いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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第9夜 片思いの遺言


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第9夜 片思いの遺言


 お母さんは恋をしていた。

お父さんがいるのに、恋をしていたと思う。

5年前に見つかったガン細胞は、もう手遅れの状態になっている。

お父さんは現実を受け止められないまま固まっている。

お母さんにやさしい言葉を掛けられない。

今しかないのに・・・。

お母さんは、覚悟していた。

あと半年もない命だと・・・。

 
 定年後からやっているゲートボールが楽しかった。

しばらくはずっと借りていたゲートボールのスティック。

僕は、いつかプレゼントしたくて探した。

新品があまりにも高くて買えなかったので、時々、インターネットのオークションで探していた。

それでも高かった。

僕は、酒を減らし、たばこを減らし、願掛けのつもりで、毎月5千円を貯金して、半年後の母の日にそれをプレゼントした。

やはり、新品は買えなかった。

ネットオークションで買ったスティックをできるだけきれいに手入れしてプレゼントした。

その次の週にお母さんは大喜びでゲートボールに出掛けた。

嬉しくて、嬉しくて、息子からのプレゼントだとみんなに話していた。

僕は、初めてお母さんがゲートボールをやっているところを見た。

なかなかの腕前だった。

驚いたのは、すごく上手いのに自分のスティックを買わずに毎回借りていた人がいたことだった。

家に帰って、お母さんに聞いてみた。

「あのおじさんはどうして自分のスティックじゃないの・・・?」

「あの人は、お金がなくて自分のスティックは買えないのよ。」

「一番上手だけど、威張らないでいつもみんなと仲良くしているいい人なの。」

「お母さんあの人が一番好きなのよ。」

「きっとあの人も、お母さんのこと好きだと思うの。」

「分かるんだ。」

「でも、分かっているだけでいいの。」

「老婆の初恋なのよ。」

「もう、思うだけでいいの。」

「それだけで幸せ。」

「お父さんがいて、あんたがいて、お姉ちゃんがいて。」

「そこに、素敵な人が一緒にゲートボールをしているだけで幸せなの。」

確かにお母さんは、ゲートボールの日はバッチリ化粧して、お見合いにでも行くみたいにきれいだった。

お父さんはまんざらでもない顔をして見送っていた。


 楽しみだったゲートボールも休みがちになった。

お母さんはしんどそうにして休む日が出てきた。

そんな日のお母さんは寂しそうだった。

辛そうな表情で、ウィックも付けず、ニットの帽子をかぶっている。

やせ細った頬で顔が小さくなっていく。

体もやせ細って小さく小さくなって、腰も曲がってしまっている。

僕を産んでくれたたくましいお母さんはもう面影がなく、天国の使者を迎えるために軽く、さらに軽くなっているように感じて切なかった。

それでも友達が来ると気丈に振る舞った。

お母さんは、本当の親友だけしか呼ばなかった。

お母さんは、自分がガンだと分かっていた。

だから、どれだけ苦しいかも覚悟していたし、イメージもしていた。

それでも、やっぱり苦しいのは嫌だと言っていた。

あと1ヶ月位になって、希望していたホスピスに入れた。

僕は、本当にお母さんが死ぬんだと実感し始めていた。

やっぱり、やっぱり、寂しくてたまらなかった。

お母さんのいない世界なんて想像もつかなかった。

神社に行き、お寺に行き、教会に行き祈った。

それでもお母さんは死んでしまう。

神様にどうすればいいのか何度も尋ねた。

神様は教えてはくれない。

ただ、黙って、寂しがる僕とお母さんをただただ見守っているだけだった。

そうだ、お母さんの喜ぶことをしよう。

お母さんの言うことを聴こうと決心した。

お母さんは、あまりしゃべらなくなった。

最後の力を振り絞り、お母さんが死んだらこうして、ああしてとお願い事を言い始めた。

僕は全部ノートに書いていった。

お通夜も葬儀も身内だけ、家族とお母さんの妹と僕の家族、お姉ちゃんの家族、そして、仲の良かった親友4人、家族ぐるみで付き合っていた僕の友達の家族だけ呼んで欲しいと言っていた。

そして、納骨が終わって一段落したら、ゲートボールのサークルで特にお母さんが仲良くしていた人たちだけ呼んで欲しいと言っていた。

「お母さんの好きだったあの人にお母さんの使っていたスティックを使ってもらって欲しいから、必ずあげてね。」

「これはお母さんのお願いなの。」

「あの人はきっと受け取ってくれるわ。」

「だって私のことが絶対に好きだから。」

「そして、最後のお願いがあるの。」

「あなたたち姉弟はずっと仲良しでいてね。」

「お父さんのこと大切にしてね。」

「ずっと、ずっとだよ。」


 ホスピスに入ってから1ヶ月半、やっぱり来る日が来た。

お母さんの意識が遠のいていく、前日から何度か危篤状態になっていた。

昼前になって、ご飯を食べようと部屋を出ようとしたときだった。

お母さんは手をそうっと挙げ、視線を僕に向け、僕の手を呼んでいる。

僕は、なんだ元気じゃんと思った。

僕はお母さんの手を握り、お母さんはその手をぎゅっと握り返した。

僕の顔を見ながら手を握った。

ぎこちない表情に見えたが、お母さんは一生懸命だったはず。

僕の視線を確認すると、うん、うんとうなずき、もう一度手を強く握って目を閉じた。

目尻にスーッと涙がしたたり、目元が震えていた。

そして、強く握っていた手の力が一気に抜けていった。

離したくなかった。

この手を離すと、お母さんはどこか遠くにいく感じがしてどうしても離したくなかった。
寂しくて、寂しくて・・・。

僕は大泣きした。

お母さんが死ぬなんて、嘘だ、絶対に嘘だ。

僕は、子どものようにおいおい泣いた。


 お母さんの遺言通りに通夜も葬儀もおこなった。

納骨が終わり、一段落してから、お母さんが好きだったゲートボールの仲間達を家に呼んだ。

仏壇の遺影に手を合わせ、そして、お母さんとの思い出を語り始めた。

やっぱり、お母さんはみんなに好かれていた。

やっぱり、大切にされていた。

良かった。

嬉しくて涙が出てきた。

そして、お母さんが好きだったおじさんに声を掛けた。

「母からの遺言で、このスティックをおじさんにもらって欲しいと言われまして・・・。」

おじさんはお母さんの遺影に向かって、手を合わせ、深々と頭を下げた。

そして、おいおい泣いた。

やっぱり、おじさんもお母さんが好きだったんだと思った。

僕は心の中でつぶやいた。

「お母さん、良かったね。」


(親友と天国に召された親友のお母様に捧げる)






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以前、親友のお母様が感激してくださったそうめんを使った夏野菜パスタ!




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# by ikenosai | 2016-10-01 05:59 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第1夜 “ムーンリバー”が流れた夜

  今日は娘が通う高校の学園祭。

力あふれる吹奏楽部の演奏に「感激」・・・。

高校生はこうでなくては・・・!

硬式野球部の写真の展示を観ながらこの夏の西東京地区予選を振り返っていた。

それぞれに何かが残ったはず・・・!

途中で部活を辞めてしまった娘も、楽しそうに参加していた学園祭。

学校はありがたいなあ・・・と感謝がこみ上げていた。



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第1夜 “ムーンリバー”が流れた夜

 金曜日の渋谷はどの店も若者でごった返していた。

大した期待もせず、ただひたすら酒場にいて、あまり酔わぬようにと意識し、飲み続けていた。

今日は、バイト先の各店舗の仲間たちが集結するコンパの日だった。

やがて、男の子だけの集団に女の子も入ってきて、さらに盛り上がってきた。

初めのうちは冷静に、冷静にと意識し、高まる期待を押さえていた。

しかし、高まる期待は少しずつしぼんでいき、やがて飲み会は終わり、みんな駅に向かった。

帰るグループと次の店に行くグループに別れることになり、迷わず帰るグループに入った。

これ以上飲む気もなかったので帰る方向の電車に乗った。

気がつくと電車は同じ駅を何度か通過していた。

隣には飲み会の途中から隣にいた女の子が座っていた。

どうやら彼女も少し酒に酔っていた。

電車はさらに一周し、渋谷に戻ってきた。

彼女に手を引かれ横浜方面に向かう電車に乗った。

多摩川の長い鉄橋を渡り、次に気がついたときは、横浜駅を過ぎていた。

どうやら、彼女のテリトリーなのか、何の迷いもなく終点まで乗ってしまった。

そして、終点の桜木町から、歩道の石畳にある道標をつたうように港の方へ行き、山下公園に出た。

行く当てもなくここにたどり着いたカップルたちでベンチはいっぱいだった。

夜風が少し肌寒く、もう一枚上着が欲しいくらいだった。

しかし、寒さからか寄り添うのにはちょうど良かった。

二人が座れるベンチは空いていないため、あきらめて、石川町駅の方へ行った。

すでに日付は変わっていた。

電車も終わっていて、ここで足止めになった。

一夜を明かすには少し寒かったので空室のあるホテルを探して入った。

何の抵抗もなく彼女はついてきた。

疲れていたのか、酔っていたのかは分からないけどそのまま眠ってしまった。

 目が覚めたのは明け方だった。

シャワーの音で目が覚めた。

ここにたどり着くまでのこともまったく覚えていない。

シャワーから出てきた彼女は、バスタオルを体に巻いたままベッドに入ってきた。

入れ替わりに僕がシャワーを浴びた。

戻ってきたときには彼女は深い眠りに入っていた。

僕もふたたび眠った。

チェックアウトの時間が迫り、あわてて外に出た。

幻のような一夜が明け、意気投合したような錯覚で、僕たちは手をつなぎ歩いていた。

元町の店のシャッターが次々と開き始めた。

彼女が立ち止まり、水色の印象の強い店内をのぞき、ショウウィンドウを眺め始めた。

そして、一緒に店に入った。

オープンハートのネックレスは買えなかったが、記念にピアスを買ってプレゼントした。
カフェに入り、嬉しそうにピアスを付ける彼女の表情を眺めていた。

長い髪をひとつに束ね、白く透き通るような耳に小さな銀のハートのピアスがよく似合っている。

涼しげな眼差しに僕は釘付けになり、動けなくなっていた。

ああ、何て美しい人なのだろう。

酔っていたのか、昨夜の暗闇の中では気がつかなかった。

彼女はサンドウィッチを食べながらカフェオレを飲んでいた。

僕はタバコを吹かしながらアイスコーヒーを飲み、夢が覚めなければという願いと時々襲ってくる不安からか憂鬱になっていた。

カフェを出て、彼女と手をつないで、坂をひたすら登った。

高台に出ると眼下には横浜港が見えていた。

次第に人が増え、涼しかった朝が終わり、太陽が真上にきていた。

外人墓地を通り抜け、再び元町に戻って石川町から電車に乗った。

何度か乗り換え、鎌倉で降りて、門前町の古い喫茶店に入った。

表面をこんがり焼いたクラブサンドにレタスとかりかりに炒めたベーコンがはさんだのを一緒に食べた。

何をしていても、どんな表情になってもすべてが美しい。

完璧なまでに僕は虜になってしまった。

店を出て、大きな鳥居をくぐり海に出た。

遙か遠くに江ノ島が見え、その手前にサーファーたちが黒山になって波を待っている。

砂浜に降りる階段の途中に腰を下ろし、海を眺めていた。

彼女は裸足になって波打ち際に歩いて行った。

よせては返す波打ち際を行ったり来たりしていた。

そして、僕のところに戻ってきて横に座り、片腕を抱き、寄りかかってきた。

思わず彼女に向くと、額と額がくっついた。

しばらくそのままでいた。

胸がキュンと苦しくて、切なかった。

そして、時間が止まればいいのにと思った。

それは不思議な感覚でもあった。

何とも言えぬ心地良さと相反する耐え難い不安が襲っていた。

ただそうしているだけでドキドキしたり苦しかったりと複雑だった。

そして、彼女の唇に僕は初めてキスをした。

抱きしめたまま動けなかった。

いや、動きたくなかった。

彼女が急に立ち上がり、僕の手を引き、海へ、海へと誘い出した。

波打ち際で手をつないだまま行ったりきたりしていた。

日は西に傾き、ギラギラと光る水面に目を細め、僕は海側にいる彼女を見つめていた。

波の音に僕の言葉はかき消され、彼女も何か話してくるが上手く聞こえてこない。

ただ、伝わるのは強く握る彼女の握力と手のぬくもりだけだった。

彼女が僕の手から離れ、海の中へ入っていった。

遠く浅い海に感じていたが、腰まで浸かり、あっという間に肩まで浸かっていた。

立ちつくす僕は何も出来なかった。

そして、彼女がとうとう見えなくなった。

それでもまだ戻ってくると信じていた。

日は沈み、やがて月の光が波間にゆらゆらとしていた。

ハッと我にかえった僕は彼女を探しに海に入っていった。

彼女はどこにもいなかった。

大きな声で呼んでも、深く潜っても、もう見つからなかった。

海辺にはもう誰もいなくなっていた。

真夜中の月の光が波にゆらゆらとしていた。

砂浜で僕はぐったりとして仰向けになった。

疲れていた。

そして切なさがジワジワと僕を襲っていた。

波にきらきらと映る月の光に向かって目を閉じた。

まぶたの裏にまだハッキリと彼女の涼しげな眼差しが映っていた。

やはり、疲れていた。

そして、しばらく眠ってしまった。

朝の日差しに起こされ、半分開いた窓のカーテンが風で揺れていた。

そこは海ではなく、自分の部屋だった。

涼しげな彼女の眼差しだけが記憶に残り、あとは夢の中の出来事だったように感じていた。

そして、つけっぱなしのステレオからは“ムーンリバー”が静かに流れていた。






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# by ikenosai | 2016-09-17 22:31 | 恋別離苦(短編集) | Comments(2)

夏の終わりに・・・

 夏休み最後の週の平日に奥多摩に出掛けた!

昨年と同じ、「みたけ」と「さわい」の間の多摩川を散策。
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出発は「みたけ」から、去年は「さわい」からだった。


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去年立ち寄った食堂、今日はお休み。


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ショウウィンドウ上に掲げていた「永六輔」さんのサイン色紙。
去年は「王貞治」さんのサイン色紙に息子は注目していた。


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川縁を歩きながら。


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今年はコンビニで買い込んできたそばを川縁の小屋で食べた。
去年は「ままごとや」で食べた。

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水浴びを楽しむ外国人たち。
私たちも同じ場所で泳いだが、数日続いた雨の影響で川の水が多く、濁っていた。


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「ままごとや」のオープンテラス。

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ラフティングを楽しむ人たち。

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「夏の終わり」・・・とんぼが羽休め!



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「さわい」の駅から空を見上げて・・・。

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 夏が終わるころ・・・
今年も息子とふたりで「としまえん」に行った。
そして、今年も去年と同じ川に行った。
田舎への帰省は一緒でなかった。
私が帰省中、息子の野球チームはジャビットカップに出場し3回戦で負けた。
それでも、東京都内と川崎市内の代表チームでベスト16。
今年で、小学校は終わり。
来年は「としまえん」も「おくたま」ももう行かないかもしれない。
きっと、友だちたちと遊ぶのが楽しくなるころ、みんなで出掛けるのが楽しくなるころ・・・。
私も同じだったので、何となく分かる感じがする・・・。









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# by ikenosai | 2016-09-04 08:44 | 子育て 一期一会 | Comments(0)

慌ただしい一週間

 職場は一週間の休み、私は実質4日間。

父の初盆で帰省。

夏の雲から光が差して、残暑の中から、もう秋を感じるこの時期。

夜行バスに乗って、娘とふたりで帰省。

息子は野球の試合に勝ち進んでいたため、まだ東京に!

ジャビットカップの本戦で1回戦、2回戦と勝ち進み、明日は3回戦。

決勝まではまだまだ遠いけど、決勝戦はなんと東京ドーム。

私の少年時代と同じ感じの夏休み・・・!


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我が家から見える夏雲(光が落ちているエリアは以前レーガン大統領がいらした日の出町方面)




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実家の最寄り駅(JR美作大崎駅)奥に見えるのが西日本最大の旧正月の出店でにぎあう福力荒神様。



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いつもの近所の蔵。



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過疎と廃屋の地域で少子化も・・・!



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猫じゃらしの先だけ残してのカエル釣りを娘に伝授・・・!



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 田んぼや溝にいるイボガエルやトノサマガエルがパクリと食いつき、意外と面白い。
私の少年時代の遊びの一つ。
高校生の娘も面白がって何度もチャレンジ。



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 高校時代、毎日やっていたウエイトトレーニングの残骸。
ここから丈夫な体は作られていった。
今ではそんな面影はなく・・・?



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 そして、自転車・・・!
高校時代の休日は30キロ以上は乗っていた。
日帰りだと、鳥取県千代川河口(往復約150キロ)、岡山港(往復約130キロ)、姫路城(往復約200キロ)、小豆島(往復約140キロ)、湯原温泉・・・等々。
一週間かけて中国地方一週もした自転車。(津山→米子経由で出雲→浜田→萩→秋吉台経由で湯田温泉→宮島経由で広島→尾道→津山)、もう30年も前のこと。



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 知人が経営しているケーキ屋さん(鏡野町)
津山近辺で一押しのスウィーツのお店。
おみやげはここで買って・・・!

 そして、慌ただしく夜行バスで帰ってきて、そのまま勤務だった。












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# by ikenosai | 2016-08-19 18:49 | 思い出のポケット | Comments(4)

第6夜 美しいままで



高校総体の予選から・・・(失恋小話)


 今日は、日本の卓球がオリンピックで個人としては初めてになるメダル獲得の日!

以下は僕が高校時代の頃の話、そして、それをモチーフにして作った失恋小話。

卓球の国体予選、岡山の男子高校生だけで500人が予選に出場。

その中から5人が選出される。

僕は3回戦で負けて、ベスト128がやっと・・・。

それだけ、裾野は広いと思った。

どうしても国体に出たかった僕は、途中で競技種目をもう1つ増やした。

卓球以外ではあったが、国体選手にはなれた・・・。

あれから30年が経つが、やはり卓球でその頂点に立つのはすごいと思う。






第6夜 美しいままで


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年目の高校総体予選は僕にとって栄光の年だった。

団体で臨んだ試合ではシングルスとダブルスに出場していた。

地区総体は地域あげての大イベントでどのクラブ活動にも所属しない生徒はとりあえずどこかの会場に行き試合を観戦することになっていた。

なので僕たちの試合会場にも大勢きていた。

暗いスポーツと思ってやっていた卓球だったが、中学からやり始め、これには結構はまって、高校では1年からレギュラーで出してもらっていた。

そして、今回の会場には中学のときのクラスメートだった女の子がわざわざ僕の試合を観に来てくれていた。

応援の後押しもあってか、張り切っていた僕は全試合に勝ち、チームはベスト4まで勝ち進むことができた。

その日の夜に彼女から電話があり、僕たちの交際が始まった。

毎日が卓球の練習の日々、それでも時間を作っては待ち合わせをし、少しの時間でも会っていた。

てれていたのか、僕はプラトニックな関係でいることに何の違和感もなかったが、周りでは大人の関係にと急ぐ者が多かった。

僕は恥ずかしくてキスもできなかった。

僕は楽しかった、ずっとチェリーな少年のままでいいと思っていた。

それでも1年後、プラトニックな関係のまま彼女と別れてしまった。

彼女は泣いていた。

こんな拙い僕との別れにも淋しそうに悲しんでいた。

その様子を見てから本気で後悔した。

別れてきたのだと自分に言い聞かせ、未練を必死で断ち切って練習に励んでいた。

一人だけの朝練の日々、不安や孤独感に必死で立ち向かっていた。

何度も走って、くたくたになるまで練習をしていた。

孤独の中にあっても僅かな希望とささやかな楽しみだけを妄想していた。

しかし、それは自分の世界でしか抱けなかった。

そうやって満足させようとしている自分を不快にも必死で受け入れている青い僕がいた。

何かにとことん励むことで希望につなげていたように思う。

 高校3年の冬、希望が現実となった。

勉強もろくにしなかった僕が体育推薦で大学に進学することになった。

彼女に電話で話すと「じゃあ遠くに行っちゃうね」と淋しそうに話し、これから遊びにおいでと家に誘われた。

友達に話すと「おまえもチェリーを卒業するんか」と言われ、万全の準備をして家を出ようとしていたときに「今日は会えないわ」と電話がかかってきた。

僕のもう一つの卒業式はおあずけになってしまった。

そして、何もないまま僕は上京した。

数日後、大阪に出た彼女から実家に手紙が届いたので母に転送してもらった。

僕も手紙を書いて、相変わらずのプラトニックな仲良しのまま遠距離での文通をしていた。

 夏休み、国体予選で田舎に帰り、勝って県代表になった。

中国大会まで1ヶ月あったので、バイトをしながら実家に残った。

彼女と電話で話しているうちに大阪で会うことになった。

僕は高速バスに乗って大阪に行った。

大阪の街を案内してもらい、大坂城に行ったり、一緒にご飯を食べたりして過ごした。

夜には帰ると両親に伝えていたので夕方、梅田駅で別れた。

帰りは電車だった。

迷いやすい僕を気遣ってくれてか、ホームまで見送りに来てくれた。

最後の最後、電車が発車する間際になって僕は彼女の手を握って「元気でな」と言葉をかけると、彼女は「最初からこうすれば良かったなあ」と言い、手をつないでデートすれば良かったと僕も後悔していた。

彼女は淋しげな表情を抑え、笑顔を作って手を振ってくれた。

いよいよ電車が走り出して遠ざかっていく彼女を横目に、彼女がまだ僕を好きでいてくれていたことにやっと気がついていた。

それでも、僕たちは仲良しの友だちでずっとこんな関係を続けていた。

それぞれに何のトラブルも持ち込まないさわやかな関係を高校2年の時からずっと続けていた。

26歳のとき僕は田舎に帰った。

1年半も田舎にいたので、彼女が帰省したときに会える日があった。

僕は免許を取って以来ペーパードライバーで、田舎でやっとマイカーが持てるようになったので、彼女を誘って山陰までドライブをした。

運転が下手な僕の助手席でも彼女は楽しそうにこれまでの色々な話をしてくれた。

それでも、僕に気遣ってか恋人の話は一切しなかった。

山陰は僕の得意な場所だったので迷うこともなくすいすい行けた。

雨が降ったりやんだりする中で湯村温泉まで行った。

温泉には入らなかった。

浦富海岸に寄ると雨があがっていて海を眺めながらぼんやり過ごした。

帰りはまた雨が降っていた。

暗くなっていたので家まで送った。

近くの広場に車を止めて語りつくせぬ話をまだ続けていた。

それでもどこかで切り上げてまた別れなければと、少し淋しい気持ちでそのタイミングを待っていた。

彼女もそんな切ない気持ちでいたのかもしれない。

彼女が車から降りなければという雰囲気になってきた。

お互いに淋しい気持ちが通じ合っていたのか解らないが、彼女と目と目が合って、しばらく見詰め合う時間があった。

表情が分かるくらいの暗闇の車の中だった。

周りには誰もいなかったので僕はそのまま彼女の唇に自分の唇を重ねた。

彼女は抵抗なく僕の行為を受け入れた。

そして、抱き合い、長い間、その状態でいた。

彼女の目から涙が流れていた。

彼女は涙声になって強く抱き合ったまま会話を続けていた。

付き合い始めた高校時代から10年が経っていた。

初めて僕たちは恋人たちのように唇を重ね、お互いの気持ちを感じていた。

あの日の青く、切ない思いが10年経ってよみがえってきたのを僕は感じていた。

初々しいはずの彼女は成熟した大人になっていた。

それでも、僕には10年前のあの純真無垢のまま接してくれていた。

そして、これから何年か経ってまた会ったとき、もし彼女がひとりだったら、次は僕から交際を申し込むつもりだった。

あれ以来、彼女とは会っていない。

あの阪神淡路大震災で彼女は被災地にいた。

被災地でお世話になっていた男性の住む家族の家に嫁ぐことになったと最後の電話で彼女から聞いた。

永遠のお別れになると僕は直感した。

そして、あのときのまま、思い出を閉じ込めて、僕からも彼女からも連絡は取っていない。
               「恋別離苦」(短編集)より


                                                                                                                                                       

                           







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# by ikenosai | 2016-08-12 22:04 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)