いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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お薦めの“1冊”

 「逆さメガネ」

出版社:  PHP新書
   
  著  :  養老孟司

価 格 :  ¥714(税込)

  
著者の話より~

  人間は刻々と変わっている。

ところが、いまの社会は「変わらない私」を前提にしている。

「変わらない私」と思い込むのは、いまの世の中の見方をそのまま受け入れているからだ。

だから、世の中の大勢の見方と反対を見ることができる「逆さメガネ」をかけなければ、本当の姿は見えてこない、ということもある。

そして、人が変わらなくなった社会で、最も苦労しているのが子どもたちだと指摘する。

なぜなら、子どもは一番速やかに変化する人たちだからである。

そのことに気付かなければ、教育の本質を見失うことになる。




 私たちの思い込みの原因は都市化社会にありました。

都市的合理性、多数決による社会常識がそうさせてしまったのです。

著者は本書で、あまり1つの見方でこり固まってしまうと危険だと警告しています。

子育ての環境がないから、子どもを産まないということが、逆さなのであって、子育ての環境が出来るように、大人たちが生きなければならないのです。

都市化する社会で、自然はないものだとして生きている大人たちは、自然である子どもさえも、見ないように生活しています。

恐ろしい話ですが、的確な表現です。

視点を変えて見てみる。

容易なことではないですが、世の中が少しおかしいと感じる中で、“みんなと同じ”は、危険だと認識する必要がありそうです。
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by ikenosai | 2009-11-29 11:11 | 私の本だな | Comments(0)

オオクワガタの♀(メス)


 西荻窪の女子大通りの夏祭りで娘は金魚すくいやヨーヨー釣りをかき氷を食べながら満喫していた。

そして、最後は射的に挑戦した。

何度かトライして、オオクワガタの雄と雌が入った水槽を当てた。

東南アジアから輸入されたオオクワガタのつがいだった。

しかし、何を思ったのか、娘は、オスはいらないとメスだけをもらってきたのである。

持って帰ってきてからそれを知った私は驚いた。

私の子どものころなら、むしろメスのほうがいらなかったはずだからである。

なぜかと娘にたずねると、「メスはタマゴを産むでしょ」と一言。

オスのタネがなきゃタマゴも産めないのにと思ったがまだ分かるはずもないか。

それにしても、ゲームの景品がオオクワガタ。

私の子どものころには、オオクワガタは滅多にお目にかかれないものだった。

しかも、昆虫は自分の足で探してこそ価値があった。

早朝や夕方に誰にも見つからないように秘密の場所に行って見つけるものだった。

だから、生態が分かり、どんな餌を好むのかも分かった。

それは、小学校3~4年のころには私の中の常識になっていた。

中には交尾中のつがいを見つけることがあったりもした。

当時からデパートでカブトムシが売られていたが、買うものではないと思っていた。

それでも、見つけられない子どもは、買っていた。

ある時、奇形のクワガタを見つけたことがあった。

片方がヒラタクワガタで、もう片方がオオクワガタの角だった。

あまりの珍しさに見せびらかしていたのをよく覚えている。

残念ながら、小さい虫にたかられて、数日後に死んでしまった。

あれをオオクワガタと言うべきか、ヒラタクワガタと言うべきか今でもハッキリしない。

今となっては標本にしてとっておけばよかったと思っている。

私なら自分の足で見つけてきたものでないと愛着はわかないのかもしれない。

クワガタには無責任な話である。

最近の子どもたちは昆虫採集をしなくなった。

手入れされた里山が減り、秘密の場所にしていた雑木林も進入できないほど荒れ放題である。

そんなところには子どもは入っていかないであろう。

しかも、コンパクトなゲームを携えていれば、充分に遊べる時代である。

そういえばムシキングもゲームの世界の話である。

昆虫がブームになるのではなく、昆虫を題材にしたゲームがブームになったに過ぎない。

そんな世の中だけに、昆虫は足を使って探すより、養殖して増産するほうが金儲けになるのは仕方がない。

しかも、物価の安い東南アジアからもっと安く輸入するほうが儲かるのもよく分かる。

ただ、心配なことがある。

いらなくなった外国産の昆虫が日本の森林に捨てられ、生態系に影響を与えることである。

ブラックバスが日本の湖沼の生態系に与えている影響を考えても、色々な問題は予想される。

それだけではない、熱帯雨林のジャングルで生まれ育った昆虫が、寒い冬がある日本に来てどうだろうか。

ジャンパーでも着せて、靴下や手袋でも履かせようか。

虫は人間とは違う。

まして、手入れをしなくなった現代人に、常夏原産の虫が飼育できるだろうか。

本当に無責任な話である。

もうすぐ11月が終わる。

夏祭り以来、オオクワガタのメスは、我が家の水槽でまだ生きている。

娘が、“まつり”と命名し育てている。

決して、タマゴを産むこともなく、異国の地で越冬をひかえて今も生きている・・・。




  
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by ikenosai | 2009-11-23 00:57 | 子育て 一期一会 | Comments(0)

客観視してこそ分かる誠実と不誠実

 職場が変わり、中央線を利用して通勤している。

6駅ほどの通勤なので、出入り口付近のつり革につかまって本を読んでいる。

すぐ近くの優先席が空いていても座るのは避けている。

しかし、驚くことがたくさんある。

“おなかに赤ちゃんがいます”の札をカバンにかけている女性が優先席の前に立っていてもお構いなしに座っている人が多いことである。

そんな人は、もちろん年寄りがそばにいても気づく気配はない。

それだけではない、携帯電話でメールに夢中なのである。

それが女性であり男性であり、ほとんどが大人のなのである。

その近くで、中学生や高校生はつり革につかまっている。

優先席付近では携帯電話の電源をOFFにしてくださいと大きく掲示してあるが、誰も守っていない。

確かに、心臓にペースメーカーを付けている人はそんなにいないし、そうとうの近距離でなければ影響はない。

私が、問題に思うのは、社会で決められているルールーやマナーが守れるかどうかということである。

ビートたけしがテレビに出だしたころ、「赤信号みんなで渡れば恐くない」なんて言って笑わせていた。

そのころはまだ道徳意識があったから、面白く感じた。

しかし、今は大人たちのモラルの欠如が目立つ。

モラルのない世界は、子どもたちの判断を狂わせてしまう。

それは、子育てをしていてよく分かる。

子どもは何か常識にはずれたことをすると、パパもやっているでしょ、ママもやっているでしょ、と言い訳をする。

親がやっていなくても、誰々のお父さんが、お母さんがやっていたと言い訳をする。

そこで開き直るようでは、子どもに誠実さは伝わらない。

 以前勤めていた施設では毎年、チャリティーバザーを開催していた。

しかも、規模は1日だけの開催にも関わらず、400万円くらいの売り上げを出していた。

わずか5年間しか勤務しなかった施設だったが、非常に中身の濃い5年間だった。

2回目のバザー委員をしていたときのことだったが、サンダルの右足と左足を別々のお客様が取り合いになった。

その後、片方のおばさんが強引に買っていき、買えなかったおばさんから相当の不満が出てしまい、法人を交えて、大問題になったことがあった。

バザーが終わって数日間は、クレームの電話がかかり、最後には不満の手紙をよこす始末だった。

納得がいかず、いやな思いをしていたことだろう。

掘り出し物を見つけに気合いを入れて買いにきたのだと察する。

福祉のチャリティーにもかかわらず、毎年のことだが、万引きをする輩も現れる始末で、とても残念に思う。

例年にない衣類の値札付けの多さに同僚の先輩職員は準備期間の短さに悪戦苦闘していた。

提供品の回収も職員が毎日交代でうかがった。

私が提供品の回収に行った都営の団地では、娘が独り立ちをして家を出たので、いらなくなったものが諸々あって提供したいとのことだった。

その中にひときは目立つカバンがあった。

質素なマンションで暮らしている感じに私には見えたが、きれいな箱を渡され驚いた。

まだ数回しか使っていない新品同様のルイビトンのビジネスバッグだった。

思わずこちらが恐縮していると、そのお母さんは、冷えた缶ジュースを「お仕事ご苦労様です」と私にくださったのである。

感動でいっぱいだったその年のバザーだっただけにサンダルの問題は非常に悲しかった。

いくらチャリティーでやっていてもお客様はあくまでもお客様なのだろう。

その人たちにとっては、福祉だのチャリティーだのは関係ない。

 今住んでいるマンションの自治会でおこなう夏祭りにしても、一切手伝わないものほど模擬店のカレーライスがカルキ臭いだとか、餅つきのときの餅がつきあがるのが遅すぎるとかで言いたい放題言って手伝うことなど全くない。

できあがったころをベランダから見計らって特別ゲストのような気分で現れる。

しかし、驚くのは、そんな住民にも親切に対応し、クレームに対しては真摯に改善策を考える自治会を運営する人たちの存在である。

私は頭が下がった。

その両極端の世界からも感謝の大切さが伝わってくる。

お天道様は必ず見ている。

そして、子どもはそれを見て育っていく。

自分の親はどうなのか、そして、子どもはどちらを望んでいるのか。

子どもが育つころその答えは出てくるのである。

思春期特有の親への反抗として。

そして、親の心癖をそのまま膿として吐き出すのである。

 誠実であることは決して損なことではない・・・。
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by ikenosai | 2009-11-21 07:10 | 私的視点 | Comments(0)

七五三と誕生日の一日で


 心に留めておこう、我が子がこんなに可愛い今。

子育てはあっという間に過ぎていく。

抱っこ抱っことせがまれていた時期はあっという間に過ぎていく。

気がつけばいつの間にか重くなり、おんぶした背中から聞こえてきた寝息はもう遠い過去になっていく。

久しぶりに会う友人からは、大きくなったねと言われ、気がつけば白髪交じりの自分に気づく。

だから今、この瞬間をしっかり、心に留めておこう。

こんなに可愛い我が子が、こんなに輝いて、パパ、ママと胸に飛び込んでくれるこの時期を見逃さないでおこう。

子どもは未来を切り開いていく大切な宝物である。

我々が去った後、子どもたちが次の時代を支えていくことになる。

未来を支える子どもたちにどうしても伝えたいこと、それは、命の大切さ、まわり道をしてでも誠実に生きること、相手の心の内を解ろうと努力する人間になることである。

人生はあっという間に黄昏れて、あっという間に彼岸を迎える。

とどまることのない今、この一瞬を精一杯大切に生きていこう。

若くて華やいだときもあっただろう。

そして、斜陽になってしまって切ない思いで今を生きているかもしれないだろう。

それでも次世代を担う子どもたちに精一杯の背中を見せていこう。

 今日は、息子の七五三、そして、娘の10回目の誕生日。

家族の平和にこそ本当の幸せの原点がある。

私はそれを大切に今日を精一杯生きている。
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by ikenosai | 2009-11-15 18:35 | 子育て 一期一会 | Comments(1)