いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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第10夜 初恋


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 新しい春の風に吹かれていた。

まだ、12歳の僕はふわふわとした感じで学校に通っていた。

野球部に入ろうか、サッカー部に入ろうかと思っていたのに、何だか自信がなくて、結局は誰も踏み入れていない新しいものを求めていた。

負けず嫌いなくせに自信がない。

しかも、全校生徒は千人もいる。

力に差がないと思ったのでバレー部に入った。

そして、覚悟を決めて丸刈りにした。


 最初の数ヶ月は、見込みがあると思われたので気合いが入った。

先輩たちは強く、地区でも優勝するチームだった。

体育館を2つに仕切るネット越しに、女子のバレー部の練習が見える。

女子も強かったので、顧問の先生も協力し合って、強化練習をやっていた。

月曜日から土曜日まで部活はあった。

土曜日は、顧問の先生の車の洗車が1年生の練習メニューに組み込まれていた。

モップの太い棒をしごき用の棒に細工して、時々生徒のおしりを叩いていた。

怖くておっかない顧問の先生。

それでも、どこからとなくこみ上げてくる愛情を僕は感じ取っていた。

この先生に気に入られたら、きっと強くなる。

そんな錯覚さえもあった。

顧問の先生は絶対的な存在、つまり、神様のような存在だった。

練習着はまだ体操服だったので、学年もクラスも名前も分かった。

1年生の女の子も全員分かった。

いつも気になる女の子。

ぱちりとしたやさしい目に僕は心奪われ恋に落ちた。

一方的な僕の思い。

寝ても覚めても、彼女のことばかり。

ノートのはしに漢字や覚えたてのアルファベットで名前を書いたりして、授業中は上の空。

放課後は、誰にもばれないように彼女を探し、眺めていた。

恥ずかしくて、僕ひとりの中にその思いを閉じこめては、あの笑顔を思い出し、恍惚になり、思春期特有の発作に襲われていた。

 もう、彼女しか見えない。

電話をかけて、彼女が出ても、そこから何も言えなくてこっちから切ってしまう。

恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもない。

片思いだけが何倍にも膨らんでいく。

そんな日が何日も続いていく。

そして、切なさだけが膨らんだ状態で残ってしまう。

切なさをかき集めて、僕は手紙を書いた。

好きで、好きで、大好きで、もう止まらない、彼女への思いを手紙にしたためた。

手紙は郵便で出した。

必ず届いて欲しいという気持ちからか、切手を2枚貼って、2倍の料金で出した。

投函した日は、彼女を見かけても、まだ、大丈夫だった。

しかし、2日、3日と経って、不安になってきた。

しかし、手紙を止めるわけにはいかないので、とうとう覚悟した。
3日目に彼女と目があったとき、いつもと違う感じがした。

手紙が届いたのだろう。

それでも、僕はそのことに触れることができず、ためらったまま、何もできないでいた。

何日も、何日も過ぎて、段々とそんな不安な感覚、切ないままにいることに慣れてきた。

切ない夜を何日も集めて、センチメンタルな夜を膨らませ、その感覚に酔いしれていた。

自分の世界に閉じこもり、世界で一番センチメンタルな少年になりきっていた。


 秋から冬にかかるころ、試合がないオフシーズンに入った。

張り合いもなく、連日続く、筋肉トレーニングにうんざりし始めていたころだった。

僕は、不良の仲間に加わり、部活をサボり始め、放課後の街に繰り出していた。

一度、たがが外れると、もう後は落ちるところまで一気に落ちていった。

先輩に呼び出され、部室に行くと、殴られた。

それも、休んだ日数分殴られた。

泣きながら、練習に加わるが、ついて行けず、次の日は結局サボってしまった。

遠目に見えていた彼女の様子が、僕とは裏腹に充実している。

僕は、自分でだめな奴の烙印を押してしまった。

とうとう先生に呼ばれ、殴られた。

あれだけ車を洗ってやったのにという、恩着せがましい思いがあったが、どうしようもなくこみ上げてくる僕の不穏な感覚は、結局のところ、自業自得でこうなったのだという自分の不甲斐なさから、やがて懺悔の思いへと変わっていった。

それでも、先生は僕を心配してくれていた。

やっぱり、神様だった。

時々、家まで会いに来てくれた。

これまで結局、かっこ悪い僕だけしか彼女には見せていなかった。

もうその後に成就することはないとあきらめた。

そうしているうちに、僕はバレー部をやめてしまった。

 それでも、何かやったらどうかと、親に進められ、卓球部に入った。

学校では花形だったバレー部をやめてしまい、半分帰宅部がいる卓球部に入っても、きっと続かないだろうと自分では思っていた。

それでも、不良から足を洗っていたので、暇だった。

2年生の初夏、3年生が引退したので、僕は先輩にしごかれることもなく、自分たちの時代を迎えた。

練習は、誰にも制限されなかったので、毎日行って、見る見るうちに力を付けて、秋の大会にはレギュラーになった。

それでも時々横目にバレー部の練習を見ていた。

やっぱり、彼女は可愛かった。

ずっと変わらず、僕の憧れのままだった。

僕は去年より10センチ背が伸びた。

彼女は、去年より大人びてきた。

走ると胸がゆらゆらと揺れて、くびれた腰からお尻にかけてのシルエットに僕は目のやり場に困ってしまう。

本音は、誰もいないところでずっと見ていたかった。

何だか僕だけが子どものまま置いてけぼりにされている、そんな感じがしていた。

しかも、バレー部をやめてしまって、根性のないヘナヘナな男にしか見えていなかっただろう。

それでも、彼女がずっと好きだった。

その思いは以前からずっと変わりなかった。

帰宅部だけにはならないまま、試合にも出ていた。

それでも、ずっと地味なままの卓球部だった。

それに引き換え、女子のバレー部は、地区大会を制覇し、彼女はその中でもレギュラーだった。


 3年生になって、彼女と同じクラスになった。

しかも、男女で遊ぶ同じ仲良しグループに僕も彼女もいた。

あのまま返事の来ていない一方通行の恋文は僕と彼女だけの秘密のままだった。

切なかったが、あの1年の時よりもその感覚は薄れていた。

それでも、彼女と話すとき、あのかわいい眼差しにどきどきしていた。

同じグループで話したり、遊んだりして成就しない恋ではあったが、敗者復活戦で上位入賞したくらいの嬉しさはあった。

あのとき、告白していなかったら、今こそ告白して成就したに違いないとも思ったが、やはり、何の取り柄もない僕だけに、よくよく考えると、恋人に昇格はしないだろうと思い直した。


 3学期になって、いよいよみんなの進路が見えてきた。

僕は県立高校と滑り止めに私立高校を受験した。

彼女は、バレーの特待で僕とは違う私立の高校に行くことになっていた。

卒業式が終わって、春休みになって、みんなで遊ぶ日が何回かあった。

しかし、彼女は一回も来ることなく、新学期が始まった。

結局、卒業式に会ったのが最後だった。

しかも、高校2年の途中で、父親の転勤で九州に転校してしまった。

いよいよ彼女は遠くに行ってしまった。

結局、あのときの恋文の返事は帰ってこなかった。

精魂込めて、何日もかけて、推敲した力作だったのに・・・。


 大人になってから、あのときの仲良しグループにいた女の子たちと飲んでいたときに、ふとしたタイミングで、当時の恋文の話を出したら、女の子たちはみんな知っていた。

なので、とっくに僕の失恋は決まっていて、僕より先にみんな知っていたのには赤面した。

それでも、彼女の思いに否定的な感じがなかったのか、今日までみんな黙って、一緒に楽しく過ごしていてくれていた。

僕は、もう会うことのない彼女に思いを馳せ、心の中でそっと「乾杯」をした。

僕が初めて恋した人に「ありがとう」って・・・。

(「恋別離苦」失恋小話より)








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# by ikenosai | 2017-01-15 12:11 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

新しい年を迎えました!


新しい年を迎えました!

あっという間に過ぎた年末年始!

1月4日から仕事始め!




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クリスマスの食事は、鴨肉、スペイン風オムレツ、鶏肉のサイコロステーキ、魚介のクリーム煮スープ、
蟹のフィットチーネ、大根とロースハムのサラダ、スパークリングワイン、子どもはソフトドリンク


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12月30日の早朝に深夜バスで帰省!
実家の居間の天井・・・!


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元日は息子と2時間半の散歩
遠くに那岐山(中国山脈)


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中学・高校時代はこの池で泳いでいたが、
今は怖くて泳げない・・・!


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地元の氏神様!


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いつもの近所の蔵!


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1月3日の早朝深夜バスでUターン!
うちの奥さんの焼津にいる友人からいただいたマグロを寿司にして!


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ほぼ、大トロの美味しいネタ!

そして、これから仕事始め・・・!






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# by ikenosai | 2017-01-04 09:32 | 食べること | Comments(4)

娘たちの作品展


12月17日(土)

午前中から五日市まで柚狩り。

そのあと、昼食を兼ねて知人に連れられ「瀬音の湯」へ。

その後、妻と待ち合わせて娘の高校の作品展を八王子駅前の東急スクエアまで観に行った。


作品展は、残念ながら16日(金)~18日(日)までの3日間のみ。





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五日市からさらに奥へ




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昨年と同じ柚の木の剪定


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今年は少なめだった!



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夕方から八王子駅前の東急スクエアへ



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入り口の看板も娘の絵!


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外に面した優秀な生徒たちのコーナー


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中に入って娘たちのコーナー
パンダ好きの娘の作品(左から2番目)







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# by ikenosai | 2016-12-24 10:08 | 子育て 一期一会 | Comments(2)

第3夜 山背(やましろ)に散る



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 第3夜 山背(やましろ)に散る 


 19歳の11月、オリンピックの予選で京都に来ていた。

一週間分の荷物を大きなバッグに詰めて来たが、3回戦で敗れ、帰ることになった。

同じ日に負けた後輩と京都駅で別れ、僕は音信不通になっていた彼女のところに行くことにした。

アドレス帳を見ると石清水八幡宮の近く。

場所をしっかり確認してそこに向かった。

すぐに住所は見つかったが留守だった。

何時間か時間をつぶし、再び戻ったがまだ留守だった。

やはり、会えないのかと呆然と立ち尽くしていた。

すっかり日が暮れて、しばらく経って彼女の部屋の方を見ると、明るくなっていた。

僕は急いで玄関に行き、ノックをした。

僕の顔を見るなり気まずそうな彼女には、かつてのワクワクするようなやさしいまなざしはなくなっていた。

全日本選手権でベスト16までいったこと、そして、これまでのことをたくさん話したが、結局、長居もできず追い出されてしまった。

その様子から、新しい男がいるに違いないと悟った。

もう、ここにはいられない。

切なさもあったし、試合の疲れもあって、どうでもよくなっていた。

駅に向かい電車に乗ったが、次の淀駅でその日の電車は終わってしまって、どうでもよい気持ちが加速し、考える力もなくなってしまっていた。

しかし、失恋とは裏腹に空腹を感じ、駅前に1軒だけラーメン屋があったのでそこに入り、がっくりと肩を落としラーメンをすすっていた。

試合にも負け、さらに失恋の傷手はかなり堪えた。

ラーメンを食べ終えても、どうすることもできない。

しかし、ここに留まるわけにもいかない。

ぼんやりとしながらも時折、これまでのことを振り返っていた。

1年前の冬、一夜を共にした日のことを。

あの柔らかな肌に触れ、唇に触れ、一点の曇りもない思いを彼女に寄せていたこと。

それだけを思い出し、それだけを励みにひたすら東京でがんばっていたこと。

さっきまでその思いは続いていたはずだったのに・・・。

なのに、あの一瞬で崩れてしまった。

たったこれだけの出来事にも左右されるほど重い恋だったのかとも思った。

何も手に付かないほどに僕の心は傷ついていた。

もう取り戻すことのできない現実から逃れようとして、歩いていた。

そして、遥か遠くに見える京都タワーを目指して歩いていた。

パラパラと降り始めた雨の中を傘も差さずひたすら歩いていた。

おおよその見当でも10km以上はあったはず。

それでも“トコトコ”歩いた。

そのとき僕にはそうするしかなかった。

無気力だったが、止まることもできず、歩くしかなかった。

今さら雨を理由に彼女のところに戻る訳にもいかず、ただただ京都タワーを目指して雨の中を歩き続けた。

雨に濡れ、上着が重くなっていった。

さらに、1週間分の遠征の荷物の重さも加わり、体力は一気に消耗していった。

真夜中の京都で、降りしきる雨の中を僕の抜け殻が歩いていた。

あれだけ遠くに見えていたはずの京都タワーが少しずつではあるが大きくなっていた。

真夜中の雨と失恋の痛手で身も心も完全に冷えきってしまって・・・。

暗闇の道はときどき車が通り過ぎて行ったが、ヒッチハイクをする気にもなれず、この傷手を味わいつつ、センチメンタルな自分にただただ酔いしれていたのかもしれない。

京都タワーが見えなくなった。

見上げると、すでに真上だった。

駅舎はまだ開いておらず、入り口の階段に腰を下ろし、丸くなっていた。

動きを止めてしばらくたつと寒くなってきた。

湿った服からしみこんできた水分で冷やされた体がブルブルと震えてきた。

疲れと寒さ、しだいに遠のく意識。

そんな中でシャッターの開く音で再び意識が戻った。

西に向かうホームに行き、最初に来た電車に乗り込んだ。

網干行きだった。

これなら終点まで行っても平気だった。

コトコトと電車が動き始めて足元のヒーターがじんわりと足を温め始めた。

そして、心地よさからかしばらく深い眠りについた。

明石を過ぎた辺りから停車するごとに目が覚め、姫路で姫新線に乗り換えた。

たまたま、津山までの直通の列車がホームに入っていて急いでそれに乗り込んだ。

どんよりとした早朝に、湿った空気が立ちこめる客室にぱらぱらとしか座っていない乗客。

4人掛けの向かい合わせの座席に座り、靴を脱いで向かいの席に足を乗せ、小雨の降る外をぼんやりと眺めていた。

播磨高岡、余部、太市、本竜野、東觜崎、播磨新宮、千本、西栗栖、三日月、播磨徳久、佐用、ここまでくれば、あとは目をつぶっていても、家に帰れる。

ノスタルジーの風に誘われて、初恋を思い出していた。

大人への階段の途中、あれは、中学2年の夏休み、自転車で兵庫に入り、千種川を下って相生に行った時のことがよみがえってきた。

まだまだ青く、失恋も淡々としていたように感じていた。

あのころに比べると、失恋のレベルも随分と変わっていた。

やはり失恋のダメージは大きかった。

それはかなりのものだったのだろう・・・。

家についてからも一日中布団に潜り込んでしまって、何もする気がおこらなかった。

どんなに思いを寄せていても、あの人にはこの思いは届かなかった。

それでも、思い尽くしたという妙な満足感だけがしばらくの間僕の支えになっていた。

そしていつしか、そんな思いも薄れていった。


数年後のクラス会、彼女と久しぶりに会うことがあった。

もうすでにニュートラルな気持ちになっていて、違和感や不安などなくなっていた。

しかし、彼女の方は気まずそうだった。

彼女の口から「結婚するね。」と一言告げられた。

僕は精一杯の笑顔で「おめでとう。」と応えた。

それから10数年が経った。


 次に会ったとき、僕も結婚し、それぞれが独身ではない関係でお酒を飲む機会があった。

それは、昔の仲間を交えてのことだった。

彼女の苗字が結婚前に戻っていた。

どこでボタンを掛け違えて来たのか、恋焦がれていたあのころの懐かしさと、破局を迎えてしまった彼女の心境を思うと、複雑な切なさが鈍痛な感覚ではあったが、ジワジワと僕の心の中に伝わってきた。

しかし、彼女の本音はわからない。

本当は清々しているのかもしれない。

それでも、僕ならば、僕が彼女の夫ならばきっと後悔するに違いないと思った。

図々しくも、「僕と結婚していれば良かったのに・・・。」と思ったが、その言葉をそっと心の中に閉じこめた。

果たして、彼女は今幸せなのか・・・。と、ときどきそんなことを思う。

あれから何年か経ってしまったが、彼女とは会っていない。


 今ごろになってつくづく思うことがある。

あのころの僕は青く、無垢な心だったのだと・・・。

奈良の都の平城京、やがて月日が経ち、色々あって山の背に遷都された平安京。

山城(山背)の地名の由来を高校時代に習った。

彼女はそのころ、同じ教室で過ごしていた。

しかし、あの京都での出来事は、僕にとって、しばらくの間、応仁の乱のあとのようだった。

まるで焼け野原のようになってしまって、心の傷手に支配されていた・・・。

そして、修復しないままになっている。

完治する傷ではないけれど、それを忘れられるものを求めて生きてきた。

振り返れば、感謝とともに、心の中の風景は古都の味わいに変わっていた・・・。

僕を穏やかな心へと運んだものは、新しい人との楽しい時間の積み重ねに他ならない。


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# by ikenosai | 2016-12-18 16:13 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第5夜 いでし月かも


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 再び金浦空港に降り立った僕を出迎えてくれたのは一つ歳下の女性だった。

タクシーを拾ってソウルの街まで、それぞれの国の言葉が解らないので、片言の英語で話すだけだった。

それでも、笑顔だけは絶やさず過ごしていた。

レストランの立ち上げで来たものの、幹部がごっそりクビになり、通訳も辞めていた中、技術指導を任されていた。

 会社に残った彼女たちは、右往左往しながらも何とかお店のオープンまでの準備でてんてこ舞いの様子。

僕はただ、僕のペースでしか関われず、開店、昼のピーク時、そして、夕方、閉店とピンポイントで店に入っていた。

午前中は学校を卒業したての男の子が入り、彼女はランチ前から閉店までの勤務だった。

アメリカ留学の経験がある社長はワンマンで、売り上げ金を途中で持っていくもんで、こちら側の経営マニュアルなど通用しない。

表向きの部分、店の雰囲気だけを日本から盗もうとしているのが伺えてはいたが、こっちも上からの命令で、動くしかなかった。

このまま行くとこの経営は沈没すると思っていたが、互いの苦労をねぎらい、励まし合うように彼女と僕は働いていた。

 店から道を挟んだ向かいのホテルに僕は泊まっていた。

ここで2週間過ごす。

時折、部屋の窓から店の方を見下ろしていた。

 ある夜、ホテルの窓から見下ろすと、歩道のベンチで休んでいる彼女が見えた。

閉店してすぐに帰るはずの彼女がぐったりと疲れた様子。

地方の町「春川」からソウルに上京してきている彼女は一人暮らしだった。

地下鉄に乗って帰るはずなのに、なんだかうつろで寂しい表情に見えた。

僕は窓を開け、彼女に声をかけた。

見上げた彼女が「おおう!」と指さした。

そこには大きな満月が夜空に映えていた。


 僕も思わず「おおう!」とオウム返しに言葉を発し、「ジャスターモーメント」と言って、下に降りて行った。

今、ここで何をしているのかたずねると、「タイヤード」と答える。

「ハングリー」と返すと、「イエ(はい)」と答えるので、静かなレストランに連れて行った。

入ってみると、そこはイタリアンレストランだった。

日本ではすでにブームは終わっていたが、この国ではまだまだ高級感が漂い、高いメニューに彼女は戸惑っていた。

「ノープロブレム、アイハブイナッフーマネー」と言うと「リアリー」と言って元気になってメニューを見始めた。

日頃から疲れ切って家に帰るだけ、そして、リフレッシュもできぬままで、次の日も、その次の日も仕事にきていたのだと思う。

僕が切り出し、コースを注文したが、ワインは「ノーサンキュー」とのこと。

どうやらアルコールが飲めない様子。

それでも前菜、サラダ、肉料理、ピッツァ、パスタを食べきり、最後のデザートは僕の分も食べた。

僕は白のグラスワインを飲みながら、元気になっていく彼女を見ているだけで嬉しかった。

片言の英語で話す会話はなかなか通じず、時間がかかることもあった。

それでも、お互いに興味があったのか、夢中になり、あっという間に時間だけが過ぎてしまっていて駅に行くも電車はすでに終わってしまっていた。

 困った様子の彼女に僕は戸惑ってしまった。

それでも、疲れを癒さなければと思い、僕の部屋に連れって行った。

ホテルの歯ブラシやタオルを渡し、僕はソファーで寝て、彼女にベッドで寝ることをジェスチャーで伝えると彼女は何も言わず首をたてに振った。

明け方目が覚めると彼女はもうすでに起きていて、身支度もしてベッドに座っていた。

あと1時間もすると僕は店に行かなければならない。

彼女はまだ休める。

それなのに、彼女は「プリーズ」と言って僕をベッドの布団の中に入るよう勧めた。

「ドンウォーリー」と言って1時間後に起こすと言っている。

そして、彼女がソファーに座った。


 次に目が覚めたとき、僕の顔の真上には彼女の顔があった。

僕の頬に手を当てて、笑顔で気持ちよく起こしてくれた。

言葉は通じなくても、心が通じているような嬉しい気持ちになって目が覚めた。

僕は、あくびをしながら起きあがり、彼女に鍵を渡して、出るときにフロントに渡すように伝えた。


 昼前になって彼女が店に現れた。

何だか僕だけがそわそわとした感じだった。

そして、以前より彼女が美しく見えていた。

彼女との間に誰にも言えない小さな秘密ができてしまった。

その日の夜は早めに帰って僕は眠った。

煌々と輝く月夜の下でカーテンを開けて眠った。

彼女と一緒に海に行った夢を見ていた。

大きな月の下で手をつないで何も言わないまま足早に浜辺を歩いている。

時折振り返ると月夜に照らされた笑顔が、昼間の明るさの中にいるようにくっきりと見えていた。

彼女が気になってしかたがなかった。

 目が覚めた。

やはり彼女が気になってしかたがなかった。

彼女は休日だった。

会えないだけで、何だか切なくて、不思議な感覚だった。

それはまるで思春期のような独特の感覚だった。

そして、胸がキュンとなるような苦しみに襲われていた。

一定ではなく、落ち着いたり、急に激しい苦しみを伴ったりして、不安定なものだった。

何だか彼女がいないだけで、仕事に行く気持ちもイマイチだった。

通訳もなく進めていく仕事は、思い通りにはいかなかった。

それでも、彼女の来る日は違っていて、楽しかったし、彼女も僕の進める仕事に協力的だった。

 ある夜、みんなに声をかけて、飲みに行った。

もちろん、彼女も一緒だった。

二十歳そこそこの若者ばかりだったので、彼女は少し落ち着いて見えた。

みんなで飲んでも、僕と彼女だけが少し年上で、その輪から外れているような感じだった。

それもあってか、僕と彼女は弾き出され、いつの間にかくっついていた。

僕はテレていたが本音は嬉しかった。

大した会話ができている訳ではなかったが、そうしているだけで嬉しかった。

何となく安心できる感覚が異国での孤独感を癒し、心の隙間にすっぽりとはまってしまっていた。

不思議な感覚だった。

どこの国であれ、僕には彼女のような女性の存在が大きかった。

それでも、何時か離れていくときのことを考えると、それ以上彼女との距離を縮めることはできなかった。

紳士のような距離間を保とうと僕は誓っていた。

気がつけば、懸命に仕事の後押ししてくれている彼女が側にいた。

 そして、最後の日はやってきた。

日本人の父を持つパートのおばさんが別れを惜しみ、涙を流しながら「さようなら」と言っていた。

この国との関係の複雑さを日に日に感じていたこともあって、彼女を好きでありながらも複雑な心境で深入りしないよう努めていた。

彼女も日本人の僕への何か、違和感のようなものを感じていたと思う。

それでも、好きだという純粋な気持ちを僕なりに大切にしていた。

ひとりひとりと握手をし、お別れの言葉を言って店を出た。

 空港まではタクシーに乗って行った。

空港までの見送りは彼女だった。

無言のまま後部座席の隣に座っていた。

乾ききった雰囲気の中で目も合わさず、帰国する感じだった。

僕は寂しかった。

彼女がどこの国の人であろうと、純粋に好きだと思った。


 出国手続きを終え、出発ロビーに来た。

いよいよ別れなければならない。

やはり寂しかった。

やっと目を合わせた僕たちは、純粋に抱き合った。

額と額をくっつけて、彼女の額に僕は唇を付けた。

そして、「ソーロング」と言葉を掛けた。

離れ際に、何とも言えない寂しい感情に襲われていた。

彼女の目には涙がきらりとしていた。

僕も充血した目を感じていた。

もう一度、抱き合ったらきっと唇にキスをするだろうと思った。

しかし、そこで止めて背を向けた。

 エスカレーターを下りはじめたら彼女が「ムーン・・・」、「ファーストナイト・・・」「ドゥーユーリメンバー・・・?」と大きな声で言っていた。

しかし、エスカレーターが降りていくと、言葉もかき消され、あわただしい出発前の機内へと入っていった。


 成田に着いたのは夜だった。

細くなった月が空に見えていた。

耳に残っていた彼女の声とともに、幻のような恋が記憶の中から、遠くへ、遠くへと離れていくのを僕は感じていた。


 小さな涙がきらり・・・。

滲んで見える空港の灯りをリムジンバスの窓から眺めていた。

大きな月を思いだし、酔いしれていた。

そして、あの夜に思いを馳せて、小さく「さようなら」と呟いた。

それは、もう会うことのない異国の彼女に向けてだった・・・。



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# by ikenosai | 2016-11-12 00:28 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)