いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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第3夜 山背(やましろ)に散る



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 第3夜 山背(やましろ)に散る 


 19歳の11月、オリンピックの予選で京都に来ていた。

一週間分の荷物を大きなバッグに詰めて来たが、3回戦で敗れ、帰ることになった。

同じ日に負けた後輩と京都駅で別れ、僕は音信不通になっていた彼女のところに行くことにした。

アドレス帳を見ると石清水八幡宮の近く。

場所をしっかり確認してそこに向かった。

すぐに住所は見つかったが留守だった。

何時間か時間をつぶし、再び戻ったがまだ留守だった。

やはり、会えないのかと呆然と立ち尽くしていた。

すっかり日が暮れて、しばらく経って彼女の部屋の方を見ると、明るくなっていた。

僕は急いで玄関に行き、ノックをした。

僕の顔を見るなり気まずそうな彼女には、かつてのワクワクするようなやさしいまなざしはなくなっていた。

全日本選手権でベスト16までいったこと、そして、これまでのことをたくさん話したが、結局、長居もできず追い出されてしまった。

その様子から、新しい男がいるに違いないと悟った。

もう、ここにはいられない。

切なさもあったし、試合の疲れもあって、どうでもよくなっていた。

駅に向かい電車に乗ったが、次の淀駅でその日の電車は終わってしまって、どうでもよい気持ちが加速し、考える力もなくなってしまっていた。

しかし、失恋とは裏腹に空腹を感じ、駅前に1軒だけラーメン屋があったのでそこに入り、がっくりと肩を落としラーメンをすすっていた。

試合にも負け、さらに失恋の傷手はかなり堪えた。

ラーメンを食べ終えても、どうすることもできない。

しかし、ここに留まるわけにもいかない。

ぼんやりとしながらも時折、これまでのことを振り返っていた。

1年前の冬、一夜を共にした日のことを。

あの柔らかな肌に触れ、唇に触れ、一点の曇りもない思いを彼女に寄せていたこと。

それだけを思い出し、それだけを励みにひたすら東京でがんばっていたこと。

さっきまでその思いは続いていたはずだったのに・・・。

なのに、あの一瞬で崩れてしまった。

たったこれだけの出来事にも左右されるほど重い恋だったのかとも思った。

何も手に付かないほどに僕の心は傷ついていた。

もう取り戻すことのできない現実から逃れようとして、歩いていた。

そして、遥か遠くに見える京都タワーを目指して歩いていた。

パラパラと降り始めた雨の中を傘も差さずひたすら歩いていた。

おおよその見当でも10km以上はあったはず。

それでも“トコトコ”歩いた。

そのとき僕にはそうするしかなかった。

無気力だったが、止まることもできず、歩くしかなかった。

今さら雨を理由に彼女のところに戻る訳にもいかず、ただただ京都タワーを目指して雨の中を歩き続けた。

雨に濡れ、上着が重くなっていった。

さらに、1週間分の遠征の荷物の重さも加わり、体力は一気に消耗していった。

真夜中の京都で、降りしきる雨の中を僕の抜け殻が歩いていた。

あれだけ遠くに見えていたはずの京都タワーが少しずつではあるが大きくなっていた。

真夜中の雨と失恋の痛手で身も心も完全に冷えきってしまって・・・。

暗闇の道はときどき車が通り過ぎて行ったが、ヒッチハイクをする気にもなれず、この傷手を味わいつつ、センチメンタルな自分にただただ酔いしれていたのかもしれない。

京都タワーが見えなくなった。

見上げると、すでに真上だった。

駅舎はまだ開いておらず、入り口の階段に腰を下ろし、丸くなっていた。

動きを止めてしばらくたつと寒くなってきた。

湿った服からしみこんできた水分で冷やされた体がブルブルと震えてきた。

疲れと寒さ、しだいに遠のく意識。

そんな中でシャッターの開く音で再び意識が戻った。

西に向かうホームに行き、最初に来た電車に乗り込んだ。

網干行きだった。

これなら終点まで行っても平気だった。

コトコトと電車が動き始めて足元のヒーターがじんわりと足を温め始めた。

そして、心地よさからかしばらく深い眠りについた。

明石を過ぎた辺りから停車するごとに目が覚め、姫路で姫新線に乗り換えた。

たまたま、津山までの直通の列車がホームに入っていて急いでそれに乗り込んだ。

どんよりとした早朝に、湿った空気が立ちこめる客室にぱらぱらとしか座っていない乗客。

4人掛けの向かい合わせの座席に座り、靴を脱いで向かいの席に足を乗せ、小雨の降る外をぼんやりと眺めていた。

播磨高岡、余部、太市、本竜野、東觜崎、播磨新宮、千本、西栗栖、三日月、播磨徳久、佐用、ここまでくれば、あとは目をつぶっていても、家に帰れる。

ノスタルジーの風に誘われて、初恋を思い出していた。

大人への階段の途中、あれは、中学2年の夏休み、自転車で兵庫に入り、千種川を下って相生に行った時のことがよみがえってきた。

まだまだ青く、失恋も淡々としていたように感じていた。

あのころに比べると、失恋のレベルも随分と変わっていた。

やはり失恋のダメージは大きかった。

それはかなりのものだったのだろう・・・。

家についてからも一日中布団に潜り込んでしまって、何もする気がおこらなかった。

どんなに思いを寄せていても、あの人にはこの思いは届かなかった。

それでも、思い尽くしたという妙な満足感だけがしばらくの間僕の支えになっていた。

そしていつしか、そんな思いも薄れていった。


数年後のクラス会、彼女と久しぶりに会うことがあった。

もうすでにニュートラルな気持ちになっていて、違和感や不安などなくなっていた。

しかし、彼女の方は気まずそうだった。

彼女の口から「結婚するね。」と一言告げられた。

僕は精一杯の笑顔で「おめでとう。」と応えた。

それから10数年が経った。


 次に会ったとき、僕も結婚し、それぞれが独身ではない関係でお酒を飲む機会があった。

それは、昔の仲間を交えてのことだった。

彼女の苗字が結婚前に戻っていた。

どこでボタンを掛け違えて来たのか、恋焦がれていたあのころの懐かしさと、破局を迎えてしまった彼女の心境を思うと、複雑な切なさが鈍痛な感覚ではあったが、ジワジワと僕の心の中に伝わってきた。

しかし、彼女の本音はわからない。

本当は清々しているのかもしれない。

それでも、僕ならば、僕が彼女の夫ならばきっと後悔するに違いないと思った。

図々しくも、「僕と結婚していれば良かったのに・・・。」と思ったが、その言葉をそっと心の中に閉じこめた。

果たして、彼女は今幸せなのか・・・。と、ときどきそんなことを思う。

あれから何年か経ってしまったが、彼女とは会っていない。


 今ごろになってつくづく思うことがある。

あのころの僕は青く、無垢な心だったのだと・・・。

奈良の都の平城京、やがて月日が経ち、色々あって山の背に遷都された平安京。

山城(山背)の地名の由来を高校時代に習った。

彼女はそのころ、同じ教室で過ごしていた。

しかし、あの京都での出来事は、僕にとって、しばらくの間、応仁の乱のあとのようだった。

まるで焼け野原のようになってしまって、心の傷手に支配されていた・・・。

そして、修復しないままになっている。

完治する傷ではないけれど、それを忘れられるものを求めて生きてきた。

振り返れば、感謝とともに、心の中の風景は古都の味わいに変わっていた・・・。

僕を穏やかな心へと運んだものは、新しい人との楽しい時間の積み重ねに他ならない。


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by ikenosai | 2016-12-18 16:13 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)