いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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生きていればいつかは変わる

 今週は1週間まるまる残業の日だった。

気がつけば12時間以上も職場にいた。

昨日は、午前様、バスが終わっていて、40分も歩いて駅まで行った。

空腹と疲れからかテンションが高く、何だか変に心地良かった。

電車に乗ると、ふんわりとアルコールやニンニクの臭いのきいた車内にいびきの音や、大股開きで上を向いて眠っている若い女性の姿、大きな声で話す酔っぱらいでごった返していた。

ああ、そういえば酒を飲んで帰る私もこんな感じなんだろうなと思いながらうとうとしていた。

 そういえば残業で帰ると、子どもたちはもう寝る準備で、すぐにパパお休みで1日の会話はその程度。

レンジで温めたご飯を食べて、風呂に入ってテレビを点けると、連日BSで薬師丸ひろ子の映画をやっていた。

初日のセーラー服と機関銃は観なかったが、翌日の探偵物語とさらにその翌日のWの悲劇は途中から観てしまった。

ふと中学、高校時代のことを思い出していた。

それにしてもあのWの悲劇の世良政則は格好良かった。

薬師丸ひろ子が主演で主題歌まで唄った時代だった。

田舎で過ごした私にとって映画の世界は架空の世界。

憧れの世界。

私には手の届かない世界だと思っていた。

高3のとき東京の大学から推薦の話が来たとき、私の世界観が変わる感じがした。

むしろそれへの期待感でいっぱいだった。

上京して私は空いてる日曜日限定でエキストラのバイトをやった。

始めて行ったのは神奈川大学で撮影した薬師丸ひろ子主演の紳士同盟だった。

もう薬師丸ひろ子のブームが終わろうとしていた時期だった。

キャンパス内を歩くシーンでその周辺で体育会系の連中が練習している風景だった。

ボクシング部役の人がバンテージを巻いていて、巻き方がめちゃくちゃだったので、丁寧に巻いてあげていたら、助監督がきて、君は本ちゃんの人?とたずねてきたので、現役ですと返すと、じゃあ君がやってくれない・・・?と言われ、走りながらシャドーボクシングをやる役が回ってきた。

映画を見に行ったら、あまりにも目立ちすぎてしまったためか、そのシーンはカットされていた。

あれだけ時間をかけて撮影した場面だったのに捨てられていた。

それでも、あの憧れの薬師丸ひろ子のそばでエキストラをするのは楽しかった。

みんなは安いロケ弁を食べていたが、薬師丸ひろ子は出前をとって鍋焼きうどんを食べていた。

エキストラのギャラは交通費と4千円だった。

ドラマは3千円、コマーシャルは5千円だった。

共演の仲村トオルもいた。監督が那須監督で、その後に撮影に行ったビーバップハイスクールも仲村トオルと那須監督がいた。

“おしん”の橋田壽賀子と泉ピン子のようにこんな関係で同じ作品をやるひとがいるのだと感じた。

エキストラは他にもやってみた。

原田知世の黒ドレスの女では大井競馬場の観衆だったり、有楽町のラジオシティーというディスコでの撮影などもあった。

コマーシャルも出たがオンエアされても自分がどこにいるか分からないくらい小さかった。

何度かエキストラをやってみて、自分に興味のある世界ではないと感じて、半年で辞めた。

まとめてギャラを取りに行っても、飲み代にもならないくらいだったので、よく長続きしている人がいるもんだと感心した。

コマーシャルの撮影の時、俺は昔、字幕に名前が載ったというおじさんがいた。

何に出たのか聞くと仮面ライダーだと話していた。

おそらくその人との会話で私は辞めようと思ったのだと今頃になって思う。

40才を過ぎてもエキストラばっかりの毎日、そういえば色々な撮影現場にいたなあと思う。

こんな生活じゃあ結婚も子育ても出来ない。

現実が見えてハッと気がついたのかもしれない。

田舎で憧れていたあの銀幕のヒロインを支えるエキストラはそんな人たちにも支えられているのだと思う・・・。

 今日は息子の6才の誕生日。

子どもたちがいるだけで何だか幸せな感じがする。

顔を合わすことが出来なくても、言葉を交わすことが出来なくても・・・。

毎朝書く交換ノートにメッセージを書いている。

帰ったら、息子が今日の出来事の何かを書いていてくれる。

ぎこちない字で必死に書いて・・・。

心を離さず寄り添うこと、これぐらいしか出来ないけど・・・。

エキストラをやっていた頃にはこんなことは考えもしなかった。

だから、人は命ある限り生き続けて学んで行かなければならないと思う。

どこかでおこる不思議な変化を楽しむために・・・。
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by ikenosai | 2011-01-29 22:49 | いつか余熱に気づくとき | Comments(1)

玉手箱を開けたような老け方が狂わすもの・・・?

 年末年始は実家の津山で過ごした。

着いた日の翌日は雪がたくさん降った。

あれもやろう、これもやろうと決めていたのに、いっさいできなかった。

寒くて、コタツに入ったままだった。

息子と雪だるまを作ったが、あまりの寒さから家にこもってしまった。

私は、こんな寒い田舎で18歳まで過ごしたが、今ではとても寒くて住む自信がない。

それでも、南国出身の母は平気で過ごしている。

もしかしたら耐えているのかもしれない。

後期高齢者の父も普通に過ごしている。

私は相当の寒がり屋である。

そういえば小学校のときは登校前にたき火をしていた。

自分で火をおこし、薪をくべていた。

みんなが集まり輪になって火にあたっていた。

 東京に帰る日になって、姉の運転する車に私たちは乗ったが、父と甥、姪が乗り切れなくて別の車で津山駅までついてきた。

78歳の父は、マニュアル車を運転し買い物や病院に行っているくらいなのでビュンビュン飛ばして追ってきた。

10キロほどの道のりを父が運転していたが、危ないので、甥、姪と代わって私が父の助手席に乗った。

車間距離をとらず、スピードを上げていく父はまるでカーレーサーのような運転だった。

姉は「こっぱ微塵にならんと分からん」と心配げに言っていた。

駅について、父にいつまでも若くはないとやさしく諭した。

歳をとると昔のようには反応できないこと。

いくら急ブレーキを踏んでも間に合わないから、もう少し車間距離をとることなど話した。

父は苦笑いで答えていた。

若い日の感覚は確かに私にもあった。

例えば、今でも幅跳びで6メートルぐらい跳べそうな感じがするし、100メートルを12秒ぐらいで走れそうな気もする。

でも現実は無理である。

父はそのギャップに苦しんでいるのかもしれない。

年末の27日に息子と一緒に仮面ライダーオーズを観に行った。

オーズ、ダブル、スカルの3人のライダーが登場して驚いた。

スカルはあの私たち世代の憧れだった吉川晃司が演じていた。

何の期待もしていなかったが、吉川晃司の登場で内容が一変した。

あのかっこよさは何なんだろうと思った。

45歳の吉川晃司が私たちの青春の延長線上にいた。

ストーリーも明らかに親世代をねらっている。

その部分ではクレヨンしんちゃんと同じである。

先週は息子と一緒にウルトラマンゼロを観に行った。

セブンの息子という設定でやはり親世代をねらっている。

愛と正義と人々の調和をテーマにしている。

仮面ライダーオーズに関しては、勧善懲悪ではなく、悪の魂の浄化をテーマにしている感じがする。

子どもたちに何を伝えたいか、武力行使は戦争解決にはつながらない。

世界中の紛争を見てもよくわかる。

先祖代々が憎しみを引きずって、因縁という形で子々孫々にまでおよんでいる。

他人を粗末にあつかうと因果応報のごとく必ず巡り巡って自分に、子孫に跳ね返ってくる。

この現象をどこかで食い止めなければならい。

そのためにも良きことを思い良き行いをしていかなければとつくづく思う。

子どものころからの変わらぬ感覚はいつまでも歳をとらないという感覚を作っていく。

やがて歳をとったという大きなギャップが疾患や機能低下で現れてくる。

それを埋めるべき柔軟性は歳を重ねた頑固さによって困難になってしまっている。

この頑固さを取り除くことが老いていくために必要な課題だと私は感じている。

一寸先は闇、その闇こそ明るく照らして行かなければならない。

コタツに潜って家にこもっていては柔軟な生き方にはつながらない。

その闇を照らす灯は行動をおこすこと。

具体的に動いて具体的な道を探さなければ具体的な答えは出てこない。

今の私には動くことが必要だと感じている。

歳を重ねても、重い腰にならないように・・・。

偏屈で重い腰の頑固じじいにならないために・・・。
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by ikenosai | 2011-01-15 18:05 | いつか余熱に気づくとき | Comments(0)