いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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第10夜 初恋


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 新しい春の風に吹かれていた。

まだ、12歳の僕はふわふわとした感じで学校に通っていた。

野球部に入ろうか、サッカー部に入ろうかと思っていたのに、何だか自信がなくて、結局は誰も踏み入れていない新しいものを求めていた。

負けず嫌いなくせに自信がない。

しかも、全校生徒は千人もいる。

力に差がないと思ったのでバレー部に入った。

そして、覚悟を決めて丸刈りにした。


 最初の数ヶ月は、見込みがあると思われたので気合いが入った。

先輩たちは強く、地区でも優勝するチームだった。

体育館を2つに仕切るネット越しに、女子のバレー部の練習が見える。

女子も強かったので、顧問の先生も協力し合って、強化練習をやっていた。

月曜日から土曜日まで部活はあった。

土曜日は、顧問の先生の車の洗車が1年生の練習メニューに組み込まれていた。

モップの太い棒をしごき用の棒に細工して、時々生徒のおしりを叩いていた。

怖くておっかない顧問の先生。

それでも、どこからとなくこみ上げてくる愛情を僕は感じ取っていた。

この先生に気に入られたら、きっと強くなる。

そんな錯覚さえもあった。

顧問の先生は絶対的な存在、つまり、神様のような存在だった。

練習着はまだ体操服だったので、学年もクラスも名前も分かった。

1年生の女の子も全員分かった。

いつも気になる女の子。

ぱちりとしたやさしい目に僕は心奪われ恋に落ちた。

一方的な僕の思い。

寝ても覚めても、彼女のことばかり。

ノートのはしに漢字や覚えたてのアルファベットで名前を書いたりして、授業中は上の空。

放課後は、誰にもばれないように彼女を探し、眺めていた。

恥ずかしくて、僕ひとりの中にその思いを閉じこめては、あの笑顔を思い出し、恍惚になり、思春期特有の発作に襲われていた。

 もう、彼女しか見えない。

電話をかけて、彼女が出ても、そこから何も言えなくてこっちから切ってしまう。

恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもない。

片思いだけが何倍にも膨らんでいく。

そんな日が何日も続いていく。

そして、切なさだけが膨らんだ状態で残ってしまう。

切なさをかき集めて、僕は手紙を書いた。

好きで、好きで、大好きで、もう止まらない、彼女への思いを手紙にしたためた。

手紙は郵便で出した。

必ず届いて欲しいという気持ちからか、切手を2枚貼って、2倍の料金で出した。

投函した日は、彼女を見かけても、まだ、大丈夫だった。

しかし、2日、3日と経って、不安になってきた。

しかし、手紙を止めるわけにはいかないので、とうとう覚悟した。
3日目に彼女と目があったとき、いつもと違う感じがした。

手紙が届いたのだろう。

それでも、僕はそのことに触れることができず、ためらったまま、何もできないでいた。

何日も、何日も過ぎて、段々とそんな不安な感覚、切ないままにいることに慣れてきた。

切ない夜を何日も集めて、センチメンタルな夜を膨らませ、その感覚に酔いしれていた。

自分の世界に閉じこもり、世界で一番センチメンタルな少年になりきっていた。


 秋から冬にかかるころ、試合がないオフシーズンに入った。

張り合いもなく、連日続く、筋肉トレーニングにうんざりし始めていたころだった。

僕は、不良の仲間に加わり、部活をサボり始め、放課後の街に繰り出していた。

一度、たがが外れると、もう後は落ちるところまで一気に落ちていった。

先輩に呼び出され、部室に行くと、殴られた。

それも、休んだ日数分殴られた。

泣きながら、練習に加わるが、ついて行けず、次の日は結局サボってしまった。

遠目に見えていた彼女の様子が、僕とは裏腹に充実している。

僕は、自分でだめな奴の烙印を押してしまった。

とうとう先生に呼ばれ、殴られた。

あれだけ車を洗ってやったのにという、恩着せがましい思いがあったが、どうしようもなくこみ上げてくる僕の不穏な感覚は、結局のところ、自業自得でこうなったのだという自分の不甲斐なさから、やがて懺悔の思いへと変わっていった。

それでも、先生は僕を心配してくれていた。

やっぱり、神様だった。

時々、家まで会いに来てくれた。

これまで結局、かっこ悪い僕だけしか彼女には見せていなかった。

もうその後に成就することはないとあきらめた。

そうしているうちに、僕はバレー部をやめてしまった。

 それでも、何かやったらどうかと、親に進められ、卓球部に入った。

学校では花形だったバレー部をやめてしまい、半分帰宅部がいる卓球部に入っても、きっと続かないだろうと自分では思っていた。

それでも、不良から足を洗っていたので、暇だった。

2年生の初夏、3年生が引退したので、僕は先輩にしごかれることもなく、自分たちの時代を迎えた。

練習は、誰にも制限されなかったので、毎日行って、見る見るうちに力を付けて、秋の大会にはレギュラーになった。

それでも時々横目にバレー部の練習を見ていた。

やっぱり、彼女は可愛かった。

ずっと変わらず、僕の憧れのままだった。

僕は去年より10センチ背が伸びた。

彼女は、去年より大人びてきた。

走ると胸がゆらゆらと揺れて、くびれた腰からお尻にかけてのシルエットに僕は目のやり場に困ってしまう。

本音は、誰もいないところでずっと見ていたかった。

何だか僕だけが子どものまま置いてけぼりにされている、そんな感じがしていた。

しかも、バレー部をやめてしまって、根性のないヘナヘナな男にしか見えていなかっただろう。

それでも、彼女がずっと好きだった。

その思いは以前からずっと変わりなかった。

帰宅部だけにはならないまま、試合にも出ていた。

それでも、ずっと地味なままの卓球部だった。

それに引き換え、女子のバレー部は、地区大会を制覇し、彼女はその中でもレギュラーだった。


 3年生になって、彼女と同じクラスになった。

しかも、男女で遊ぶ同じ仲良しグループに僕も彼女もいた。

あのまま返事の来ていない一方通行の恋文は僕と彼女だけの秘密のままだった。

切なかったが、あの1年の時よりもその感覚は薄れていた。

それでも、彼女と話すとき、あのかわいい眼差しにどきどきしていた。

同じグループで話したり、遊んだりして成就しない恋ではあったが、敗者復活戦で上位入賞したくらいの嬉しさはあった。

あのとき、告白していなかったら、今こそ告白して成就したに違いないとも思ったが、やはり、何の取り柄もない僕だけに、よくよく考えると、恋人に昇格はしないだろうと思い直した。


 3学期になって、いよいよみんなの進路が見えてきた。

僕は県立高校と滑り止めに私立高校を受験した。

彼女は、バレーの特待で僕とは違う私立の高校に行くことになっていた。

卒業式が終わって、春休みになって、みんなで遊ぶ日が何回かあった。

しかし、彼女は一回も来ることなく、新学期が始まった。

結局、卒業式に会ったのが最後だった。

しかも、高校2年の途中で、父親の転勤で九州に転校してしまった。

いよいよ彼女は遠くに行ってしまった。

結局、あのときの恋文の返事は帰ってこなかった。

精魂込めて、何日もかけて、推敲した力作だったのに・・・。


 大人になってから、あのときの仲良しグループにいた女の子たちと飲んでいたときに、ふとしたタイミングで、当時の恋文の話を出したら、女の子たちはみんな知っていた。

なので、とっくに僕の失恋は決まっていて、僕より先にみんな知っていたのには赤面した。

それでも、彼女の思いに否定的な感じがなかったのか、今日までみんな黙って、一緒に楽しく過ごしていてくれていた。

僕は、もう会うことのない彼女に思いを馳せ、心の中でそっと「乾杯」をした。

僕が初めて恋した人に「ありがとう」って・・・。

(「恋別離苦」失恋小話より)








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by ikenosai | 2017-01-15 12:11 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第9夜 片思いの遺言


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第9夜 片思いの遺言


 お母さんは恋をしていた。

お父さんがいるのに、恋をしていたと思う。

5年前に見つかったガン細胞は、もう手遅れの状態になっている。

お父さんは現実を受け止められないまま固まっている。

お母さんにやさしい言葉を掛けられない。

今しかないのに・・・。

お母さんは、覚悟していた。

あと半年もない命だと・・・。

 
 定年後からやっているゲートボールが楽しかった。

しばらくはずっと借りていたゲートボールのスティック。

僕は、いつかプレゼントしたくて探した。

新品があまりにも高くて買えなかったので、時々、インターネットのオークションで探していた。

それでも高かった。

僕は、酒を減らし、たばこを減らし、願掛けのつもりで、毎月5千円を貯金して、半年後の母の日にそれをプレゼントした。

やはり、新品は買えなかった。

ネットオークションで買ったスティックをできるだけきれいに手入れしてプレゼントした。

その次の週にお母さんは大喜びでゲートボールに出掛けた。

嬉しくて、嬉しくて、息子からのプレゼントだとみんなに話していた。

僕は、初めてお母さんがゲートボールをやっているところを見た。

なかなかの腕前だった。

驚いたのは、すごく上手いのに自分のスティックを買わずに毎回借りていた人がいたことだった。

家に帰って、お母さんに聞いてみた。

「あのおじさんはどうして自分のスティックじゃないの・・・?」

「あの人は、お金がなくて自分のスティックは買えないのよ。」

「一番上手だけど、威張らないでいつもみんなと仲良くしているいい人なの。」

「お母さんあの人が一番好きなのよ。」

「きっとあの人も、お母さんのこと好きだと思うの。」

「分かるんだ。」

「でも、分かっているだけでいいの。」

「老婆の初恋なのよ。」

「もう、思うだけでいいの。」

「それだけで幸せ。」

「お父さんがいて、あんたがいて、お姉ちゃんがいて。」

「そこに、素敵な人が一緒にゲートボールをしているだけで幸せなの。」

確かにお母さんは、ゲートボールの日はバッチリ化粧して、お見合いにでも行くみたいにきれいだった。

お父さんはまんざらでもない顔をして見送っていた。


 楽しみだったゲートボールも休みがちになった。

お母さんはしんどそうにして休む日が出てきた。

そんな日のお母さんは寂しそうだった。

辛そうな表情で、ウィックも付けず、ニットの帽子をかぶっている。

やせ細った頬で顔が小さくなっていく。

体もやせ細って小さく小さくなって、腰も曲がってしまっている。

僕を産んでくれたたくましいお母さんはもう面影がなく、天国の使者を迎えるために軽く、さらに軽くなっているように感じて切なかった。

それでも友達が来ると気丈に振る舞った。

お母さんは、本当の親友だけしか呼ばなかった。

お母さんは、自分がガンだと分かっていた。

だから、どれだけ苦しいかも覚悟していたし、イメージもしていた。

それでも、やっぱり苦しいのは嫌だと言っていた。

あと1ヶ月位になって、希望していたホスピスに入れた。

僕は、本当にお母さんが死ぬんだと実感し始めていた。

やっぱり、やっぱり、寂しくてたまらなかった。

お母さんのいない世界なんて想像もつかなかった。

神社に行き、お寺に行き、教会に行き祈った。

それでもお母さんは死んでしまう。

神様にどうすればいいのか何度も尋ねた。

神様は教えてはくれない。

ただ、黙って、寂しがる僕とお母さんをただただ見守っているだけだった。

そうだ、お母さんの喜ぶことをしよう。

お母さんの言うことを聴こうと決心した。

お母さんは、あまりしゃべらなくなった。

最後の力を振り絞り、お母さんが死んだらこうして、ああしてとお願い事を言い始めた。

僕は全部ノートに書いていった。

お通夜も葬儀も身内だけ、家族とお母さんの妹と僕の家族、お姉ちゃんの家族、そして、仲の良かった親友4人、家族ぐるみで付き合っていた僕の友達の家族だけ呼んで欲しいと言っていた。

そして、納骨が終わって一段落したら、ゲートボールのサークルで特にお母さんが仲良くしていた人たちだけ呼んで欲しいと言っていた。

「お母さんの好きだったあの人にお母さんの使っていたスティックを使ってもらって欲しいから、必ずあげてね。」

「これはお母さんのお願いなの。」

「あの人はきっと受け取ってくれるわ。」

「だって私のことが絶対に好きだから。」

「そして、最後のお願いがあるの。」

「あなたたち姉弟はずっと仲良しでいてね。」

「お父さんのこと大切にしてね。」

「ずっと、ずっとだよ。」


 ホスピスに入ってから1ヶ月半、やっぱり来る日が来た。

お母さんの意識が遠のいていく、前日から何度か危篤状態になっていた。

昼前になって、ご飯を食べようと部屋を出ようとしたときだった。

お母さんは手をそうっと挙げ、視線を僕に向け、僕の手を呼んでいる。

僕は、なんだ元気じゃんと思った。

僕はお母さんの手を握り、お母さんはその手をぎゅっと握り返した。

僕の顔を見ながら手を握った。

ぎこちない表情に見えたが、お母さんは一生懸命だったはず。

僕の視線を確認すると、うん、うんとうなずき、もう一度手を強く握って目を閉じた。

目尻にスーッと涙がしたたり、目元が震えていた。

そして、強く握っていた手の力が一気に抜けていった。

離したくなかった。

この手を離すと、お母さんはどこか遠くにいく感じがしてどうしても離したくなかった。
寂しくて、寂しくて・・・。

僕は大泣きした。

お母さんが死ぬなんて、嘘だ、絶対に嘘だ。

僕は、子どものようにおいおい泣いた。


 お母さんの遺言通りに通夜も葬儀もおこなった。

納骨が終わり、一段落してから、お母さんが好きだったゲートボールの仲間達を家に呼んだ。

仏壇の遺影に手を合わせ、そして、お母さんとの思い出を語り始めた。

やっぱり、お母さんはみんなに好かれていた。

やっぱり、大切にされていた。

良かった。

嬉しくて涙が出てきた。

そして、お母さんが好きだったおじさんに声を掛けた。

「母からの遺言で、このスティックをおじさんにもらって欲しいと言われまして・・・。」

おじさんはお母さんの遺影に向かって、手を合わせ、深々と頭を下げた。

そして、おいおい泣いた。

やっぱり、おじさんもお母さんが好きだったんだと思った。

僕は心の中でつぶやいた。

「お母さん、良かったね。」


(親友と天国に召された親友のお母様に捧げる)






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以前、親友のお母様が感激してくださったそうめんを使った夏野菜パスタ!




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by ikenosai | 2016-10-01 05:59 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)