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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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お薦めの1冊

『生き方』 人間として一番大切なこと

出版社:  サンマーク出版

著 :  稲盛 和夫

価 格:  ¥ 1,785 (税込)


 京セラとauの創業者である稲盛和夫さんは松下電器(後のパナソニック)の創業者松下幸之助さんから生き方の大きなヒントをいただいたそうです。

晩年には仏門に入られ、たくさんの本も書かれています。

そんな稲盛さんの成功の陰には素晴らしい人生哲学があったようです。

この本にはそのエッセンスが詰まっています。



 稲盛さんの本を読んでの感想を交え、以下の文は、ある学校の会報に寄稿させていただいた記事より抜粋しています。

 私はこれまでたくさんの奇跡を経験してきました。

交通事故に遭い、奇跡的に助かり、3ヶ月間も入院したこと、池で溺れ、気絶していたところを助けられたこと、今振り返ってもゾッとすることばかりです。

一歩まちがえれば、命を落とす、そんな経験を何度も何度も繰り返してきました。

しかし、大人になるにつれ、色々なことを学び、成長しました。

今思えば、親や先生たちが教えてくださったことは、正しく生きること。そして、それを継続することだったのだと思います。

また、理屈で覚えるだけでなく、反復し、体で体得することの大切さも教わりました。

これは教える側が身をもって模範を示さなければ伝わるものではないということを大人になってからひしひしと感じるようになりました。
先日、家族で外食をしていたとき、隣のテーブルに元気そうな1歳にも満たない坊やがいました。

ジージとバーバと両親に囲まれて楽しい様子ではしゃいでいました。

しかし、坊やが声を出すたびに父親が「うるさい」と怒鳴るのです。

隣で食べている私たちのほうが、嫌な気持ちになってしまいました。

もうすぐ4歳になる息子が、「あれはパパのほうがうるさいね」なんて真面目に言うので、子どもってよく見ているなあと驚かされました。

そして、もっと驚いたのは、怒鳴る父親を注意することも諭すこともできない、ジージの存在でした。

その様子からも、少なからず、子育ての連鎖が垣間見えました。

しかし、どこかで学び、そして、リセットしない限り、こんなマズイ子育てはくり返されるのだと思います。

保護者の方から「なぜ生きる」という本を渡され、内容が解ったら解釈して欲しいと言われ、どう説明しようかと考えていました。

なぜ生きるのか、生きることはどういうことかと私なりにまとめてみました。

人生をより良く生きるためには、世の中の役に立つ生き方が大切だと思います。

人の社会では、何かに、誰かに依存していかなければなりません。

いかに良く依存するかは、コミュニケーションの力も必要になります。

しかし、いつか誰かにお世話になるかもしれない、そう思うと自分にできることは何でもやっていくことが重要だと思うのです。

“情けは人のためならず”という言葉がありますが、世のため、人のために何かできることがあれば無理のない範囲においてすべきだと思うのです。

その情けが巡り巡って自分に返ってくるのではないでしょうか。

私は、今までの人生を振り返って、父と母が巡り逢って、愛し合い、私を産んでくださったことが最大の奇跡だったように思います。

そして、その父の、母の上に広がるご先祖の巡り逢いなくしては私は存在しなかったのです。

ここへの感謝なくしては、これからの人生に希望は見いだせないのではないでしょうか。

魂を磨くこと、徳を積むこと、それは、ご先祖に感謝し、支えてくださるものや人々にも感謝し、自分ができることをよろこんですることだと思うのです。

人には何かの役割があるはずです。

意識して徳を積んでいけば、その答えは必ず見つかると思います。

その答えが何なのか知りたいから、私は一生をかけて生きていくのだと思います。

そして、生まれたときよりも美しい魂を持って往生できれば何よりだと思うのです。

こんな話を子どもたちにしても解らないかもしれません。

しかし、20年、30年後でもいい、そのとき気付いてくれればと願い、今は種をまくことしかできません。

種をまくこと、それは正しい行為で大人たちが示していく子どもたちへの道しるべだと思うのです。

 不景気にあえぐ昨今、こんな不況で不安を抱えないでいただきたいのです。

すべては心の持ちようなのです。

そして、その心を育てるのが、子育てと教育なのです。

だからこそ私は切なる思いでこの大切さをうったえ続けるのです。
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by ikenosai | 2009-05-30 10:12 | 私の本だな | Comments(0)

神秘の赤ちゃん


 赤ちゃんの研究は神秘に包まれていることが多く、また赤ちゃんは喋りませんので、言葉を介してのコミュニケーションが中心の大人には学ぼうという姿勢がない限り理解を深めることは非常に困難です。

科学的根拠を求める現代社会においては、全くといってよいほどその神秘の大切さはある意味、他人の信仰する宗教の様な扱いになってしまっています。

まず、赤ちゃんの本当の誕生日は、お腹の中に受精卵として存在したときともいえます。

それから約38週後、お腹の中から出てきます。

それを誕生日としています。

もし、極端に早く未熟児として生まれてきたらどうでしょう。

誕生日は早くなるのに成長はお腹にいるときに比べ遅いのです。

配慮もなくそんな月例のハンディを持ったまま、学校に行かされるのです。

お腹の中でも赤ちゃんは外の音を聞きとっています。

お母さんの声、お父さんの声、家族の声を聞きながら、遺伝子の暗号どおりに成長していくのです。

お父さんとお母さんが喧嘩ばかりして、お母さんが不安な状態でいたら赤ちゃんに届く血液はどうでしょう。

不安なホルモンバランスの血液が送られるのです。

昔、水俣病という水銀による公害がありました。

水銀中毒の母親から血液や母乳をとおして赤ちゃんにまで被害がおよんだ事件でした。

お母さんが食べたもの、飲んだものも多少なり影響があり、お母さんが感じたことも影響があるのです。

そして、充分に育った赤ちゃんがそろそろお腹から外に出たいなと感じてお母さんに知らせるのが陣痛なのです。

しかし、今では病院や親の都合で出産日が決められることもあるようです。

そんなとき赤ちゃんはまだ出たくないなんて思っていたらどうでしょう。

言葉は分からなくてもすでに感覚とか意志はあるのだと思います。

また、満月や新月の日は生まれやすく、気圧の影響も少なからずあるようです。

現代人は自分の都合に合わせたカレンダーを使う意識が非常に強いのですが、自然が与える本当の感覚や心地よさを忘れてしまっているのだと思います。

犯罪件数が多いことからも、人間がいつもと違う感覚になるのが満月や新月のようです。

フグの産卵をドキュメントでやっていましたが、満月に一斉に卵を産んでいました。

視覚や聴覚に頼りすぎてしまっていて、大切な感覚が麻痺しているともいえるようです。

子どもたちの中には非常にデリケートな子どもがいて、臭いや味が少しでも違うと受け付けないなんてことがあるようですが、もともと人間が持っていた動物的な繊細な感覚を忘れていないのかもしれません。

そう考えると繊細な赤ちゃんに陣痛促進剤など不自然な医療行為をおこなえば赤ちゃんは、この世に出生することなどの意識がネガティブになってしまうこともあるかもしれません。

しかし、命に関わる医療行為などはどう考えても避けられないことが多いようです。

何が大切かと考えますと、出生後に課題があるように思います。

その後のフォローがどうかということだと思います。

安心した場所、信頼できる大人(親)、その環境から生きている実感が湧き、心が育っていくのだそうです。


 世界にひとりの私。

世界にひとりのあなた。

どちらもかけがえのない大切な尊い命。

それぞれに違いがあり、それぞれの100%に近づけて生きていくことが人生の目標であり、自己実現なのです。

なので、全員違っていて当り前なのです。

全員が無理して同じことをやってもその人本来の人生にはならないのです。

しかし、たくさんの大人たちは自分の子どもが他人の子どもより何かで劣っていると心配し、優れていると自慢したりして、本当に大切なものが見えなくなっているのか、忘れてしまっているのです。

そんな尊い私にできることは自分の100%を目指し一生懸命生きていくことなのです。

そして、親自身も自分の100%を目指し一生懸命生きていくことなのです。





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by ikenosai | 2009-05-23 06:35 | 親の通信簿 | Comments(0)

“組織の絆を覚醒剤がむしばむ”

※先日の5月9日に楽しみにしていた後輩たちのリーグ戦を観に行くことができなかった。
昨年度、大学ボクシングで日本一に輝いた東京農業大学との初戦は、善戦すれば良いと願っていたが、下馬評をひっくり返し、大金星となった。
我がボクシング部にとっての1部リーグ初勝利の相手が日本一の農大であったことが嬉しい反面、この大金星に驚きをかくせなかった。
しかし、結果をインターネットで見ていたところ、6つの大学で行うリーグ戦にもかかわらず東洋大学が出場していないことに驚き、調べてみると、大学の公式サイトに平成21年2月26日付けで学長からのメッセージが記されてあった。
元部員による覚醒剤がらみの事件が影響し、どうやら活動停止のため辞退となったとのこと。
箱根駅伝で惨敗した我が駒澤大は、今年は立川での予選会からの参加になる。
栄光に輝いた東洋大は、事前に刑事事件をおこしていた元部員の影響が取りざたされてはいたが、お咎めなしでの参加で見事優勝を果たしている。
あの事件は何だったのだろうと思いながら、今回の出来事を深く考えた。
そして、数年前に若者への不安を感じ、記事にした“箍”(たが)を掲載することにした。
皆様にも是非お考えいただきたい・・・。


 “箍”(たが)

 かつて日本はオリンピックのボクシングでも金メダルをとれた時代があった。

しかし、今はその面影すらなくしている。

いったい、どうしてこうなったのかと考えるきっかけがあった。

 7月の末、私は朝からひとりで湘南に出かけた。

大学時代に所属していたボクシング部の後輩たちが1部昇格をかけて、入れ替え戦に挑んでいた。

今、関東の大学リーグは7部リーグまであり、その中の1部リーグのみが全試合を後楽園ホールで行うことになっている。

2部は5試合中3試合だけで、3部以下はそれ以外の会場で行う。

後楽園ホールは私たちにとって聖地であり、選手たちにとっても、おそらく憧れの場所である。

したがって、そこで試合ができることはとても大きな意味がある。

かつて私は、後楽園ホールで20試合を経験していて、懐かしい戦場のような、聖地のような思い出が青春に包まれて、今も私が生きてきた履歴の1ページとなって強く心の支えになっている。

対戦する大学は、私が学生時代のとき1部リーグでその名を馳せていた伝統ある強豪で過去にはオリンピックの金メダリストを輩出したほどだった。

しかし、我が後輩たちには勢いがあって、もしかしたら勝って、1部昇格をものにするのではと期待し、勝利を祈っていた。

試合は9階級で行われ、その中の5階級が勝利すれば、1部昇格となる。

応援も含め、関係者は必死で1試合1試合に一喜一憂し、リング上の選手を見守った。彼らは最初の試合から5試合続けて連勝し、あっさり1部昇格が決まった。

その後の試合も、次年度に向けての意識付けのためにみんなで懸命に応援していた。

結局9階級で7階級が勝利し、8階級目には相手の応援からレフェリーに向けて大きなヤジがとんでしまい、なんとも後味の悪い内容で試合が終わった。

 試合の後で、後輩たちに労いと感謝の言葉をかけて、私はひとり駅に向かった。

もう誰もいないだろうと、ホームに出ると、総監督が静かにベンチに座っていた。

私はてっきりみんなで打ち上げに出かけたのかと思っていたのに、ひとりベンチに座っている総監督の存在が意外だった。

いつもはよく喋る人なのに、今日は物静かである。

どうしたものか、後輩の私の方がよく喋っていた。

今日の入れ替え戦は、1部2部の入れ替え戦だけだったが、本当は2部3部の入れ替え戦も予定されていた。

片方が棄権して対戦なしで入れ替えが決定していた。

しかも、それ以外の入れ替え戦でも試合をせぬままになっていることが珍しくないそうである。

私は驚いた。

なぜ、やらないのだろうかと。

今のままでいいのか、上のリーグに昇格する気がないのかと、色々考えた。少なくとも私が現役だった20年前はこんなことはあり得なかった。

せっかくチャンスをもらったのなら、是が非でもステップアップするのが当たり前だった。

現にそうやって今では1部の常連になった大学もある。

今のこの現状はショックだった。

そして、その疑問を持ったまま先輩と別れた。

江ノ島でぼんやりと海を眺めて、少し満足したのか、帰るため電車に乗った。

前日の花火大会と深夜のサッカーのテレビ観戦で睡眠不足だったようで時々うとうとしていた。

それにしても、ショックだった。なぜ、みんなそこまで意識がなくなったのか。

考えながら帰ってきた。

20年前と大きく変わったことはいくつかあった。

まず、大学が全入時代となり、選ばなければ、どこかの大学には入れる。

私が高校のころは、一般受験だと20倍以上もあったのに今では数倍にしかならない。

全体的にも生徒数が減り、へばりついてでも大学に合格したいと思っていたようなことはもうないように思える。

そして、入学したからには、お世話になった先輩や先生方の顔に泥を塗るようなことはできなかったので、必死で試合に出て、必死でその環境に耐えたことも、今の若者からはうかがえない。

しかし、その経験があったからこそ、今、私が存在し、今となっては、そのことも含め、全ての関係者に感謝できるようになった。

そう考えると、私の心の中に、見えない“箍”が出来上がっていたのだとつくづく思うのである。

箍は竹を編んで樽を束ねている。

樽には適度な水分が必要で、その水分が樽の木、1枚1枚にしみ込み膨張し、密閉される。

その膨張を上手に引き締める役割が“箍”である。

この“箍”がはずれたら、たちまち樽はばらけてしまい、樽の機能を果たせなくなる。

その“箍”が私を支配し、私を制御し、私を鬱勃の寸前で守ったのだと思う。

人間は生身の生きものである。

それゆえに、いつ、気持ちが変わるか分からない。

そして、張りつめて頑張っていても、ある日プツンと張りつめた糸が切れてしまうこともある。

あのとき、こうしなくてよかったと思えるまでには、かなりの時間を必要とすることもある。

その時その時は感情に操られて、結局のところは上手くいかないものである。

しかし、そうならないための“箍”を持っておかなければ、社会では上手くいかない。

私にとってその“箍”は父であり、母であり、先生であり、先輩であった。

そして、その“箍”に守られた経験があるからこそ次の世代の“箍”にならなければと思う。

 若者にとって、日々の練習は、変化もなくつまらないものかもしれない。

常に、明日のために意識をもって、練習に取り組めるほどの強い精神を持っていない。

しかし、そういった若者が多い中で、ひときは大きな光を放って輝く若者には、必ず強い精神が宿っており、自分を奮い立たせる大きな力が備わっているはずである。

今回の対戦校は、かつての栄光に満ちた彼らの先輩たちと大きく違ってしまっている。

1ラウンドにかける集中力くらいしか持っていなかった。

2ラウンドに入り、次第に力が弱くなり、疲れてしまっている様子を私はすぐに感じた。

彼らは真面目に練習をしていない。

真面目にといっても彼らには分からないであろう。

相手に勝つための練習である。

ボクシングは、相手がいなければ勝負にならない。

日々の練習は自分を克服し、自分の甘さに打ち勝ち、乗り越えることなのである。

自分の甘さに勝てないものが、ボクサーらしからぬひ弱でふくよかな体型にはならないはずである。

強くなりたいのなら、それなりの工夫と努力をしなければならない。

せっかく持って生まれた素質も、この鍛錬で決まる。

高校時代の栄光なんて大したことではない。

私にはそう思えてならない。

何が大切か、今、これから強くなろうと意識を持って、自分を戒めるべく“箍”をつくりあげ精進するほかない。

その経験が、強い人間になるための強靱な肉体と精神をつくりあげるのである。

そんな目的意識もないやつは、ボクシングなどやらない方がよい。

やっていても危険なだけである。

そして、彼らを弱らせてしまっているもう1つの問題がある。

これが多様化された今の変な社会なのである。

そして、大人の社会がすでに歪んできているのである。

その背景には、コミュニケーションの力が低下してきていることも考えられる。

広く大きな度量で関わるような姿勢が失われてきている。

立場の強きものは横暴で、弱きものは、逃げるか訴訟で解決する今の欧米化した社会において、本来、大切な精神は育たない。

スポーツ界においては連盟などの組織が分断されたり、新しい組織を立ち上げたりして、それぞれの役員の自己満足が若者までも翻弄している。

まさに南北朝時代のような状態である。

そういったことを考えると、若者をまとめる“箍”が崩壊してしまっていることにもなる。

実のところ、ボクシングがなくても、大学に行かなくても、生きていける。

苦労してまでもやるに値しないという価値観が蔓延している。

ボクシングはファッションのようにさえなってしまっている。

かつては、地区予選でも強いやつがゴロゴロいた。

しかし、今はインターハイの上位ですら、その後はのびないやつがいる。

テレビにパソコン、ゲームにありとあらゆる誘惑と外には外で遊べる場が蔓延っていて今の若者を虜にしている。

今やらなければならないことが手につかないほど楽で楽しいのも理解はできる。

全身を麻酔にかけられていては継続した充実感や達成感など得られるはずがない。

そして、その環境から生まれるもう1つの産物がタバコや酒、ギャンブルである。責任のとれない年代が身動きすらできないようになる。

魂が育たぬまま価値を失っているのである。

そして世間では魂がないものを使い捨てにしているのである。

今では人材までもそうである。

使い勝手のよい派遣が主流の企業では、会社のために一肌脱ごう、上司のために一肌脱ごうという人間関係は育たない。

全てが魂のない、骨抜きか、抜け殻のような、人間の尊厳すら無視しているのである。

真面目に生きれば、ストレスがたまる一方である。

ストレスの解消が、酒やタバコ、ギャンブルにと度を過ぎれば人間社会を揺るがすほどの問題行動へと発展していく。

そして、乱れてしまった生活環境と食生活によって人格までも変わってしまう。

そこが誰も気づかぬ大きな落とし穴なのである。

そんな環境に身を置かずして欲求を抑えて試合で爆発させるのがボクシングに必要な本当の強さなのである。

大学生も遊び始めたらたちまち弱くなっていく。

それは、ボケーッとする時間の心地よさが、全てのものを飲み込んでしまって、そこから抜けられないからなのである。

塩をかけられたナメクジのように体が溶かされ、ボクシングに必要な生命力がなえてしまうからなのである。

そして、強くなりたいと思うのなら、積極的に色々なものから学ぼうという姿勢をつくらなければならない。

裏を返せば、今がチャンスなのかもしれない。

弱い輩が多すぎるのであり、そこに大きなチャンスが隠れている。

継続の源は、日々の規則正しい生活と規則正しい食習慣。

そして、体力強化と技術の調和が勝利への鍵となる。

考えずして技術の向上はなく、また、日々の努力の継続なくしては、自然には体が動かないものである。

そして、日本全体が再びこのレベルに達したら、おそらくまた、ボクシングで金メダルを取るであろう。


 何片もの編み込まれた竹1本1本がそれぞれの役割を果たす。

全体が強すぎても、弱すぎてもだめ、それは母なる力、父なる力、教師なる力、先輩なる力となって全体のバランスが調和されている。

そこに意味があり、ひとつの樽(私自身)を微妙なバランス感覚で包んでいるのである。

私たちはそのバランスに基づいて懸命に職分を果たすべきなのである。


 多様化した社会から見えてくるまとまりようのない複雑な価値観は、今や世代間に現れてきている。

10年違えば、ひと昔もふた昔もずれてしまう中で、親子ですら培えなくなってしまった関係を他人である先生や先輩は必死でつくりあげようとしている。

今や体育会系のクラブは日本の社会が遠いどこかに置き忘れてきてしまった大切なものを次世代に伝達していく役割を担っているのだと強く感じた。

   平成19年9月1日発行





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by ikenosai | 2009-05-12 11:31 | 私的視点 | Comments(0)

白砂糖が世界を滅ぼす


 日本では17世紀にはいり、砂糖の文化が入ってきます。

それは世界にも大きな影響を与えています。

アジアからヨーロッパに伝わったお茶の文化では砂糖によって甘く飲みやすくし、さらに、お茶請けとして甘い菓子も作られるようになっていくことで、砂糖の需要が増大していきました。

そして、植民地支配をしていたヨーロッパの国々は、アフリカ系の黒人奴隷を使って、嗜好品である砂糖の大々的な生産を始めたのです。

甘い物を食べることで、ストレスを溜めている人々の心は満たされていきます。

甘い物は嗜好品であるのですが、心の栄養素として、ストレスの解消になっているようです。

しかし、依存していくと体に負荷をかけてしまいます。

これが糖害です。

砂糖は大昔には、薬として使われていました。

元気がないときの滋養強壮に使われていたようです。

そんな、高カロリーな滋養強壮になるものを常用していたら、体は元気になりすぎて、やがて許容量を超えて、体をおかしくしていくのです。

そして、依存するようになれば、さらなるストレスとなって体を蝕んでいくようになるのです。

プランテーション農業で大量生産をし、更に低賃金で奴隷のような労働をさせているのです。

安い価格で手に入れて、お茶に菓子、料理にまで使うようになっていけば、常に砂糖の食事をしていて、しかも、習慣化されていけば、歯にも悪影響を与えていきます。

血液中の糖分がインスリンとアドレナリンの影響で急激に増えたり、急激に減ったりして、不安定になり、最終的には心の歪みをつくりだすのです。

糖尿病や腎機能などの低下を引き起こし、たくさんの弊害をもたらしていくのです。

日本でも、九州・四国地方などでサトウキビが作られるようになり、江戸時代には国内でも供給ができるようになっていきます。

それでも狂言の「ぶす」というお話の中では貴重なものとして出てくるくらいですから、かなり高価だったのでしょう。

今では、北海道でビートの栽培が行われ、沖縄のサトウキビ同様に国内の砂糖生産は大量になってきていて、さらに精製技術が向上したので、長期保存を可能にしています。

なので低価格での販売を可能にし、国産のスナック菓子や清涼飲料水までも低価格となり、人々の購買意欲に拍車をかけているのです。

そして、ついつい買い込んでたくさん摂るようになるのです。

一旦定着した習慣はなかなかもとには戻りません。





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by ikenosai | 2009-05-09 17:52 | 食養生 | Comments(0)

育たぬ心を受けいれぬ親

 もうすでに卒業していますが、通常のクラスでは厳しいだろうと思われる生徒たちが同じ学年に入学してきました。

特にその学年は大変な生徒が多かったので、クラスもまとまりませんでした。

ひとりは、背の低い男の子で卒業後もよく学校に現れるのです。

まず、職員室に入ってきて許可もなくパソコンを使い始めます。

インターネットしか使えません。

先生たちはやさしいく言葉をかけます。

しかし、どうやらそれだけが目的ではないようです。

帰る間際にやさしそうな職員をつかまえて、使えきれなくなった一円玉や五円玉を十円玉や百円玉に替えてもらっているのです。

彼は未だに小銭を使った買い物ができず、いつも大きなお金をだして支払っているのだとわかりました。

それは、親にもいえない彼なりの悩みなのです。

自転車にも乗れません。

靴ひもを結ぶこともできません。

好きなことしかやらないので、家でゴロゴロしているか、大好きな亀の観察をするくらいです。

生まれたときは未熟児で生まれてきたと母親が話していました。

障害を抱えているのは第一印象で分かります。

それでも、親は普通の人間に育つと思い、養護学校などへの相談もせず普通の高校までを考えて入学させたのだと思います。

アルファベッドが覚えられないし、岐阜とか滋賀の読み方を何度も聞いてきます。

自分の住所も空では書けませんでした。

人の話が聞けず、自分のことばかり話します。

とても目立ちたがりやです。

漫画家になりたいと言っていましたが、幼稚な4こま漫画ぐらいしか描けません。

ウルトラマンが大好きで、よく本を持ってきていました。

彼が3年生のとき、さあ進路をどうしようかということになってからが大変でした。

やりたいことが本人の実力に伴っていないのです。

愛の手帳の申請が充分できるだろうと思うのですが、両親は彼の障害に目をそらしているのです。

その影響なのか、本人も自分の問題を受け入れられず、現状をひたすら隠そうとしています。

本当に可哀相でした。

そんな中で普通に専門学校を探しているのです。

アニメーション、コンピュータ、気象予報士などなど。

口にはしますが、彼にとっては絵に描いた餅だったのです。

それでも、留学にチャレンジし、順応できず、数ヶ月後に帰国し、その後、何年もニートのような生活をおくっています。

ある日、予告もなく学校にやってきました。

昼になって、やっと本件を話し始めました。
どうやら専門学校の手続きをしたいとのこと。

ちょうど大掃除の日で、やっと昼食を食べ始めていたときです。

推薦書を書いて欲しいとうったえ、午後からでもよいかと尋ねると家に帰ってご飯を食べるから今すぐ書いて欲しいと言いだしたのです。

しかも、写真もここで撮って欲しいと、自分の都合ばかり並び立てているのです。

担当の先生は推薦書だけ記入し、すぐに家に帰したのです。

すでに20歳を過ぎた彼を今は誰も育ててくれないのです。

親は親ですでに子育ては終了したと思っているのでしょう。

しかし、本来は今回の手順は親が手取り足取り教えてあげなくてはならなかったのだと私は思うのです。

親しか彼のそばで寄り添って面倒を見られる者はいないのです。

彼のその現状をしっかり理解し、そして、一番適切な処遇を考えてあげていたら、今頃は障害者枠で動物園などの職員をしていたのかもしれません。

今から、どう足掻いても克服できない彼への課題はただの苦しみにしか過ぎません。

それでも、親は世間体を気にしながら、いつか自分の子どもが親の基準に見合う普通の人間に誰かが育ててくれるのをお金だけ払って待っているのです。

ひどい親は、そのお金すら値切るのです。

 その学年には、もうひとり同じようなタイプの女の子がいました。

彼女は彼に対して障害者みたいと傷つくことを平気で言っていました。

何とか卒業して、両親は作業訓練ができる福祉施設を探し出し、今ではそこに通っています。

自分の身の丈に合っているようで、仕事の話しを学校までやってきて笑顔で話してくれます。

本当に彼女は毎日が楽しいようです。

彼女の両親も最初はできるだけ普通の学校に行かせたいといっていましたが、時間をかけて話し合い、今に至ったのでしょう。

 このふたりのその後の経過からも親というのは子どもをどこまで幸福にしてあげれるのか、そして、本人の心の内にその種を蒔いて、さらに水やりをし、育ててあげられるのかということだと思います。

現実は時に辛く厳しいものですが、しっかり向き合わなくては、見えてくる大切なものまで見失ってしまうのかもしれません。

厳しい現実に一緒に向き合っている親の姿が実は子どもにとっては最高の励みとなり、力となるはずです。

すべては「案ずるより産むが易し」を今までしてこなかった親のツケだと思うのは私だけでしょうか。
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by ikenosai | 2009-05-03 05:56 | 親の通信簿 | Comments(2)