いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28
最新のトラックバック
終戦のエンペラー
from Anything Story
カテゴリ
画像一覧
フォロー中のブログ
記事ランキング
最新のコメント
> sakuramoon..
by ikenosai at 19:56
イイネありがとうございま..
by sakuramoon7767ryo at 20:48
> rin0122usa..
by ikenosai at 22:34
父親の転勤で小さい頃広島..
by rin0122usa at 19:07
> cloversdes..
by ikenosai at 22:59
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
メモ帳
ライフログ
タグ
ファン
ブログジャンル
検索
その他のジャンル

<   2011年 04月 ( 1 )   > この月の画像一覧


いつか来る覚悟の日までに・・・

 この1ヶ月はもの凄く忙しかった。

3月最後の週は三途の川を渡りかけていた父に会いに金曜の夜から夜行バスに乗って津山に帰った。

姉に迎えにきてもらって、そのまま父の入院している病院へ行った。

その週の火曜日に母から電話があり、もうダメかもしれないと不安そうな様子で涙声だった。

今生のお別れかもしれないと覚悟して水曜日に夜行バスのチケットをネットで予約しようとした。

しかし、空席の隣が女性のためか手続きが完了しないため、木曜日、仕事帰りに小田急の営業所に行ったが予約受付の時間がすでに終了していた。

窓口の若い男性職員の方に事情を話したら、それなら私が明日の朝一番に責任を持ってチケットを発行し、さらに都合の良い営業所で受け取れるよう準備しておきましょうと全てを上手く手配してくださった。

出発の金曜日、予約確認の電話をするとすでに準備が出来ていたので、帰りによって新宿から夜行バスに乗った。

毎日、残業で睡眠不足だったせいもあってか、夜行バスで初めてぐっすり眠れた。

津山に着くと、3月も終わろうとしている時期にもかかわらず、白皚皚たる一面雪景色、やはりこの街は寒い。

姉に送られ、実家の集落を過ぎ、病院に着いた。

個室に移された父は、酸素マスクをし、腕には何箇所か点滴を刺され、尿袋をベッドの脇に置かれ、身動きも出来ない状況だった。

後期高齢者の父は、肺炎を患い、高齢者特有の免疫力の弱さからか熱が出ず、自然治癒する見込みもなく、ただただ神の、仏の力にすがるだけだった。

それでも私が病室に入ると、よくきたとばかりに嬉しそうに話し始める。

そのたびに巡回のドクターより喋らないようにと叱られて、酸値が上がらないと命の保証がないと言われていた。

その都度父は苦笑し、両手を合わせ謝っていた。

結局、一晩を病院で過ごし、姉が夜中の3時までそばについていて、私がそのあとからそばについた。

母は久しぶりに家でゆっくり寝た。

わがままな父の看病で疲れていたことだろう。

白々と夜が明けて、近くの高速バス乗り場まで義兄に送ってもらった。

年老いた父に私が出来たことは、そばについて思い出話をしたことと、残された短い余生で仏性を磨いて欲しいと切に話したことだった。

心から先祖の供養と良きことを思い、良き行いをして欲しいとひたすら頼んだ。

いつ天国に行くか分からぬ不安の中から、少しずつ覚悟が定まってきた。

いずれ行く道、お父さんとまた巡り逢いたいと手を握って話した。

一晩を振り返りながらバスの中でぼんやり過ごしていた。

新大阪から新幹線に乗って帰ってきた。

その後、父は日に日に回復していった。

酸素マスクが外され、ご飯も食べられるようになった。

その間に同じ肺炎で入院していた人が亡くなっていた。

父に何かお力がいただけたのだと深く感謝した。

それでもいつかは天国にいく。

ドクターからは2回も三途の川を渡りかけたと言われていた。

5年ほど前に肺炎になったときも奇跡的に助かって、次はないですよと念を押されていた。

その父とまだ電話で話しができる、そう思うだけでまだまだ安心している私だった。




[PR]

by ikenosai | 2011-04-23 13:58 | お父さんお母さん | Comments(0)