いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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運動会を観ながら・・・

 昨日は娘の中学の運動会を観に行った。

 先月の息子の運動会は仕事で行かれなかった。

 中学にもなると、競技中心で、いまいち盛り上がりにはかけるが、私は感動しつつ見入っていた。

 娘が出た競技種目は、二人三脚、百足競争、大縄跳び、クラス全員リレーだった。

 当日までの様子は時々伺っていて、大丈夫かな?と心配していたが、勝負の世界はやってみなければ分らない。

 どの競技も申し分のない結果で本当に良かったが、特に印象に残ったのがクラス全員リレーだった。

 3クラスでの対抗戦で、どのクラスもそれなりの戦術で挑んでいたが、娘のクラスは後半に駿足の生徒を集め、半周も遅れていたはずが、終盤に大逆転し、観衆への最高の演出に私は目頭が熱くなっていた。

 昨年度の合唱コンクールでも話したが、やはり、学校は素晴らしい。

 あの多感な年頃の子達の融合の場はまさに学校にあるとつくづく感じた日だった。

 今から、20年近く前、私は岡山県津山市にある中道中学校で社会科の教師をしていたことがある。

13ヶ月ほどの産休代替だったが、運よく運動会と文化祭が2回あった。

 生徒たちと共に協力し合い、計画を進めていくと色々な面から成長が見えてくる。

 教育の真髄はこの関わりの中に垣間見ることができる。

 実は教師がどこまで真剣に生徒たちを信じて関わるかであるが・・・?

 結果としてでてくるのもこういった真剣な取り組みの中からであると思う。

 教師として携わった1回目の運動会のとき、私は計り知れぬ充実感で満たされた。

 それは、生徒たちと共にやり尽くしたことへの充実感からだと今は感じている。

 応援合戦では、リーダーをしていた先生から、応援の仕掛けで使うスロットマシーンを作りたいと相談され、その日の夕方、父と竹薮に入り、長い竹をもらってきた。

 私の幼少期に鯉のぼりをあげる時にいただいて以来の竹薮に、父は懐かしそうに当時の話をしてくれた。

 美術部の生徒に、製作の詳しい内容を伝えると、見る見るうちにスロットマシーンが出来上がり、当日は、3人の先生がドラムを動かし、スリーセブンに合わせ、揃った瞬間に、スロットマシーンの下のゲートから、ボンボンを振りながら生徒たちが一気に出てきて応援合戦がフィナーレになる光景だった。

 応援合戦を向かい側で見ていた先生たちから、「あれは、素晴らしかった。誰のアイデアだ。」と聞かれ、「ボンボンを持って出てきた生徒たちがとても楽しそうで絵になっていた。」と言われ、演出の喜びを強く感じた。

 それぞれの学年代表で結成しているリレーでは、先生チームも加わり、私は第1走者をさせていただいた。

  しかし、第1走者は1年生なので同じ場所では差がついてしまうため、私のスタート位置は一番後ろの走者からさらに10メートルほど後ろからだった。

 それでも、次の先生には1番でバトンを渡せていたので、私の面目はたった。

 2年生はそこそこ速く、追いつかれてきて、3年生で一気に抜かれ、先生チームはビリだった。

 中には、もと陸上部で100メートルの県の中学校記録を持っている女の先生もいた。

 驚くことにその先生は生徒たちの体育の教科書で県の記録として名前が載っていた先生だった。

 その先生さえも、3年生にことごとく抜かれてしまっていたので、私は後半の走者でなくて良かったと思った。

 私自身の中学の運動会も思い出していた。

 小学校では全てのリレーがアンカーで、応援団長をしていたのに中学では一気に陰の存在。

 800メートル走に出場し、7人中ビリ、2年のときは400メートル走で7人中3位。

 3年のときは、おたふく風邪と髄膜炎で2週間休んで卒業アルバムの運動会のところを見ても、記憶にない場面ばかり。

 決して輝けるものではなかったと記憶している。

 それでも、母は応援に来ていたし、運動会前には自主練習をしていた私にスタミナドリンクを毎日飲みなさいと1箱買ってくれていた。

 両親との色々なことを思い出していた。

 小学6年のとき、父はソフトボールチームの監督になった。

 レフト側のファウルボールの位置に校舎があり、1階が音楽室で2階が図書室。

 1階の音楽室のガラスがファウルボールで何度も割られていたので、その都度用務員のおじさんがガラスを入れていた。

 大変な仕事と思った父が、家に余っている大量の板ガラスを寄贈し、1階の音楽室の窓全面に鉄のネットを組んで取り付けた。

 事前に学校から許可を得て、何日かに分けて少しずつ奉仕活動として自己負担で取り付けた。

 それ以来、音楽室のガラスは壊れなくなった。

 それは、卒業後も、私が大学を卒業して数年後の建て替えまでの間ずっとだった。

 私が通う学校のために精一杯できることをやってくれた父に今はとても感謝している。
 

 果たして私は、子どもたちの通う学校にどれだけ恩返しできているだろうか?そして、先生たちに感謝できているだろうかと思いながら1日を過ごしていた。

 学校は素晴らしい、とにかく子どもたちを見ながらつくづくそう思った。

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by ikenosai | 2013-06-09 13:48 | お父さんお母さん | Comments(0)