いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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2月29日 閏年

 今年は閏年。

私は1968年生まれの閏年、つまりオリンピックがおこなわれた年。

年男でもあることから、年齢まで当てられることが多い。

間違っても、還暦とは思われない。

しかし、36歳とも思われない。

概ね、年相応に見られるのでありがたい。


 今年のバレンタインデーは、娘が、まじめに作ったチョコレートをくれた。

しかも、メッセージを添えて。

それだけで、感謝!感謝!・・・。




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 私が初めてジブリ作品を見たのは、大学生のとき。

同じ部活の仲間から、面白いよと奨められ、ビデオを借りてみたのが「魔女の宅急便」だった。

普段、当たり前のようにできていたことが急にできなくなったら・・・。

自分の取り得がなくなったら・・・。と考えるようになり、色々なことをイメージするようになった。

 その頃からの思いもあって、娘が年頃になったら、プレゼントしようと思っていたのが、「カゴに入ったジジ」。

ユザワヤに行って簡単に作れそうなキットを買ってカゴを作り、中にジジを入れて・・・。

年頃になったら、魔女の宅急便のキキのように、心の成長の旅に出る・・・。

だから、これを持って行きなさいと・・・。

 年度が明けると、娘は高校2年生。

相変わらず、親馬鹿な私。

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by ikenosai | 2016-02-29 21:40 | 照于一隅 | Comments(0)

文化だより 第29号



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文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌)

29号 (平成28年 2月 1日)

特定非営利活動法人 文化高等学院


“大人や親の意識改革”が子育てと教育を変える!

  (創刊から10年の総括“その1”)



「大人の威厳」


 かつて、私が小学校、中学校に通っていた頃。それは、今から30年から40年も前のことです。戦中、戦後の間もない頃を生きた先生たちの中には、明らかにおかしい(異常な)バイオレンスな先生がいました。今、冷静に考えれば、問題だらけで、教育委員会や果ては警察に行くべき行為を私たちは受けてきた事実を、どう受け止めて、さらにはどう考え、どう改善していくのかを、教育と子育てのテーマとして私は密かに取り組んでいます。


 理不尽で暴君だった先生、教育に無関心だった先生などいましたが、おかしい先生の特徴を今振り返ると、通信簿のコメント欄が未記入だったり、無機質な言葉で書かれていることが、共通しています。先生に従わざるを得ない時代。学校がつまらない、学校に行きたくないなどの思いを押し殺し、みんな学校に通ったのです。学校での先生の暴言は子どもたちに移り、子どもたちの間でも暴言が蔓延ることもありました。嫌な思いをした子どもたちのはけ口は、弱い子どもや、兄弟、姉妹へと・・・。さらに、家族関係はどうだったでしょうか。高度経済成長を担ったお父さんがたくさんいた時代です。子育てに対する、学校と家庭との職分が大きく変わっていった時代であり、レールに敷かれた人生のひな形ができていった時代でもあります。子育てと人生設計についての新しい考え方が作られ、テレビ等のメディアを通して、あたかもそれが普通のように考えられるようになっていきます。表面化した部分の足りないところに下駄を履かせ、塾に行ったり、ローンを組んで進学したりして、無理にレールにのっていった時代です。張り子の虎のような見せかけだけの教育と子育てを受けてきた子どもたちが大人になったとき、何が幸福なのか、何が不幸なのかが分からないままになって、今、子育てをしているのです。教育も子育ても、そのままだと、自分が受けてきたことしか次世代には伝えられません。無意識に出てくる価値観がそれぞれの受けてきた子育てや教育なのです。


 かつて、私を殴った先生は、のちに不登校児童が通う施設を立ち上げて、さらに市の教育長になりました。不思議なことに、私はその先生が好きだったのです。しかし、今頃になって水に流せない悶々とする何かがあるのです。また、それが今の教育と子育てを考える原動力になっているのではと思います。 

 関わる子どもたちに暴力はいけないという姿勢を貫くことで、やさしかった両親への恩返しにしたいと願っています。




「環境で人は変わる」


 大学に通うのはこのままで大丈夫かな?と思った1年の終わり頃、私は、たくさんの単位を落とし、注意進級というかたちで、辛うじて2年生になりました。部活、バイト、学校(夜学)の順で、学業が優先順位の後のほうになっていました。田舎の母から「大丈夫なの?」と電話があり、教職もこのままでは履修できないだろう、いや、卒業すらあやしいと、不安になっていました。こうやって中退する学生がいるんだなと、大げさですが、臨終をさまよっているような心境でした。

 自己改革、いや、それ以上の革命でも起こさなければ、卒業は難しいと思ったのです。色々なことをイメージし、そして、自分にできること、さらには自分の力量がどの程度かも考えました。努力で改善できるのなら頑張ろうと覚悟をしたのです。本来の優先順位から考えると、ズレている部分はありますが、まず、体育推薦で入った部活は辞められない。生活していくために、バイトをしなければいけない。両親との約束のために卒業はしなければならない。という自分なりの目標を立てました。その中で、バイトについては、そろそろ仕送りをもらわなくてもよいくらいの収入のあるバイトをと思いました。時間を考えると、早朝からしか見あたりませんでした。

 朝6時半からの牛丼屋のバイトで午後2時まで働きました。そこまでだとそんなに変化は無かったと思いますが、午前10時までの店員ひとりの時間帯にBGMをラジオに変えさせていただいたのです。その中で、一番私に合っていたのがニッポン放送だったのです。現在も早朝からパーソナリティーをされている高嶋ひでたけさんの番組でした。30年近くも前の、その番組は、新聞をくまなく読むくらいの情報が朝の2時間くらいで把握できるのです。平日はほとんどここから情報を得ていました。ある時、友だちと一杯飲みに行った時でした。以前は、薄っぺらの知識しかない私が色んなことについて議論するようになっていたのです。友だちがすぐに、おまえ変わったなあ、大学で勉強をし始めたのかと聞くのです。さらに驚いたのは、2年以降の単位認定試験でした。高嶋さんの番組で得た情報をもとに答えていくと、優になる科目もあったのです。物事に対する考え方が変わっていったのです。わずかな時間への意識が自己啓発になり、自己改革へとなっていくことを実感したのです。

 心を入れ替えたはずの私でしたが、1年時のつけが回っていて、1年留年しましたが、この余分にできた
1
年で、教務部にかけあい、念願の教職科目も取り、さらには牛丼屋の社長からも可愛がられ、大学4年目の途中から、店長を任されました。そこでも、経営のいろはを学ばせていただきました。今思えば、あの頃の、朝の2時間ほどの耳学問が私を変えたんだと思います。ほんとうに感謝です。




「挨拶する習慣」


 「子どもは親の背中を見て育つ」親がどうしてきたかを子どもは見ています。あんなことしなくてもと思うことだって、後々には、正しさに気が付くものです。


 私が大学に入った年、お金があるわけでもないのに、両親は、お金を工面して、入学式に参列したのです。岡山のお土産を持って、監督の家に行って、先輩たちにも挨拶をして・・・と。


 私が牛丼屋の店長になったとき、牛丼屋の社長は、出張のついでにと、はるばる津山の片田舎にお土産を持って、両親に会いにいらしたのです。今思えば、この儀式で私は、「どこの馬の骨」ではなくなり、しっかりと面倒を見ていただくことになっていったのです。私が生きてきた節目節目で関わる人たちが、こんな儀式を交わして下さったのです。不思議なことに、牛丼屋の社長とはずっとお付き合いがあり、病気で亡くなるまでずっと良き相談者でいてくださいました。


 子どもたちは、まだまだ、そんな挨拶なんてできません。一人前になるまでは、親たちが模範を、親の背中を通して見せていく必要があるのです。




「苦悩や困難をプラスに」


 私たち人間は、できることならば楽な道を選びたがります。親は子どもに楽な道を選ばせようとこれまでの知識をフルに使います。それが生き方の「要領」という言葉で表現され、「要領」が良い、「要領」が悪い等と上から目線で言うのです。しかし、人の心は苦悩や困難を越えていくところでつくられるのです。そうなると、親として、何が大切かと言うことになります。

 親にできることは、安心して悩める環境を準備してあげることです。そして、共に悩み、共に越えていくことです。自分の力でのり越えられるようになるまで見守っていくことなのです。それなしでコーチングを実践しても子どもの心の根っこには不安がいつまでも残ってしまうのです。

 安心して、のり越えられた子どもは、他者の悩みにも向き合い、同じように助けていくことができるようになっていくのです。子どもたちが育った環境、過ごした環境は次世代へと引き継がれていきます。そこまで考えた子育てが本来は必要なのです。




「私たちの老後に答えがでる」


 これまでの人生で感じている怒りや不満の原因とどう向き合うか。


 育ってきた環境をどう振り返るか。


 生まれてから死ぬまでの自分の人生についてどう考えるか。


 死ぬまでに達成したい目標、さらにその未来年表をどう思い描くか。  


 次世代に何をどう残したいか。


 そういった意識が高まるように主体的にどう実践していくか。


 基本は子どもをどう育てていくかを具体化する。


 そして、正しい生き方の追求が次世代にも引き継がれるようになる仕組み作りをしていく。


 困ったときに誰かに頼むのではなく、困る前から、誰がために何かできることがないかを考え、実践する。


 あとは、因果応報、よい種まきをしていくことですね。




「一隅」


 赤穂浪士の大石内蔵助ら四十七士についてはよく知られています。泉岳寺にある四十七士のお墓の横に、討ち入りできなかった萱野三平の墓碑があります。主君だった浅野内匠頭の事件で失業したのち、転職か、討ち入りかで悩み、自刃したのです。あまり知られていない人物の話ですが、「仮名手本忠臣蔵」という歌舞伎や人形浄瑠璃の演目では人々に感動を与えているのです。陰日向、人の世にあっては、誰もが人生の主人公。ひとりひとりが輝いているのです。




 お薦めの“1冊”



「卒業ホームラン」



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著 者 重松 清

出版社 新潮文庫

価 格 562円(税込)



 今回は、この本に収まっている6作品の中から「エビスくん」を紹介します。この作品は著者、重松清さんにとって、とても思い入れの深い作品だそうです。


 重い病気を抱えた妹に、主人公は転校生エビスくんの話をします。エビスくんは神様の子孫なんだと話し、お見舞いに連れてくると約束をしてしまいますが、エビスくんからはいじめにあうようになってしまいます。
いじめられて、毎日つらいのに、エビスくんを嫌いにならなかった、むしろ好きだった主人公・・・。


 今回、「エビスくん」を紹介させていただいたのは、この物語を読み終えたときの感想で育ってきた環境がどうだったかが解るからです。絶対に逆らえない怖い人間を神様のように思いこんできた経験から涙を流すほどに感動する人と、主人公を苦しめるエビスくんを理不尽に思い、怒りさえ感じる人とに分かれるのです。ちなみに私は、感動して大泣きしましたが、息子やうちの奥さんに読み聞かせたら、私のような感動は無かったのです。

 重松清さんは、私たち世代の心に突き刺さるものを、実に上手く表現しています。そして、バイオレンスな大人や友だちを受け入れてきた人たちは、随分と大人になったときに、精神的な苦しみや、心の病が表出するのだと思います。
「三つ子の魂百まで」子どもの頃の経験は根深くその人の一生を左右するものです。




編集後記


 今号の発刊で10年になります。まずここまでこれたことに感謝です。

 巻頭の「大人の威厳」を集約すれば、愛された記憶の有無がどうだったかだと思います。私自身の子育てと教育改革は、この会報の創刊のころにさかのぼります。これをきっかけに子育てへの考え方をリセットできました。自己の中に存在する小さかった心の器を、少しでも大きくしていく取り組みへとなっていきました。そして、そのためには「我」を捨てる「覚悟」が必要でした。そんな中、今の仕事でも通じる以下の言葉が湧き上がってきたのです。


 「食べるものがない人に自分の食べ物を分けてあげる。そういうことを繰り返すうちに我が身を滅ぼしていくと誰かが言う。どこかで縁切りをしなければ自滅の途に・・・、と。しかし、私は思う。ここで縁切って、この人が滅んでしまったら、きっと死ぬまで後悔するだろうと。そんな思いをするくらいなら共に道連れになってもかまわない。できればそういう志(こころざし)をもってあの世に行きたい。きっとあの世では、そんな私をご先祖様が誇らしく迎えてくださるだろう。この世は一瞬、あの世は永遠。あの世の永遠のためならば、この世の苦しみを分かち合い、浄い心で過ごしたい・・・。浄い心の先に、本当の幸福(しあわせ)はある。」

 そして、そう思う中から感謝がこみ上げてくるのです。(SI)



   


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by ikenosai | 2016-02-19 22:32 | 文化だより | Comments(0)

親馬鹿な私


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今は、高校1年生。


先月の127日(水)のこと。

夜勤明けの私は、娘とランチの待ち合わせ。

職場の福利厚生で配られた食事券の期限が間近だったことと娘の高校が休みだったこともあって誘ってみた。

イタリアンレストランでパスタやピッツァを食べ、その後、吉祥寺行のバスに乗車。

途中の明星学園前で下車し、井の頭公園を目指した。

三鷹の森ジブリ美術館を横目に娘は「いいなあ、行きたいなあ」と言うもんで、「じゃあ、今度予約して行こうか?」と話すと「うん、行きたい」と答えた。

公園内をスタスタと歩き、途中でガレットの店を見つけて「今度来ようよ?」と私を誘う。

弁天様ではおみくじを引きたいと言うもんで、行ってみたが、振ってくじ棒を引くタイプでないので、「これじゃない」と引くのは止めた。

水がすっかり抜けた池を橋の上から覗き込み、「魚はどこに行ったのだろう」とつぶやいていた。

顔の紙芝居のおじさんが杜子春をやっていたが、途中で見るのをやめて、ドン・キホーテに行った。

全フロアーを一緒に見ながら、「これが欲しい、あれが欲しい」と言っていた。

西友にも行って、ここでも隈なく散策。

疲れ切ってから、コピスの地下に行き、一緒にクレープを食べた。

商店街を通っていると、中高生向けの洋服屋に興味津々。

ここでも「あれが欲しいな、これが欲しいな」と言うもんで、服の好みはまだ年相応なんだと安心した。

その中で、いちばんのお気に入りは、どうやら革ジャン・・・。

それでも、高いかな・・・?

と、ここでも買ってあげられなかった。

そして、一緒に電車に乗って立川まで帰ってきた。

帰ってからもずっと、あの革ジャンが私の目には焼き付いていた。

翌日の仕事帰りに古着屋によると、昨日のイメージ通りの革ジャンがあったので、娘に電話し、茶色と黒とではどっちが欲しいか聞くと、「黒」と答えたので買って帰った。

娘にあげると大喜びだった。

前日の値段の5分の1ぐらいの値段に、さらに驚いていた。


年頃の娘が、父親に付き合ってくれるのはありがたい!

つくづくそう思った。
 そう言えば、昔は一緒によく出掛けたなあ。
 今はお互いが忙しくて一緒に買い物なんて行かれない。
 楽しかったなあ・・・と振り返っていた。
 久し振りで、何だか嬉しかった。
 時々あくたいをつく娘だけど、「かわいいなあ」とうちの奥さんに話していた。
 時々思い出す、子どもたちの小さな頃。
 あの頃のかわいらしい記憶で十分に親孝行してもらったと振り返っていた。





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                    私の大好きな写真。


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by ikenosai | 2016-02-14 20:58 | 子育て 一期一会 | Comments(2)