いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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娘の卒業式で・・・

 3月23日(金)娘の小学校の卒業式。

どんより曇っていたがいつの間にか会場の屋根から雨音が伝わってきた。

式が始まって娘が入学した頃のことを思い出していた。

ずいぶん大きくなったなあと感慨だった。

そういえばあの頃から見ていない同級生たちがすっかり大きくなっていた。

あっという間の6年だった。

6年生になってから、本当に楽しかったと娘はよく話していた。

担任の先生とも相性が良く、もう1回6年生がしたいとまで言っていた。

1学期にあった運動会は、雨で2回も流れ、平日になってしまって私は行かれなかった。

震災後の修学旅行は日光だった。

学習発表会の劇は、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」。

感動して涙が出た。

今思えば、娘の成長の過程に、先生がいた。

私は自分が小学6年の時を思い出していた。

そういえば、私も担任の先生に恵まれていた。

色々な思い出が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。

そして、今、目の前にいる娘の姿と重ねて見ていた。

この瞬間に立ち会えて良かったと感謝の気持ちが込み上げてきた。

まだまだ、大人までには半分近くの歳月がある。

まだまだ、大きな可能性を、希望を持っているこの子たちが輝いていた。

私にはそう見えた。

それぞれの希望で輝いて見えた。

証書授与のときに将来の夢を大きな声で宣言していた。

みんな大きな夢を抱いて巣立っていった。

このときのこの瞬間、昔の私を我が両親はどんな思いで見ていたのだろう。

大好きだった、あこがれだったあのときの担任の先生はどんなまなざしで私たちを見送ってくださっていたのだろう。

そう思うと、素直に感謝の気持ちがどんどんどんどん込み上げてきた。

笑顔の子、恥ずかしそうにしている子、泣いている子、大泣きしている子。

私の卒業式では泣くこともなく、淡々と終わらせたように思う。

それでも、先生とのお別れは寂しかった。

そして、中学に行くのが少し不安だった。

こんな思いになれたのも、きっと幸せだからだとつくづく思い、またまた感謝の気持ちが込み上げてきた。

ありがとう、我が娘、ありがとう、担任の先生、そして、天国にいる私の担任の先生。

誰かのおかげで生かされている。

本当に日々が感謝でいっぱいになる。

そして、娘の成長の大きな支えとなっているうちの奥さんにも、ただただ感謝が込み上げてきた。

卒業おめでとう。

そして、ありがとう。
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by ikenosai | 2012-03-23 22:57 | 子育て 一期一会 | Comments(0)

地上の楽園ハワイにて

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 3月5日(月)(現地日時)
 日本とは19時間の時差でハワイにいる。
時計の時刻設定を変えないまま5時間足して過ごしている。
一日遅れのカレンダーなのであまり気にしていない。
ワイキキビーチは1日雨が降っている。
海のリゾートなのに一日雨だとどこにいてもそんなに変わらない。
しかも、海の見えない部屋では、缶詰状態。
空港からずっと食べ詰めているせいか、食欲もない。
疲労もあってか歯が痛いので鎮痛剤を8時間おきに飲んでいる。

 翌日6日(火)
 今日も相変わらずの雨で、ビーチにも行かれず、午後のみ水族館で過ごすこととなった。
それでも、水着に着替えてホテルのプールに入った。
3月の水はまだまだ冷たかったので、入るのに少し覚悟がいった。
一旦入れば、結構慣れてきた。
それでも、隣のジャグジーに入ってしまえば、やはり、そっちの方が良かった。
炭酸ガスの混じった水のせいか、水着の色が青から茶色に変色してしまった。
雷がなったり、ストームに襲われたりで、とてもリゾートにきているとは思えなかった。

 翌々日7日(水)
 やっと晴れ間が見え、清々しい朝を迎えた。
今日はパイナップルのプランテーションに行く日だった。
前日からの長雨の影響で、残念ながらドールのショップにしか行かれなかった。
夕方、戻ってきてから少し時間があったので、ワイキキビーチを散歩した。
海に足を入れると、まだ日本人の私には冷たく感じた。
それでも、このわずかな晴れ間にと水着に着替えて海に入っている人たちで賑わっていた。

最終日8日(木)
 一路、日本へ。
残りの12ドルと少々でTシャツを3枚買った。
残り1ドル31セント。
さすがに空港のロビーではスターバックスのコーヒーは買えなかった。
それでも店を探すと、1店舗のみ買える店があって缶コーラを買った。
6セントが残金で残った。
3万円分のドルもほとんどがおみやげに変わってスーツケースの中にぎっしり詰まった。

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 他愛もないことを考えて・・・。

 月曜日から金曜日まで家を空けていると、やはり大切なものがはっきり見えてくる。
私は何のために生まれ、そして生きているのかと帰路の飛行機の中で考えていた。
地上の楽園と言われるハワイをあとにして、考えている。
私の一番大切なもの、迷わずうちの奥さんだとつくづく思った。
そして、ふたりの子どもたち。
この家族がいるだけで本当に幸せだと感じた。
病床の義母を心配し、思う妻からも、大切なもののつながりを感じる。
妻の大切なものはやはり私にとっても大切なもの。
もし、この飛行機が墜落しても後悔はない。
愛し尽くした思いがあれば悔いは残らない。
神のご加護、仏の慈悲を賜り、家族のもとに帰ることができたなら・・・。
その思いで、ひたすらおみやげを買っていた。
何が楽しくて・・・。と思うが?
私には思い出の共有を少しでも、という思いからだと思う。
きっと喜んでくれるかもしれない。そう思うだけでわくわくして、気がつけばあっという間に持っていったドルは使い切っていた。
妻が喜ぶ顔、子どもたちが喜ぶ顔、そして、みんな・・・。
地上の楽園ハワイには、ホームレスもいた。
どこかの国から流れてきたホームレスもいるだろう。
年間を通して、とても過ごしやすい気候は、それだけで感謝の気持ちが込み上げてくる。
やがていく彼岸には、ホームレスも長者もない。
現世にどれだけの課題を残していったか・・・。
そのくらいの違いだと思う。
そう思うと戦争は人類の残した大きな負である。
太平洋戦争はこの地から始まっている。
それぞれの戦没者の家族がどんな思いでこれまでを乗り越えてきたかと思うとやはり切ない。
戦争のない時代に生まれてきてただただ感謝が込み上げてきてしかたがない。
病床の義理の母は、幼いときに父親が出征している。
そして、帰らぬ人となった。
私が、娘、息子と楽しく過ごしているとき、本当に嬉しそうに私たちを見てくれている。
私には、その瞬間がものすごく嬉しい。
義理のお母さん。ハワイで買ったアロハシャツが着られる日まで、どうかその季節まで、そして、その後もどうか、どうか元気でいてください。
今思っているささやかな願い、私にとっては大きな願い。(3月9日 復路機内にて)


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by ikenosai | 2012-03-09 23:52 | 現世に乾杯! | Comments(0)