いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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   いのこ

 秋も深まるころ、すでに稲刈りは終わっている。

今年の豊作に感謝し、来年の豊作を祈願するお祭りを小学生たちで行う。

小学校4年、5年、6年の男子がひとつになって昔から伝承されてきた祭りで、大きなひょうたん型の石のくびれたところに太いワイヤーを巻き、そのワイヤーを四方からロープで引っ張って持ち上げる。

石の重さは10キロくらいある。

4人がそれぞれのロープを持ち、上から下にと息を合わせて繰り返し地面に打ちつける。

打ちつける前には稲妻のような形をした紙を地面において、その上からお餅をつくように石を叩きつける。

それを一軒ずつ順番にまわっていく。

準備は前日か当日の朝から行う。

まず、いのこの石を保管してある鎮守様のところへとりに行く。

半紙や金銀の紙を買い、その紙を稲妻のような形に切っていく。

互い違いに切れ目を入れていけばその形に切れる。

それを竹竿にたくさん着けていく。

準備は夕方までには終わらせなければならない。

そのころ、母親たちは宿になる家に集まり、お祭り後に食べるカレーの準備を始める。

日没になり、家々に灯りがともるころ、ほとんどの家には家主が戻ってくる。

200軒ばかりある町内の家々をまわってお祭りを祝いに行く。

みんなで「こんばんは、いのこを祝ってください」とお決まりの文句をいう。

すると家主が出てきて祝う位置を決める。

そこに紙を置き、石を4人で餅をつくように叩きつける。

「いのこ、いのこ、いのこのようさ、祝うた人は四方のすみに蔵建てならべ、えんやーえんやーじょじょしゃの宿」と唄い終わると祝儀をもらう。

千円から2千円ぐらいが相場だったが、中には3千円もくれる家もあった。
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# by ikenosai | 2008-10-23 00:52 | 思い出のポケット | Comments(0)

お母さんがいるのならお母さんが・・・

 子どもにとって、お母さんはとても重要な存在です。

そして、お父さんはどうあるべきか考える必要があるのです。

子どもにとって父親の存在とはどのようなものなのか。

世の中のお父さんは忙しく仕事をしています。

家族を養うために文句も言わず、時には歯を食いしばって頑張っています。

最近まではそれが普通のお父さんであり、偉いもんだと社会が絶賛していました。

しかし、認めてくれていない存在があったようです。

それが子どもたちでした。

生まれてから、早い子は数ヶ月で保育園にあずけられます。

朝、早く起こされ、お母さんの関わりも少ないまま、保育園に連れて行かれます。

お父さんはすでに仕事に行っているため、子どもの顔すら見られません。

夕方、母親が迎えに来るまでは、ずっと保育園で過ごすのです。

家に帰ってから、急いでご飯を食べ、風呂に入り、寝るのです。

大人の都合に合わせていたら、寝るのも遅くなります。

お父さんと関わることもなく、顔を見ることもなく眠い朝を迎えるのです。

親って何なんでしょう。

本来人間は母親が母乳を与え、歩き始めるまではしっかり関わっていかなければならないのです。

次第に離乳食へ移り、だんだんと大人と同じ生活に馴染んでいきます。

しかし、それは親がしっかりそばにいて安心した環境を用意してあげられるからこそ、順調に成長し、親から離れていくことができるのです。

今の社会ではとてもその部分が欠けていて、不安定なまま育っている子どもが少なくありません。

以前私は、2ヶ月に1回、地域で開かれていた教育の会議に参加していました。

小・中学校の先生を中心に現代の教育について話し合うものでした。

不登校やひきこもりの生徒たちと関わっている私にとって、幼児期からの親の関わりがとても大切だということを強くうったえたかったので、お母さんは、5時(終業時間)になったらすぐに子どもを迎えに行って、一緒に過ごしてあげて下さい。と言ったら、公立の保育士さんから、「なんてひどいことをいうんですか、女性は仕事をしたらいけないのですか。それは女性への冒涜ですよ。すぐに謝罪していただきたい。」と強い口調で言われ、その時、なぜ怒っているのかも解らないまま、その場をおさめようと一言「申し訳ございません。」と謝罪をしました。

しかし、私は納得したわけではなく、今でも間違ってはなかったと思っています。

慌ただしく毎日を送っているその保育士さんは忙しのか、夜8時を過ぎても帰れない日があると話してましたが、よその子を長時間みて自分の子に何もしてあげられないなんて本末転倒だと思いました。

その保育士さんは、お父さんも協力して欲しいと後から付け足されていましたが、お母さんの関わりがどれだけ幼い子どもに影響するかなんて保育士ならしっかり理解しているのではと思いましたが、その方はそうではなかったのです。

そんな価値観では、共通の理解なんて難しいのかもしれません。

しばらく続いていたその会議もその後、開かれなくなりました。

そこでしっかり話し合い、その積み重ねが理解を深めるためには大切だと考えていたのですが残念でした。

親の関わりが希薄な子どもは、おかしくなって親との意思の疎通が困難になっていくのです。

そうなってからではもう遅いようです。

希薄な関わりが続くと、改善させるエネルギーはもうすでにないようです。

自立できず社会性に乏しい大人になってしまったら、何よりも本人が可哀相です。

誰が責任を取るのでしょうか。

損をするのは本人です。

だから、一生懸命に関わらなければいけないのです。

お父さんの関わりも大事、お母さんの関わりも大事なのです。

それぞれに役割があり、理解し、協力し合っていくことが子どもにとっても家族にとっても円満の秘訣になっていくのです。

大切なものが見えにくくなった今の社会で子育ての支援をしている側の健全な環境は今ある日本の社会の抱えている課題でもあるようです。




 
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# by ikenosai | 2008-10-22 23:50 | 照于一隅 | Comments(0)

イチロー選手のお父さん

 イチロー選手のお父さんは、彼が子どものころから、存分に好きな野球ができるよう関わっていたそうです。

毎日バッティングセンターに通い、バッティングの反復練習をくり返し、技術を体得していったそうです。

随分お金がかかっただろうと思われる方もいらっしゃるでしょう。

また、こんなにお金をかければプロ野球選手にもなるだろうと思う方もいらっしゃるでしょう。

しかし、大切なことは、そんなことではなかったようです。

練習が終わってから、彼の足の裏をマッサージしていたそうです。

それは毎日のことでした。

どんなに親子の関係が悪いときにもそれを続けていたそうです。

子どもと向き合い、意識的に理解を深めようとしていたのだと思います。

そして、メジャーに挑戦するため渡米したときには、足のマッサージ器を贈ったそうです。

お父さんの手のように繊細なものではなかったでしょう。

しかし、これが親離れ、子離れのきっかけになったのかもしれません。

しかし、このお父さんとの思い出は彼にとってかけがえのない宝物となるでしょう。

彼にはまだお子さんがいません。

もし、授かったなら、我が子にも足裏のマッサージをしながら父を思い出し、感謝するでしょう。

親子の関係も、笑顔の日も、笑顔でない日もあります。

しかし、顔を合わせ、解ろうとすることも必要なようです。

今しかないのです、いつか子どもは遠い外国に行ってしまうかもしれないのです。

今しかないのです、子どもと楽しみを分け合う日々は・・・。
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# by ikenosai | 2008-10-22 23:38 | のぼーる(野球) | Comments(0)

生きる希望は親が日々の関わりの中で伝えていく

 2001年6月に大阪教育大学附属池田小学校で8人の児童の命が奪われた事件がありました。

犯人はすでに死刑が執行されています。

この事件から得た教訓が被害に遭われて亡くなった児童のお父さんによって語られています。

そのお父さんはお子さんに、愛していること。

あなたが大切な存在であること。

一緒にいて幸せなことなどを折に触れ伝え、「どんな災害や事件に巻き込まれても、必ずお父さんが助けにいくから、あきらめないで・・・。」と言い聞かせていたそうです。

事件当日、犯人が現れるとすぐ、現場にいた先生は職員室に逃げ込んでしまいました。

最初の通報は、子どもたちが逃げ込んだコンビニの店員さんによってだったようです。

事件の規模も解らないまま救急車が来て、生存が絶望的な児童は、救急車の中に放置され、回復の望がある児童だけが、その後の救急車で病院に搬送されたそうです。

心配の渦中、情報が入ってこない中で、やっと我が子の姿を目にしたとき、我が子は、体を貫通する傷を負って即死状態だったそうです。

長い時間、苦しまなかっただけでも良かったと思ったそうです。

その後の現場検証で、貫通する傷を負いながらも、必死で百メートル近くもの距離を苦しみながら逃げていたことが解ったのです。

必死でお父さんの助けを求め、逃げたのだと解ったのです。

あきらめない心はお父さんの日々の関わりの中からつくられていたのです。

 誰からも、愛されぬ存在、大切に思われぬ存在、一緒にいても幸せだと思われぬ存在で失望していた犯人によって、大切な子どもたちの命が奪われてしまったのです。

今、私たちにできることは、我が子を愛すること、大切な存在であると伝えること、一緒にいて幸せだと伝えてあげること。

そして、親自身もあきらめないで生きていくことです。

それを日々の生活の中で伝えていくことが本当の子育てなのです。
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# by ikenosai | 2008-10-22 00:09 | 照于一隅 | Comments(0)

お金だけではできないこと

 昔の大名の給料はお米でした。

お米が多ければたくさんの人が食べられます。

今の役人の給料はお金です。

お金って便利ですね。

まず腐りません。

傷が付いても、いくつかの条件を満たせば価値はそのままなのです。

夏にはカビや農薬だらけの事故米を食用として流通させていたことが発覚し、農水省の杜撰さも明るみに出ました。

昔の年貢のように、農水省の役人の給料をお米で支給してはどうかと政府に言いたいくらいでした。

勿論事故米でですが・・・。

お金は経済活動の中で物の価値を金額にしてあらわし、人々が物と物とを交換するときの価値尺度をはかるためにはとても便利な存在なのです。

しかし、お金は不思議な存在でもあるのです。

世の中のお金を倍に増やせば、お金の価値は次第に半分になってしまいます。

第一次世界大戦の後、ドイツはもの凄い賠償金を支払いました。

国内のお金を集めても足りないので、とにかく印刷さえすればよいと考え、大量につくったのです。

その結果、1兆倍にも物価が上昇したのです。

買い物は大変です。

リヤカーで札束を持っての買い物です。

カードなんてありません。

そんな歴史に学ぶこともなく、アメリカはどんどんドルの価値を下げてしまっています。

イラクはアメリカのドルに不安を感じ、石油の取引をユーロにしようとしました。

大統領だったフセインはアメリカ国内で処刑されています。

イランも米ドルでの石油の取引を拒んでいます。

アメリカはドルの流通が弱まると金融機関の体力が低下し、ドルの価値も低下していきます。

そして、お金の価値や信用がどんどん失われていくのです。

やがてお金はただの紙切れになってしまうのです。

また、世界中の食料が尽きるころは、きっとお金は役にたたなくなるでしょう。

お金は経済を潤滑にするためには便利です。

その便利が拡大していった結果人間らしい生産活動をしないでマネーゲームに熱中して、お金さえあれば良い、お金さえあれば幸せになれると錯覚してしまうのです。

お金に操られないよう意識を持って生きていくことが必要です。

人間は食べることで命をつなぐのです。

その食べるものは生産活動によって作られるのです。

そういう意味で、第1次産業は人の命に1番近い仕事なのです。

そんな仕事を諸外国に託せますか?
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# by ikenosai | 2008-10-19 23:01 | 照于一隅 | Comments(0)