いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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青山敏弘君への感謝状!

青山敏弘君、ありがとう。

私は、作陽高校の卒業生として、心から感謝しています。

我が作陽高校卒業生として、サッカーワールドカップ初出場に何よりも感謝です。

これまでの、母校とのご縁を振り返り、サッカー部の存在の有り難さにつくづく感謝が込み上げています。

日本代表は、グループリーグ敗退で、とても残念ですが、何か熱い思いをいただけたこと、こんな気持ちになれたことを嬉しく思っています。

最後の最後まで、楽しませていただいたグループリーグ。

覚悟を決めて、それでも祈りつづけていたこと。

スタメン起用が分かるまで、ずっとずっと祈りつづけていたこと。

そして、それがかなったとき、この上ない喜びでした。

感謝とともに、世界が平和でありますようにという思いが込み上げてきて、涙が出そうでした。

こんなすてきなスポーツの祭典の代表に選ばれた君に感謝をしつつ、これからの活躍を祈っています。

最後まで、紳士であった君に、そして、日本代表選手たちに心から感謝です。

「継続は力なり」

岡山県の星

作陽高校の星

強く、輝いていた君にありがとう!


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by ikenosai | 2014-06-25 10:52 | 照于一隅 | Comments(0)

昨日は妻の誕生日!

 昨夜は、妻の誕生日。

私はご馳走を作って、家族みんなで楽しい食事。


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鰯のマリネ(生姜と酢醤油)


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豚と牛の赤ワイン煮(国産豚のバラ肉のミルフィーユと国産牛のハンバーグの赤ワイン煮込み)


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ズワイガニとエビのパスタ  サラダ(旬のアスパラ、トマト、グリーンリーフ) 小芋のアンチョビ炒め
※アンチョビはマリネで余った切れ端を油多めで塩焼きし、さらに茹でた小芋を加え、こんがり炒める
 子どもたちに特にうけが良かったのが、小芋のアンチョビ炒め、そして鰯のマリネ
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さすがにケーキは買いました。
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by ikenosai | 2014-06-20 23:54 | 食べること | Comments(1)

“こころの教育”とは?~鳥山敏子先生の生涯に学ぶ~

文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌) 
第24号 (平成26年  6月 1日)
                  
  〒207-0012
  東京都東大和市新堀1-1435-20
                  
  特定非営利活動法人 文化高等学院


 昨年、10月7日に多摩地域の公立小学校の先生で後に“東京賢治の学校”を設立された鳥山敏子さんが72才で亡くなられました。公立学校で過ごす子どもたちはそれで十分な環境かもしれませんが、子どもたちの中には、心の内に潜んだ色々な問題があったりもします。その心の内と現代の教育の問題にスポットを当て取り組まれた方でした。
 子どもの姿は氷山のようなものです。表出する部分はわずかです。ほとんどは海水の中に隠れているのです。生まれた環境、先祖代々からの遺伝的なもの、因縁、そして、育っていく環境、その積み重ねによる生育歴。そのほとんどは、氷山に例えると、海水の中に隠れている部分のようです。子どもたちが表出させる問題行動には、その子だけの問題ではないことが多く、よくよく見るとお母さんの生育歴や今の問題を映し出していることもあります。つまり、親の問題が生まれてきた子どもたちによって表出されることもあるのです。そして、解消できないまま、子どもたちは大人になって、さらに次の世代を育てていくのです。子育ての連鎖は、こうして繰り返させられているようです。どうしたらリセットできるのか、どうしたら改善されるのか、そこを意識して教育を考え、取り組まれた鳥山先生の生涯から私たちは何かヒントをいただけると思います。今号では鳥山先生の著書である「賢治の学校」~宇宙のこころを感じて生きる~より抜粋させていただき、宮沢賢治の清らかで聡明な心に触れ、教育と子育ての修正と取り組み方について一緒に考えていきましょう。

 鳥山敏子著 「賢治の学校」~宇宙のこころを感じて生きる~より宮沢賢治の美しい心にふれているところと鳥山先生が一番伝えたかった箇所を抜粋しました。


 10月になって、お天気のいい日だったんですよ。先生から、ちょっと近くの川に行こうじゃないかといわれて、北上川からちょっと分かれたところにあるんですが、そこに案内したわけですよ。

 「舟漕げるか?」って先生がいうんで、「私、このへんだったら漕げますよ」といったら、「じゃ、その舟で行こう」と、こういうわけですね。

 だれが所有する舟なのかわからない。照井さんは、他人の舟を無断で借用するのは悪いと思い、だれが見ているでもないのに「舟っこ借りやす」と断りを入れ、ともづなを解いて漕ぎ出した。

 まあ、ちょうど静かな水面にねえ、日が照ってるでしょ。そうして先生も、とっても気持ちよかったんでしょう。川の真ん中あたりに行ったときにね、どこにしまってあったんだか、リンゴを出して水のなかに入れたんだね。そうしたところがねえ、トポンとリンゴが落ちるでしょう。日が照るでしょう。水のなかに入ったときのリンゴの輝きがね、ちょうどプリズムで見るように、色が分かれる感じでね。
それを何回も繰り返すんですよ。上げたり下げたり。上げて・・、「はあっ、きれいだ!」という、その声がね、全部同じ声じゃないんだ、喜び方がね。

 言葉にあらわせないですよ、あの喜ぶ姿というのは。本当に、童心というか、天真爛漫といいますかね。ただただその世界に溶けこんでいるもんだから、こっちのほうで、竿もって私がみているなんてこと、あたりに人なんかいるってこと、全然関係ないんだもん。もう、自然と自分が合致しちゃった姿なんだから。

 舟を岸につけると先生は、舟から下りるやいなや、服を脱いでね、川に入りましたねえ。それから深いところまで行って、フフーッといってすぐ上がってきて、とっても気持ちよかったと喜んでいらしたですね。そういったような突拍子もないことやるんですねえ、先生は。
(宮沢賢治の教え子たちの話より)

 賢治の学校 
~宇宙のこころを感じて生きる~

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 著 者 鳥山敏子
 出版社 サンマーク出版
 価 格 1500円(税別)

 私には、20年以上も前から新しい学校をつくらなければ、という思いがあった。そのためのスタッフづくりと土地探しもさんざんやってきた。既存の学校というものが、過剰なカリキュラムで埋めつくされ、子どもを比較し、評価し、あまりにもよけいなことをやりすぎる。子どものもっている天の才は、それでは発揮できない。不必要な、しかも、過剰なカリキュラムにかき回され、本来からだがもっているはずの天の才を子どもたちが察知できなくなっている。こんなことでは、南方熊楠や宮沢賢治のような人物はこの国にはもうあらわれないだろう。音楽家も芸術家も生まれない。だから、なんとかそういうよけいなことをしない、子どものからだが必要なことだけを保証する学校をつくりたいということで、20年以上も前から私はそれに取り組んできたのである。

 そのころ、やはりさまざまな学校づくりの運動をしている人々がいて、私はそれを見ていたのだが、そこには欠けているものを感じていた。ひとつはからだの視点からのカリキュラムと、もうひとつは親と子どもの関係を視野に入れての取り組みである。

 親は、それこそ子どもがおなかのなかにいるときから、わが子のからだやこころに大きく深く関与している。その影響のものすごく大きいことに親自身が気づいていない。子どもたちはこれまで、自分たちのやり場のなさを、どれほどさまざまなメッセージに託して親に訴えつづけてきたことか。それに気づかない親は、子どものからだの行きづまりや、反抗するか自閉することでしか表現できない子どものやり場のない不安や怒りの原因を、すべて学校や社会のせいにしてきた。

 子どもは、親のからだやこころを自分に映して生きている。したがって、親が自分のなかに無意識のうちにもっている問題を解決し、親自身が変わっていかないかぎり、子どもは変わらないし悩みや苦しみから自分を解放することも、天の才を発揮することもできない。子どもの才や能力を封じこめているのは、ほかならぬ親なのだ。もちろん、学校、社会、教師もいわずもがなだが。

 親がそれに気づかないのは、気づかなくなった親の「からだの歴史」があるからである。そこで私は、これまで何年もの間、親と子のためのワークショップを催しつづけてきた。親は「あなたの子育ては立派ね」と世間から評価されたい。そういうよけいなものをいっぱい背負いこみ、かなり無理をして生きている。親の「からだの歴史」をたどり、親自身が十分生きられなかった内なる子どもに向き合っていくワークをすると、みごとに親が変わり、子どもも元気になっていく。私はこういうワークショップを何年もつづけてくるなかで、それを何度も何度も経験してきた。

 「賢治の学校」はまず家庭から、と強調するゆえんはここにある。

 人は本来、みんなつながりあって生きている。深くつながりあっているほど、生き生きと輝いていられる。だが、日本という社会ほど、人々がお互いに「つながれないからだ」になっている社会があるだろうか。本当の意味での子どもにも、大人にも、親にもなれない社会。小さな子どものころから深く傷つき、天の才を発揮できず、多くは企業戦士になることでしか受け入れてもらえない社会。そういう社会をつくり上げてしまったのは国の政策でもあるが、それを支えたのは、家庭だろう。したがって、家族の本当のつながりの回復がすべてのもとになる。

 まず夫婦のつながりが回復されていかなければならない。「あなたが悪い」「おまえが悪い」というだけの夫婦であれば、子どもも人への不信感を募らせるだけで、常にだれかのせいにして生きていくような、ものごとの責任を自分に引きつけて考えられない人間になっていくしかないだろう。

 人と人との関係のなかで最も大事なことは、それぞれがそれぞれをかけがえのない存在であると認めあい、違いがあっても尊敬しあえる関係、お互いの違いが楽しめる関係を確立していくことだ。多くの夫婦がそれを自覚し、確立していくことを考えていない。相手を「自分のものだ」とすぐ所有しようとする。

 また、夫婦が尊敬しあい、お互いの能力を、天の才を伸ばそうとするのを支えあうような関係が双方から成り立つとき、その子どものからだのなかに、人や自然のこころにつながっていきたいという思いが芽生えてくる。だが、そういう夫婦がいまは見当たらない。「何回いったらわかるんだ」「わからないんだったら、もういい」といったような捨て台詞をいうだけで、自分のほうから歩み寄っていって語りあおうとする姿勢が夫婦の双方にない。いや、もともとそういう関係がない夫婦がほとんどだったのだ。いま、やっと食べるものにも困らない社会になったからこそ、本当の内面の成熟を問う余裕が生まれてきたといえるだろう。相手を尊敬しあえない夫婦の間で生きてきた子どもたちを学校が引き受け、親の肉体的、精神的虐待を受け、閉じこめられてしまった能力を伸ばそうとしても、それは不可能に近い。だからまず家庭を「賢治の学校」にすることが必要なのである。

 そもそも公立学校というものは、かつて一度も子どもたちのためにつくられたことはなかった。国の必要でつくられてきたという事実に対する認識があまりにもなさすぎる。それが今日のような、子どもたちにとって不幸な混乱を引き起こしているのである。学校がどういう機関としているのかも認識せず、学校に「預けて」いることが、どんなに無謀なことか。

 夫婦が、自分のなかの修羅を見すえ、自分に正直に生き、お互いの違う部分を容認しあい、世間の評価から自由になっていくとき、子どももまたそういうからだに変わっていける。そこから家族のつながりが回復する。これが「賢治の学校」だ。

 親は望むと望まざるとにかかわらず、家庭が子どものこころとからだに一生の影響を与える「学校」になっていることをもっとしっかり自覚すべきである。

 こうして足元の現実から逃げずに、それをしっかりと見すえ、夫婦のつながり、家族のつながりを具体的な行為として回復し、そこから学校や社会そのものをつくりかえていくだけの力を親はつけていかなければならない。それを放棄し、だれかに理想的な学校をつくってもらおうと願っても、現実は一歩も前へ進まない。

 行政や社会が悪いという以前に、まず自分の責任において行動することが重要なのである。人まかせ、学校まかせ、行政まかせにしてきた結果が、人が生きていくうえで何が最も大事なのかを学べない、「つながれないからだ」をもった子どもたち、親たちをつくってきた。そのことに大人たちは気づいていかなければならない。

 先にもふれたように窮屈になってきた要因のひとつは、学校で何か事故が起こると何千万という多額の賠償をしなければならないところに学校が置かれてしまっているからだ。教師は事故防止、子どもへの管理をいっそう厳しくせざるをえず、そのため学校そのものがますます閉ざされた場所になっていく、教師の頭から「事故」の二文字が抜けなくなってしまったのである。

 たとえば、生徒が「おなかが痛い」と訴えてくる。以前なら、教師はその生徒のおなかに手を当てたりして、しばらく様子を見ていたのだが、いますぐ保健室へ連れていく。万が一「事故」に発展した場合、事故報告書を見て「なんで保健室へ連れていかなかったのか」「なぜ病院へ連れていかなかったのか」と追及されるからだ。だから「おなかが痛い」といえばすぐ保健室。ちょっとけがをしてもすぐ保健室ということになる。そのことで、子どものもつ自然治癒力が衰えていく。あるいは「おなかが痛い」ということで甘えたいのかもしれない子どものこころの部分に、教師が関われなくなっている。そういう本質的なものからますます離れたところに学校ができてしまったのである。

 事故が起きれば、親たちは学校の責任を追及する。それに対して学校のほうも過剰なほど自己防衛意識が強くなる。裁判沙汰になったときに役立たせるための記録を常にとっておくよう、教師たちを口うるさく指導する。教師はそのためますます忙しくなり、本来の教育というものからほど遠いところへ追いつめられていかざるをえない。そしてそのすべてにお金がからんでいるのである。

 教師も親も、都合の悪いことは常に他者の責任にしていく。だからちっともおおもとの改革には目が向かない。文部省(現在の文部科学省)の行政全体、学習指導要領全体を見直すとか、現在の受験体制を見直すという方向には目が向かず、文部省という権力のいちばんの末端にいる校長や教師だけを責める。その末端の、本来ならば手をつながなければならない親と教師の衝突によって抜本の変革をまぬかれているのだ。

 だから、なかなか「学校は子どものためにあるのだ」というもともとの原点に立ち戻ることができない。子どものためにあるはずの学校は、日本経済を支える企業のための戦士を養成する機関として利用されているだけである。
 その改革をめざしていたはずの教員組合も分裂してしまった。組合も文部省も子どものために何が大事かという本質的な教育から、遠いところに行ってしまった。
 「賢治の学校」は、やはりどうしても必要なのだ。
(鳥山先生の学校づくりへの思いが伝わる箇所より)


 健康と予防

 夏の“冷え”対策

 文明の利器に依存していくと人間本来の体内の機能は退化していくようです。例えば冷暖房が整いすぎた環境では、汗をかくことを体は忘れていきます。生まれたばかりの赤ちゃんがずっと汗をかかないで育っていくと汗腺が機能しなくなり、汗をかくことが困難になってしまいます。そうすると、夏の炎天下で汗によって体を冷やすという機能が失われ、どんどん体温が上昇し、熱中症になったりすることもあります。寒い冬に暖房の効きすぎた部屋では喉が渇き、冷たいものがとても美味しく感じます。1年中売られている南国産の果物や野菜を真冬に食べてしまえば冷え性になっても暖房によって冷えを感じなくなってしまい、やがて知らず知らずに“冷えのぼせ”という大病へと発展していきます。食生活の中でも、塩分控えめ、なんて真夏に言っていてはいけません。体の水分バランスを整えているのは塩分とカリウムなのです。夏の食事は塩分の微妙な調節が必要です。


 断片で見た韓国

 20年位前、韓国からの研修生受け入れで、一つ年上の青年が、私の部屋に泊まり、休日は一緒に出かけ、朝まで飲み明かしたりし、楽しい2週間を過ごしました。しかし、私が韓国を訪れるとき彼は既に退職していたのです。1回目の訪問は、1号店オープンでアックジョンという街へ、2回目は2号店オープンでミョンドンへ。途中で通訳までも辞めてしまいました。不安とともに、月を眺めながら、阿倍仲麻呂の句を口ずさんでいました。必要が迫れば不思議なもので、ハングル文字が読め、最低限の会話もできるようになりました。国民性の違いにはかなりショックを受けました。韓国の社長が従業員を信用していないのか、頻繁に店のレジのお金を回収し、入力した額と現金が合わず、丼勘定でした。店員も、客がいないと、外でたばこを吸ってサボっていました。友人には無償で提供するなど、双方に問題がありました。私の常識が通用しなかったのです。例えば、電車は乗り降りが同時。ハンバーガーショップでは、客が横はいりして、一向に買えませんでした。この国はまだまだ成熟するには時間が掛かると感じました。そんな中にあっても真面目な好青年もいました。彼と一緒に店から店に移動することがあり、途中、彼の提案で束の間の観光ができました。何も知らず博物館へ、見終わって、ここが朝鮮総督府だと知らされました。彼は「どうしても、ここを見て欲しかった」と話したのです。数年後、その建物が取り壊される報道があり、詳しく知り、彼の思いが伝わってきたのです。彼はさりげなく日韓の歴史の一部を私に伝えたかったようです。一面だけの判断ではなく、長い歴史認識、どう取り組むべきかなど、深い理解とともに、考えていく必要があるように思いました。


 “和顔愛語”

 今年の卒業式でお話しさせていただいた今東光さんの「失望するなかれ」の後半に、天台宗座主の半田先生の書が本校であるさくら国際高等学校(上田市)の校長室に飾られていることを紹介しました。
 6年ほど前のことになりますが、不登校のまま、夏の合宿に行かれなかった女子生徒を連れて上田市の本校まで行ったことがあります。昼夜逆転している生活を続けていた彼女は、眠そうで、とても無愛想でした。私の車の後部座席に座り、ずっと眠っていました。その日は上田市の別所温泉近辺の観光も兼ねてのスクーリングでしたが、不穏な表情に私は何もできませんでした。ただただ本校へという気持ちだけでした。副校長に校長室へ案内され、私の目に入ってきた半田先生の書に私は思わず、反省したのです。この言葉をそれ以来、座右の銘にしています。
 翌年、彼女は卒業しました。それから数年後、デパートへ買い物に行ったときのことです。1階のアクセサリー売り場の可愛い店員さんが私に笑顔で手を振るのです。よく見ると彼女でした。嬉しそうに「先生、元気?」と声を掛けてくれたのです。仕事をし、しかも笑顔で接客をしている彼女を見て「ああ良かった」と幸せな気持ちになって帰ってきました。教育の積み重ねの先にはこんなご褒美があるのだと嬉しくなってきました。あの半田先生の書には「和顔愛語」と書かれていました。この実践には、神様の愛、仏様の慈悲を感じる一瞬があるのだと思いました。笑顔とやさしい言葉掛け、いつもそうありたいですね。


 編 集 後 記

 もうすぐ、サッカーワールドカップが始まります。以前にもまして、日本の実力はアップしていて、さらに、国民からの期待は大きいことでしょう。
 今回、日本代表に選ばれた青山敏弘選手(14番)を私は応援しています。目標のないまま高校生活を送っていた私にとってサッカー部の存在はとても大きかったと振り返ります。いつの日か、彼らに追いつけ、追い越せという目標によって私は大きく成長したことに感謝しています。そんな感謝の気持ちで高校サッカーの全国大会の応援にも行っています。
 10数年前、母校である作陽高校は1回戦から名門、帝京高校とあたり、あとがないと思い応援に出掛けました。ところが、1年生の先制ゴールでそのまま勝ち、その年はベスト8でした。強烈な印象を残したその1年生が青山敏弘選手でした。しかし、翌年の地区予選決勝、延長戦で入れたゴールが誤審により幻となり、決着がつかず、最後はPK戦で敗れました。その時の幻のゴールを入れたのも彼でした。卒業後はサンフレッチェ広島に入団。ケガに泣かされ日本代表のチャンスを何度か逃しています。今回の日本代表入りは最後のチャンス、陰ながら彼の活躍を祈らずにはいられない思いです。
 日本代表選手を取り上げた雑誌が書店のスポーツ雑誌のコーナーには平積みされています。立ち読みし、青山選手のページを見ていると、好きな言葉に「継続は力なり」と書いてありました。母校である作陽高校の石碑に記されている言葉です。正確には「念願は人格を決定す、継続は力なり」です。
日本代表に選ばれた選手たちは、日々の鍛練、そして、その積み重ねの結果だと思います。彼らは努力する天才だと思います。ローマは1日にしてならず、日本代表選手も同様です。それぞれの選手のこれまでのプロセスにも感動の秘話があるようです。そこも含めて、「頑張れニッポン!」といきたいですね。
(S・I)(http//ikenosai.exblog.jp)
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by ikenosai | 2014-06-09 22:54 | 文化だより | Comments(0)