いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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「発想の転換期」 文化だより第16号(23年2月発行)

 ぱさぱさに乾いてゆく心を  ひとのせいにはするな  みずから水やりを怠っておいて  気難しくなってきたのを  友人のせいにはするな  しなやかさを失ったのはどちらなのか  苛立つのを  近親のせいにはするな  なにもかも下手だったのはわたくし  初心消えかかるのを  暮らしのせいにはするな  そもそもが  ひよわな志しにすぎなかった  駄目なことの一切を  時代のせいにはするな  わずかに光る尊厳の放棄  自分の感受性くらい  自分で守れ  ばかものよ      

~「自分の感受性くらい」茨木のり子さんの詩より~

心もイノベーションの時代 

戦後教育の欠陥が3世代目にして表出してきているのが一般的にも判断できるようになってきています。戦後教育は親以上の世代が受けてきた管理教育とさらにその後に行われてきた個性のない横並びな教育とのギャップなどが問題となっていて、平成生まれの子どもたちの歪んだ柱にもなっているようです。しかし、その時代には良かれと思い進められてきたことでもあるので責任の所在を明らかにしたり責めたりするものではなく、早急に是正していくことにこそエネルギーを注ぎたいものです。根本は地域などでのコミュニティーを失った家庭教育にも問題があり、教育機関と家庭とで職分を明らかにしないまま互いに責任をなすりつけあってきた結果にしか過ぎないのです。

 現代社会において発達障害という形で浮き彫りになってきた大人たちの育ちの問題とその大人たちが育てている子どもの問題が今ごろになって「生育歴の膿」として表面化してきているようです。特に6歳ぐらいまでに親にしてもらえなかったことへの不満が問題行動となって現れています。そのために何をしなければならないのか?何ができるのか?を考えていく中で、今からできることとして「育て直し」という発想の転換が未来を変えていくための最短の近道として以前にも紹介させていただきました。(文化だより第7号(平成20年2月1日発行)参考)


 子育ての基本は心に寄り添うことです。子どもの心の内をどこまで理解していますか?今も心を離さないで信頼し合えていますか?頭ごなしに押さえつけたり、逆に言いなりになったりしてないですか?適切なコミュニケーションがとれていますか・・・?人の話が聴けること、自分の伝えたいことが上手に伝えられること。これだけで人間に必要なものの半分は満たされているのですが、そこが満たされていないから、親子の間で、友だちとの間で、先生との間でしっくりこない違和感が生じてくるのです。一言で言えば親にも子にも問題があるのです。だから心もイノベーションの時代にきているのです。


 バブルが崩壊し、失われた10年なんて言われて、さらに失われた10年からも随分経ってしまいました。経済的に失ったものは大きく、如何にして生き残るかが企業に迫られている中では、市場や生産場所を中国へと国内経済を不安にさせる現状が続いています。最後は、心のイノベーションの時代になると思います。今、皆さんの心は潤っていますか、それともパサパサに乾いていますか?


自分が変われば相手も変わる

心が変われば態度も変わる

態度が変われば行動も変わる

行動が変われば習慣も変わる

習慣が変われば人格が変わる

人格が変われば運命が変わる

運命が変われば人生が変わる
  

 (ヒンズー教の一節より)

 最後は心の持ち方だと思います。生きていても死んでいても魂は存在しているのだと思います。しかし、魂が存在していても思うことや考えることだけではその存在に対してのそれ以上の価値は生まれてこないのです。何が大切なのか、それは行動に移すこと、実践することなのです。“思っていた”という言い訳で全てをごまかしてはいないでしょうか。例えば、ありがとうと思うことはとても大切です。しかし、言葉に出して相手に伝えることはその思いに大きな価値をつけて相手の心を動かすでしょう。そして、それが感動という目には見えない付加価値をもたらすことになるのです。


「われチリを払わん、われアカを除かん」 

 産経新聞の連載記事の中に非常に感動させられた茶人、千玄室さんのお話があったのでご紹介します。
 “昔、2人の兄弟がいた。兄のマハーハンドクは秀才といわれたが、弟はどうも物覚えが悪くいつもコンプレックスをもっていた。兄は早くから釈尊の弟子として悟りを開いたが、弟のシュリハンドクは釈尊の教えをなかなか受けることができなかった。しかし、兄は清浄実直な心の持ち主の弟を愛し、自分の弟子として出家させようとした。シュリハンドクは努力するが、出家する大事な言葉が覚えられない。兄は弟のためを思い、家から出して他へ修行に行かせることにした。シュリハンドクは道々悲しくて泣いていると、釈尊が通り掛かりその理由を聞かれ、素直な心を慈しまれて 「われチリを払わん、われアカを除かん」という2句を授けられた。そこでその言葉とともに掃除に専念修行し、年を経てついに悟ることができた。” 
このお話は現代版となってイエローハットの創業者である鍵山秀三郎さんにも通じるお話です。世界中で歌われている讃美歌の中の1曲を作曲された方から直接お話を聞く機会があったときも驚いた記憶があります。トイレ掃除をしながら口ずさんでいるうちに曲ができたと話されていました。20代の頃私が従事していた福祉施設の理事長の親友のお話にも同じような感動があったことを覚えています。もうすでに80歳をこえられた方ですが、その方が若い頃、銀行に就職しました。庶務の採行用で掃除や雑用が中心でした。しかし、その方は真心をこめて掃除をされ、みんながやりたがらない雑用にも喜んで取り組まれていたそうです。そして定年を迎える頃には銀行の支店長になられていたのです。与えられた仕事に誠実に向き合い取り組まれていたのです。必ずお天道様は見ている。誰かが見て、評価してくださっているのです。そして、何よりお掃除した後の心地よさが心のアカまでも落としてくださっていたのではないでしょうか。


健康と予防
現代栄養学の“落とし穴”
 これまでも何度か紹介させていただいた幕内秀夫さんの「粗食のすすめ」の中に現代栄養学に対する警鐘があるようです。例えばカルシウムの消化吸収について、牛乳と日本人の歴史の中で、どこまでDNAが影響しているのでしょうか?日本、韓国、中国のように昔から牛乳を飲まない民族は牛乳の主成分の乳糖を消化させるためのラクターゼという酵素の活性が低くいため消化できず便がゆるくなったり、下痢をしたりすることもあり、いくらカルシウムがあるからと摂取しても排泄されてしまう危険性もあるようです。戦後の復興で国が支えてきた産業の陰で何があったのでしょうか・・・?新たな時代を迎えているように思われます。嗜好品程度であれば問題はないのかもしれませんが、主食のようにして毎日食べ続けていくうちに生活習慣病やアレルギーの問題も起こっていき疾患者が増大することにより、社会的にも大きな問題になっていくようです。今、何を考え、どう取り組んで行かなければならないのかを各個人で考えて行かなければならない時代なのかもしれません。メディアリテラシーという言葉がインターネットの普及とともに言われるようになってきましたが、公の立場から発する情報もまずは鵜呑みにしないで正しい情報がどこにあるのか真実はどうなのか考えなければならない時代にきているのだということのようです。まず、現代栄養学は日本人の日本人による日本人のための栄養学ではなくドイツでまとめられたどちらかというと北欧向けのつまり寒い地域で作られた栄養学なのです。そこに着目すると寒さに耐えるための高カロリー食で、肉や乳製品といった動物性が中心になり、穀物は米ではなく寒い地域でも作られる小麦が主食になるのです。2千年単位の食文化でDNAが作られていきます。それまでにはおそらくアレルギーの問題もあったはずです。今、日本をはじめとするアジア圏の人々の体がその入り口に立っているのです。戦後60数年で大きく変わってしまった食習慣に対して生活習慣病やアレルギーが徐々にその答えを出し始めています。現代栄養学では砂糖も高カロリー、ご飯も同様に高カロリー扱いで性質の違いを考えることもなくカロリーの足し算と引き算だけで食べるものを考えてしまいトータルで考える栄養学にはつながっていきません。それぞれの食べ物が口から入って吸収され、そして排泄されるまでにどんなことがおきているのか、あまり知られていないのです。そこにはマスコミやメディアをも支えている企業が存在しているため決してネガティブな情報は流さないものです。だから自分で学び自分で判断していく時代を迎えているのではないでしょうか。ご飯は噛むことによって唾液が分泌されデンプンからブドウ糖に変わっていきます。時間をかけて消化吸収が行われます。玄米だともっと時間がかかり、腹持ちが良くて持続性があります。一方、砂糖はというと直接吸収されて一気に血液に送られるので血糖値が上がり一気に脳が活性化されるのですが、過剰摂取により血液中の糖分、つまり血糖を押さえようとインスリンが働くことで血糖バランスは安定します。しかし、砂糖の常食が続くと、インスリンの分泌量が多すぎて低血糖になったり、今度はそれをもどそうとアドレナリンが分泌されるのです。アドレナリンの分泌はストレスを生じます。つまり心の不安をつくりだすのです。特に精製された砂糖ほど消化吸収のスピードは速いのです。精製された砂糖の摂りすぎは血液を汚します。目がかゆくなったり、体がかゆくなったりします。免疫力が低下し、鼻水が年中出ていたり、風邪を引きやすいなど虚弱な体質の原因にもなっています。低体温で代謝も悪く冬は乾燥肌、春は花粉症の悪化などなど色々な体調不良によって心の不安が重なって鬱やひきこもりのような症状にも深い関係があったりします。鬱状態だったり、切れやすかったりするような状態の人はまず砂糖の多いものをひかえ、ご飯とみそ汁で朝昼晩そしてしっかり睡眠をとるだけで心身の状態が安定に向かいます。それくらい現代の食習慣はめちゃくちゃなのです。何でも手に入る時代に、好きなものばかり食べていたらDNAが覚えている正しい食事なんて忘れてしまうものです。


卒業生の皆さんへ 
 早いもので、あっという間の3年間を終え、無事に卒業を迎えられた3年生も、色々な不安を持って入学されてきたことをついこの間のように覚えています。
 訳あって前の学校を辞めての入学。やはり高校ぐらいは出ておかないと・・・?と学業に目覚めてからの入学。様々な思いを胸にこの3年間を文化で過ごされたことと思います。決して晴れの日ばかりではなく冷たい雨の日も、激しい風の日も、台風のような日もあったはずです。しかし、その中で強くたくましく成長したことも実感されていることと思います。成長し、自信も着いたのではないでしょうか。この成長の陰には支えてくださったご家族の皆さまをはじめ、関わってくださった人たちの存在があったことをどうか忘れることなく、感謝の気持ちを大切にし、今後、さらに飛躍していかれることを心より願っています。
 不況による就職難など閉塞感ばかりを感じる時代ではありますが心のイノベーションとともに前途洋々、未来に向けて精一杯生きていってください。
生きていれば色々な困難にぶつかるでしょう、全身でぶつかれば痛いでしょう。傷つき、血も出るでしょう。しかし、この傷が勇気となってその後の人生を生き抜く力になっていくはずです。よく卒業生たちに言う言葉ですが、どんなことがあっても生きて生きて生き抜いてください。生きていればまたいつか会える日がきます。その日を私は待ってます。さらに成長した素敵な皆さんに会える未来をずっと、ずっと楽しみにして・・・。
 “自分の思いが上手に伝えられる人に、そして、人の心がよく分かる人”になってください。
  また会う日まで!


お薦めの“1冊”
「結果を出して定時に帰る時間術」

出版社:  成美堂出版

 著 :  小室淑恵

価 格:  ¥ 550 (税込)

 大学を卒業したら専業主婦になると決めていた著者の生き方を変えたのは、大学在学中に特別講師でいらした当時上智大教授だった猪口邦子さんの授業だったそうです。キャリアのある女性にもこんなキュートな人がいるんだと驚いたそうです。そして、「これからは働きながら子育てをする女性が企業にとっても必要な時代」という言葉とともに仕事と子育てをしっかりされている様子にもの凄い憧れを感じたそうです。しかし、資生堂に入社した若い頃は残業ばかりでネガティブだったようです。様々なきっかけで残業を止め、仕事以外の視野も広げることで世界が変わっていったそうです。そのプロセスが詰まったのがこの1冊です。今ではその才能をフルに生かし、働く女性の時代に新しいエッセンスを発信されています。


編集後記
 どんな時代であれ、生き抜く強い心を持つ、これが私の未来へ向けた心構えの原点です。小学校時代、中学時代、高校時代、そして今、どこかで絶望の淵にたたされて未来への希望が遠く霞んでしまい、この先、生きていても・・・?と悩んでしまうこともあるでしょう。歴史から学ぶ智慧があるとしたら、戦後のあの絶望と苦しみの中で生き抜いてきた人々の思いに触れ、学ぶこともこの心のイノベーションの時代には必要なのではないでしょうか。


“わたしが一番きれいだったとき  

街々はがらがらと崩れていって 

とんでもないところから

青空なんかが見えたりした  

 わたしが一番きれいだったとき

まわりの人達が沢山死んだ  

工場で 海で 名もない島で

わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった  

 わたしが一番きれいだったとき

誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった

男たちは挙手の礼しか知らなくてきれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった  

 わたしが一番きれいだったとき

わたしの頭はからっぽで

わたしの心はかたくなで

手足ばかりが栗色に光った

 わたしが一番きれいだったとき

わたしの国は戦争で負けた  

そんな馬鹿なことってあるものか

ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

 わたしが一番きれいだったとき 
ラジオからはジャズが溢れた

禁煙を破ったときのようにくらくらしながら

わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
  
 わたしが一番きれいだったとき 
わたしはとてもふしあわせ

わたしはとてもとんちんかん  

わたしはめっぽうさびしかった  

だから決めた

できれば長生きすることに

年とってから凄く美しい絵を描いた

フランスのルオー爺さんのようにね”
 
~19歳で終戦を迎えた茨木のり子さんの詩より~

 私はこの詩を読むたびに涙が溢れてきます。そして、自分の悩みは大した悩みでないことにいつも気づかされるのです。(S・I)
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by ikenosai | 2011-02-20 21:14 | 文化だより | Comments(0)