いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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<   2009年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧


カロリー以外の栄養の問題


 レストランや居酒屋では写真付きメニューにカロリー表示をしているのをよく見かけます。

しかし、あそこでカロリー計算をしていたら、何も飲めませんし、食べられません。

だいたい、お酒自体が高カロリーなのに気にしてまで飲むということは一体何なんでしょうか。

あんなことしていたら、糖尿病の人なんて、何も飲めません。

まあ、糖尿病の人は、それ以前に、居酒屋に行くことがすでに自殺行為だとは思います。

しかし、カロリー以外の栄養素について考えなくてはいけないことがいくつかあげられます。

ひとつには、健康を維持するためのタンパク質やビタミン群。

カルシウムやミネラルなど必須栄養素がたくさんあります。

そして、アルコールなどは砂糖と同様に心の栄養素なのです。

逆をいえば、酒や甘いものばかり欲するようになるということは、それだけストレスが溜まっていて、心を満たすために、大量の摂取をしてでも心の安定を求めているのです。

しかし、どうでしょう。

カロリー計算した食事で決まっている必要なカロリー以外は摂らないようにしてしまうと、大半の人は、酒だけで終了だったり、まんじゅうやチョコレートだけで終了になっしまって、それ以上のものは食べられません。

また、間違ったダイエットのやり方で、カロリーだけを考えていくと、最後はご飯も食べなくなっていき、食事に対するストレスが増大していくのです。

カロリーだけでは補えない各栄養素がどんどん欠如していき、ますます不安定な精神状態になっていきます。

グラムを量って食べ始めるともっと神経質になっていくのです。

そこで基本について考えていきたいと思います。

人間の内臓の働きを助けるたくさんのミネラルや栄養素に加え、食物繊維も大きな役割を果たしています。

健康の大敵は便秘でもあるのです。

便秘の原因は、何よりも、食べているものの内容と量なのです。

昔は玄米が中心でした。

玄米は噛まなければ、そのまま便と一緒に出てきます。

なのでよく噛まなければいけません。

それに、加え根菜などのいも類、特にサツマイモは食物繊維が豊富です。

昔からの伝統的な食べ物、豆類、葉物の野菜類、根菜類、きのこ類などが実は基本になるのです。

なので、精製した加工品やサプリメントに頼った食生活だと便秘も起こりうるのです。

長時間体内に留まっていた便は、時間が長いほど色が黄色から焦げ茶色へと濃くなっていきます。

また、長時間もの間大腸に滞在するので、それだけ大腸への負担は大きくなります。

大腸がんが昔よりも多くなっているのも理解できます。

全体のバランスを考えた食事というのが日本においては、伝統的な旬のものを取り入れた食事だということなのです。

基本となる食事でカロリーの中心はご飯です。

そこに、肉だの、油で炒めた野菜だの、ドレッシングたっぷりのサラダだの、揚げ物を摂っていたら、ご飯を減らして、カロリー調節をするようになるのです。

油分や肉を減らすことがカロリーオフにつながるのです。

日本の栄養学の基本は味噌や醤油といった伝統的な発酵食品と乳酸菌が豊富な漬け物文化です。

醤油で煮た旬の野菜に、ミネラルたっぷりの昆布や豆腐の味噌汁です。

そこに少量の焼き魚や煮魚などのタンパク質が加われば充分だったのです。

しかし、どうでしょう。

現代は仕事に忙しい人たちは勿論、暇なお母さんですら、テレビをみたり、趣味に没頭していて、食事を作る醍醐味を忘れています。

そうなると便利なものに人気が集まります。

業者に頼って、食材のお届けサービスならまだいいのですが。

カップラーメンやレトルトカレーが中心で、チンするピザや唐揚げ、焼きそばやチャーハンなど温めるだけでいいものに主役を奪われています。

子どもも喜べば充分だと思ってしまうのもよく解ります。

そうなると、冷蔵庫に味噌もなければ、生鮮食料品も全くないなんて当たり前になってきます。

豪華な和食は外食です。

それでは普段の食事の大切さなんて子どもには伝わりません。

子どもは親の背中を見て、食育されていくのです。

その健康への意識が、次の世代を育てていくのです。




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by ikenosai | 2009-02-23 17:03 | 食養生 | Comments(0)

運動で消費されるカロリーと食事


 元気な子どもたちを見て下さい。

四六時中遊んで、夜になるとパタリと寝てしまいます。

ご飯も勢いよく食べて、見ているだけで快活さが伝わります。

子どもたちの体は正直です。

体の燃料がきれると、いっきにお腹が空き、機嫌が悪くなるのです。

しかし、ご飯を食べれば、すぐに元気になります。

実はこの繰り返しが成長の基本なのです。

そんな体ですから、夕食前に甘いものを食べさせると、夕食を受け付けなくなるのです。

体が正直に収支報告をするのです。

必要な分だけしか受け付けないのです。

また、少ない量で高カロリーなものは大好きです。

だから、一般的に砂糖の多いものを好む傾向にあるのも理解できるのです。

逆に、カロリーの少ないピーマンや椎茸といった味気ない野菜などは好まないのも理解できます。

そして、気をつけなければならないのが、カロリーの多い砂糖などを大量に摂りすぎることです。

甘いものは美味しいから、いくらでもお腹に入るという人がいます。

基本的に甘いものは体内で急速にブドウ糖に変化します。

カロリーを消費できない人は必ず細胞内に蓄積されてしまい、どんどん太っていきます。

太らないためには、スピードの緩やかな穀物がおすすめです。

特に精白されていないものほどスピードが緩やかなので、消費のバランスが良いと思われています。

ただし、激しい運度の後などは時間がかかるため白いご飯やうどんなど精白された穀物の方が回復は早いようです。

夏バテなどで元気がなくなるのは、体力の消耗に対して、栄養の供給が足りていないからなのです。

喉ごしの良い冷やしたうどんやそうめんは夏バテに対抗するスーパー食品なのです。

通常の生活の中では朝・昼・晩でご飯を中心に味噌汁や旬の野菜などと一緒に適量の魚などのタンパク質を摂っていれば、バランス良く健康でいられるのです。

そして、日々の生活が便利になりすぎている現代人にとっては、健康のための適度な運動を毎日続ける環境が必要なのです。

人間は、動くことが基本で、空腹に対応する機能は発達していますが、食べ過ぎに対する機能はインスリンくらいしかありません。

今こそ、適度な運動と食生活を見直す時期にあるようです。




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by ikenosai | 2009-02-18 17:12 | 食養生 | Comments(0)

カロリー計算と食事の関係


 現代栄養学では、例えば20才代男性では1日にどのくらいのカロリーが必要で、どのくらいのビタミンが必要で、どのくらいのタンパク質が必要で・・・と数字にこだわって計算されたものを基準に食事をすすめています。

単純にカロリーだけで見ていけば、そのカロリー分の砂糖を摂れば一番手っ取り早くなります。

逆に、砂糖を使った甘いものを食べ過ぎると他のものは食べられなくなります。

カロリー計算だけで食事を考えると、まず洋食やファーストフードは少ししか食べられませんし、足りない栄養素をノンカロリーのものから摂らなければ栄養バランスは成り立ちません。

かつてヨーロッパ北部に入植した人たちは、寒さに対応する生き方を経験から学びました。

そして、保存のきくものや生きた動物を直接食べるなどたくさんの食文化をつくりあげていきました。

牛を飼い、牛乳を飲んだり、加工してチーズやバターをつくりました。

そうした食生活の中で栄養学がすすんでいきます。

それとは対照的に、日本はどうでしょう。

特に本州から南西部は人間にとって過ごしやすく、季節によって様々で、一年を通して穀物や野菜など保存のきくものを含め豊富な海の幸、山の幸に恵まれていました。

なので、1年中何かを食べられる環境があったのです。

そして、2千年以上に渡ってお米を中心にしてきた文化が今の日本人の遺伝子に深く刻まれているのです。

常に安定した食物の供給でカロリー計算に基づいた栄養学はそれほど必要ない民族だったようです。

ただし、スポーツなどの世界で活躍するアスリートたちには計算された栄養学が不可欠な場合もあるようです。

特に海外から伝わってきたスポーツにはその必要性があります。

エンジョイすることが目的というよりも、競争が主体のスポーツは特に命に関わるほどの体力を使い、体を酷使するのです。

なので、ドイツを中心とした現代栄養学は不可欠なようです。

しかし、アスリートでない人たちには真似をする必要がなく、むしろ体に負担をかけてしまうことのほうが心配です。




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by ikenosai | 2009-02-14 17:19 | 食養生 | Comments(0)

インフルエンザの一週間に・・・

 我が家では、金曜日、起床と同時に娘が頭痛をうったえ、学校を休んだ。

妻が午前、私が午後に休みをとって、看病をしていた。

しかし、具合はますます悪くなる様子で、熱もあるので強引に内科に連れって行ったら、案の定、インフルエンザの陽性反応。

薬をもらって、その晩から4歳の息子と隔離し、私が添い寝をした。

翌週から私の勤める学校は単位認定試験があり、休むことはできない。

気合いを入れて、体を暖かくして過ごした。

妻は節々が痛くなり、うつったかな・・・?なんて思っていたら、私も、熱が出て、節々が痛くなって、それでも、試験が終わる火曜日までは何とかもちこたえた。

試験が終わると、他の先生たちから、帰ってゆっくり休んでくださいと言われ、ひと安心したのか、その日の晩から40度を超える熱。

今さら受診しても、さほど差はないだろうと、インフルエンザを受け入れ、ひたすら私の中の免疫を信じて寝ることにした。

翌日の水曜日は、喉も頭も痛く、一日臥床して過ごした。

木曜日、熱は下がったが、体中が竜巻が過ぎ去った後のように、荒れていて痛い。

しかし、寝ているのはもっと辛く、頭を圧迫されるようでいやだったので、気合いを入れてマスクをして仕事へ。

試験休みで事務処理だけだったので、マイペースで仕事ができた。

なので、午前中だけ試験の採点や成績処理をやって、午後はのびのびになっていた運転免許の更新に行くことにした。

鼻水がひどく、頭がボーッとしていた。

それでも、何とか耐えられるようだったので、警察署に向かっていた。

坂道を下り、向かいの信号が赤になったので、ゆっくりとブレーキをかけながら交差点に向かっていた。

左右が青になって、車も自転車も動き始め、私は、ぼんやりと右方向から横断してくる自転車を見ていた。

いずれ私のほうに来るので、邪魔にならないようにという意識があってか気になった。

普通に青信号を横断しているには何の問題もなかったように思う。

しかし、そこから、対向車が来ないうちにと、加速してきた営業用のワゴン車が自転車もろともおばさんをはねてしまった。

それが私の目の前で起きた。

自転車のおばさんは飛ばされ、ひき逃げをするのかと思うような勢いだった。

外側の後輪がおばさんと自転車をひき、乗り上げたところでやっと車が止まった。

そのころ、バイクで私の横に勢いよく坂道を下ってきた恰幅の良い若い女性が、大きな声で指さし確認をし、手順良く、事故処理を手伝い始めた。

運転手があわてて、被害者のほうに向かって「ああ・・・、大丈夫ですか?」と叫ぶように問いかけながら、パニックになっている様子。

恰幅の良い女性は、運転手に一喝し、「救急車を呼びなさい。」と指示。

車の下敷きになっているおばさんを救出するため、通りかかった人たちの力を借りて、車を必死で持ち上げて動かした。

インフルエンザの完治していない私は、考えと行動とがかみ合わず、半分パニックになっているようでなんだか歯がゆい感じがしていたが、恰幅の良い女性が何よりの救世主だと信じ、その指示どおり動くことに徹した。

被害者の体温が下がらぬよう、みんなの上着を脱いで、体にかけた。

時々、呼吸する様子があり、私たちにはわずかな希望が見えていた。

事故現場周辺の交通整理をと指示が出て、私は坂を登っていき、上の交差点で交通整理をおこなった。

やがて、救急車がきて、消防車もきた。

よく見ると、すでに駐在所から警察がきていた。

遠くからでは解りにくいが、ケガの状況や、搬送先の病院を手配しているのか、少々時間がかかっている様子。

10分以上はかかっていたのかと思う。

救急車が動き始め、事故車が道の端に移され、運転手と警察だけになった。

恰幅の良い女性に感謝の言葉をかけて私もその場を去った。

運転免許の更新のため、その足で警察署に行き、講習を受けたが、先程の事故の恐ろしさをぬぐいきれないままスタントマンが演じるリアリティーのない事故をぼんやり見ていた。

インフルエンザの後遺症を引きずって、ただただぼんやりとしていた。

さっきの事故の記憶が、まるで信じられない。

夢のように感じられて仕方がない。

むしろ、夢で終わって欲しいとさえ思えた。

翌日の新聞で、おばさんが搬送先の病院で亡くなっていたことが分かった。

新聞を見て驚いたのだが、おばさんらしき被害者の女性は77歳のおばあさんだった。

そして、加害者は私と同じ41歳の男性だった。

それぞれの人生について深く、考えていた。

それはまさに厄年の私への警告のようにも感じていた。

とにかく不注意をしないこと。

たとえ青信号でも、車が突然やってくるかもしれない。

そして、どんなに青信号でも、歩行者や自転車で横断しているひとがいつやってくるか分からない。

そのためにも細心の注意を払うことは、幸福の継続のためにも重要なことだと思った。

仕事の帰り道、事故現場を通った。

すでに花が置かれていた。

私は、自転車を止め、小さく手を合わせ、おばあさんのご冥福を祈った。

不運の裏に、多かれ少なかれ、不注意が見え隠れしている。

家でも、学校でも、子どもたちに必死で事故の教訓を話した。

信号が、青になっても、急いで渡ろうとする車に必ず注意すること。

道路を横断するときは、曲がってくる車の運転手さんと目で確認をし合うこと。

ゆずってもらえるまでは、道に出ない。

自分が通る道が確実に安全であることを確認してから横断すること。

運転する私たちの意識も大切。

ゆとりを持って出かけること。

事故を起こすくらいなら、遅刻をしたって構わない。

迷惑をかけた先方に、謝る勇気を持つこと。

そして、安全運転への意識を強く持つこと・・・。
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by ikenosai | 2009-02-13 23:02 | 私的視点 | Comments(0)