いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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親との距離、他人との距離

 思春期は、幼少期からの周囲の関わりがとても大きく影響します。

そのため、幼少時期からの関わってきた経過を振り返り、今後に生かしていくことが大切になります。

子どもが幼い時期は、不安ごと全部を受け止めてくれる大人が必要です。

その環境が安心につながっていきます。

この時期に膝にのせたり、抱っこしたりして、スキンシップをしていないと、子どもは不安定に育ちます。

そういった関わり不足の影響で自立しようとする精神が育たなくなり、いつまでも大人になれなくなるようです。

 思春期は中途半端な答えしか出せない時期でもあるので、まだやってもいないのに“無理”だとか、決断ができず“微妙”というような答え方をします。

そんな表現はさほど気にすることもないのですが、周りの大人たちがそういった表現を否定するような場合は、ますます不安定になっていくのです。

 女の子の場合は、幼少期から大人の体に変わる頃までの間に、父親を中心とした男性とのスキンシップも充分にとっておいて欲しいものです。

思春期以降の異性との関わりの中で、不足していたスキンシップなどの影響が年齢に相応しい男女交際を困難にさせ、淋しさや心のすき間を埋める方法として性意識へのハードルをより低くしてしまうようです。

 男の子の場合は、その逆で、女性を中心とした母親とのスキンシップが重要になります。

 思春期にはいると今度は、同性の親との信頼関係が重要になります。

女の子であれば、父親には話せないことばかりになってきますし、男の子であれば、母親には話しにくいことばかりになってきます。

そこで、親としては、否定もせず、肯定もせず、全部の悩みを受け止めてくれる大きな度量が求められるようです。

そして、少しずつ、方向性をつけてあげながら、しっかり見守っていかなければ、糸の切れた凧のように不安定になっていくのです。

再び意識を持とうとしても、もとの原型を留めていないくらいに傷ついてしまうのです。

そこで、子どもの行動を同情することもなく、頭から否定すると、子どもは大きく反抗し、親よりも友だちとの信頼関係を優先するようになっていきます。

 もともと離れていた親子の距離なので、自分を理解してくれる人が現れると、そちらを優先するようになるのは自然なことです。

少しでも、一時でも自分に理解を示してくれた人間に心を許してしまうのです。

それが異性だったら、性に走るのは自然なことなのです。

それ以外に信頼関係らしきものをつくったことがないのですからしょうがないのです。

タイムリーな性教育は、実のところ、子どもが大人の体になるまでが勝負です。

親が面倒臭がったり、子どもの質問をはぐらかしたりすると、正しい理解は遠のいてしまうのです。

 “14才の母”というドラマが話題になりましたが、現在日本の10代の出産は、年間1万6千人から2万1千人もい ます。

驚くことに14歳以下の出産も、毎年40人~50人もいて、10代の中絶数となると3万件前後もいます。

ドラマの影響なのか、その後、ドラマのヒロインのようになりたいという浅はかな考えの少女たちが一時の感情で理性を失い、妊娠し、出産をするのです。

もし思春期までの親との関わりが充分だったら、恋愛対象の男性とは年齢に合った交際、年齢に合ったコミュニケーションからしっかり選別し、理性ある男女の関係を築けるはずです。

それは、恋愛対象の相手より、親との距離の方がより近く、信頼関係も充分だからなのです。

そして、信頼ある親のアドバイスに耳を傾け、悩みを相談できるはずなのです。

14歳以下で妊娠し、出産した赤ちゃんの親権は、自立できない実母よりも祖父母の方が育てられるだろうということで、実母の弟や妹として戸籍に入れられることが多いそ
うです。

 意識した親の関わりによって強い心が育っていき、理性の備わった交際ができるようになり、やがて本物のパートナーを見つけたとき、母親との信頼関係と同じくらいの信頼関係がパートナーとの間にも出来上がっていくでしょう。

そして、その出来事に母親が祝福し、やがて父親や家族からも祝福されるようになるのです。

 子どもは早かれ遅かれ育っていくものです。

大切なものを育んで、自立して親もとをはなれていくのです。

授かり、やがて自然に返す運命なのです。

子どもは自分のものではないのです。
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# by ikenosai | 2008-10-23 16:50 | Comments(0)

病んでいる現代人

 私が新幹線に初めて乗ったのは、大学受験で東京に来るときでした。

新大阪まで高速バスに乗って、そこからひかり号の自由席券を券売機で買いました。

駅のホームでは何本もの新幹線が出ては入り出ては入りして、よくまあこんな間隔で満席の車両が入るものだとビックリしました。

運良く、窓側に座れたので、私は窓に顔をくっつけて外の景色に釘付けでした。

新幹線の速さにも興奮しましたが、京都を過ぎ、遠くかすかに見える琵琶湖らしき大きな湖、名古屋城、浜名湖、富士山、熱海から見える海、新横浜を過ぎて、多摩川を渡り、東京タワーが見えたとき、ああとうとう東京に来たと実感しました。

山手線に乗り換えても、景色に釘付けでした。

皇居が見え、東京タワーが見え、高輪のプリンスホテルが見え、首を右に左に、景色を見るのに忙しかったのです。

そんなもんで、今でも車窓からの景色を眺めるのは大好きです。

 ある夏休みのこと、飛行機で母の実家の島根に行ったとき、翌日から台風で、数日後の飛行機が心配でした。

台風は出発の前夜に通過しました。

雲のない青い空に、飛行機が飛び立ちました。

離陸から、しばらくして、祖父母の住んでいる浜田市瀬戸ヶ島が真下に見えました。

しばらくすると今度は、日本海側から瀬戸内海側に行き、明石海峡大橋が見え、琵琶湖が見え、富士山が見え、伊豆半島が地図と同じ形で見えました。

台風一過のプレゼントに思いがけず感謝しながら、大展望台から日本列島を眺めたような気がしました。

この日のチケットは倍額でもいいとさえ思いました。

 先日、家族で帰省して、その帰りに名古屋を観光しました。

さあいよいよ東京に帰ろうと新幹線の予約をすると、ほぼ満席で、家族はバラバラに座りました。

残念ながら、私の大好きな窓側には座れませんでした。

そして、新幹線は到着するまで、ほとんどの窓の日除けが下りたままで、みんな眠っていました。

忙しいビジネスマンには移動時間は寝るに限るようです。

そして、私のとなりのビジネスマンは、両肘を、肘置きにのせて、新聞を大きく広げ、読んでいました。

私は、その隣で、体を潜めて、弁当を食べていました。

景色の見えぬ、暗い新幹線の指定席車両から私は思いました。

多数派が景色に興味がないこの現状に、少数派の私の方がおかしいのだろうかと・・・。

そして、子どもたちもゲームに夢中で、外の景色には興味がなかったようです。

新横浜を過ぎた頃、息子を抱きかかえ、出入口の扉に行き、そこから一緒に外の景色を眺めていました。

成田エクスプレスを追い越し、山手線を追い越し、その景色に息子は大喜びでした。

いつまでもこんな無邪気な心を大切にしてくれたらいいのになあと・・・思ったわがままな私でした。
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# by ikenosai | 2008-10-23 16:47 | Comments(0)

   いのこ

 秋も深まるころ、すでに稲刈りは終わっている。

今年の豊作に感謝し、来年の豊作を祈願するお祭りを小学生たちで行う。

小学校4年、5年、6年の男子がひとつになって昔から伝承されてきた祭りで、大きなひょうたん型の石のくびれたところに太いワイヤーを巻き、そのワイヤーを四方からロープで引っ張って持ち上げる。

石の重さは10キロくらいある。

4人がそれぞれのロープを持ち、上から下にと息を合わせて繰り返し地面に打ちつける。

打ちつける前には稲妻のような形をした紙を地面において、その上からお餅をつくように石を叩きつける。

それを一軒ずつ順番にまわっていく。

準備は前日か当日の朝から行う。

まず、いのこの石を保管してある鎮守様のところへとりに行く。

半紙や金銀の紙を買い、その紙を稲妻のような形に切っていく。

互い違いに切れ目を入れていけばその形に切れる。

それを竹竿にたくさん着けていく。

準備は夕方までには終わらせなければならない。

そのころ、母親たちは宿になる家に集まり、お祭り後に食べるカレーの準備を始める。

日没になり、家々に灯りがともるころ、ほとんどの家には家主が戻ってくる。

200軒ばかりある町内の家々をまわってお祭りを祝いに行く。

みんなで「こんばんは、いのこを祝ってください」とお決まりの文句をいう。

すると家主が出てきて祝う位置を決める。

そこに紙を置き、石を4人で餅をつくように叩きつける。

「いのこ、いのこ、いのこのようさ、祝うた人は四方のすみに蔵建てならべ、えんやーえんやーじょじょしゃの宿」と唄い終わると祝儀をもらう。

千円から2千円ぐらいが相場だったが、中には3千円もくれる家もあった。
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# by ikenosai | 2008-10-23 00:52 | 思い出のポケット | Comments(0)

お母さんがいるのならお母さんが・・・

 子どもにとって、お母さんはとても重要な存在です。

そして、お父さんはどうあるべきか考える必要があるのです。

子どもにとって父親の存在とはどのようなものなのか。

世の中のお父さんは忙しく仕事をしています。

家族を養うために文句も言わず、時には歯を食いしばって頑張っています。

最近まではそれが普通のお父さんであり、偉いもんだと社会が絶賛していました。

しかし、認めてくれていない存在があったようです。

それが子どもたちでした。

生まれてから、早い子は数ヶ月で保育園にあずけられます。

朝、早く起こされ、お母さんの関わりも少ないまま、保育園に連れて行かれます。

お父さんはすでに仕事に行っているため、子どもの顔すら見られません。

夕方、母親が迎えに来るまでは、ずっと保育園で過ごすのです。

家に帰ってから、急いでご飯を食べ、風呂に入り、寝るのです。

大人の都合に合わせていたら、寝るのも遅くなります。

お父さんと関わることもなく、顔を見ることもなく眠い朝を迎えるのです。

親って何なんでしょう。

本来人間は母親が母乳を与え、歩き始めるまではしっかり関わっていかなければならないのです。

次第に離乳食へ移り、だんだんと大人と同じ生活に馴染んでいきます。

しかし、それは親がしっかりそばにいて安心した環境を用意してあげられるからこそ、順調に成長し、親から離れていくことができるのです。

今の社会ではとてもその部分が欠けていて、不安定なまま育っている子どもが少なくありません。

以前私は、2ヶ月に1回、地域で開かれていた教育の会議に参加していました。

小・中学校の先生を中心に現代の教育について話し合うものでした。

不登校やひきこもりの生徒たちと関わっている私にとって、幼児期からの親の関わりがとても大切だということを強くうったえたかったので、お母さんは、5時(終業時間)になったらすぐに子どもを迎えに行って、一緒に過ごしてあげて下さい。と言ったら、公立の保育士さんから、「なんてひどいことをいうんですか、女性は仕事をしたらいけないのですか。それは女性への冒涜ですよ。すぐに謝罪していただきたい。」と強い口調で言われ、その時、なぜ怒っているのかも解らないまま、その場をおさめようと一言「申し訳ございません。」と謝罪をしました。

しかし、私は納得したわけではなく、今でも間違ってはなかったと思っています。

慌ただしく毎日を送っているその保育士さんは忙しのか、夜8時を過ぎても帰れない日があると話してましたが、よその子を長時間みて自分の子に何もしてあげられないなんて本末転倒だと思いました。

その保育士さんは、お父さんも協力して欲しいと後から付け足されていましたが、お母さんの関わりがどれだけ幼い子どもに影響するかなんて保育士ならしっかり理解しているのではと思いましたが、その方はそうではなかったのです。

そんな価値観では、共通の理解なんて難しいのかもしれません。

しばらく続いていたその会議もその後、開かれなくなりました。

そこでしっかり話し合い、その積み重ねが理解を深めるためには大切だと考えていたのですが残念でした。

親の関わりが希薄な子どもは、おかしくなって親との意思の疎通が困難になっていくのです。

そうなってからではもう遅いようです。

希薄な関わりが続くと、改善させるエネルギーはもうすでにないようです。

自立できず社会性に乏しい大人になってしまったら、何よりも本人が可哀相です。

誰が責任を取るのでしょうか。

損をするのは本人です。

だから、一生懸命に関わらなければいけないのです。

お父さんの関わりも大事、お母さんの関わりも大事なのです。

それぞれに役割があり、理解し、協力し合っていくことが子どもにとっても家族にとっても円満の秘訣になっていくのです。

大切なものが見えにくくなった今の社会で子育ての支援をしている側の健全な環境は今ある日本の社会の抱えている課題でもあるようです。




 
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# by ikenosai | 2008-10-22 23:50 | 照于一隅 | Comments(0)

イチロー選手のお父さん

 イチロー選手のお父さんは、彼が子どものころから、存分に好きな野球ができるよう関わっていたそうです。

毎日バッティングセンターに通い、バッティングの反復練習をくり返し、技術を体得していったそうです。

随分お金がかかっただろうと思われる方もいらっしゃるでしょう。

また、こんなにお金をかければプロ野球選手にもなるだろうと思う方もいらっしゃるでしょう。

しかし、大切なことは、そんなことではなかったようです。

練習が終わってから、彼の足の裏をマッサージしていたそうです。

それは毎日のことでした。

どんなに親子の関係が悪いときにもそれを続けていたそうです。

子どもと向き合い、意識的に理解を深めようとしていたのだと思います。

そして、メジャーに挑戦するため渡米したときには、足のマッサージ器を贈ったそうです。

お父さんの手のように繊細なものではなかったでしょう。

しかし、これが親離れ、子離れのきっかけになったのかもしれません。

しかし、このお父さんとの思い出は彼にとってかけがえのない宝物となるでしょう。

彼にはまだお子さんがいません。

もし、授かったなら、我が子にも足裏のマッサージをしながら父を思い出し、感謝するでしょう。

親子の関係も、笑顔の日も、笑顔でない日もあります。

しかし、顔を合わせ、解ろうとすることも必要なようです。

今しかないのです、いつか子どもは遠い外国に行ってしまうかもしれないのです。

今しかないのです、子どもと楽しみを分け合う日々は・・・。
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# by ikenosai | 2008-10-22 23:38 | のぼーる(野球) | Comments(0)