いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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終戦のエンペラー
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立川の花火 “2015”


 今年の立川の花火大会。

西日の暑いベランダで、さらに、消防署と自衛隊駐屯地のほぼ毎日のヘリコプターの騒音。

しかし、1年に一度の大イベントになる、このベランダから見上げる大きな花火。

胸にド~ンと突き刺さる花火の爆音。

初めての来客もあり、感動していただき、すてきな一夜に・・・。

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月夜に・・・

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見上げる義理の父・・・



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騒音の駐屯地も、今日は花火が1年分の不満をかき消して・・・


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花火はベランダのすぐ上に・・・


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光のあと、しばらくして響く爆音、そして静かに火の粉が落ちていく・・・
昔は、かまやつひろしの髪の毛にたとえていたのに、今の子たちはライオンキングと言っていた・・・


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クライマックスに近づくと・・・
一つの花火が散らばって、そこからさらにカラフルに開いた花火。
花火の中に花火が入っていて、職人の心意気が伝わってくる・・・
花火の余韻にしばらく浸って・・・
今年の夏も、一つ過ぎていった、そんな感じがして、少し切なくなった・・・
そういえば、たくさん作ったご馳走の写真を一枚も撮らなかった・・・
それぞれの記憶の中にだけ残して・・・






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by ikenosai | 2015-07-26 21:46 | 現世に乾杯! | Comments(4)

文化だより 第27号

文化だより 第27号
                文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌)
                 特定非営利活動法人 文化高等学院

“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”
(オットー・フォン・ビスマルクの名言より)
未来の安定は想像力が鍵!

国際社会で“平和”に生きていくために!

 選挙権が18歳以上になれば、高校3年生の誕生日を過ぎれば選挙に行かれることになります。尖閣諸島に関わる中国や竹島問題に関わる韓国、拉致被害者問題がまだ未解決の北朝鮮、そして、アメリカとの安全保障をめぐる今後の関係は、間違いなく次の世代へと引き継がれることになるでしょう。そうなりますと、平和の礎になるものをしっかりとつくっておかなければならないのです。選挙は、その根幹となる人材を選ぶ大切なことなのです。国民ひとりひとりがそれぞれの中で意識して政治参加できるきっかけが家庭と教育の現場にもあるようです。希望につながる環境でありたいと願っています。平和は人々の意識の中にこそ根付かせなくてはならないのです。

今こそ、“憲法”について考える!

 最近、なぜ憲法について語られるようになったのか。今号では憲法の役割について考えたいと思います。憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないことや、やるべきことについて国民によって定められた決まりなのです。例えば、日本では表現の自由について保障されており、国による国民の表現活動を侵してはならないと「基本的人権の保障」で守られているのです。「立憲主義」は国民によって制定された憲法で国家権力を制限し、人権保障をはかるという最も基本的で大切な考え方なのです。国民の権利・自由を守るため国に縛りをかけるという役割をもっているのが憲法です。簡単に変えられてその縛りが緩められてしまうようでは本来の憲法の役割としては機能しないことになるのです。憲法を変えることは、普通の法律を変えるよりも厳しい手続が必要とされています。本来の憲法は国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのですが、諸外国との関係、そして、圧力、国際貿易等でのしがらみにあって、優先順位を忘れがちにもなります。今こそ国際レベルでも憲法のような約束事で縛りをつくり、軍備や果ては国際経済までも部分的な抑制が必要とも言えます。そういった取り組み無しでは戦争も紛争も終わる日はこないでしょう。国際連合の常任理事国が、核に核ではなく、諸外国に慈悲を持って接すること。そして、過去の戦争においては、戦争の関係で亡くなった人々の無念の魂を沈め、子子孫孫へ怨念を残さない取り組みが必要なのではと過去の歴史からも感じます。

“主権国家”について考える!

 世界には独立国の数が200近くあります。世界中の人々は、どこかの国家に住んでいるか、どこかの国家に属しています。国家が、国内の政治について、外国から支配を受けずに、国家が独立を保つことや、国内政策を最終的には自国で決定する権利のことなどを主権と言います。独立国には、この主権が欠かせないのです。国家の主権は、法律的には、どの国にも対等です。

 国際社会は、このような主権を持つ国々を中心に構成されています。国家が成り立つには、主権の他にも、国民と領土が必要です。国家は、領土・国民・主権の3つの要素から成り立っています。主権とは、外国からの内政への不干渉。これは 国家が、その国の領土と国民を統治する権利であり、国内政策を最終的には自国で決定する権利です。なお、沿岸から約12海里(=約22km)までの海が領海として認められます。また沿岸から200海里(約370km)までの水域(つまり12海里〜200海里の水域)で、領海の外側の範囲の水域のことを経済水域あるいは排他的経済水域と言います。経済水域内にある漁業資源や鉱物資源は、沿岸国に権利があります。経済水域は領海と違い、他の国と重なることもあります。 1982年に国連海洋法条約で、沿岸の海岸線から200海里までが排他的経済数域と定められました。経済水域の外側の、どの国の領海や経済水域にも属さない海は 公海 とよばれ、公海では、どの国も平等に航行や利用が出来ます。南極大陸や宇宙空間は、どの国の領域にも属しません。

 国家が安定していくための鍵は、まずは国内自給率への強い意識と国際競争に負けないためにも、選ばれる工業製品や加工品の生産。他国にはないもの、あるいは、できないものを作り続けることも重要だと思われます。そして、関税がポイントになります。国産の食料の安定供給と輸入品とのバランスは自国の首を絞めない程度の政策が求められます。そういった観点からも将来の日本のことを考えますと、どんな人に国を治めてもらうかという意識はそれなりの人材を求めていくことが必然的になるでしょう。つまり、アバウトな感覚では任せられないのです。

“風が吹けば桶屋が儲かる”

 国家間の貿易についてはもっと慎重にならなくてはと感じます。以前、ハイチの人々は自国で米の生産をし、自国で消費していましたが、1990年代半ばに、国際通貨基金が推進する貿易自由化政策のもと、それまで35%だった米の輸入税率をわずか3%に引き下げたのです。ここからアメリカ政府のテコ入れが始まりました。ハイチの国内には安いアメリカ産の米が入り、自国米は競争に負け、次第に生産が減少し、80%程を輸入に頼るようになってしまいました。アメリカとの関係が悪くなった場合は簡単に兵糧攻めに遭う縮図を自ずからがつくってしまったことになるのです。主食の調達は自国生産が原則なのです。戦後の日本でも同じような現象がありました。それは戦後の食糧難でアメリカ産の小麦粉と脱脂粉乳が大量に入ってきたときのことです。アメリカの慈悲でいただいていたら、涙が出そうないい話です。しかし、したたかなアメリカの政策だったことはすでにお解りでしょう。

 対米貿易収支のバランスにはまだまだ慎重にならなければ今後の日本もハイチのような結果を招く可能性があります。対中国貿易もです。人件費や物価の違いもありますが、国の生命に関わる食料を簡単に輸入して、国産品が競争に勝てなくなることは、国家を失うことへの加速化につながるのです。理にかなった地産地消の原理と食文化が実は地域性をつくり、人々の性格にも影響を与えていることが言われるようにもなってきています。何世代にも渡って受け継がれてきた食文化。その土地土地、その風土に合った農産物はその気候をも含めての生きる力になっています。通常、暑さに耐える夏の野菜は体を冷やす作用があり、寒さに耐える冬の野菜は、体を温める作用があります。技術の進歩は、季節を狂わせ、旬でないものが年中食べられる環境を生み出しました。心身共に不調を感じるようになるにはそれなりの因果関係があるのです。そういった部分まで含めて考えることも、個々の意識の中につくられればと思います。自分たちの環境を自分たちで守る意識。その原点が、子育てや教育になると思います。


7代先の“未来”に願うこと!

 アメリカンインディアンの中にチェロキーインディアンという民族がいます。彼らは7代先のことをイメージし考えてから、これからのことを決めているそうです。人々が正しく生き続けるための原理原則は、実はシンプルなはずなのですが、自分を立てるがために歪曲してしまうものです。また、権利や義務を法律で定めることだけでは法律万能主義にも陥り、人としてどうあるべきかという大切なものが薄れてもいきます。違法でなければいいと、法律を駆使してでも自己を正当化してしまう感覚も多数派になりつつあります。しかし、多かれ少なかれ、人々の行為には良いことも悪いことも入り混じっているものです。自分のものという概念が無くなると案外、変われるのかもしれません。人々がより善く生きていくための最後の砦は教育ではないかと思うのですが、模範的な大人の行為、特に親の行為は教育の中で一番重きを置く部分でもあると思います。優先席でのケータイマナーや、歩きスマホ等、公共の場での大人の行動は今、子どもたちにとってどのように影響しているのかと考えつつ、自分の行動を振り返っています。

神々が宿る聖域

 中国山脈にある那岐山は岡山と鳥取との県境にあります。南側に降る雨は馬桑川にそそぎ、梶並川、吉野川、吉井川を経て、瀬戸内海に運ばれます。北側に降る雨は千代川を経て日本海に運ばれます。中国山脈は南側を山陽、北側を山陰と呼び、快晴の日の那岐山頂からは遙か伯耆富士(大山)をも望めます。山の麓付近は山陽にせよ山陰にせよ、大きな変化もなく静かに時が流れています。那岐山の南側麓にある奈義町は大昔に浄土宗の開祖、法然上人が幼少期に修業した古寺の菩提寺があります。法然上人ゆかりの大銀杏は当時から今もこの集落を見下ろしています。神秘に満ちたこの山を私は中学の時初めて登りました。以後、渓谷沿いの山道を通って何度も山頂に登ったものです。高校時代には真夜中に起きて20キロもの道のりを自転車を漕ぎ、早朝に山女釣りをしたこともあります。まるで神々が宿る不思議な土地のようにさえ思えます。この地は「NARUTO」の作者岸本斉史さんの生まれ育った土地で、今も那岐山が下界を見守り続けています。

お薦めの“1冊”

 「覚悟の磨き方」
著 者 吉田松陰
(編訳)池田貴将  
出版社 サンクチュアリ出版
価 格 1,620円(税込)

 人材の育成という事を論じるときに欠かせないのが「松下村塾」です。吉田松陰が「松下村塾」で教えたのはわずか2年半でしたが、伊藤博文など、総理大臣2人、国務大臣7人、大学の創設者2人を輩出しました。
 本書では松陰の言葉を通して、その生きざまに触れ、幕末という混乱の世の中で、優秀な人材を輩出し続けた考え方に触れることができます。特に印象深い箇所を紹介します。

人生は四季を巡る
 もうすぐこの世を去るというのに、こんなにおだやかな気持ちでいられるのは、春夏秋冬、四季の移り変わりのことを考えていたからです。
春に種をまいて、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬がくれば貯蔵する。
春と夏にがんばった分、秋がくると農民は酒をつくって、なんなら甘酒なんかもつくって、収穫を祝い、どの村でも歓喜の声があふれます。
収穫期がやってきてきつい仕事がようやく終わった。
そんなときに、悲しむ人なんていないでしょう。
私は30歳で人生を終えようとしています。
いまだ、なにひとつできたことはありません。
このまま死ぬのは惜しいです。
がんばって働いたけれど、なにも花を咲かせず、実をつけなかった。
ですが、私自身のことを考えれば、やっぱり実りを迎える時期がきたと思うんです。
農業は1年で1回りしますが、人の寿命というものは決まっていません。
その人にふさわしい春夏秋冬みたいなものが、あるような気がするんです。
百歳で死ぬ人は百歳なりの四季が、30歳で死ぬ人は30歳なりの四季があるということ。
つまり、30歳を短すぎるというなら、夏の蝉と比べて、ご神木は寿命が長すぎるというのと似たようなものじゃないかと思います。
私は30歳で、四季を終えました。
私の実りが熟れた実なのか、モミガラなのかはわかりません。
ですがもしあなたたちの中に私のささやかな志を受け継いでやろうという気概のある方がいたら、これほどうれしいことはありません。
いつか皆で収穫を祝いましょう。
その光景を夢に見ながら、私はもういくことにします。

祖先を想え
今のこの世界を残すために、自分の命を差し出した人たちがいます。
彼らはなんのために命を捧げようと考えたのでしょうか。
私たちは考えなければいけません。
今のこの世界は、彼らが思い望んだ未来になっているのでしょうか。
その答えは、私たちの生き方でしめすしかありません。

辞世の句
私の身がここで滅んだとしても、私の日本人としての魂は、ここに置いていくことにします。


編集後記

 本誌の創刊から9年が経ちました。当時は、娘が小学校に入学する年でした。第2号の編集後記でゴールデンウィーク明けで学校に行きたがらない娘を学校の下駄箱まで送ったことを書いています。泣いている娘を必死で励まして見送りました。今年、娘は高校1年生になりました。毎朝、7時過ぎには家を出て電車に乗って通学しています。時の経つのは早いものですね。あっという間に、孫ができ、あっという間に来世へと旅立つのでしょうか。それぞれの人生を考えますと、柔軟な考え方と過ごしやすい環境があればと思います。すべてをマニュアル化させ、決まりだけで生きていくのではなく。原理原則に基づいた万物の理(ことわり)を理解し、最後は智慧を授かる方向づけを代々に渡って引き継いでいかれるようにしたいものです。足るを知る生き方、そして、足りないところに心が注がれ、満たしていかれるようになれば、人々の間には感謝の思いが湧き出てくるのではと思います。今こうしてこういう思いになれることが感謝なのですね。(S・I)


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by ikenosai | 2015-07-05 21:48 | 文化だより | Comments(2)