いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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<   2012年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧


あの夏の日を思い出して・・・

今年も焼津に来た。

3年連続、家族で焼津に来ている。

昨年は、義理の母も一緒だったが、4月に天に召され、今年は義理の父だけとなった。

高台にあるホテルは見晴らしが良く、駿河湾をはさんで向かい側には西伊豆が望める。

左側の伊豆半島の付け根には富士山が見えるはずだったが、今年は生憎どんよりとした天気で海も曇り色だった。

それでも、オーシャンビューの部屋からは眼下に望む複雑に折り重なる何とも言えぬ海の色がじんわりと私の心を和ましていた。

私はやっぱり海が好きだ。と何度も何度も心の中でつぶやいていた。

しばらく休んでから、息子と海を眺めながら露天風呂に浸かっていた。

息子がサウナに入りたいと言うもんで、一緒に入っていた。

最初は心地よい暑さだったが、徐々に汗がにじみ出てくる。

久しぶりの感覚だった。

サウナで無理やりに汗を出さなくてはいけなかった頃を思い出していた。

体重を落とすために必死でサウナに通ったあの頃のことを・・・。

当時、私にとってサウナは決して好いところという感覚ではなかった。

苦しい減量に耐え、搾り出した汗の記憶しかない。

5日で5kg以上落としたこともあった。

熱い風呂に入って減量した日もあった。

19歳の国体県予選の夏だった。

3戦3敗の相手に4度目の挑戦をしたときだった。

1回戦目は50秒ほどでKOして翌日に決勝戦を控えて帰った。

倉敷から津山の地元に戻ってまだ、時間があたので娘二人を連れて引率してくださった高校時代の先生に保育園のお涼み会に寄っていこうと誘われ、ビールを一杯よばれた。

そこで止めておけばよかったのに、焼き鳥やたこ焼きを食べ、さらにビールも何杯か飲んでしまった。

家に帰って体重を量ったら、すでに3kg近くオーバーしていた。

真夏の暑い時期だった。

急いでウインドブレーカーを着込んで、首にタオルを巻き走り出した。

4kmぐらい走って家に帰ってその勢いで熱い風呂に入り、お湯をぐるぐるかき回して、さらに汗をだした。

さらに着込んでそのまま眠った。

一夜が明けても体重がリミットまで落ちず、早朝からまた昨晩と同じ道を走った。

試合会場について予備計量しても、まだ600gもオーバーしていた。

また、ウインドブレーカーを着込んで、シャドーボクシングをしていた。

それでも本番の計量までにはリミットになっていた。

何とか体重が下がり疲れてしまっていた。

たかが一試合、そう思い試合に挑んだ。

周囲からは四度目の正直と言われ、次こそは必ず勝ってやると気合が入っていた。

ゴングと同時に私は相手より長いリーチを生かし、右のジャブとストレートを何発もヒットさせ時々軽く左ストレートを出すときれいに当たりだした。

1ラウンドが終わり、その調子だとみんなが声を揃えて言うもんで、今日は必ず勝てると思い始めていた。

2ラウンドも調子にのってジャブ、ジャブ、ワンツーで打っていったときだった。

完全に私の動きは読まれてしまっていた。

気づいたときには、私は倒れていた。

レフェリーはカウントを取らなかった。

私の顔をじっと見て試合を止めてしまった。

どう考えても、あのまま続けてはいられなかったと思う。

生まれて初めて感じた強烈な一発だった。

左ひざの関節をひねってしまい歩くのも困難だった。

それでも、引率の先生はこれから赤穂に行くぞと言い、一緒に潮干狩りにいった。

新兵器を準備して、米袋2俵分を採り、それぞれに1俵ずつ担いで運び出した。

家に帰ってから、何も考えず風呂に入ってしまった。

翌朝起きたとき、脚の関節に激痛を感じ、酒販会社のバイトもできそうもなく、休んでしまった。

接骨院にいき施術してもらったが、お湯で温めたのがよくなかったと言われた。

それでも、その翌日から無理してバイトにいき、夏場の繁忙期に500ケースほどのビールを取引先のそれぞれの酒屋の倉庫まで運んだ。

今でも、露の時期になるとそのときの古傷が痛くなることがある。

その度に、私はあの夏の一発KO負けのことを思い出す。


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by ikenosai | 2012-07-28 17:16 | 思い出のポケット | Comments(0)