いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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カテゴリ:恋別離苦(短編集)( 11 )


第12夜 五色の短冊




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第12夜 五色の短冊

 まだ海に入るには早かった。

熱海からの帰りの電車で、トンネルを抜けては見える真っ青な海に僕は微睡んでいた。

何度かそれを繰り返し、そしてボックス席の向かいの席を見ては、本当なのかと不安に駆られては、覚醒するたびに安心するのを何度も何度も繰り返していた。

湯河原を過ぎたころ、僕は胸の高鳴りを感じていた。

青い海に太陽が照り返し、宝石を散りばめたような輝きの中で現実と幻想の区別がつかないような不思議な感じになった。

真鶴を過ぎ、小田原を過ぎた。

大磯の辺りからは海が見えなくなっていた。


真っ青な空に雲一つない、台風一過のような朝だった。

7月7日の七夕の日は今年も良い天気だった。

電車に揺られながら、僕はあの七夕の日を思い出していた。

「笹の葉さ~らさら、軒端にゆ~れ~る・・・。」と僕はつぶやいていた。

朝早く、竹の枝を取りに川原まで出掛けていた。

もう戻ることのないあの人に、最後の思いをこめようとしていた。

もう片思いになってしまったけど、僕の思いを届けたくて出勤前にここに来ていた。

片手で持てるくらいの小さな竹の枝に小さな短冊を付けた。


去年の今日、平塚駅のホームの発車メロディーにうっとりとしていたあの人の表情を忘れられないままだった。

相模線から八王子で乗り換えて都心に向かう中央線から見える場所に竹藪があった。

そのとき、あの人が竹藪を見つめながら口ずさんでいた「たなばたさま」。

あの人は、7月7日の夕方に生まれたから夕子という名前になったって言っていた。

あれから1年が経つ。

もう終わろうとしている感じがするけど、やっぱり好きで、僕にはあきらめきれない気持ちだった。

それなのに、もう半年も会っていない。

僕からの一方的な連絡もしだいに勢いを失ってしまい、切なさの中にわずかな希望を持ちつつも、それ以上の関わりを恐れていた。

思えば、今日はあの人の誕生日。

しかも、会えないままの状態から彦星のような感じになっている。

しかし、あの人はそんな感じでもなく、僕を避けているのかもしれない。

本当は嫌いなのかもしれない。

それでも僕は伝えたかった。

そして、祈りたかった。

だから、五色の短冊に願いを書いた。



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しろの短冊には、「夕ちゃんの誕生日がすてきな1日になりますように!」

みずいろの短冊には、「夕ちゃんがいつまでも元気でいられますように!」

きいろの短冊には、「夕ちゃんがいつまでも幸せでいられますように!」

きみどりの短冊には、「どうか、夕ちゃんに良いご縁がありますように!」

最後のももいろの短冊には、
「どうか、夕ちゃんに会えますように!」

と書いて、通勤先の駐車場に駐めてある彼女の車のドアミラーに掛けてきた。

ももいろの短冊が本音だった。


 僕は何となくこれからのことを思い描いていた。

僕が30歳になっても、40歳になっても、50歳になっても、夕ちゃんのことを大切にしておきたい。

もし、会えなくても、このキュンとくる切ない思いのままでもいいから、とじこめていたかった。

だから、その年になったときをイメージして、絶対に後悔しないようにという思いから夕ちゃんに嫌われないよう、それ以上には踏み込まないようにと、そう思っていた。

僕がアクションをおこさない分、夕ちゃんの思いに任せるしかなかった。

それでも、夕ちゃんに会いたかったから、最後の祈りを七夕の日の短冊にこめた。

そして、ずっと会えないままだった。


 40歳をこえた僕は七夕になると今でもあの頃のこと、そして、願いをこめた五色の短冊のことを思い出す。

若かった恋心に思いを馳せ、少しセンチメンタルな気持ちになる。

そして、彼女とはもう会ってはいけないのだと思うのである。

それは、決して開けてはならない玉手箱のように。

遠き日の追憶に浸るとき、戻れない過去に、そのとき以上の期待感とでもいうか、何か成就したものを追いかけてでも取り返したいような、上手く説明ができない悶々とするものを感じる。

しかし、結果として、これで良かったと自分を納得させる理由を集めては、若き日の青かった自分を振り返る。

そして、最後には、彼女に「ありがとう!」という思いになる答えをいくつも、いくつも探している。

そして、そのうち、そう思える僕自身に少しだけプラスの感情がたされて、少しだけ成長したように思えてくる。

そうすることで、あの頃の自分を好きになっていくのである。

短編集「恋別離苦」より

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by ikenosai | 2016-07-01 22:00 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)