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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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<   2013年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧


 10月20日(日)の朝に放送された“小さな旅”

 朝、妻がテレビを点けた。

 寝床の中から聞こえてくるオープニングの曲に私は、今日はどこ!とたずねた。

 「瀬戸内海」という返事に、いそいそとテレビの前に。

 四国フェリーから望む瀬戸内の海だった。

 宇野港と高松港を結ぶ連絡船は、かつて瀬戸大橋のない時代に何度か利用した懐かしい船だった。

 私の母は、愛媛県南宇和郡で生まれ、後に島根県浜田市に引っ越すが、子どもの頃の思い出は全て四国のことばかり。

 対岸の岡山に渡り、まさに瀬戸の花嫁だった。

 なので、夏休みは浜田に行くか、四国に行くかだった。

 父が行かれない年は鉄道と連絡船で行き、父の行かれる年は自家用車とフェリーで行った。

 父は中古のカローラがお気に入りだった。

 ステンレスのフェンダーミラーが懐かしく、重たいハンドルのマニュアル車で12時間以上ものドライブ。

 フェリーは束の間の休息だった。

 座敷に寝転がり、常設のテレビで夏の高校野球を観ていた。

 私は姉とはしゃぎながら甲板に出たりしてあっという間の1時間。

 高松からも長い旅。

 朝、5時に起きて急いで身支度し出発。

 早朝の宇野港で乗り入れの順番を待ち、昼食は香川か愛媛かは憶えていない。

 高速道路がない時代、どこに行っても信号待ちの交差点。

 ぐにゃぐにゃ曲がった小さな峠ばかり。

 そんな道を父は平然とマニュアル車で走っていた。

 暗くなってやっと母の故郷へ。

 そんな懐かしい昔のことを思い出していた。

 瀬戸大橋が出来て、フェリーはなくなるだろうと思っていた。

 しかし、便の数は減ったものの、しっかり地域の人々の暮らしを支えながら根付いている。

 携わる船乗りの半生が紹介されていた。

 かつての船長で今は定年退職をされた方がずっと切り絵の創作をされている。

 人生のほとんどを船上で過ごし、その記憶を切り絵で表現されているのにとても感動した。

 NHKのこの番組はかなりの長寿番組であるが、いつまでもこんな一隅を照らし、いつまでも私たちに感動を与えてくださっている。

 そのことも思い、人々の人生の輝き、日常の積み重ねの大切さをあらためて感じさせられた。

 何の変化もないような日常、私のような人間は、退屈してしまうだろう。

 しかし、そんな日常を積み重ねていくことが大切であることがこの番組からひしひしと伝わってくる。
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by ikenosai | 2013-10-22 15:41 | 思い出のポケット | Comments(1)

東京国体

 先週から始まった東京国体も、8日で終わった。

4日(金)から日野市で開かれていたボクシングを観に行った。

大学時代の後輩が岡山代表の監督として上京していて、連絡を受けての観戦だった。

さすがに45歳の私には、夜勤明けはきつかった。

それでも、行ってみると一気に懐かしさがこみ上げてきて、20年位会っていなかった後輩とは途絶えることのない会話であっという間にその日の日程が終わり、帰ってきた。

近年、岡山はレベルが高く、昨年の国体は優勝だった。

ボクシングマガジンを見て驚いたぐらいだった。

今年も、期待していたが、準決勝で全滅だった。

ホープの清水君も、石原君も出ていないので仕方がないとは思っていたが、成年の部には高校制覇の藤田兄弟がいる。

それでも、準決勝で終わった。

決勝も挨拶だけでもと思い、高校生たちにお土産を持って伺った。

その日は夜勤の入りで、午前中の会議もあり、10時がリミットだった。

それでも、高校の決勝戦3試合を観ることができた。

私を大学に押し込んでくれた先輩もきてくださっていて、励まされた。

私たちをリングサイドからとり続けてくださっている高尾氏もカメラマンとして写真を撮っていた。

ここに来れば、私は原点に戻れる。

そんな思いがこみ上げてきていた。

弱かった私が変われたもの、覚悟を決めて生まれ変わったもの。

高校時代から大学1年にかけて、私には不思議な奇跡の結集がある。

だからこそ、あの時の人たちに会うと原点に戻れるのだと思う。

東京での国体はしばらくないだろう。

少なくとも私が生きている間には・・・。

だから、記念にと高校生たちに東京らしいお土産を贈った。

かつての自分と重ねて・・・。

私がなぜ、スポーツが好きなのか。

それは、自分の運命を変えたボクシングとの出会いがあったからに違いない。

そう思いながら会場を後にした。

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 学生時代、最後の合宿は台湾だった。

それから、数年おきに同じ台湾の大学と練習試合を行っている。

私たちが第1回目の遠征だった。

記念に当時の学生とジャージを交換していた。

そんなことをしたのはどうやら私だけだったようである。

今でも、よく着ているジャージ。

台中にある省立体育専門大学。

私の相手はタイで行われたキングスカップの台湾代表選手だった。

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by ikenosai | 2013-10-11 23:11 | 思い出のポケット | Comments(0)