとまらない一部の国会議員たちによって未だ復興の兆しが見えません。

私たちはこれまでたくさんの本や映画などに出会い、後悔しない生き方の美学をたくさん見聞きしたことでしょう。石油を掘り当てる専門家が宇宙飛行士になって地球を救う映画「アルマゲドン」では最後の最後に遠隔操作ができなくなって誰かひとり小惑星に残って自爆します。くじ引きでそのボタンを押すことになった若者に代わって犠牲になったのは若者のフィアンセの父です。自分が生きて地球に戻っても彼を見殺しにしたことを一生後悔すると感じたのでしょう。娘への愛情の深さが感じられます。他にも白黒だった映画のころの「カサブランカ」では主人公の男がパリで熱烈に愛し合った女性とモロッコのカサブランカで再会します。しかし、彼女には夫がいて、その夫を陥れ、彼女と帰国しようと企てるのですが離陸直前に彼女とその夫を飛行機に乗せ帰国させます。別れ際、彼女に、今、君と一緒に帰国できたとしても後悔するときが必ずやってくると話し、見送ります。あのシーンで主人公を演じたハンフリー・ボガートは英雄になったのだと思います。愛する人のために何かができるということは素晴らしいことだと思います。

国会議員の方に一筆お願いすると「為政清明」と言う文字を書かれる方が結構多いそうです。どうやら座右の銘にされている政治家が多いようです。しかし、それが実行できていたら今の国会のようにはなっていないことでしょう。政治家こそ他人の心をイメージできる力は必要だと思います。そうあればとつくづく思います。今の自分の行いを晩年に後悔しないのでしょうか。する日は来ないのでしょうか。来ないと断言できる人は、本物か、もしくは無神経な人なのでしょう。

アメリカンインディアンの中のチェロキー・インディアンには私のという概念がなく、全てが私たちみんなのという概念だそうです。 私たちみんなの環境、みんなの世界、みんなの地球なのです。そして彼らが何かを決議するときには必ず、これから決められることが7代先の子孫にどういう影響を及ぼすか1人1人がしっかり考えた上で決議をするそうです。なぜならば今我々がココに居るのは7代前の先祖が子孫のことを考えて水を土を空気を森を海を湖を残し続けて来てくれたからなのだと感謝し、次世代へ引き継いでいるのです。

 明治政府の要職を歴任した大久保利通は、財政難の度に私財をなげうって穴埋めをしたそうです。彼が死んだときに残ったのは借金だけでした。それでも友人知人が奔走し、葬式を出したそうです。そして、彼が座右の銘にしていたのが“為政清明”でした。


健康と予防

解毒できる食生活を

 食べたものは身体の隅々に行き渡り、あらゆる臓器の一部になります。もともとあった分子は分解され、排泄されるのです。そして、体内の全ての分子は食べた物の分子と入れ替わっていきます。皮膚はおよそ1ヶ月で、血液はおよそ4ヶ月で入れ替わります。つまり、私たちを構成している分子は半年も経てば全て入れ替わっていることになるのです。食するということは分子レベルでは身体の新しい組織を常に保たせるのために不可欠なわけなのです。しかし、もし、食べ物の中に、本来身体の一部にならないような分子が混じっていたら、従来の作業に支障をきたすことになるでしょう。異物を分解し体外へ出すには、余分なエネルギーが必要になるため、身体に負荷がかかるのです。その余分なエネルギーが実は自然治癒力を阻害しているのです。

現代の食事は、外食(レストランなど)、中食(惣菜などできあいのものを買って家で食べる)が非常に多くなってきています。また、便利とばかりに日持ちする常備食がよく食べられてもいます。一般的に企業が作るものは食中毒をおこしてしまうと営業ができなくなるため、日持ちさせるための工夫としてあらゆる種類の添加物を混ぜています。さらに見栄えは重要なため、いつまでたっても美味しく見えるように余計な物を加えているのです。毎日食べ続けることはそれだけ身体に負荷をかけることになるのです。結果としてアレルギー体質を抱えてしまうことにもなるのです。それではこの余計な物の多い現代の食事に何が相応しいかということになります。こんなご時世で、あれもダメ、これもダメと原理主義に陥っては苦しむだけです。ファミレスに行くのも良し、コンビニで買うのも良し、ただし、解毒する日を持つということです。週単位で動いていれば曜日で決めるとかで良いと思います。例えば月水金はお酒を止めて“休肝日”にするとか、火木土に自然食を食べて解毒するとか、そんな感じの意識で良いと思います。

旬の野菜を食べることがまずお薦めです。なぜかと申しますと、その季節を生き抜く力が備わっているからなのです。例えば冬の根菜類は、寒さに耐えて生きています。つまり寒さに耐えられる力が備わっているわけです。それを食べることによって、寒さに耐える力をいただくのです。キュウリなどの夏野菜は、暑さに耐えて育っています。暑さに耐える智慧が備わっている訳です。それを食べることで身体を冷やし、暑さに耐えられる身体になる訳です。そうなるとキュウリを冬に食べたらたちまち身体は冷えていきます。冬でも食べられるようハウスで作った野菜は本当は冬に合わない野菜という訳です。腰痛や座骨神経痛の人は冷えに配慮した食事療法をするだけで改善する人もいます。実は私もそのひとりでした。

肉や魚などの動物性の食べ物の食べ過ぎも良くないです。食べ過ぎる習慣が続くと、臓器に負荷がかかりますし、中年男性だと前立腺肥大など排尿障害をおこします。砂糖の摂り過ぎもこわいです。酸性の体質になり、病気を引きおこしやすい虚弱な体質になります。また、代謝するためにカルシウムをたくさん消費し、臓器にかなりの負荷をかけてしまいます。現代人の骨の弱さ、特に骨折しやすい子どもの原因は運動不足に加え砂糖の取りすぎによるカルシウム不足だったのです。習慣的に摂りすぎていることが問題なのです。そうなると摂りすぎない食事とさらに解毒できる食事というのが現代における理想の食事ということになるでしょう。

解毒効果のある食べ物でいちばんのお薦めが玄米です。玄米か・・・?。かたいからあまり好きじゃないなんておっしゃる方もいることでしょう。それなら、3分づきとか、5分づきとか、7分づきとか、食べる人に合わせたご飯を考えることです。白米は、米の栄養分を削り落としていちばん旨味の強い部分だけを残していますので玄米に比べて美味しいですがわざわざ手を加えて良いところを捨てているのです。江戸時代の裕福な人たちの間で玄米は硬いのでもっと柔らかくて美味しい白米を食べ始めた人たちがいました。その習慣によって脚気(かっけ)に悩まされたそうです。当時は“江戸わずらい”といわれた贅沢病です。現代は白米ばっかり食べても、他で栄養が摂れるので、脚気に悩む人はあまり聞きません。無農薬の米なんていうのはよっぽどの農家でなければ作っていません。しかし、玄米は農薬を含む玄米であっても、それ以上の解毒作用があり、その他の食物をも解毒するスーパー食品なのです。炊飯器もかなり進化し、玄米が簡単に炊ける炊飯器も出ています。炊き方を工夫したり、味付けを工夫したりして、食べ方のバリエーションを増やすのも楽しいものです。最近の炊飯器は柔らかくも炊けるようになっていますが玄米は本来、硬いものなので、よく噛んでいただくことをお薦めします。


お薦めの“1冊” 

  老いの才覚 

著 者 曽野 綾子

 出版社 ベストセラーズ

 価 格  ¥800 (税込)

 夢を見た、クリスマスの夜。浜辺を歩いていた、主と並んで。砂の上に二人の足が、二人の足跡を残していった。私のそれと、主のそれと。ふと思った、夢の中でのことだ。この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。立ち止まって後ろを振り返った。足跡はずっと遠く見えなくなるところまで続いている。ところが、一つのことに気づいた。ところどころ、二人の足跡でなく、一人の足跡しかないのに。私の生涯が走馬灯のように思い出された。なんという驚き、一人の足跡しかないところは、生涯でいちばん暗かった日とぴったり合う。苦悶の日、悪を望んだ日、利己主義の日、試練の日、やりきれない日、自分にやりきれなくなった日。そこで主のほうに向き直って、あえて文句を言った。「あなたは 日々私たちと共にいると約束されたではありませんか。なぜ約束を守ってくださらなかったのか。どうして、人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、まさにあなたの存在が必要だった時に」ところが、主は私に答えて言われた。「友よ 砂の上の一人の足跡しか見えない日、それは私が君をおぶって歩いた日なのだよ」。 
(最後に紹介されている詩より)

 人間は生まれてくるのも、そして、死ぬのもひとり、人生のひとり旅の中で如何に充実させていくか・・・。社会や周囲に頼りすぎ、不平不満ばかり言う老年が増えてきている中で、人生の折り返し地点である40歳くらいから、充実した老後を送るための智慧を授かることは、その後の人生を幸福に導く鍵となることでしょう。辛口の表現はまさにその歳にならなければ言い切れない・・・、そんな著者の文章からも老後に向けたたくさんのヒントがいただけます。


22年度卒業式 (3月) 
昨年度は14名の生徒が卒業し、就職・専門学校・大学・留学へとそれぞれの進路に進みました。

23年度入学式 (4月) 
今年度は21名の生徒が入学してきました。


編 集 後 記 

5月後半の土曜日、子どもが通う小学校の運動会が雨で延期に、翌日の予備日も雨。その日は授業になったので小学校まで子どもたちを送ってい行きました。「台風の影響で連日の雨、何でこんな時期に運動会を・・・」と思いながら私は歩いていました。次の予備日は火曜日、私は仕事で行かれない。「あああ、今年は見られなかったか・・・」とがっかりしていました。それでも、子どもたちは楽しそうに登校し、運動場の中を長靴でピチャピチャと深い水溜まりを選んで歩いていました。がっかりしているのは私だけか・・・と思い、そうかそうか、この子たちが当日の運動会を楽しめればいいか・・・と気持ちを切り替えながら雨の中を歩いていました。午前中授業だったので昼には帰ってきました。宿題を終わらせ、借りていたDVDの返却や買い物に息子と一緒に行きました。雨の中、それぞれに傘を差し、片道1キロちょっとの道のりをゆっくりと歩いていました。帰り道、傘の差し方がまだぎこちない息子のズボンはびっしょりになっていました。そして、おもむろに今日あった学校の様子を話し始めました。「○○くんは何もしていないのにいきなり顔を叩いてくるんだ・・・。」と。こちらが聞かずとも堰を切ったようにどんどん話してきたのです。 普段から忙しい毎日で、帰宅時刻には息子は夢の中。何の話も聞いてあげられない。悩みなどいろいろな重荷がこの小さな背中にのしかかっているのかと感じ、泣きそうになりながら、今しかない、今しかない、息子の心に寄り添い、心が離れていかないように、せめて話をしっかり聞いてあげなければと思いながら歩いていました。どんな時代であっても人の心が求めるものに大差はないのでしょう。“気の置けない”誰かがいるだけで生きていける力となり、家族とはまさにその存在であり、世の中の“和”の原点であり、親の関わりの重要性を強く感じました。(S・I)
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by ikenosai | 2011-06-05 17:55 | 文化だより | Comments(0)

創刊号 平成18年2月1日発行

 「文化だより」というタイトルで会報を創刊したのは娘が小学校に入る年でした。
不登校やひきこもりなど、また、思春期の問題を抱え通ってくる生徒たちとの関わりの中でNPO法人として何かを発信して行かなければという思いで始めました。娘は春から6年生です。とうとう娘が思春期を迎える時期に突入です。これまでの編集は私自身の子育てに向けた準備だったのだと感じています。
 今後は、バックナンバーもご紹介させていただく予定ですので是非ご覧下さい。




 学校教育に対する不安が積もる昨今、不登校・引きこもり等の問題はよく注目されマスコミ等でも大きく取りざたされています。しかし、教育問題の根本には普段の生活習慣と家庭環境が大きく左右していることが多く、家族や保護者の協力なくしては改善には至らないものです。
 文化高等学院では現在40名ほどの生徒が在籍しておりまして、それぞれの生徒が100パーセントに近い力を発揮できるように支援していくことを何よりも大切にしております。生徒には、多様な関わりをおこない、それぞれが正しい価値感を身につけられるよう心がけて指導しておりますことをどうか、ご理解していただき、ご家庭におきましても子どもたちとの関わりを大切にしていただきたいと思っております。個性を理解し合い、お互いの存在を認め合うということは人間社会を生きていくうえで、とても大切なことです。定款の目的に書かれていますように、本法人は、地域の児童、生徒たちを社会に順応できるよう支援していくことが最終の目標になっています。保護者の皆様の協力体制があるからこそ、良い成果が得られていますことに、心から感謝いたしております。
文化高等学院がNPO法人として新たなスタートをしてから4年目を迎えております。創刊にあたり、本法人の基本精神について、再確認していただければ何よりです。


“孟母三遷” 
 良い子育ては環境から~中国の故事に孟子のお母さんが孟子を良い環境で育てたいと何度か引っ越しをしたというお話があります。子どもは育つ環境によって良くも悪くもなっていきます。まさに自然なのです。子どもたちをとりまく環境でもっとも身近な存在が家族であり、家庭での生活習慣ではないでしょうか。子育てには良い家庭環境が不可欠です。
 1日のスタートは気分良く~気分良く早起きができていますか?朝、早く起きられるためには、早く寝るのがあたりまえなのですが、できていないんですね。朝ご飯、昼ご飯、夕ご飯の3食がきちんと摂れていますか?朝早く起きるためには、睡眠時間を考えて1日を過ごすように生活習慣を整えていくことしか方法はありません。その鍵となるのが家族や身近な人たちの関わりではないでしょうか。
子どもたちに何をしてあげれば良いか最善について考えていきましょう。

 冬の“すごしかた”  「冷え性や低体温」甘くみていませんか?
 寒い冬にもかかわらず薄着で肌を出した服装。そして、冷たい物を飲んだりアイスクリームを食べたりしていませんか。暴飲暴食も、低体温の原因といわれています。低体温の状態が長く続くとガン細胞などの増殖が非常に早いそうです。また、ネガティブな心の要因にもなっているそうです。温かい体には免疫力や抵抗力が備わっています。温かい体を維持するには、それなりの生活習慣を意識することが大切です。室温は暑すぎず寒すぎず、冬なら16~18℃くらいで外気との温度差が極端でない状態が良く、それでも寒ければ、上着を多く着て調整しましょう。温かい靴下を履き、地域の季節にあった物を食べるようこころがけることもお薦めします。また、からだのかゆみでお悩みでしたら、砂糖や油分をひかえ、熱めのシャワーを避けるだけでも改善されるそうです。砂糖の摂りすぎは、免疫力の低下を招き、風邪などの病原菌に対しても抵抗力を失います。食生活にも充分な配慮を。


ちょっと一息“いいお話”
 車が曲がり、急に山道に入る。坂を上がると静けさを破る10数人の 人影に一瞬驚く。知的障害をもつ子どもたちの学園に併設されたワイナ リーの大切な子どもたちでした。そびえるように迫ってくるブドウ畑の 頂上に登り、美しい山並みを見ていると、ワイナリーの職員の方が、ス テキなお話を聞かせてくださった。「子どもたちはそれぞれに合った仕事 をしていますが、1人何もしないで、ブラ、ブラ、ブドウ畑を上がった り下がったりしている子どもがいます。園長に告げると、『1人位風に吹 かれる子どもがいてもいいよ』。その年カラスの大群に、ブドウはメチャ メチャになりました。だけど風に吹かれる子どものいた畑は、何の被害 もありませんでした。彼は鳥追いの役目をしていたのです。」神のなせる 業を聞いたような感動でした。どの子どももすべて必要な子どもたちだ ったのです。  ~ 料理研究家 荻野ハンナさんの著書より ~


 『気』“心にとどけ”

 
 病気になるのも、治るのも通して1つの自然の力です。

 同じ力であって、対立する力ではない。病気になったり治ったり

 しながら人間は寿命を全うするのです。病気を経過させれば

新しくなる体も、病気にならなければじきにくたびれるのです。


野口整体の創始者である野口晴哉さんによると野口整体の中心は活元運動だそうです。くしゃみをするとか、寝返りをうつといったように、無意識に体を動かすことは、からだの歪みを修正する働きを持っていると考えられ、寝返りをうたないで寝ていると疲れることがあり、寝ている間に自然にからだを動かすことでバランスが調えられる。そうした自然の回復パワーを呼び起こすのが活元運動だそうです。冒頭の引用は著書の『愉気法1』で紹介されている言葉です。風邪は治すものではなく、経過させるもの。上手くひいて、経過させれば、新しい体ができて丈夫になるといったように、発想の転換を促している。風邪を上手くひいたほうが、脳溢血のような危険な病にかかりにくくなると考えれば、風邪も悪くないものだと思えるようになって、気が楽になり、焦りがなくなる。そして、自分のからだとゆっくり対話する余裕が出てきて、ゆっくり休み、前向きに経過を待てるようになる。
 ※ 野口整体の話を客観的に聞くと、ミステリアスな話のように聞いてしまいがちになります。しかし、全ての行動で気をおくるということは、意識した生活の根源ではないでしょうか。病も、ネガティブに受け入れてしまえば、心の病にもなり、やがて、大病へとひろがっていくのだと思います。今、心やからだが病んでいる人たちにはこの言葉は“良い薬”になるのでは・・・



  お薦めの“1冊”

『 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 』(リリー・フランキー)(扶桑社)  
文章のテンポが良いので読みやすく、北九州地方の訛りが心地よく感じます。ガンで亡くなったオカンのために書かれた本です。母親は最後の最後まで我が子を心配します。「箱の中のママンキー(オカンが自分で自分のことをこうよんでいた)の遺書」は本当に泣けます。母親というものは実に本当に無欲なものです。だから母親を泣かすのはこの世で一番いけないことなのです。(本文より)
すばらしいジ~ンとくる作品です。

人生を振り返ると、出発点は、母親から生まれるところから始まる。縁があって親子の関係になって生きていく。正しく生きようと理想をもちながらも、感情にながされ対立してしまう。今、そうなってしまっていたら、心をニュートラルにして、この本を読んでみてください。“すてきなお母さん” にただただ涙が溢れてきます。 そしてまた元気になれます。



  編 集 後 記
 正月の2日、3日に行われた、箱根駅伝は、誰も予想していなかった亜細亜大の優勝に、ほとんどの人が驚いたのではないでしょうか。ところが、ひとりだけ優勝できると確信していた人がいました。亜細亜大の岡田監督でした。彼は亜細亜大で指導する以前は、オリンピックに出場した松野明美選手を育てた名監督でした。亜細亜大に就任後、無名の選手たちを懸命に鍛え上げました。9区でトップに出て優勝を確実なものにした選手は夏休み前、練習が嫌になって合宿所を逃げ出していたそうです。それでも、みんなで彼を待ちながら懸命に練習を重ねました。やがて、彼が戻ってきたとき、こころよく迎えてあげました。一緒に苦しい練習をしてきた同僚たちだからこそ理解してあげられたのだと思います。彼は走ることが大好きだったということに気がつきました。再び練習に参加し、そして、強くなっていきました。だめになった彼を最後まで支えていたのが家族であり、父親の励ましの言葉だったそうです。そして彼は、自分が納得できるまで走ろうと心に誓います。大会直前に監督が選手をひとりずつ部屋によび、「今回は優勝するぞ」と話したそうです。どの選手も唖然としました。優勝なんて考えてもいなかったというのが、本音だったそうです。しかし、監督はいつの間にか、彼たちを強く鍛えあげていたのです。長距離を走る競技は、持って生まれた天性よりも、努力のほうが結果を大きく左右するものです。亜細亜大の無名の選手たちの活躍は私たちに大きな希望を与えてくださったように思います。“継続は力なり”そんな言葉を思い出し、希望の持てる新年のスタートとなりました。 〈 S・I 〉














 
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by ikenosai | 2011-03-20 20:48 | 文化だより | Comments(0)

「発想の転換期」 文化だより第16号(23年2月発行)

 ぱさぱさに乾いてゆく心を  ひとのせいにはするな  みずから水やりを怠っておいて  気難しくなってきたのを  友人のせいにはするな  しなやかさを失ったのはどちらなのか  苛立つのを  近親のせいにはするな  なにもかも下手だったのはわたくし  初心消えかかるのを  暮らしのせいにはするな  そもそもが  ひよわな志しにすぎなかった  駄目なことの一切を  時代のせいにはするな  わずかに光る尊厳の放棄  自分の感受性くらい  自分で守れ  ばかものよ      

~「自分の感受性くらい」茨木のり子さんの詩より~

心もイノベーションの時代 

戦後教育の欠陥が3世代目にして表出してきているのが一般的にも判断できるようになってきています。戦後教育は親以上の世代が受けてきた管理教育とさらにその後に行われてきた個性のない横並びな教育とのギャップなどが問題となっていて、平成生まれの子どもたちの歪んだ柱にもなっているようです。しかし、その時代には良かれと思い進められてきたことでもあるので責任の所在を明らかにしたり責めたりするものではなく、早急に是正していくことにこそエネルギーを注ぎたいものです。根本は地域などでのコミュニティーを失った家庭教育にも問題があり、教育機関と家庭とで職分を明らかにしないまま互いに責任をなすりつけあってきた結果にしか過ぎないのです。

 現代社会において発達障害という形で浮き彫りになってきた大人たちの育ちの問題とその大人たちが育てている子どもの問題が今ごろになって「生育歴の膿」として表面化してきているようです。特に6歳ぐらいまでに親にしてもらえなかったことへの不満が問題行動となって現れています。そのために何をしなければならないのか?何ができるのか?を考えていく中で、今からできることとして「育て直し」という発想の転換が未来を変えていくための最短の近道として以前にも紹介させていただきました。(文化だより第7号(平成20年2月1日発行)参考)


 子育ての基本は心に寄り添うことです。子どもの心の内をどこまで理解していますか?今も心を離さないで信頼し合えていますか?頭ごなしに押さえつけたり、逆に言いなりになったりしてないですか?適切なコミュニケーションがとれていますか・・・?人の話が聴けること、自分の伝えたいことが上手に伝えられること。これだけで人間に必要なものの半分は満たされているのですが、そこが満たされていないから、親子の間で、友だちとの間で、先生との間でしっくりこない違和感が生じてくるのです。一言で言えば親にも子にも問題があるのです。だから心もイノベーションの時代にきているのです。


 バブルが崩壊し、失われた10年なんて言われて、さらに失われた10年からも随分経ってしまいました。経済的に失ったものは大きく、如何にして生き残るかが企業に迫られている中では、市場や生産場所を中国へと国内経済を不安にさせる現状が続いています。最後は、心のイノベーションの時代になると思います。今、皆さんの心は潤っていますか、それともパサパサに乾いていますか?


自分が変われば相手も変わる

心が変われば態度も変わる

態度が変われば行動も変わる

行動が変われば習慣も変わる

習慣が変われば人格が変わる

人格が変われば運命が変わる

運命が変われば人生が変わる
  

 (ヒンズー教の一節より)

 最後は心の持ち方だと思います。生きていても死んでいても魂は存在しているのだと思います。しかし、魂が存在していても思うことや考えることだけではその存在に対してのそれ以上の価値は生まれてこないのです。何が大切なのか、それは行動に移すこと、実践することなのです。“思っていた”という言い訳で全てをごまかしてはいないでしょうか。例えば、ありがとうと思うことはとても大切です。しかし、言葉に出して相手に伝えることはその思いに大きな価値をつけて相手の心を動かすでしょう。そして、それが感動という目には見えない付加価値をもたらすことになるのです。


「われチリを払わん、われアカを除かん」 

 産経新聞の連載記事の中に非常に感動させられた茶人、千玄室さんのお話があったのでご紹介します。
 “昔、2人の兄弟がいた。兄のマハーハンドクは秀才といわれたが、弟はどうも物覚えが悪くいつもコンプレックスをもっていた。兄は早くから釈尊の弟子として悟りを開いたが、弟のシュリハンドクは釈尊の教えをなかなか受けることができなかった。しかし、兄は清浄実直な心の持ち主の弟を愛し、自分の弟子として出家させようとした。シュリハンドクは努力するが、出家する大事な言葉が覚えられない。兄は弟のためを思い、家から出して他へ修行に行かせることにした。シュリハンドクは道々悲しくて泣いていると、釈尊が通り掛かりその理由を聞かれ、素直な心を慈しまれて 「われチリを払わん、われアカを除かん」という2句を授けられた。そこでその言葉とともに掃除に専念修行し、年を経てついに悟ることができた。” 
このお話は現代版となってイエローハットの創業者である鍵山秀三郎さんにも通じるお話です。世界中で歌われている讃美歌の中の1曲を作曲された方から直接お話を聞く機会があったときも驚いた記憶があります。トイレ掃除をしながら口ずさんでいるうちに曲ができたと話されていました。20代の頃私が従事していた福祉施設の理事長の親友のお話にも同じような感動があったことを覚えています。もうすでに80歳をこえられた方ですが、その方が若い頃、銀行に就職しました。庶務の採行用で掃除や雑用が中心でした。しかし、その方は真心をこめて掃除をされ、みんながやりたがらない雑用にも喜んで取り組まれていたそうです。そして定年を迎える頃には銀行の支店長になられていたのです。与えられた仕事に誠実に向き合い取り組まれていたのです。必ずお天道様は見ている。誰かが見て、評価してくださっているのです。そして、何よりお掃除した後の心地よさが心のアカまでも落としてくださっていたのではないでしょうか。


健康と予防
現代栄養学の“落とし穴”
 これまでも何度か紹介させていただいた幕内秀夫さんの「粗食のすすめ」の中に現代栄養学に対する警鐘があるようです。例えばカルシウムの消化吸収について、牛乳と日本人の歴史の中で、どこまでDNAが影響しているのでしょうか?日本、韓国、中国のように昔から牛乳を飲まない民族は牛乳の主成分の乳糖を消化させるためのラクターゼという酵素の活性が低くいため消化できず便がゆるくなったり、下痢をしたりすることもあり、いくらカルシウムがあるからと摂取しても排泄されてしまう危険性もあるようです。戦後の復興で国が支えてきた産業の陰で何があったのでしょうか・・・?新たな時代を迎えているように思われます。嗜好品程度であれば問題はないのかもしれませんが、主食のようにして毎日食べ続けていくうちに生活習慣病やアレルギーの問題も起こっていき疾患者が増大することにより、社会的にも大きな問題になっていくようです。今、何を考え、どう取り組んで行かなければならないのかを各個人で考えて行かなければならない時代なのかもしれません。メディアリテラシーという言葉がインターネットの普及とともに言われるようになってきましたが、公の立場から発する情報もまずは鵜呑みにしないで正しい情報がどこにあるのか真実はどうなのか考えなければならない時代にきているのだということのようです。まず、現代栄養学は日本人の日本人による日本人のための栄養学ではなくドイツでまとめられたどちらかというと北欧向けのつまり寒い地域で作られた栄養学なのです。そこに着目すると寒さに耐えるための高カロリー食で、肉や乳製品といった動物性が中心になり、穀物は米ではなく寒い地域でも作られる小麦が主食になるのです。2千年単位の食文化でDNAが作られていきます。それまでにはおそらくアレルギーの問題もあったはずです。今、日本をはじめとするアジア圏の人々の体がその入り口に立っているのです。戦後60数年で大きく変わってしまった食習慣に対して生活習慣病やアレルギーが徐々にその答えを出し始めています。現代栄養学では砂糖も高カロリー、ご飯も同様に高カロリー扱いで性質の違いを考えることもなくカロリーの足し算と引き算だけで食べるものを考えてしまいトータルで考える栄養学にはつながっていきません。それぞれの食べ物が口から入って吸収され、そして排泄されるまでにどんなことがおきているのか、あまり知られていないのです。そこにはマスコミやメディアをも支えている企業が存在しているため決してネガティブな情報は流さないものです。だから自分で学び自分で判断していく時代を迎えているのではないでしょうか。ご飯は噛むことによって唾液が分泌されデンプンからブドウ糖に変わっていきます。時間をかけて消化吸収が行われます。玄米だともっと時間がかかり、腹持ちが良くて持続性があります。一方、砂糖はというと直接吸収されて一気に血液に送られるので血糖値が上がり一気に脳が活性化されるのですが、過剰摂取により血液中の糖分、つまり血糖を押さえようとインスリンが働くことで血糖バランスは安定します。しかし、砂糖の常食が続くと、インスリンの分泌量が多すぎて低血糖になったり、今度はそれをもどそうとアドレナリンが分泌されるのです。アドレナリンの分泌はストレスを生じます。つまり心の不安をつくりだすのです。特に精製された砂糖ほど消化吸収のスピードは速いのです。精製された砂糖の摂りすぎは血液を汚します。目がかゆくなったり、体がかゆくなったりします。免疫力が低下し、鼻水が年中出ていたり、風邪を引きやすいなど虚弱な体質の原因にもなっています。低体温で代謝も悪く冬は乾燥肌、春は花粉症の悪化などなど色々な体調不良によって心の不安が重なって鬱やひきこもりのような症状にも深い関係があったりします。鬱状態だったり、切れやすかったりするような状態の人はまず砂糖の多いものをひかえ、ご飯とみそ汁で朝昼晩そしてしっかり睡眠をとるだけで心身の状態が安定に向かいます。それくらい現代の食習慣はめちゃくちゃなのです。何でも手に入る時代に、好きなものばかり食べていたらDNAが覚えている正しい食事なんて忘れてしまうものです。


卒業生の皆さんへ 
 早いもので、あっという間の3年間を終え、無事に卒業を迎えられた3年生も、色々な不安を持って入学されてきたことをついこの間のように覚えています。
 訳あって前の学校を辞めての入学。やはり高校ぐらいは出ておかないと・・・?と学業に目覚めてからの入学。様々な思いを胸にこの3年間を文化で過ごされたことと思います。決して晴れの日ばかりではなく冷たい雨の日も、激しい風の日も、台風のような日もあったはずです。しかし、その中で強くたくましく成長したことも実感されていることと思います。成長し、自信も着いたのではないでしょうか。この成長の陰には支えてくださったご家族の皆さまをはじめ、関わってくださった人たちの存在があったことをどうか忘れることなく、感謝の気持ちを大切にし、今後、さらに飛躍していかれることを心より願っています。
 不況による就職難など閉塞感ばかりを感じる時代ではありますが心のイノベーションとともに前途洋々、未来に向けて精一杯生きていってください。
生きていれば色々な困難にぶつかるでしょう、全身でぶつかれば痛いでしょう。傷つき、血も出るでしょう。しかし、この傷が勇気となってその後の人生を生き抜く力になっていくはずです。よく卒業生たちに言う言葉ですが、どんなことがあっても生きて生きて生き抜いてください。生きていればまたいつか会える日がきます。その日を私は待ってます。さらに成長した素敵な皆さんに会える未来をずっと、ずっと楽しみにして・・・。
 “自分の思いが上手に伝えられる人に、そして、人の心がよく分かる人”になってください。
  また会う日まで!


お薦めの“1冊”
「結果を出して定時に帰る時間術」

出版社:  成美堂出版

 著 :  小室淑恵

価 格:  ¥ 550 (税込)

 大学を卒業したら専業主婦になると決めていた著者の生き方を変えたのは、大学在学中に特別講師でいらした当時上智大教授だった猪口邦子さんの授業だったそうです。キャリアのある女性にもこんなキュートな人がいるんだと驚いたそうです。そして、「これからは働きながら子育てをする女性が企業にとっても必要な時代」という言葉とともに仕事と子育てをしっかりされている様子にもの凄い憧れを感じたそうです。しかし、資生堂に入社した若い頃は残業ばかりでネガティブだったようです。様々なきっかけで残業を止め、仕事以外の視野も広げることで世界が変わっていったそうです。そのプロセスが詰まったのがこの1冊です。今ではその才能をフルに生かし、働く女性の時代に新しいエッセンスを発信されています。


編集後記
 どんな時代であれ、生き抜く強い心を持つ、これが私の未来へ向けた心構えの原点です。小学校時代、中学時代、高校時代、そして今、どこかで絶望の淵にたたされて未来への希望が遠く霞んでしまい、この先、生きていても・・・?と悩んでしまうこともあるでしょう。歴史から学ぶ智慧があるとしたら、戦後のあの絶望と苦しみの中で生き抜いてきた人々の思いに触れ、学ぶこともこの心のイノベーションの時代には必要なのではないでしょうか。


“わたしが一番きれいだったとき  

街々はがらがらと崩れていって 

とんでもないところから

青空なんかが見えたりした  

 わたしが一番きれいだったとき

まわりの人達が沢山死んだ  

工場で 海で 名もない島で

わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった  

 わたしが一番きれいだったとき

誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった

男たちは挙手の礼しか知らなくてきれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった  

 わたしが一番きれいだったとき

わたしの頭はからっぽで

わたしの心はかたくなで

手足ばかりが栗色に光った

 わたしが一番きれいだったとき

わたしの国は戦争で負けた  

そんな馬鹿なことってあるものか

ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

 わたしが一番きれいだったとき 
ラジオからはジャズが溢れた

禁煙を破ったときのようにくらくらしながら

わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
  
 わたしが一番きれいだったとき 
わたしはとてもふしあわせ

わたしはとてもとんちんかん  

わたしはめっぽうさびしかった  

だから決めた

できれば長生きすることに

年とってから凄く美しい絵を描いた

フランスのルオー爺さんのようにね”
 
~19歳で終戦を迎えた茨木のり子さんの詩より~

 私はこの詩を読むたびに涙が溢れてきます。そして、自分の悩みは大した悩みでないことにいつも気づかされるのです。(S・I)
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by ikenosai | 2011-02-20 21:14 | 文化だより | Comments(0)