いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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同窓会

 先日、うちの奥さんが小学校3年生のときの同窓会に出かけた。

あまりにも楽しかったとのことで、私までも嬉しくなった。

そして、今日、同級生から冷凍鮪の詰め合わせが届いた。

鮪を扱う仕事に従事している彼は焼津に住んでいる。

同窓会にくるまでは、同窓会への出席に躊躇していたとのこと。

それでも、出席して、当時のまま、みんなと楽しく過ごせて、帰りは感謝が込み上げて、嬉しくて嬉しくて、そんな思いでみんなに鮪を贈ったとのこと。

 30数年前に時間が止まったような光景に、私もその頃を思い出していた。

 録画していた「二十四の瞳」の同窓会の場面を観ながら、重ねて今の時代に感謝していた。

男の子は2人だけで、あとは皆戦死している。

白黒の映画で非常に古い作品ではあるが、子どもたちが唄っている場面は「サウンドオブミュージック」をしのぐ映画と私は絶賛した。

あんな悲しい映画で、たくさんの若者が戦争で死んでいく話しに、政府の憲法の改正は今後に不安を残す。

チェロキーインディアンの7代先の子孫の幸せを考えた決断とはほど遠い今の日本政府。

安倍さんは何を思い政府を動かしているのだろう。

長野県上田市にある戦没画学の絵を展示している「無言館」に行って何かを感じて欲しい。

平和にあってこそ幸せを感じられる同窓会。

感謝のおすそわけをいただいた。


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 明日から年明けの2日まで通しての泊まりの仕事でブログの更新ができません。

今年もブログをご覧いただきありがとうございました!

どうか良いお年をお迎えください。
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by ikenosai | 2013-12-29 23:06 | 食べること | Comments(0)

~袖振り合うも多生の縁~

 大学2年のとき先輩の弁当屋を離れ、たまたま入った三軒茶屋の牛丼屋の求人広告から私の運命は変わっていった。

覚悟を決めて、朝6時半からのバイトを志願した。

人手がなく、困り果てていた社長にとって私はまさに救世主のようだった。

とんとん拍子で時給が上がり、1年も経てば全部の先輩を追い越していた。

不器用で愚かな私も真面目だけがとり得だった。

当時は牛丼のたれも、焼肉定食のたれも、しょうが焼きのたれも全てを自分たちで作っていた。

今思うに、あの牛丼の味を越える店に私はまだ出逢っていない。

大学4年のとき店長になった。

月給は35万円。

学生のぶんざいで高収入だった。

社長に可愛がられ、大切にしていただいた記憶ばかりである。

一途に牛丼の店を切り盛りしていた。

毎朝、日報を書き、棚卸しをし、発注をして・・・。

前日の売り上げを持って銀行に行っていた。

あわただしい日々に疲れ果てていた日もあった。

唯一の癒しは、窓口の可愛くて愛想の良い新人の女の子。

いつの日か、それが楽しみになっていた。

いつか、この人の心に私の思いが届きますようにと念じ続けていた。

神様に祈り、仏様に祈り続けていた純粋な私がそこにはいた。

振られそうになるたびに、恋愛ソングに酔いしれて、失恋ソングに酔いしれて・・・。

こんな思いになれたことに切なさの中にあっても、しみじみ感謝していた。

出逢いから5年後、彼女は私の花嫁になってくれた。

何か力強いご縁があったのだと思う。

赤い糸なのか何なのかはわからない。

前世でご縁があったのかもわからない。

愛媛県西条市、新居浜市に先祖がいる彼女と南宇和に先祖がいる私。

合せて8人の祖父母のうち、4人が愛媛県出身。

どこかでつながり、どこかでご縁をいただいていたのだと思う。

先祖と先祖でつながって、魂と魂がつながっていたのかもしれない。

そう思うだけで感謝がこみ上げてくる。

私を、私の奥さんを、私たち全てを育んでくださったご先祖のご縁に感謝だと思う。

袖振り合うも多生の縁・・・人の出逢いは不思議なもの。

そして、世界一美味しいと思っている牛丼を食べられる三軒茶屋のあの店は今はない。

それでも、私はあえて松屋に牛丼を食べに行く日がよくある。

お世話になった社長は設立当時の幹部だったとのこと。

なので、松屋の牛丼を食べると、これまでの全てのご縁に感謝が込み上げてくる。

そして、私をここまで導いてくださった現世の人々にもただただ感謝が込み上げてきては、命の洗濯をしている。

三軒茶屋の牛丼屋から始まった私と奥さんとの出会いの日々・・・。

そう言えば子どもたちが生まれてから行っていないあの三軒茶屋の街。

懐かしい思い出の詰まったあの街は今どうなっているだろう・・・。
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by ikenosai | 2013-12-26 18:43 | 現世に乾杯! | Comments(0)

クリスマスの朝

 今年のクリスマスイブは、早く家に帰れた。

それだけでもありがたく心弾む思いだった。

街は買い物や食事の人々でごった返していた。

どの人を見ても楽しそうな笑顔が印象的だった。

 幼少の頃、クリスマスはそんなに大袈裟なイベントではなかった。

それでも、街の商店街のおもちゃ屋は競って新聞の折り込みチラシで流行のおもちゃを売り込んでいた。

もちろん、私には手の届かないものだった。

母は、母なりに考えてくれたプレゼントを私は懐かしく思い出す。

幼稚園にも行かない幼少期のクリスマスの朝、枕元の靴下にみかんが入っていたのを思い出す。

母の慈悲に触れ、今は感謝が込み上げてくる。

そんな私にはもうひとりの母がいる。

 上京して2年目、当時19歳だった私は部活に忙しく、バイトにも忙しい日々を送っていた。

彼女もいない寂しいクリスマスイブを過ごし、一夜を明かした。

数ヶ月前に失恋をしたこともあって本当に切ない記憶が今も残っている。

そんな寂しかった翌日のクリスマスにケーキを差し入れてくださったバイト先のおばさん。

私にとっては東京のお母さんのような存在だった。

そのおばさんは数年前に天に召されている。

あの時の思いを、感謝の気持ちを祈りにこめて贈りたい。

メリークリスマス!

あの世でもご加護がありますように・・・!

そして、田舎にいる本当の母へ、メリークリスマス!

いつも、いつも、ありがとう!

 娘が作ったケーキを添えて!


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by ikenosai | 2013-12-24 21:16 | 現世に乾杯! | Comments(0)

束の間の休息

 相変わらず、12月は忙しい。

それでも昨日は仕事で海に行けた。

私はやっぱり海が好き。

そう感じながら海を眺めていた。

 冬の海は何だか寂しい。

日が短く、あっという間に暮れていく。

薄暗い波間が郷愁を誘う。

思い出すのは10代のころ。

どんなことも乗り越えられたあの年代。

海を眺めては、命の洗濯をしていた。

そして、今日も命の洗濯をして東京に帰った。





南房総岩井海岸
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大房岬
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 夢を見た、クリスマスの夜。

浜辺を歩いていた、主と並んで。

砂の上に二人の足が、二人の足跡を残していった。

私のそれと、主のそれと。

ふと思った、夢の中でのことだ。

この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。

立ち止まって後ろを振り返った。

足跡はずっと遠く見えなくなるところまで続いている。

ところが、一つのことに気づいた。

ところどころ、二人の足跡でなく、一人の足跡しかないのに。

私の生涯が走馬灯のように思い出された。

なんという驚き、一人の足跡しかないところは、生涯でいちばん暗かった日とぴったり合う。

苦悶の日、悪を望んだ日、利己主義の日、試練の日、やりきれない日、自分にやりきれなくなった日。

そこで主のほうに向き直って、あえて文句を言った。

「あなたは 日々私たちと共にいると約束されたではありませんか。

なぜ約束を守ってくださらなかったのか。

どうして、人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、まさにあなたの存在が必要だった時に」

ところが、主は私に答えて言われた。

「友よ 砂の上の一人の足跡しか見えない日、それは私が君をおぶって歩いた日なのだよ」。

                                         「浜辺の足跡」より


 
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by ikenosai | 2013-12-12 10:23 | 海まで走ろう | Comments(0)

竹鶴政孝氏の晩年を支えたおばあ様に捧げる

 ニッカウヰスキーの創立者竹鶴政孝さんと妻リタさんの生涯がNHK朝の連ドラ「マッサン」で放送されることになり感謝です。

妻リタさんに先立たれた晩年を共に暮らしたもう一人の女性の存在はあまり、知られていないことでしょう。

 血の繫がらない祖父になった竹鶴さんとの思い出を今でも妻はよく話してくれています。


(昨年のクリスマスの記事を再度配信します)

 クリスマスイブも残業で家に帰ったのは23時前。

やはり、今日も忙しかった。

小2の息子は、サンタさんが来るから早く寝ると言って寝てしまった。

寝る前に、パパはサンタさんに会うかもね!

なんて真面目に話していたらしい。

 今日は悲しい日になってしまった。

義理の祖母が深夜に天に召された。

こんなつたない私をも、まるごと受け入れて下さり、ハンサムな青年と言って可愛がっていただいた。

ひな祭りでご馳走を振舞ったときも、私の料理に感激され、永平寺の銀杏の木で作ったまな板を贈ってくださったりもした。

夫が戦死し、第二の人生をニッカウイスキーの創立者である竹鶴政孝氏と過ごした上品な人だった。

欲がなく、本当に素敵なおばあ様だった。

96年の人生を戦争に翻弄されながら、シベリア抑留から逃れ、長岡輝子さんと一緒に帰国してきたことも生前に伺った。

大正に生まれ、昭和、平成と生き抜いたたくましい人だった。

  帰り道、電車は空いていた。

クリスマスイブ、しかも天皇誕生日の振替休日だった。

立川に戻って大きなクリスマスツリーやイルミネーションがキラキラと輝いていた。

空を見上げ、私は祈った。

すべての人にイエスキリストの御心が届きますように・・・と。

すれ違うカップル、ひとりぼっちの男性、女性、駅周辺に点在するホームレス・・・。

みんなが楽しそうで輝いていた。

大きなツリーに感謝し、12月の慌ただしい日々を振り返った。

そして、乗り越えてきた一日一日に感謝した。

神様、ありがとう・・・。そうつぶやいて、笑顔になった。

(2012年12月配信)



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by ikenosai | 2013-12-01 12:10 | 現世に乾杯! | Comments(0)

神からの贈りもの

 車が曲がり、急に山道に入る。

坂を上がると静けさを破る10数人の人影に一瞬驚く。

知的障がいをもつ子どもたちの学園に併設されたワイナリーの大切な子どもたちでした。

そびえるように迫ってくるブドウ畑の頂上に登り、美しい山並みを見ていると、ワイナリーの職員の方が、ステキなお話を聞かせてくださった。

「子どもたちはそれぞれに合った仕事をしていますが、1人何もしないで、ブラ、ブラ、ブドウ畑を上がったり下がったりしている子どもがいます。

園長に告げると、『1人位風に吹かれる子どもがいてもいいよ』。

その年カラスの大群に、ブドウはメチャメチャになりました。

だけど風に吹かれる子どものいた畑は、何の被害もありませんでした。

彼は鳥追いの役目をしていたのです。」神のなせる業を聞いたような感動でした。

どの子どももすべて必要な子どもたちだったのです。




 上の文章は荻野ハンナさんの「日本のワイン・ロマンチック街道」という本の中で紹介されているお話です。

 マザーテレサが言っています。「この世で役立たずのように見えた人々が、その最も大切な瞬間、死を迎える時に、愛されたと感じながら、この世を去ることができるためなら、何でもしたいと思っているのです。」と。

 あまりにも貧しい人が多いインドでは貧困に苦しむ人々に適材適所の仕事を見つけ、それぞれに役割の意識を持っていただけるようになることは困難です。

しかし、私たち日本では意識的にそれぞれの持ち味を生かした働き場所を提供することは不可能ではないと私は考えています。

それでも、どの仕事も合わない、やはり無理ではないかとあきらめそうになることがあります。

それではなぜ色々な人が存在するのかということなのです。

これこそが神に与えられた我々の“愛”を引き出すための課題であり、多様な社会をつくっていくための大切な課題となるのだと私は思うのです。

価値の多様化は、十把一絡げで推し進めてきた過去の教育に対して、大きな風穴を開けていくことでしょう。

マザーテレサはこうも言っています。「その人の心の中に存在する神に仕えなさい」と。

心に寄り添うことで、肉体を超え、深い深い奥底にある魂とふれあうことが可能になるのです。

その魂とのつながりから、大きな喜びは生まれ、充実感に満たされる心が芽生えてくるのです。

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by ikenosai | 2013-12-01 11:10 | 現世に乾杯! | Comments(0)