いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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30年ぶりの日本で


 私がまだ20代のころ、教職の浪人をしながら飲食店で働いていたときのことだった。

昼間中心の勤務から、アルバイトのシフトの関係で夜の勤務ばかりになっていたので、昼間は渋谷や表参道へ出かけては散歩や買い物をしたりして過ごしていた時期があった。

そんなある日のこと、帰るため営団地下鉄(現在の東京メトロ)の表参道駅のホームに向かっていると、初老のおばあさんが、岩本町に行くにはどうしたらよいかと尋ねてきた。

岩本町と聞かれても私は行ったことがなく、一緒に路線図を見ながら説明をしてみたものの、九段下で乗り換えてそこから何個目ですと言っても、「解らないわ」と困った様子。

話を聞くとそのおばあさんはブラジル移民の日系人で今日、30年ぶりに日本に帰ってきて、岩本町の親戚の家に行くところだった。

30年ぶりともなると、東京の、いや日本の発展ぶりにも、地下鉄の自動改札にも驚いて、きっと浦島太郎のようになっているだろうと私は推測した。

午後2時ごろだったので、逆方向でも暇だからいいかと軽い気持ちでおばあさんに、岩本町駅が解るところまで一緒に行きましょうと言葉をかけると、急に笑顔になり、すごく安心した様子になった。

一緒に電車に乗り表参道から九段下で乗り換え、ここから何個目の駅ですというところまで案内した。

おばあさんは嬉しそうに深々と頭を下げて電車に乗り込んだ。

私は何だか嬉しくなった。

そして、帰りの電車の中で30年前から現在の日本までを考えていた。

30年前、私はまだ生まれていなかった。

高度経済成長の始まるころだったのではと思いながら、それにしても随分と変わった日本を目の当たりにしたに違いない。

そして、帰国後、最初に関わる同胞によって祖国のイメージは良くも悪くもなる。

そう思うとおばあさんに親切にできたことが本当に嬉しく思えた。

何だか喜びのお裾分けをいただいたような気持ちになって三軒茶屋まで戻ってきた。

地球の裏側にあるブラジルからはるばる直行便でも13時間以上はかかるだろうに、そんな遠くから、成田に着いて、さらに都心にきてそうとうお疲れだったことだろうと、色々なことを考えていた。

そして、30年ぶりの祖国の印象はどうだったことだろう。

30年の間には、激しい郷愁におそわれても、相当の決断をしなければ祖国の地を、故郷の地を踏むことはできないだろうに。

よく、よく耐えてこられたと感心した。

帰省できなかった一夏ですら深い郷愁におそわれる私には耐えられない思いを、このおばあさんは30年も過ごしてきたのかと思えば、あのときできた僅かな親切に私はただただ感謝している。

あれから15年ほど経つが、あのおばあさんは今もお元気だろうか・・・。
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by ikenosai | 2009-10-25 11:31 | 思い出のポケット | Comments(0)

この“一瞬”にこそ愛を


私たちはひとつの愛を得た時、いつでもその永遠をこい願うけれど、それは今夜で終わるかもしれないことを常に覚悟しておくべきなのだ。そう思えば、その日その日に、精一杯の愛を相手にそそぎ、愛情の出し惜しみなどはしないで、たとえその夜かぎりで天地がさけ、ふたりの幸福と平和が破壊されようとも、生きていた限りに愛しつくしたという想い出が残るだろう。すべての万物は流転するし、移ろい変わるものである。物も心も一瞬として留まることのない理を知っておくべきだろう。


 これは、瀬戸内寂聴さんの著書の中に出てくる一文です。

私たちは今、何のために生きていて、何を心のよりどころにしているのでしょうか。

幸せになるための秘訣は、その時、その時を一生懸命に生きていくことだと、終末医療に携わる人が話されてましたが、本当にそうだと思います。

今を懸命に生きなくては希望は見えてきません。

懸命に生きることで、心が育つのです。

心が育っていかなければ希望にはつながっていきません。

希望がなければ、なかなか幸せにはなれません。

怠けている人には幸せはやってきません。

もし、くるとしても、それは、お金や地位といういかにも幸せそうなメッキに包まれた虚無にしか過ぎません。

いつか、メッキがはがれたとき、哀しさと虚しさがどっと押し寄せてくるのです。

大切なのは今ある真心を育てながら精一杯生きていくこと。

これこそがまさに“一期一会”なのです。
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by ikenosai | 2009-10-10 06:33 | 温故知新 | Comments(0)

“失望するなかれ”

 『中学2年のとき、1つ目の学校は1学期で、2つ目の学校も2学期でクビになった。白皚皚たる一面雪景色の中を私は1人とぼとぼと駅に向かっていった。退学となったその日、駅に着くと学校でずっと悪戯をしてきた悪ガキの子分たちが誰1人として見送りに来ない。畜生め、と思ったが汽車が来たので乗り込むと、校長先生が窓を叩いていた。先生は、私に「いいか、これからいろいろあるだろうが『失望するなかれ』という言葉を忘れるな。どんな窮地に落ちようと、失望せず、まっすぐに進むんだぞ」と言うと、私はふてくされて「もう、失望してます。あれだけ面倒みてやった仲間が、1人も見送りに来ないんですから」と答えた。すると先生は「来ないはずだ、今東光を駅で見送るやつは停学処分にすると言い渡してあるからな」と笑って言った。やがて発車時間が来て、汽車が踏切りにかかったら、いたね、仲間たちが黒山のようにいやがった。悪ガキの子分たちがほとんどきてくれていた。そいつらが「ワ-イ、ワ-イ」って大声を上げ、力の限りに手を振っている。私は泣きながら、校長先生の言葉をかみしめていた。「失望するなかれ!」と。』



  直木賞作家であり、天台宗平泉中尊寺の貫主僧侶だった今東光大僧正は若かりし頃、素行の悪さから豊岡中学を退学となって神戸に返されます。

この日、校長先生に言われた「失望するなかれ」が強烈な言葉となって心に宿ります。

東京大学でもぐりの学生をしていた頃、川端康成と親しくなり、文学への道を拡げていきます。

大学の先生たちは、もぐりの学生だとは知らず、随分と今東光さんを可愛がったそうです。

ちなみに、この今東光という名は、本名だそうです。

日本郵船で船長をしていた父が、大海原の先、水平線の彼方に光り輝く日の出を見ながら、東から昇る太陽に感謝し、命名したそうです。

まさに、希望の光りだったのでしょう。

それでも、紆余曲折あり、波乱に満ちた生涯を送っていきます。

親交のあった芥川龍之介の自殺をきっかけに僧侶となり、心の友であった川端康成や谷崎潤一郎までもが失望し、自殺します。

しかし、彼は命ある限り生きぬいていきます。

瀬戸内寂聴さんは彼を師事し、得度します。

寂聴という法名は、彼がつけました。

やがて、70歳を過ぎ癌におかされますが、懸命に79歳までの天寿を全うしました。

亡くなる直前の頃にもこの「失望するなかれ」の話をし、とめどなく涙を流していたそうです。

若い頃にかけられた言葉は、その後に大きな影響をもたらすこともあるのです。

魂の入った言葉は魂の入った心によって、言葉によってしっかりと伝わっていくのです。

大人の言葉かけは、それだけ大きく影響するのです。
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by ikenosai | 2009-10-03 05:39 | 温故知新 | Comments(0)