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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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<   2009年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧


“MIRACLE”

   

 北海道在住の作家、小檜山博さんの『光る大雪』という実話に基づいた小説があります。

ニート同然だった主人公(著者の父)が結婚し、子どもを授かります。

しかし、上手くいかず、離婚。

その後、希望をもって北海道にやってきます。

お金が貯まったら、故郷の会津へ帰るつもりで働くのですが、お金は一向に貯まりません。

見かねた母が別れた奥さんと子どもを無理矢理北海道に連れてきて復縁させます。

茨の開拓生活は困窮続きでいつになっても生活は落ち着きません。

母が亡くなり、自立へと意識が変わっていきます。

冬はマイナス30度にもなる山中の掘っ立て小屋で炭焼きをし、そこでさらに5人の子どもを授かります。

誰もいない寂しい山中、家族だけで出産をします。

主人公である父が子どもたちをとりあげました。

その小説の“あとがき”で著者は、私が生まれてきたのは“奇跡”だといっています。

両親の巡り逢い、更に復縁がなければ彼は存在しなかったのです。

なかなかまるく治まらない世の中で私たちはたくさんの奇跡と巡りあっています。

実は生まれてきたことがすでに奇跡なのです。

著者は大人になってからも父を恨んでいたそうです。

しかし、自分が生まれてきたとき父がとりあげてくれたことをしみじみと母から聞かされ感激し、それ以来、父への思いが変わっていったそうです。

祖先を敬い、この奇跡に感謝できることが何よりです。

そして、“墓石に掛けられぬ布団”は実は生まれくる子どもたちに意識を向けていくことで、先祖を敬うことにつながるのではないでしょうか。

子どもは先祖からの授かりもの、“慈愛”をもって育てていくことが“自愛”につながるのだと信じたいものです。
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by ikenosai | 2009-09-23 06:01 | 現世に乾杯! | Comments(0)

“愛の果実は奉仕、奉仕の果実は平和”

 私は自分の心の中に、死にゆく人々の最後のまなざしをいつも留めています。そして私は、この世で役立たずのように見えた人々が、その最も大切な瞬間、死を迎える時に、愛されたと感じながら、この世を去ることができるためなら、何でもしたいと思っているのです。


マケドニア(旧ユーゴスラビア)の首都スコピエの裕福なアルバニア人家庭の3人兄弟の末っ子として1910年に生まれた“マザー・テレサ”は18才で修道院に入り、その後、インドのカルカッタで教鞭をとります。

結核で療養のためヒマラヤのふもとダージリンに行く途中の汽車の中で神の声を聞くのです。

勿論心の中にです。

それから「死を待つ人の家」を開きます。

それは人間としての尊厳に敬意を払い、貧しい人々が最後に魂の尊厳を感じながら安らかに死を迎えることのできる施設だったのです。

マザー・テレサは言っています。

この世の最大の不幸は、貧しさや病ではなく、誰からも自分は必要とされていないと感じることだと言っています。

これはカルカッタの貧しい人々にとっての話しだけではなく、老いていく私たちの問題でもあるのです。

マザー・テレサの開いた「孤児の家」の壁にはこんな言葉がかかっています。

“考える時間を持ちなさい 祈る時間を持ちなさい 笑う時間を持ちなさい それは力の源 それは地球でもっとも偉大な力 それは魂の音楽 (中略) 施しをする時間を持ちなさい それは天国へと導く鍵”・・・こうした言葉が目に触れ、口にされ、行為を支える意志は常に反復され強固になっていくのです。

マザー・テレサにとってもっとも重要なのは言うまでもなく“行為”でした。
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by ikenosai | 2009-09-21 06:54 | 温故知新 | Comments(0)

“心のよりどころ”漱石がつたえるもの・・・

 出立の日には朝から来て、いろいろ世話をやいた。
来る途中小間物屋で買って来た歯磨と楊子と手拭をズックの革鞄に入れてくれた。
そんな物は入らないと云ってもなかなか承知しない。
車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの顔をじっと見て「もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌よう」と小さな声で云った。
目に涙が一杯たまっている。
おれは泣かなかった。
しかしもう少しで泣くところであった。
汽車がよっぽど動きだしてから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。
何だか大変小さく見えた。



上の文章は夏目漱石の“坊ちゃん”に出てくる場面です。

母に嫌われ、父に嫌われ、兄とも上手く付き合えなかった坊ちゃんにとって、理解者は住み込みでいた下女の清だけでした。

社会となかなか折り合いが付けられない坊ちゃんにとって、唯一の心の拠り所であったようです。

人は独りでは生きられません。

だからこそ、どこかで心の隙間をうめてくれる存在を求めているのです。

そして、この物語の結末はこう続くのです。

死ぬ前日おれを呼んで、「坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っております」と云った。
だから清の墓は小日向の養源寺にある。」

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by ikenosai | 2009-09-20 15:38 | 温故知新 | Comments(0)

お薦めの“1冊”



 「ほんまにオレはアホやろか」

出版社: 新潮社
   
 著 :  水木しげる

価 格:  ¥460円(税込)


 社会では、ごくあたり前のことがなかなか出来ずマイペースだった幼少時代の水木しげるさん。

戦中戦後の激動の時代に翻弄されながらもやさしく、たくましく生き抜いていきます。

純真無垢の生き方が晩年になって大成します。

その姿に感動させられました。

未来に対して深く悩んでもしかたがない、大切なのは今、この現実を生きぬくこと。

だから、すべてに一期一会だったのでしょう。

そして彼は、最後に大きな大きな自分自身の器に充実と幸福に満ちた水をなみなみと満たしていくのです。

大器晩成な人生も悪くないなあと生きることの価値観までも変えさせる水木さんのたくましさにただただ感激します。

激しいほどの紆余曲折ながらも幸せに生きるということがどういうことなのか?ということをじっくり考えさせてくれる1冊です。

人間は皆それぞれの器に合わせて成長していくものです。

決して画一化できない。偏差値など本来は不要なはずです。

 人生を器に例えれば、器が大きければ大きいほど、なかなかいっぱいに満たすことはできません。

しかも、満たしていく速度が遅かったり、休んだりしていたら、もっともっと満たすのに時間がかかるものです。

それでも希望を持って継続していくことが“生きる”ということなのでしょう。

世間の荒波に疲れたら是非読んでみてはいかがでしょうか。

何かが見つかる1冊です。
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by ikenosai | 2009-09-06 07:29 | 私の本だな | Comments(0)