いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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ナチスから“守ったもの”、“奪われたもの”フランクルに学ぶ 「心の自由」   文化だより 第21号

聖徳太子も1番目に掲げた
「和を以って貴しとなす」

 尖閣諸島に竹島の問題、今ごろになって先送りにしてきた日本の領土問題のツケが回ってきています。
 中国や韓国の大陸の人々は日本の人々とは異なる考えや文化を持っていることはあらかじめ理解しておく必要があるようです。
 今、日本の周囲で何が起こっているのか、日ごろのテレビや新聞を見ればよく分かります。何となく先送りにしてきたこと、優先順位を外れてしまって先送りにしてきたこと等々言い訳をすればいくらでも出てきます。国民性の大きな違いは今に始まったことではないようです。例えば、中国の福分についても考え方が日本人とは大きく違っています。ある人が歩いていて落し物をして、後ろを歩いている人が拾った場合。中国ではその所有権は後ろの人のものになるそうです。この考え方があちらでは常識だそうです。取り返すには何かそれに見合うものを渡さなければ拾ったほうも納得してくれないそうです。戦後の混乱期に焼け野原になった土地の所有権の意思表示のために目印を付けて自分の土地だと主張していたときも、境界線を広げたり、他人の土地にあたかも自分の土地とばかりに札を立て、所有権の主張をした人たちが今、竹島所有を主張する人たちと同じ先祖を持っているということなのです。島国で他の侵略にさほど心配のいらなかった日本では感覚的に理解しがたい国民性だと思われても仕方ありません。しかし、易々と相手の言いなりになっていたら、着ぐるみはがされて取れるだけ取っていかれるのは予想の範疇でしょう。戦後の補償問題にしても、また、開発途上においてODAで出資した支援費にしても、今の現状から見れば、感謝などされぬ国家間の関係は明らかなことでしょう。今後の政治次第でどう転ぶかがはっきりすることになるでしょう。しかし、性善説に基づけば、善きことを思い、善き行いで、和を以って・・・と行きたいものです。


権利と義務だけでは
    「和」は築けない

 やりたいこと(権利)、やらなければいけないこと(義務)、・・・だけを叩き込まれて社会に出ると、色々な問題に悩まされます。現に今の大人たちが悩んで心の病にまでなっている時代です。今ではそれも個性だと片付けてしまう無責任な時代だから人の心までも分からなくなっています。
 権利と義務を明確にしている法律や契約。とにかくそれを最低限守っていれば罪ではないと捉え、人を傷つけても、困らせても違法ではないと開き直るのです。銀行だってサラ金業を平気で営める時代です。法律万能主義はどこかで人を傷つけているのかもしれません。
 生前は世間に注目されなかった宮沢賢治のような生き方が出来ていたらどれだけ人々の心を癒していることでしょう。
 賢治は実家の質屋で泣く泣く質草を持ってくる貧しい人を見るのが辛かったそうです。しかし、そんな実家とは反対に長期病欠の同僚の生活苦に自分の給料をあげていたそうです。「雨にも負けず・・・」のような生き方、そんな謙虚な心で生きていれば、人を嫌な気持ちにはしないことでしょう。
 大人の世界だって色々あります。たとえば仕事に関して、忙しい人を見ても、自分の力が発揮できそうな場面があったり、時間があったりしても自分のことしかしない、そんな大人がたくさんいます。協力しなかったり、他人のために時間を使わない人もいます。実は、他のためにということが生き甲斐や生きるための心の支えになっていることがたくさんあるのですが、そんな経験すらしないままだと、いつまでも利己主義な人間のままでいて、いつまでたっても「和」を築くことは出来ないものです。だから人の中で人の心と触れ合う経験をして欲しいのです。
 豊かな心の基礎になっているものは、法やルールを守れるだけではなく、それ以前に相手の気持ちが解ること、それを個々に理解できる力をつけていくことです。そして、それが自然体で出来るようになっていくことを一人一人が備えていかれれば、その結集で「和」が作られていくのです。



フランクルに学ぶ
     ~人生の意味~

 昨年の夏以降、多くの本屋さんで大々的にビクトール・E・フランクルの「夜と霧」が紹介されていました。NHKの「100分de名著」という番組で取り上げられ、その後は各書店でも平積みで売られるほどの勢いでした。今の時代になぜフランクルが話題になったのか?
今号ではフランクルに触れ、ナチス支配下で翻弄されながらも生きのびたフランクルの「夜と霧」から極限状態の中で貫いた精神の自由、そして、そんな状況から垣間見た人間本来の姿、原点について考え、現代における私たちとも重ね合わせ、これからの生き方について考えたいと思います。

 生と死の間でいつ死んでもおかしくない不安な状況の中にあった著者の収容体験で特に印象的だった3つの場面をピックアップし、考えていきます。


~幻影の妻に語りかける~

 隣を歩いていた仲間が、立てた上着の襟で口元をかばいながら、ふいにつぶやいた。「ねえ、君、女房たちがおれたちのこのありさまを見たらどう思うだろうね・・・! 女房たちの収容所暮らしはもっとましだといいんだが。おれたちがどんなことになっているか、知らないでいてくれることを願うよ」そのとき、わたしは妻の姿をまざまざと見た!
 雪に足を取られ、氷に滑り、しょっちゅう支え支えられながら、何キロもの道のりをこけつまろびつ、やっとの思いで進んでいくあいだ、もはや言葉はひとことも交わされなかった。だがこのとき、わたしたちにはわかっていた。ひとりひとりが伴侶に思いを馳せているのだということが。
 わたしはときおり空を仰いだ。星の輝きが薄れ、分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。今この瞬間、わたしの心はある人の面影に占められていた。精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。わたしは妻と語っているような気がした。妻が答えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。まなざしでうながし、励ますのが見えた。妻がここにいようがいまいが、その微笑みは、たった今昇ってきた太陽よりも明るくわたしを照らした。

 着の身着のまま送られてきた収容所の中で、生き抜く大きな力となっていた妻の存在。現代においてここまで伴侶を思える機会などなくなってきているのかもしれません。しかし、本当に辛いとき、悲しいときに伴侶を思い、感謝の気持ちになれるとしたら、その感覚は計り知れない幸福感を与えてくださることでしょう。幸福は精神の中でつくられていくのだと強く感じる場面です。


~去るもの、残るもの・・・
      覚悟の果てに!~
 
「ほんとうに行くのか?」「ああ行くよ」友人の目に涙が浮かんだ。わたしは言葉をつくして慰めた。だが、なにはともあれわたしにはすることがあった。遺言の口述だ・・・。「いいか、オットー、もしも私が家に、妻のもとにもどらなかったら、そして君がわたしの妻と再会したら・・・伝えてくれないか。よく聞いてくれ。まず、わたしたちは来る日も来る日も、いつも妻のことを話していたということ。な、そうだったよな?つぎに、わたしがこんなに愛したのは妻だけだということ。三番目に、夫婦でいたのは短い間だったが、その幸せは、今ここで味わわねばならなかったことすべてを補ってあまりあるということ・・・」オットー君は今どこにいるのか。一緒に過ごしたあの最後の時から、君にはいったいどんな運命がふりかかったのだ。奥さんとは再会できたか。そして君はまだ憶えているだろうか、あのときわたしが、子供のように泣きじゃくる君に、わたしが遺言を一語一語、無理やり暗記させたことを。
 翌日、わたしは移送団とともに出発した。このたびは目くらましでも引っかけでもなかった。移送団はまた、ガス室行きでもなく、ほんとうに病人収容所に到着した。そして、わたしに同情した人びとが残った収容所では、あれから飢餓状態がさらに悪化した。わたしたちが移った先の収容所のほうがまだましだった。あとに残った人びとは、助かったと思ったのはつかのま、急転直下、破滅への道をたどったのだ。

 友人との今生の別れ、「もし、私が死んで、君が生きていたら・・・」伴侶に伝えたい最後の言葉はどう考えても、その友人にしか託せない。一語一語を振り絞るように口述したフランクルの思いを想像すると、涙が溢れてきて仕方がない。その文面(実際には口述)で伴侶への感謝の気持ちが伝わってくる。果たして、私たちは伴侶にどれだけの感謝の言葉をかけているだろうか。人の一生の中で覚悟を持って自分の人生に付き合ってくれている感謝の気持ちを・・・。できることなら今、伝えておきたい思いがこの場面では著されています。


~神のみぞ知る運命~

 わたしたち、この収容所に最後まで残ったほんのひと握りの者たちが、あの最後の数時間、「運命」がまたしてもわたしたちをもてあそんだことを知ったのは、人間が下す決定など、とりわけ生死にかかわる決定など、どんなに信頼のおけないものかを知ったのは、それから数週間もたってからだった。あの夜、トラックの荷台で自由への道をひた走っていると錯覚した仲間たちのことを思うと、またしてもテヘランの死神の昔話を思い出す。というのは数週間後、わたしは数枚の写真を見せられたのだが、それはわたしがいた収容所からそう遠くない、わたしの患者たちが移送されていった小規模収容所で撮られたものだった。患者たちはそこで棟に閉じこめられ、火を放たれたのだ。写真は半ば炭化した死体の山を示していた。

 収容所に送られた初日、最初の選抜で分けられた自分とは別のグループがどこに行ったのか同僚に尋ねる場面が強烈なインパクトを与えています。もう一つのグループは煙突からもくもくと天に昇って行ったのです。初日の洗礼で生きた心地がしなかったことでしょう。しかし、それから幾多もの修羅場をくぐり抜けて行くのです。フランクルがどれほどの低い確率で生きながらえたことかと、この事実に驚くことでしょう。どんなに強運でどんなに信仰が深くてもここまでの確率で生きのびるのには何か特別な力でも授かっていない限り不可能ではないかと思います。それでもあの連続する最悪の事態を何度も乗り越えたフランクルには何か特別な使命があったのだと思います。そして、この劣悪な環境の中でフランクルが見せた仙人のような心と周囲へのまなざしはただただ感動せずにはいられません。それは人間が本来持っている精神の自由に他ならないのでしょう。また、フランクルにはいつ死んでもいい、潔く正しく生き尽くすという覚悟と信念があったのだと思います。悔いのない人生はまず、覚悟から始まるのではないでしょうか。何ごとも覚悟ができれば、着実に目標に近づいていくことでしょう。私たちは日々の暮らしの中で覚悟して生きていくことが大切です。その他にもう一つ、身近な人を大切にしていることが伝わってきます。著書の中では妻を本当に愛し、大切に思っていること、妻に感謝していることが分かります。妻だけでなく周りの人への思いやりが伝わってきます。

フランクルが伝えるもの、それは周囲への愛、信じて覚悟すること、そして、最後の最後まで希望を持つことだったと思います。
 フランクルは収容所の中で絶えず希望を持っていたそうです。そして、ここでの暮らしをいつかみんなに伝えようと強く思い、みんなの前で講演していることまでイメージしていたそうです。それが生きのびる希望だったのです。また、収容所で生きのびた人の特徴は、配給された食糧をもまずは他人からと譲れるような慈悲深さと謙虚な心だったようです。そして、そのような人が最後まで生きのびているという事実を「夜と霧」は後世に伝えています。



お薦めの“1冊”

  夜と霧

著 者 : ビクトール・E・フランクル 

出版社 : みすず書房 

価 格 : ¥1,575 (税込)

ナチスの被収容者として存在した精神科医、心理学者であるフランクルだからこそ、あの劣悪な中での精神の自由について書かれているのだと思います。心理学の登竜門としても必読の一冊です。



健康と予防
「膵臓をいたわる健康法」 
 膵臓には、血液中に入ってきた糖を血液の外に出すインスリンというホルモンを分泌するはたらきがあります。そのため、多量の糖分の摂取は膵臓に負担をかけ、かなり痛めつけているのです。しかし、同じ糖分を摂るにしても、少し工夫をすればいくらか膵臓に負担をかけないですむ方法があります。特におすすめが、①生姜(ショウガ)②大蒜(ニンニク)③キャベツです。しかも、食事の初めのうちに食べるのが効果的です。食物繊維が糖分の吸収のスピードを弱める働きがあり、血糖値の乱高下を解消してくれるのです。つまり、糖尿病が心配な方には食物繊維の多いものがお奨めです。他にも根菜類、おからなど現代の食事に不足しやすい食材に注目してみてはいかがでしょうか。カロリー計算ばかりしていて本来の食材の役割を知らないでいるのは人生の楽しみの中でかなりの不利益になることでしょう。一歩踏み込んだところに食育が目指す本当の課題が見え隠れしているものです。第6番目の栄養素と位置づけられている食物繊維の持つ力についてもっと深められてはいかがでしょうか。


心の病の“特効薬”

 心の病が悪化し、心身ともに衰弱して中退してしまった生徒から突然電話がかかってきました。学校を辞めてからも心配で家を訪ねて行ったこともありましたが、今年に入ってからは年賀状もなく、どうしたのかと思っていたのですが、本人の話す内容で私はハッと驚いてしまいました。心の病はさらに悪化し、拒食症になり、入退院を繰り返していて、今、やっと食べられるようになり、一時帰宅して私に電話をかけてきてくれたのです。
 私は、どうにか心が穏やかになれるようにと願いつつ、彼女の話にずっと耳を傾けていました。思春期真っ只中の中学校時代、運動部でキャプテンまでやっていた彼女に突然何が起きたのかと心配していました。あるときは、母を交え一緒に話し合ったこともありました。中学の頃を考えると、あんなに活発だったはずの彼女が今はご飯も食べられない状態になっているのが本当に可哀想でなりませんでした。
 食欲がない・・・?食欲がないとはどういうことなのか・・・?一言で言うと生きようとする意欲が弱まっている状態であることがまず考えられます。“生きようとする力”は食欲にも直結しています。ナチスに捕らえられたフランクルたちがなぜ生きのびたのかを考えますと、天命に従いつつも善きことを思い、善き行いをしながら、さらに、人生の先に目標を持ち、あきらめなかったことが重要だったと考えられます。彼は生きのびて収容所での出来事を世の中に伝えなければという使命感や信念を持ち、さらには大衆の前で講演をしていることをイメージしていたのだそうです。ものには満たされているようにさえ感じる今の社会は、何か大切なものを失いつつあるように感じずにはいられません。心を満たすごくごく自然なはずの術(スベ)が現代社会で欠落している部分だと私は思っています。私はどうにかして、拒食症に悩む彼女に生きようとする何かを注入していかれればと切に願っています。生きているってありがたい、そこに意欲があるともっとありがたい、そして、そこが満たされてこそ他を思うゆとりが生まれるのでしょう。やさしさはまず、自己の欲求を満たすこと、そして、自己実現に向けて生きていくこと。つまり、目標を持つことであり、そこが満たされてこそ他を思うゆとりが生まれてくるのです。通常の人はそうであると思います。しかし、フランクルは、もう1ランク上の精神を持っていた。だから神の領域でこれまでを生きのびたのだと私は分析しています。
 以前に紹介した中国の陰騭録(いんしつろく)の中の袁了凡の人生でただ運命に従うのではなく、善きことを思い、善き行いで生きていくことの大切さを思い出していました。どんな状態であっても、人生は“善きことを思い、善き行い”で生きていくが大切であることだけは真実のようです。そして、自分のことに精一杯になるのではなく、他を思い、他のために自分の時間をも使い、他の喜びが自分の喜びへと変わっていかれることだと思います。心の病の原点は、これまでに本人がつくり上げてきた利己主義と育てた親の価値感と心のバランスに原因があり、加えて食生活や食習慣にも原因があるのだということがこれまでの若者の支援を通して解ってきました。そして、それを治療するための手立ては、大きな心の支えを持つことだということも解ってきました。つまり、感謝する心が芽生えることこそが幸福の第一段階であり、その感謝の表現の一つに他への思いやりや愛情があるのだと実感しています。アメージンググレイスを作詞したケンノートンのように、感謝がこみ上げてくることを願い、心の病が治ることを切に願っています。


編 集 後 記~オリンピックの余韻に寄せて~ 
 夏休みの帰省中、往路の飛行機で、滞在中のカフェで、復路の新幹線で、私が没頭して読んでいたフランクルの本に、息子が僕も読んでみたいと言うので、子ども向けにないものかと探してみましたが私の力では見つけることができませんでした。しかし、その時代を生きたアンネ・フランクについて話してみると興味を示したのですぐにコミック版を買ってあげました。息子にはまだ難しいかもしれませんが、今後、成長していく過程で人権を考えるきっかけになることでしょう。そして、いつか息子がフランクルの本を読んで共感できる日がくることをささやかながら私は楽しみにしています。
 前号で紹介したロンドン五輪出場の清水聡君がお蔭様で銅メダルを獲得しました。私たちが大学時代に過ごした貧困で荒んだあの時代が報われた一瞬だったように思いました。数年前に部員の覚醒剤による事件で廃部寸前にまで追い込まれた東洋大学でミラクルな出来事がありました。引退後、カムバックしてチームの復活にかける一人の青年の話です。同大学職員だった彼は懸命に部員を復活への道へと引っ張っていったのです。ミドル級で金メダルを獲得した村田諒太選手です。人は逆境にあっても大きなチャンスをいただき、素晴らしい功績にたどり着くのでしょう。彼の金メダル獲得の昨年、東洋大学は入れ替え戦に勝ち念願の1部リーグに復帰したのです。苦しみの中にあっても決してあきらめてはいけないのです。逆境にあってこそ幸福への糸口を信じ、生きていくことが大切なのでしょう。浮き沈みの中で、沈んでいるときにこそ希望を持ち、夢・目標を叶えていきたいものですね。(S・I) 
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by ikenosai | 2013-02-17 14:07 | 文化だより | Comments(0)