いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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「人間の子育ては本能ではできない」 第19号(24年2月発行)

「人間の子育ては本能ではできない」
“次世代に残したい正しい子育ての「文化」”   ~築かれた母性の中で愛着は築かれていく~ 

 1回目の自我成立は3歳ぐらい、そして2回目の自我成立は思春期で個人差はありますが中学生ぐらいの年齢で訪れます。どちらにせよその辺が反抗期でもあります。まず1回目の反抗期では自主独立的ではないですが、母親に規定された自我に目覚めます。そして、思春期の自我は、自己反省によって自主的に自分を組み直す作業によって築いていき確立されていくのです。しかし、これらの課程が思い通りに上手くいくとは限りません。自我の確立の失敗は重大な精神障害を招くかもしれません。また、1回目の自我成立のときに周囲との人間関係、特に同世代との距離感がつくれていないと思春期での2回目の自我成立が足踏み状態となり、心身共に自立していくことが困難になることも予想されます。困難の原因について考えていきますと、家族の存在が与える影響にたどり着きます。それぞれに個人差はありますが、両親の関係や親の関わり方や考え方がどうであったかということです。つまりこの部分においてが育てる側がこれまで築いてきた結果に他ならないのです。現代において世間的な子育てと育てる側の主観的な子育てとにいくつかの違いはあるでしょう。育てる側から見ても、育てられる側から見ても、世間の考えと主観との間に生じるズレによって違和感は生まれ、育むべき愛着に支障を来し、その世間とのギャップによって子どもの心の発達にも影響を及ぼし、全体の中の自分をつくることが出来ていないことも不登校やひきこもりへの原因として注目すべき課題となります。

~育て直しの基本は親が変わるところから始まる~  
 本来、人間は育てられたとおりの子育てをする癖があります。それが子どもに良い影響を与えるのであれば問題はありません。しかし、どんな子育てのモデルを持つかは次の世代の子育てにどんな影響を及ぼしていくのか?ということになるのです。簡単に説明しますと、叩かれて育った人は叩いて子育てをしてしまい、学校でも同様で、軍隊的教育で体罰や暴力を受けて指導されてきた人が何も学ばないで先生になると、やはり、同じことをしてしまうものです。今の親御さん世代には理不尽な教員の教育を受けたという嫌な経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。だから、リセットする機会が必要なのです。リセットする機会をつくること、それ自体が、教育や子育ての正しい文化をつくることになるのです。
 赤ちゃんを産むと母体の変化から母性が形成されていくと専門家は話します。確かにその通りです。しかし、あまりにも多い情報と多様な生き方の中で、身近なものの影響を受ければ、本来の(理想とする)子育てからは離れてしまうものです。親の影響、特に母親の影響は怖いものです。その母親を支えなければならないのが父親なのです。相互のバランスは人間にしかできない素晴らしい子育ての可能性を持っています。


母から聞いた修学旅行の思い出
 私の母は終戦の年の昭和20年生まれです。兄、姉に続いて3番目に生まれ、その後に5人の妹や弟が生まれました。愛媛県南宇和の漁師町で周囲も裕福な家は少なかったようです。それでも修学旅行にはクラスの半分以上が行ったそうです。母の実家は貧乏で修学旅行へ行くお金などとても出してもらえなかったそうです。それでも行かれない生徒たちが集まり、日帰りの遠足を楽しんだそうです。出発の日は、まず先に修学旅行組を見送ったそうですが、さすがに行かれない生徒たちとともに辛くて辛くて泣いたそうです。子ども心に、行かれない現実が辛くて、貧乏が辛くて…。と母は語ってくれました。
私が小学校の修学旅行のとき、我が家の家計の優先順位はまず修学旅行の積み立てでした。母が子どもの頃に苦い思い出があったからでしょう。お陰で私は楽しい修学旅行に何の不安もなく参加することができました。それは中学でも高校でも同じでした。あのときの母のやさしさ、思いやりは今でも私の宝ものです。
子どもは親の背中を見て育ちます。あのときこうしてくれた。ああしてくれたという記憶がいつまでも強く心の奥に残っていくのです。一家団らんでご飯を食べたり、たわいもない会話をしたりと、親子の関係はこんな日常の積み重ねが大切なのです。そんな思い出が大きな財産となり、心の中に刻まれていき、豊かな心の礎(いしずえ)となるのです。


与えられた仕事に感謝を! ~専門職としてのプライドを~ 
 ケーブルテレビのローカル番組で映画「おくりびと」のモデルになった「納棺夫日記」の著者である青木新門さんの講演が放送されていました。
 富山で貧乏作家をしていて、子育て中にも関わらず貧しくて粉ミルクも買えない有様だったため、近所の葬儀屋に就職します。そこでの仕事は、遺体を拭き、棺桶に入れることでした。死後、何日も経って発見された老婆の遺体など様々な人の死と日々向き合い、生きていきます。当時は特に穢(けが)れる職業ということで、差別や偏見を受け、親戚からも、妻からも辞めるようにと言われていたそうです。そんな状況の中で、青木さんは、かつての恋人の家にお仕事に向かいました。彼女の父の納棺に立ち会ったのです。懸命に仕事をしていた彼の汗を隣でぬぐってくれたかつての恋人の行為に、仕事への自信と誇りが持てるようになっていきます。やがて、清らかで真っ白な白衣に身を包み、納棺夫の七つ道具を入れた素敵なカバンを持って出向くようになりました。遺体の処理だけ済ませば、さっさと帰れと言う雰囲気だったのが、応接間に座布団が敷かれ、お茶が出され、さらに先生とまで言われるようになっていったそうです。そして、年老いたお婆さんから「私の時にはあんたに来て欲しい」と予約まで受けるようになっていったそうです。
 青木さんはその講演でこうもおっしゃっていました。「現代では、死が身近なところでなくなっている」と。心地よく死を受け入れて、身近な人に「ありがとう」と言うことができたなら・・・。死を迎えるその瞬間、臨終に立ち会えた人がやがて次の世代にも同様に「命のバトンタッチ」をしていくことが大切であると話されていました。実は「おくりびと」にはこの場面がなかったから、原作の扱いにならず、タイトルすら別ものになったそうです。
 ガンジス川が流れるインド、ベナレスには生老病死が常にあり、そこには人の死がごく普通に存在しています。人の死と誠実に向き合ってきた青木さんだからこそここまでの偉業につながったのだと感動させられました。



お薦めの“1冊” 

母親幻想 

 著 者 : 岸田 秀

 出版社 : 新書館

 価 格 : ¥1575 (税込)


 この本は「人間は本能が壊れた動物である。」という著者独自の考えから始まっています。これまで、世間一般的に母親は自分の子どもを愛して育てるものだという幻想がつくられてきていること、そしてそれが長らく「文化」として人々を規制してきたことに大きなメスが入れられています。かつては親子の縁など薄いものだったのですが、それが近代国家になって、徴兵制と税金の問題などから、どうしても「家族」という幻想が必要になったことや、親子の関係から、母性との深い関わりが出てきたのだということに触れています。幻想にがんじがらめになっている人には、ガツンと一発の書になり、違和感を感じている人にとっては救いの書になることでしょう。
 母性愛は母親の自己愛の延長に過ぎない、利己主義な母親が子どものためにとあれこれしていることは自分の心を満たすものとしての子育てになってしまっているということなど、母親が子どもに与える影響が精神分析によって細かく書かれています。世間の常識に子育てが大きく影響を受け、多数派の影響によってさらに社会がつくりあげられ、構成されているということ、そして、それが肯定的に見られる傾向によって、正しいものへの基準が解りにくくなってしまっています。そして、本来、親のすべき子育ての境界線を越えてしまった学校教育の難しさが浮き彫りになってきています。子どもがおかしいのは親の責任がほとんどです。しかし、日本では、生徒が非行を犯したりすると学校や教師が非難されます。これは日本の教育の考えに、人は段階を追って成長するものだという「成長の思想」が入ってきたためだと書かれています。たとえば、「自動車教習所には、成長の思想はありません。そこは純粋に運転の技術だけを学ぶ場所です。技術を学んだものが、学んでいないものよりも成長しているとか、大人であるとか言いません。」と、こんなふうに説明が入っています。学校はいつの間にか躾(しつけ)を学ぶところ、成長させてもらえるところという学校教育の「文化」がつくられていきました。そして、さらに、学業はその専門のところに通わせればいいという発想までもが生まれてきます。だからその延長線上に学習塾の必要性が出てきました。学習塾が躾までも担っていたこともありました。洗濯機が誕生し、掃除機が誕生し、買い物は毎日でなくても良い、届けてくれるところもあります。だから、安心して社会に出て行けます。お母さんの家事は減りましたが、便利な時代になったのに母親が子どもと過ごす時間が減り、母個人が有意義に過ごす時間が増えました。またそういう人が増えたから価値観が変わっていきました。さらに、価値観を変えるもう1つの問題がマスメディアの発達です。なので今の時代に「おしん」は流行りません。どの人も今どきのドラマの様な格好いい女性に憧れるのです。子育てという現実逃避が晩婚化をすすめ、親になったとしても、自慢の子どもにしようとして、習い事に通わせ、塾に通わせ、自分の価値を高める材料としての子育てになってしまっているのです。それに失敗した子どもは惨めです。可哀想です。自己肯定ができないのです。母に受け入れられず、自分の存在に疑問を持つようになるのです。母に受け入れられること、いや、誰か身近な人に受け入れられることで、人は生きる力が湧くのです。それに気づかされる1冊です。



 健康と予防  
 免疫力とストレス(続編)

 前号で紹介させていただいた安保先生のお話によると、病気の根本的な原因に自律神経の乱れが影響していることがあげられています。この自律神経の乱れが白血球中のリンパ球と顆粒球のバランスを左右し、免疫力を低下させ病気を引き起こしているそうです。自律神経は自分の意思とは無関係に体の60兆個もの細胞をコントロールしている重要な神経で、免疫系に限らず内分泌系にも関わり、病気にならないよう一体となって働いています。この自律神経には交感神経と副交感神経があります。この2つの自律神経の片方が優位になると片方が下がるというようにシーソーの様になって拮抗して働いているのです。この揺れが激しいほど体調は崩れていきます。また、交感神経も副交感神経もどちらかに偏った状態が長く続くと低体温になり、免疫力も下がり病気になります。交感神経は主に昼間の活動中に働く神経です。この交感神経を優位にするのは、働き過ぎ、悩みや心配事などの過剰なストレスが影響しています。交感神経が優位になると、副腎からアドレナリンがたくさん分泌され、血管を収縮させるため全身に血流障害が起こり、細胞に酸素や栄養が届かなくなります。アドレナリンはストレスホルモンです。アドレナリンの分泌に伴い、顆粒球が大量に分泌されます。そこで増え過ぎた顆粒球が活性酸素を放出して、周囲の正常な細胞までも酸化させ炎症を起こさせ破壊して病気を引き起こす原因になります。顆粒球の増加はリンパ球を減少させ免疫力が低下します。特に胃や十二指腸に潰瘍ができ、それがエスカレートすることで癌を引き起こすのです。一方、副交感神経は、寝るときや食事を摂るときなどリラックスする時間や楽しい時間などに働きます。笑ったり、趣味に没頭しているときなどもそうです。副交感神経優位の状態は、過保護な状態です。ストレスがなさ過ぎる状態が続くと、免疫が過剰に反応します。今度は、アドレナリンではなく、アセチルコリンというホルモンが分泌されます。このホルモンの影響は血管を拡張させ過ぎることなどがあり、それが原因で血液の循環障害を招き低体温になります。副交感神経優位のときには、消化の過程で現れる体に不都合な物質を処理するためにアセチルコリンを出してその受容体を持つリンパ球を増やすのです。リンパ球の増加は顆粒球を減少させ、敵とはみなされないものにまでリンパ球が過剰に反応し、花粉症やアトピー性皮膚炎、喘息といったアレルギー反応を引き起こします。自律神経は1日の中でも、季節でも、天候によっても色々なリズムがあります。免疫学の見解では夜中や明け方にアレルギーや喘息が多いのは夜が副交感神経優位でリンパ球が増えるためで、また、明け方にリウマチの関節のこわばりが起こるのは夜間に増えたリンパ球が炎症を起こすためです。冬に心筋梗塞や脳卒中で倒れる人が多いのは、冬は交感神経優位で顆粒球が最も多くなり、春にアレルギーの病気が多いのは、春から夏にかけて副交感神経優位でリンパ球が最も多くなる時期だからです。春や秋の変わり目は特に注意したいものです。


編 集 後 記
 今号では人間は本能の壊れた動物、もともと母性はなく、つくられていくもの、意識して取り組むものの中から生まれるものだと結論づけてしまいました。しかし、最も大切なことだけはお伝えしなければと思います。私たちにとって子育ての最終ゴールは、死に向かう準備を誠実に行える人間になっていくことではないでしょうか。青木新門さんの講演で、「飛鳥へそしてまだ見ぬ子へ」という映画の原作者、癌のため32歳という若さでこの世を去った井村和清医師の残した次のような手記が紹介されました。「レントゲン室へ行き胸部写真を撮ったのですが、出来あがってきた写真を見た瞬間、覚悟はしていたものの、一瞬背中が凍りました。転移です。私の右足に発生していた肉腫の肺転移。それをさせないために切断した右足でしたが、その甲斐なく、肉腫は肺へ侵入してきたのです。(途中省略)私は心に決めていました。免疫療法を始めよう、この治療法なら、体力のある限り仕事を続けてゆける。治療のために仕事をやめることも、入院する必要もない。歩ける限り、自分の足で歩いていこう。そう考えていました。その夕刻。自分のアパートの駐車場に車をとめながら、私は不思議な光景を見ていました。世の中が輝いて見えるのです。スーパーに来る買い物客が輝いている。走りまわる子供たちが輝いている。犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが美しく輝いて見えるのです。アパートへ戻って見た妻もまた、手を合わせたいほど尊く見えたのでした。」
 井村先生の文章が読まれ涙が溢れてきました。この瞬間、この境地こそが井村先生を育てた親の子育てへの評価だったのです。手を合わせたいほどの気持ちになれる。そんな最期を迎えられたらどんなに素敵な人生になることでしょう。(S・I)

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by ikenosai | 2012-02-18 18:47 | 文化だより | Comments(0)