いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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「原理主義の落とし穴」  “心地よい生き方”について考える 文化だより第20号(平成24年6月1日発行)

「原理主義の落とし穴」
   “心地よい生き方”について考える

“脱”原理主義で
      不安を解消!

 更年期の落とし穴

 思春期は第二の成長期です。育ってきた環境や周りの関わりなど、これまでどうだったかが大きく影響してきます。加えて、母親のホルモンバランスに大きな変化が現れる時期とも重なることがあり、お母さんの更年期と子どもの思春期が重なることで家族関係にさらなる不安定を招く原因にもなっていきます。それなのに、働き盛りのお父さんは毎日が仕事で忙しく、家庭を顧みる余裕のない時期でもあるようです。こんなパターンでいきますと、まず、お母さんはお父さんへの不満が増大していきます。とにかくお父さんの行動1つ1つに腹が立つようです。そして、思春期の子どもが思い通りに行かない面へも腹が立ちます。心のよりどころを失い、色々な不満や不安が積もっていき、社会の中の自分、家族の中の自分への不安定から鬱傾向にもなりやすいものです。これを乗り越えるための考え方として、まず、原理主義からの脱却があげられます。
 日本人はきわめてまじめです。決められたことに忠実に動く人が多いです。ああでなければいけない、こうでなければいけないと真面目に取り組んでいきます。しかし、取り組んでいけばいくほどに理想と現実とのギャップにがっかりしたり、辛い気持ちになったりもします。そして、そのネガティブな気持ちに拍車をかけるのが、共感できる人、話を聞いてくれる人がいない場合のようです。これが更年期と重なって特に不安定に陥りやすい大きな大きな落とし穴なのです。



それぞれの精神的自立が重要

 定年後の夫婦には典型的な悪いパターンもあります。妻に依存しすぎる夫。わがままな夫に腹が立つ妻。あれが嫌い、これが嫌だ。と夫への不満を身内にもらすようになっていきます。子どもに愚痴を言うお母さんが多いようです。お父さんがこうだったとか、こうして欲しいのにしてくれない。気遣いがない・・・などなど。年を重ねるにつれ、夫への解消できない不満をもらすようになっていくのです。その不満の始まりは、実は子育てのスタートの時期にさかのぼります。結婚したてのころから夫の妻への愛情はずっと右肩上がりなのに対して、妻は右肩下がりで定年のころには一緒にいても意味がない、むしろ自分の人生はひとりになって過ごしたいと考え、熟年離婚にまで至る場合もあります。これは厚労省の調べで明らかになっている事実です。しかし、これは夫の問題だけでもなく、妻だけの問題でもないのです。では何が大切かということです。基本は調和をとることなのです。そして、この調和は、夫婦関係だけでなく、親子関係にも、近所づき合いにも関係しています。基本的な昔ながらの考え方において現代の女性は違ってきています。一方の男性は相変わらずです。ここに生じるギャップがすれ違い夫婦の根元です。男性は結婚までは母親任せ、結婚後は妻任せで自立しないまま定年退職を迎えます。恐ろしいのは定年後、家で何もしないでゴロゴロしていることに妻はうんざりしていきます。結局、晩年も夫に振り回されていて自分の時間が持てないまま不満が積もっていくのです。基本は早いうちに膿を出し切ってお互いにすっきりした状態から結婚生活を始めることです。これができている夫婦はその後も、話し合いなど適切な解決方法でまるく収めることができるようになるのです。互いにまったく別々の環境で育ってきた人間が同じ屋根の下で易々と過ごせるはずがありません。それでも愛し合っているのであれば早いうちに良い方法をともに考えていくべきなのです。 




覆水盆に返らず ~新たな発想がカギに~

 一度地面にこぼした水はもとには戻りません。同様にこれまでのことをどんなに悔やんでも、もとには戻せません。なのでまずはこれからどうしていくか、どうしていけば良い方向に向かうかを考えるべきなのです。あれはいけない、これはいけないと極端に変えようともともと習慣にないことをやっても簡単に続くものではありません。無理していくとストレスにもなっていきます。原理主義に陥ることはとても危険です。まして、原理主義を通せば他人との関係の中で折り合いをつけるのが困難になり、中途半端なまま理解を得られないままの人間関係しか築けません。我田引水では心はいつまでたっても満たされません。自分の田んぼをまず一番下にして、他の田んぼの水を満たしていくこと、これは他人だけではなく身内にもです。その姿勢は必ず周囲を変えていきます。
 人間関係をどうしても良くしたいと考えている人へのアドバイスとしてはまず、自分の心の悪い癖を直すことをお勧めします。自分の心の中の“小さな死”を実践していくことです。なかなか出来るものではありませんが・・・。たとえば、自分のわがままを抑えて、他人の喜びになる生き方をすること。面倒なことを面倒くさがらず笑顔で行うこと。仕返しや口答えをしない。自己中心的な自分と戦うこと。執着を捨て、いつ死んでも悔いがないよう日々を生き抜くことです。そして、こんな生き方、考え方を他人には絶対に押し付けないことも重要です。なかなか出来ることではありませんが、偉いお坊さんや牧師さん、神父さんにはこんな人が結構います。極めつけはマザーテレサです。よほどの覚悟がないとできないと思います。しかし、これが実践できるようになったら必ず自分の周囲の世界が変わります。そして、居心地の良い環境の中にいることに気づくようになります。




 できた日の思い出

“祈り”千羽鶴にこめて
 
 ある生徒がバイク事故をおこしたとき皆で鶴を折りました。2学期が始まってまもなくして、生徒の母親からの電話でした。娘がバイクで車に衝突し、救急車で運ばれて、すでに3日目。まだ意識不明の重体とのことでした。理事長と話し合った結果、何もできない私たちは、祈ることくらいしかできないので、祈りながら鶴を折ることにしました。その日から皆で鶴を折りました。皆には、彼女が早く元気になって、学校に通えるように祈ろうと話しました。何人かの有志が集まり、休憩時間や放課後を利用して、鶴を折っていました。私は、鶴を折った記憶がほとんどなかったので、生徒たちに誰か折り方を教えてくれないかとたずねると、一番やんちゃな男子生徒が、俺が教えてあげるよと保育園時代に先生から折り紙を教わった話をしながら嬉しそうに教えてくれたのです。私は、びっくりしながら聞いていると、俺が折り紙をするなんて感じじゃないからなあと笑っていましたが、子どものころの思い出を嬉しそうに話していたので、とても良い先生に教わったのだろうと思いました。放課後は学校で、夜は家で鶴を折っているうちに、上手に、しかも早く折れるようになっていきました。最初は折ろうとしなかった生徒も、次第にその輪に加わってきて、いつの間にか皆で鶴を折っていました。
 事故から1週間が経っていました。鶴も千羽になり、母親に電話して、皆で届けに行きました。その日の夕方から彼女の枕元にみんなで折った千羽鶴がかけられました。皆が早い回復を祈っていたと思います。皆の気持ちがひとつになれたことが私は嬉しかったのです。こんな事故はあってはならないのですが、そこから学んだことや経験できたことが素晴らしいできごとだったと思いました。 そして、10日目に奇跡は起きました。彼女が目を覚ましたのです。意識が戻って、退院してまた登校できるようになったのです。母親にさんざん心配をかけた生徒でしたが、卒業式の日には先生方に手紙をしたためていました。母親も娘の卒業に感激し、目から涙が出ていました。私は彼女が入学したころのことを思い出していました。母親には学校に行くといいながら、サボっていて、毎日のように家から確認の電話があったこと。次第に、母親もあきらめていったのか、レポートの期日だけでも守れていたからそれで良いと思っていたのか、少しずつ娘への対応が緩やかになっていったように感じていました。他の高校へ通っている友だちが退学していく中で、高校だけは卒業したいとがんばってくれていたことが、私は嬉しかった。何度も、何度も約束を破られては、また気持ちをリセットする日々の連続でしたが、こうして卒業できて喜んでいる親子を見ることができて本当に嬉しかったのです。母親へは、30才、40才になってやっと分かってくれることがありますから、その日を信じて、今は種を蒔きましょうと話していました。卒業式の日も、この話をして別れました。卒業後も何度か学校に遊びに来ていましたが、最近はとんとご無沙汰のようです。きっと元気でいることでしょう。



お薦めの“1冊” 

 ミュンヘンの小学校
   娘が学んだシュタイナー学校

 著 者 : 子安 美知子

 出版社 : 中央公論新書

 価 格 : ¥714 (税込)
 
 何年か前、著者の子安先生に直接質問する機会がありました。シュタイナーの息の届く環境で子育てや教育に携わっている先生に対して、朝寝坊して、弁当も持たず、お金も持たず空腹の中で過ごし、ゲームやインターネットなど好きなことだけやってダラダラと劣悪な環境の中で過ごしている一部の子どもたちの存在をお伝えし、その子たちにこのシュタイナー教育ができたら、なんて素晴らしいことでしょう。もっと、もっと広めて行かれるつもりはないのですかと詰め寄ってみました。すると先生は、まず、そんな子どもたちが現実にいることに大変驚かれ、信じられないとまで言われました。私にとってシュタイナー教育は、まだまだ金持ちの道楽のような存在でしかありません。現に立川でもシュタイナー専門の学校がありながらも、学校法人としての文科省の認可は得られず、かなりの学費がかかることからも、金持ちであり原理主義者である集団の吹きだまりのような特殊な学校の様にさえ感じずにはいられませんでした。しかし、先生はがっかりされた表情の後、はっきりとした口調で、「広める気はありません。」とはっきりと断言されました。そして、「この教育は、人間が直接、人間を教育し、関わっていくものである以上は、画一化した指導書をつくったり、マニュアルを作ったりして大勢に広められるものではない。」というような内容で話されました。私はそこではっと目が覚めたのです。人間は何処かで楽な生き方を求めがちなところがあります。金さえ出せば、子どもを思いどおりの型枠にはめて製造してくれる、そんな神業を備えた優れたものに期待したり、憧れたりしているのではないでしょうか。しかし、人間本来の心に響くものは、無償で深い人間同士の心と心の関わりだと思ったのです。そしてその積み重ねによって培われていくのだと確信しました。シュタイナー教育にはそのヒントが備わっていたのです。一辺倒の原理主義ではなく、柔軟で工夫した考え方や関わり方で取り組まれてはいかがでしょうか。
 



 健康と予防

 心の安定につながる実践について

 最近の若い人たちの行動には、なぜ、こんなことをしてしまったのか?少し考えれば分かるはずなのに・・・。と言いたくなるようなできごとに出くわすことが多くなっています。1つには育っている環境、周囲の関わりなども大きく影響しています。たとえば、テレビゲームなど、瞬時に反応し進めていかなければならないようなものが非常に多くなっていて、判断力の低い状態で行動をとるといったことが日常茶飯事になっていることも考えられます。こんな状況では、結果のたびに周囲の先生や親たちに怒られることばかりになっていきます。しかし世の中が希薄になっている現代で、適切な解決策を一緒に考えてくれるような大人はそんなにはいません。発達障害などに例えられるこれらの行動には決して治せないものばかりではありません。関わりながらトレーニングすることで解決していくことも不可能ではないようです。まず、子どもたちの1日を振り返ってみましょう。食事の問題、今日はどんなものをいつ口に入れたでしょう。食事は心の安定につながっています。空腹の時間が長かったり、甘いもの、特に砂糖の多いものを摂りすぎたりしていなかったでしょうか。食生活の乱れは即心の乱れに直結しますし、食べられないことよりも食べ過ぎることの方が危険です。次に行動パターンです。1日の予定を考え、イメージし過ごせているでしょうか。これをしないままでいると、予想される問題や困難への対応が全くできません。これは受け身で動いている場合と同じで、誰かに促されないと動けない、自分自身が空っぽの状態です。以前紹介したコーチングに基づく実践が重要になります。つまり、自分で考え、自分で計画し、自分の責任で行動する。しかもその動きの中には社会との関わりなど対外的な節度あるマナーなど人間社会での調和した行動が大切です。これは自学自習では無理です。周囲、特に親の行動が子どもに影響を与えます。まれに反面教師もいますが・・・。なので基本は親の安定した社会生活が基本中の基本のようです。子どもは親を映す鏡です。日頃の子どもの様子から、自身を振り返るきっかけにしてみてはいかがでしょうか。子育ては親子がともに育つことでプラスアルファーの結果をもたらすものです。


編 集 後 記

 ~オリンピックイヤーに寄せて~

 高校時代やったボクシングでは0勝3敗だったにも関わらず推薦で大学に進学しました。家庭の事情もあり、就職を予定していたため、学費や生活費をどうやって捻出するか悩みましたが、バイトをすれば何とかなると考え、必死でバイトをして、部活動をして、夜学に通いました。私がなぜ推薦されたのか、大学に入ってから分かりました。その年は夜逃げしてしまった先輩がいたり、嘘をついて選手登録をしない先輩がいて、リーグ戦に出場する選手が足りなくて、穴埋めのためなら誰でもよかったのです。その影響でリーグ戦は降格寸前、全国大会にも出られず無名だった私にはかなりの重荷でした。1年から重い階級で登録され、増量して出場したのです。第2戦目の相手は2年連続高校チャンピオンでした。私よりも10キロほど上の階級で同い年。彼のことはボクシングマガジンなどでも紹介されていただけに私にはまるで映画「ロッキー」のような話でした。無名選手がチャンピオンと戦うのです。それでも勝負の世界は分かりません。覚悟して勝負に挑んだのです。打って打って打ちまくったらパンチが全部当たって1分間に相手を3回倒してレフェリーが試合を止めて終わりました。それから私は4連勝してチームは残留にこぎ着けたのです。私の役割はその1年目で充分だったのです。今ではとても感謝しています。結局、在学中の4年間は後楽園ホールで行われる全試合(20戦)に出させていただいたのです。あのとき持ちこたえた大学のチームは、その後どんどん強くなっていき、同郷の後輩が何人も推薦で入学してきました。今年はオリンピックの年です。20数年前には想像もつかなかったのですが、後輩からオリンピック選手が誕生しました。前回の北京に続き、今回も出場します。同じ岡山出身の清水聡さんと言います。ぜひ応援してください。

 地球レベルで考えますと、私たちは人類という大きなチームの中のリレー選手のように感じます。そして今、バトンを持って走っています。この先どう走っていくべきかを考えなければなりません。それは誠実に走りながら色々なことをイメージし、実践しながらです。この先でバトンを受け取る次の世代のことをしっかり考えていくことが大切になります。イメージの基本は、善きことを思い、善き行いをしていくことだと思います。原発の問題について賛否両論ありました。あれだけの反対があっても節電どころか、経済の安定をまずは重視していくでしょう。企業があれだけ安い電気に依存している以上、それを止めたり、料金の値上げをしてしまえば、コストは上がり、やがて大インフレに陥ることも想像できるでしょう。未来を担っていく子どもたちのために考えなければならないこれからのことにも色々な選択肢はあるように思います。

 私が大学1年のとき、いくらでも逃げ出すことはできたと思います。一緒に寮に入った期待の新人ともてはやされた関東地区のチャンピオンは入学して数ヶ月で田舎に帰ってしまいました。そして、残された私たちは更なる茨の道を歩んだのです。それだけにそのころのことは特別な印象を残し、語りぐさになっています。私は昨年までの8年間、大学の要望でそのころの話をキャリア教育の中で学生たちに話させていただきました。もう二度と歩みたくない過酷な時代でしたが人生はただ一度だけ、そう思うと、すべては一期一会なのです。だから精魂込めて頑張れたのだと思います。今はただただ感謝です。

 困難、苦しみ、悲しみを誰も好んでまでは経験したくないでしょう。しかし、人が成長する一番の近道はこういった困難や苦しみなどの経験なのです。今、困難、苦しみ、悲しみを感じている方がいらっしゃいましたらどうかこの先の明るい未来を信じてぜひ乗り越えてください。そして、この困難や苦しみ、悲しみを大きく成長していくための糧にしてください。明るい未来への到達を心より祈っています。(S・I) 
              (http//ikenosai.exblog.jp)
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by ikenosai | 2012-06-30 01:08 | 文化だより | Comments(0)