いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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カテゴリ:恋別離苦(短編集)( 12 )


第17夜 柵原(やなはら)の風



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 16歳の春、思春期特有の炎症反応はすでに終わっていたが、恋にはまだ臆病だった。

失恋の恐怖を避けるために片想いのまま、あこがれだけを温めてはその余熱に酔いしれていた。

日曜日の午後は、自転車で家を飛び出すことが多かった。

東京のような大都会に比べると30年ほど文明が遅れているような田舎だった。

信号無しで出かけられる20~30キロくらいのサイクリングコースがいくつかあって休みの日には好んで自転車を走らせた。

 家を出て少し走り、名坂という小さな峠をのぼると隣町の柵原に抜ける。

宮山の坂を下り、北和気を通る頃、道は穏やかになる。

あの辺の神社に巫女のように美しく清楚な女の子が住んでいるのを見つけて以来、この道を通り抜けるのが密かな楽しみになっていた。

 どきどきする心を抑えつつも好奇心からか「逢えるかもしれない」という、そんな期待も含んでいたが、あれ以来、見かけることは一度もなかった。

それでもさりげない表情で走り抜けていた。

 しばらく平らな道が続き、山に囲まれた田園の中を走っていた。

時折民家があるものの、このエリアはほとんど人気のない静かな集落。

 小川沿いを通り抜けるとまた、小さな峠に差し掛かる。

惣田(そうだ)という手書きの看板が目に入り、そこの地名だと分かった。

そこを下っていくと片上鉄道の始発駅になる柵原駅に出る。

 かつての栄華を誇った柵原鉱山の縦坑がある場所だった。

全盛期は大集落だったらしく、美空ひばりがコンサートをしたこともあったが、当時の面影が今はない。

ひっそりと静かに掘られているばかりである。

 駅舎は清里を思い浮かべるような、高原風のかっこいい建物だったが、始発駅にも関わらず、利用者はほとんどいなかった。

 静かな駅舎には駅員がいて運賃に合わせた切符に日付のスタンプを押して改札口でチョキチョキと切符切りもやっていた。

 山あいのその駅は南北にそびえる山に挟まれて昼間の一時しか日が当たらないためか、通るときはいつも暗く見えた。

 柵原駅を線路沿いに下っていくと吉井川が見えてくる。

しばらく川沿いを惰性だけで滑走すると吉ヶ原駅にたどり着く。

 列車は概ねここに集まり、何本かの引き込み線に散在している。

ここが拠点の駅だと察する。

それでも乗客は少ない。

 そのころ、菊池桃子が出ていたポッキーのコマーシャルに使われていたことが後に分かった。

「もう会えないかもしれない~」で始まる歌詞でそのコマーシャルをテレビで観ていたのだがそこだとは全く気づかなかった。

 しばらく、線路沿いをつたってもう一駅過ぎていく。

とんがり屋根の同じような駅舎が続いていた。

中学校時代に自転車で児島湾まで逃走したときに進みながら数えていた駅舎の記憶がよみがえっていた。

美作飯岡駅を過ぎると吉野川が吉井川に合流する。

 道沿いから東に向くと築山に目が行く。

空から何かが降りてきているような不思議な感覚に包まれる。

そして、小学校時代に道徳の教科書にのっていた「月の輪古墳」の話を思い出していた。

 かつて豪族がこの地にもいた証(あかし)。

それ以来、僕のパワースポットになっていた。

古墳には札が立てかけられ、史跡として地域で管理されていた。

 橋は渡らず、吉野川沿いをしばらく上っていく。

蛇行する川の周りに点在する田園風景に少し力をこめてペダルを漕いでいく。

 安蘇を抜け、湯郷の手前の位田を抜けていくと、バイトで知り合った友だちの家がある。
恥ずかしくて一度も訪れはしなかった。

一学年上の美しい人だった。

そこも独りよがりの片思いのまま静かに通り過ぎていく。

 細い山道を心細くも進んでいくと青木、下大谷に出る。

ひたすら進む山の中、蛇行するアップダウンの道、そこから奥大谷まで行くと勝央に抜ける道にやっとたどり着く。

 充分に体力を使ったあとだけに、下っていく坂道で額から頬に滴る汗が乾き始める。

やがて汗が引き、塩を噴いたようにザラザラとしてくる。

 山道にポツリと現れる銭亀ロッジというさびれた店の前を走り抜ける頃、為本に出るが、国道179号線には出ず、堂尾にまわり、新池に出る。

新池の土手下が名坂で、始まりの道に出てその日のサイクリングは終わる。

今でも草木が芽吹く頃、春の匂いとともに柵原の風を感覚的に思い出す。

思春期に感じたあの春の匂いを・・・。

 懐かしく、切なかったあの頃独特の感覚。

 そして、あの頃好きだった人たちが片思いのままで良かったのかもしれないと今は思えてくる。

あこがれのまま今も余熱のまま残っている。

 この感覚が心地よいかさぶたのままで古傷のようになっているのをこの時期に感じるのである。

もう会うことのない憧れのあの人たちを心のアルバムに閉じこめたまま僕は生きている。

もう会ってはいけないのだと思う妙な感覚の中で。

 あの頃は携帯電話がなかった。

家に電話をかけると誰が出るのか分からないので少し怖かった。

 覚悟がないままでは軽はずみなことはできなかった。

だから、そっと、さりげなく眺めるくらいで満足し、憧れのまま閉じこめていたのかもしれない。

あの頃の感覚が懐かしく、そして、青いままの部分が今でも僕の中にあるのを感じる。


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by ikenosai | 2017-07-01 23:56 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第2夜 放課後の続きで・・・



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第2夜 放課後の続きで・・・

 3年生が引退し、しばらく試合はなかった。

放課後の教室は、真面目に部活に出る者、家に帰る者でいつの間にか僕と仲の良い女の子だけになっていた。

別段、話し込むわけではなく、ただ何となく一緒に教室にいるのが心地よかった。

ときどき話したり、ぼんやり外を眺めたりして過ごしていた。

次の日も、その次の日の放課後もいつの間にか彼女と二人きりになっていた。

僕はドキドキしながら過ごす放課後を毎日楽しみにしていた。

彼女もずっといるので嫌ではないだろうと感じていた。

それでも恥ずかしくて好きだとも、付き合って欲しいとも言えなかった。

時折、時間が止まればとさえ思っていた。

胸がキュンと苦しくなる。

そんな毎日を味わうように過ごしていた。

家に帰ってからも、風呂の中でも、朝の練習で走っているときも頭の中はいつも彼女のことでいっぱいだった。

それでも、告白できないまま時間だけが過ぎていた。

そんな僕と彼女が過ごす時間をちゃかす女子生徒がいて、しだいに居づらくなってきた。

そして、何日も続いていたはずの彼女との楽園は終わった。

それ以来、顔を合わすと何だか気まずく、照れくさそうに笑うだけ。

それ以上には進めなかった。

会話がなくなってしまい、お互いの関係がぎこちなくなってしまった。

とうとう僕はあきらめて真面目に部活に行くようになった。

入学当時から、いずれはキャプテンになると言われていたのに、こんなサボり癖からか、キャプテン候補から外された。

信用を失ったこともショックだった。

恋は盲目、彼女のことで頭がいっぱいになり、結局は部活に身が入らなくなって、信用までも失ってしまっていた。

それでも、試合には勝ちたかったので誰にも負けないだけの練習を再び始めていた。

ある日、部活が終わって街に向かって歩いていたときのこと。

幻となった彼女との放課後以来、ぬけがらのように僕は歩いていた。

すると、橋の向こうからニコニコと手をつないで歩いてくるカップルに目が留まった。

男は男子校の奴で僕よりも不良っぽく、かっこいい。

そして、横にいる女の子は僕が好きな彼女だった。

絶望感にさいなまれた僕は、どん底に突き落とされる思いだった。

気まずそうな僕を苦笑いで見ていた彼女。

僕の一方的な思いだったのかは分からないが、恋人に裏切られたような感覚に襲われ、一気に心が沈んでしまった。

そして、彼女はあの男とどこまでの関係なのだろうかと余計な不安までも・・・。

もう、失うものがなくなった感じになって、空っぽの心の中に小さな灯りを必死でともそうとしていた。

その日からだった。

一心不乱に部活に打ち込むようになったのは。

切なさを忘れたいがために練習に励んだ。

練習に励んで、さらに気持ちが晴れないときは、ひたすら走った。

20キロ走った日もあった。

それでも彼女への思いは続いていた。

教室で顔を合わすのが辛く切なかった。

それは、3年生になっても続いた。

やっぱり彼女が好きなままだった。

心の内をずっと言えないままだった。

そのころの僕は硬派で、プラトニックでも心が通う恋愛を求めていたのだと思う。

誰かを思い続けるような恋こそが成就すべき恋だと思いこんでいた。

一方的な思いだったが誰にも遠慮がいらない、そんな片思いは卒業まで続いた。

ずっと彼女が好きだった。

彼女は地元の大学に進学した。

卒業式が終わってから何日か経って僕の進路がきまったので、ほとんどのクラスメートは僕がどうしているかなんて知らなかった。

彼女もそうだった。

僕の存在なんてどうでもよかったのだと思っていた。

 冬休みに帰省し、街を一人で歩いているとき、彼女とバッタリ会った。

相変わらず、可愛いままだった。

あの頃の感覚がすぐに戻っていた。

やっぱり彼女を好きだったことを思い出した。

東京に戻ってから数日後、彼女から手紙が届いた。

僕が東京に出ていたことをどうやら最近知ったみたいだった。

そして、あの二人だけの教室でのことを懐かしく、あの頃が楽しかったと綴っていた。

やっぱり告白すれば良かったと後悔した。

 春休みになって彼女が東京に遊びに来た。

東京の大学に通う兄のアパートに泊まっていた。

すぐに電話をもらった僕は、早々に会いに新宿駅まで出かけた。

西口のカフェで待ち合わせて会った。

僕の片思いだとは思ったが、今夜デートができたらと誘ってみた。

一生に一度しかないチャンスだった思う。

しかし、その日の夜は9時までバイトに入っていた。

そのバイトのあとなら必ず会えるので、夜9時にバイトが終わるとすぐにアパートに帰るから、もし時間があったら連絡して欲しいと伝えていた。

もし、あの時の思いが成就するなら・・・と密かに期待していた。

 バイトは夜9時を過ぎても、客が減らず、交代でくる先輩が電車の人身事故の影響で足止めになっていた。

結局、先輩はこなかった。

僕は閉店までバイトに入り、帰ったのは深夜2時だった。

アパートに帰ってみると、留守番電話に4件のメッセージが入っていた。

彼女が1時間おきに連絡をくれていた。

最後の時間が深夜12時になっていた。

きっとそこまでは会うことにしていたのだと思った。

一瞬にして僕の思いは、伝えられないまま途絶えてしまった。

それは今もずっと。

もう会うのも怖い感じがする。

やはり、閉じこめたまま、開けてはいけない小さな思い出。

ずっとそのまま、遠い記憶に閉じこめたままに・・・。

 今頃になって、遠いあの日を思い出す。
どうにもならない恋だったけど、あの頃好きだった彼女との思い出はやっぱり今でも美しいままになっている。

もう会わないほうがいいのだと思う。

開けてはいけない玉手箱なのだとずっと心にしまい込んでいる・・・。



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by ikenosai | 2017-04-01 22:29 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第7夜 新月に片思い


第7夜 新月に片思い


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 仕事を辞め、大好きだった彼女にもふられ、東京でのことをあきらめて、田舎に帰ってしまった。

東京での失恋の痛手は大きかった。

それでも希望につながるものを求めていた。

いろんな人の力を借りて就職もした。

みんなは東京帰りの僕を新顔としてコンパに呼んでくれた。

そして、同世代の独身の女の子たちを次々に紹介してもらった。

20代中盤の僕にもまだまだチャンスはあって何人かと付き合ったが数ヶ月も経てば自然消滅していた。

それでも、夜遅くに遊びに行って朝まで一緒に過ごす女の子もいた。

僕なりに真面目に付き合おうと思っていても、相手の方がその程度の気持ちだったのか、途中で虚しいものを感じることもあった。

田舎に戻って驚いたことがあった。

それは、こんな田舎でも、さらに地方からやってきて一人暮らしをしている女の子が何人もいたことだった。

そんな中で一人の女の子と知り合い、ある日の午後に海までドライブに誘った。

夜勤明けの彼女は助手席でずっと眠っていた。

初夏の平日で誰もいない海に出かけた。

テーブルを出し、パラソルを立てると、彼女はテーブルにうつ伏せて、幸せそうな表情で僕を見た。

僕は、遠い昔に別れてきたかつての恋人の笑顔を取り戻したかのような気持ちになって、何だか嬉しくなった。

しかし、僕への恋愛の気持ちは彼女にはなさそうだった。

それでも僕はしたたかに時を待っていた。

夕日はすでに落ち、曲がりくねった海辺の道を何キロもドライブしていくうちに、広い砂浜に出た。

暗闇の砂浜は遠くの漁火が反射して何とか自分たちの位置が確認できる明るさだった。

さざなみの音を聞きながら海に向かって腰をおろしていた。

不倫を続けていた彼女の心の隙間に必死で入り込もうとしていた。

大人ぶった彼女が僕のことを嘲笑うかのようにあしらっているのが会話の節々から伝わってきた。

それでも僕はどうにか彼女の心を掴もうとしていた。

 成就しない不倫の虚しさは彼女にはなく、僕とは違う世界の人間だとあきらめかけていた。

彼女はブラウスに長いスカートのまま裸足になって砂浜を歩いている。

ふくよかな胸が不倫相手の性のおもちゃのようにさえ思え、切なかった。

手を握ってもそれ以上先には進めず、スレた女を気取っていて、如何にも遊び人で大人の世界を知っているのだと言わんばかりのような感じに僕には見えた。

あの大きな胸に顔をうずめ、彼女と普通の恋愛をしたかった。

しかし、次第に消極的になり、とうとう僕はうぶなチェリーボーイのように彼女にあしらわれたままなす術がなかった。

こうなっては彼女の恋人には昇格しない。

半分あきらめの境地になっていた。

帰りの車の中でもそれは続き、そして、とうとう彼女のアパートに着いてしまった。


 やっぱり駄目だとあきらめて、車から降りていく彼女を見ていた。

すると彼女に「お茶でも飲んでいく?」と部屋に誘われた。

小さなアパートには不自然なダブルベッドが部屋の半分を占めて存在していた。

ここであの男と情事に至っているのだと思うと去年まで女子大生だったあどけなさと裏腹に現実は穢れてしまっている肉体とのギャップに寂しさを感じてしまった。

それでも不思議なことに、どうにか彼女を好きになろうともしていた。

少し心配な表情で彼女の気持ちを引く言葉を必死で考えていた。

そうしているうちに彼女の心の隙間にすっぽりと入り込んでいったのか、その夜のうちに一線を越え、彼女の体に触れたまま朝を迎えた。

彼女と過ごしていると切なさが増し、彼女への悲哀の思いが増大していった。

あれだけ遊び人に見えていた彼女は、今の不倫相手とが初めてで、それ以来、その男一人しか経験していなかった。

僕は、成就しない淫らな恋愛を普通にしている彼女に汚らわしさを感じ、穢れた女として見ていたにもかかわらず、その肉体を貪っている自分に後ろめたさを感じていた。

激しい交わりを何度も重ね、欲望を満たすために何度も何度もそれを繰り返していた。

しかし、若さからか何度も何度も回復しては朝までそれを繰り返した。

愛人をしているあの男にとってこんなに都合の良い女はいないだろうと感じながら僕はしなびた干物のように力尽きて彼女の部屋を出て行った。

ふくよかな肉体をさらに強調している豊満な胸が一晩中僕の欲望を覚醒させ、その強い感覚が何日も頭の中から離れなかった。

そして、数日後には欲求が増大し、我慢できなくなって、とうとう彼女に電話して、あの男のいない夜に訪問し、大きなベッドの中で彼女の肉体を貪っていた。

滾滾と湧く欲望を抑えきれなくなってしまい、一週間のうちに何度も会いに行った。


 彼女は僕と愛人を使い分けていた。

そして、僕より10歳も年上のあの男のことを本気で好きだと話した。

奥さんも子どももいるあの男にとってはもう一つの家のようになっていた。

約束がとれない日に、彼女のアパートの前を通ると必ずあの男の車が停められていた。

今がまさに情事の最中だと思うと、いい加減な気持ちでいたはずの僕はジェラシーを感じつつも早く本命の女を見つけなければというずるい男になっていた。

そして、あの男がいない夜には僕から連絡をして彼女と朝まで交わっていた。

彼女は連日どちらかの男と一晩中過ごしていたことを思うとどんな気持ちで僕の体を受け入れているのか不安だった。

しかし、時には彼女から不安そうに電話をかけてきて、僕が一晩中慰めるような日もあった。

不安そうに将来を見据えたあの眼差しに僕は同情し、必死で彼女が喜ぶことを模索し悩んでいた。

それからも、何度か真剣に付き合おうと誘ってみたが、最後にはあの男のことを捨てられないと話し、あの男への情の深さをまざまざと思いしらされてしまった。

そして、僕は別の彼女と付き合い始めていたのに、ときどき彼女のアパートに遊びに行くと、いつもどおりのコースで朝まで交わり合う関係が変わらず続いていた。

そして、嫉妬もしない彼女が結局は僕にとっても都合の良い女になっていた。

それでも僕との交わりが減った分だけ時間ができ、その隙間にさらに新しい男が入り込んでいた。

ある日、その存在を淡々と僕に話したときに彼女は僕にとって永遠の2番目の女としてその地位を確定させてしまった。

そこからは、飲んだ夜も、ただ欲望を満たしたいだけの夜も躊躇することなく連絡して、先約がなければただ好きに交わって帰ることもあった。

彼女は僕にとっての2番目だったが、彼女にとっての僕も2番目かそれ以下だった。

それでもあの豊満な胸に顔をうずめて激しく交わる日は間隔こそ広がってはいたが、続いていた。


 その後、僕が再び上京して会えなくなっても、手紙を送ってきて、僕が帰省するたびにいつものように会っていた。

それから、さらに1年くらい経って連絡が途絶えた。

そして、とうとう音信不通になってしまった。

彼女を知る人からの話で、彼女はあの愛人が横浜に単身で転勤になったとき、全てを引き払ってついて行ったという事実を聞き、前世からの縁なのか、腐れ縁なのか、男女の不思議な関係が現実にあるのだということを思い知らされた。

それから僕は、一人の人しか愛さないことを心に誓った。

そして、彼女を永遠の2番目の存在にしたまま終止符をうった。


 初めは穢れたものとしてさげすんでいたはずのあの時の彼女を懐かしく思い、今でも暗い砂浜に立つとあのころの彼女を思い出すのである。

特に新月のような暗い日は懐かしくあのときの海を思い出す。
潮風に吹かれながら漁り火に照らされていたあの日のことを。

そして彼女のことが好きだったのだということに気づかされる。

何も伝えられず離れていったこと。

そして、僕の記憶の最後ではあの男のところに行ったままになっていること。

果たして彼女は今、どうしているのだろうと気になり、どうか幸せに暮らせていますようにと祈ってしまうのである。


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by ikenosai | 2017-02-25 23:55 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第8夜 消えた花火


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第8夜 消えた花火

 碧い海を砂丘のいちばん高いところから眺めていた。

やっと登りきった高い場所で汗だくになって海を見下ろしていた。

そして、久しぶりに見る日本海の碧き海に微睡んでいた。

海の大きさに見とれ、そして、何をやっても生きていける、そんな大きな気持になって水平線の彼方を眺めていた。

飽きることのない碧き海にすべてをゆだね、もうどうでもいい、なるようになる、そう思って急な斜面を駆け下りて、勢いよく海に飛び込んだ。

熱狂的な感情に襲われ、叫びたくなって、そして、何度も叫んでは海に飛び込んだ。

海の中は、うっすらとした青さが遠くまで続き、その先には小さな魚の群れが見える。

ときどき浅瀬にやってくるボラたちが必死で泳いでいる。

どこまでも続く砂と透きとおる水、そしてその彼方にある碧い海。

海の中の世界は上から見下ろしていた碧い海とは違っているのに、どちらの景色も美しい。

その中にいるだけで生きている実感と、幸福感からか歓喜がこみ上げてくる。

一緒に来た友人と狂ったように海に潜り、何度も何度も魚の群れを追いかけていた。

海が橙色に変わるまで僕たちは魚のように泳いだ。


 漁火が空の明るさを上回り、やがてその明るさしか見えなくなった。

海辺のカフェで時間をつぶしていた。
店には昨晩も来ていた二人組の女の子がいたので花火を一緒にしようと誘った。

暗闇に上がる花火の強い光をたよりに何度も表情を確かめては小さな駆け引きをしていた。

やがて、ふたつのカップルに分かれた。

それぞれのカップルが別行動になり、僕たちは砂丘に駆けだした。

僕は彼女の手を握り、砂丘のいちばん高い場所に連れて行った。

高い場所からは、暗闇の中の海に浮かぶいくつもの漁り火が、微かな明るさを届けてくれる。

その明るさは、僅かに僕たちの存在が確認できる程度の明るさだった。

反対の空を見上げると、手の届きそうなところに数え切れないほどの星が散らばっている。

その星と海から差し込む漁火が幻想の一夜をつくり、それだけで開放感に包まれ、僕たちは無意識に向かい合い、砂の上に座り、抱き合った。

引き寄せられるように体と体を重ね合わせ、抱き合っていた。

心地よい風が強く砂を巻き上げ、僕たちの体に当たっては下に落ちていた。

唇を重ね、お互いの心の内側にまで入ろうと、息を荒立て、押さえられない興奮に戸惑いながら、風の中で強く抱き合ったまま星空に包まれていた。

奇蹟のような一夜が白々と明け始めていた。

僕は、朝が来るのが怖かった。

必ず朝が来て、しばらくしたら彼女は夢から覚めて、恋が終わると思っていたから。

たとえ、僕が覚醒したままでいても、現実は離ればなれになり、一夜の記憶でしか残らない。

一瞬にして消えていく恋の終わりを予感し、憂鬱な感覚におそわれていた。

一夜のアバンチュールに酔い、名前も知らないまま、過ごしていた彼女がドライアイスのように、僕の熱で小さく、小さくなっていくのを感傷的に受け入れるしかなかった。

もう、夏が終わる。

僕の夏がもうすぐ終わる。

そんな感覚で立ち上がり、陽炎のような儚い恋を感じていた。

瞬きのうちに現実が消され、儚さだけしか記憶に残らない。

自分が獣のようにさえ思え、理性を失って一夜の恋に微睡んでいる。

夜明けとともに、ふたたび合流し、交わす言葉も少なく、ぎこちない。

そして、彼女たちの泊まっているペンションまで送りとどけ、別れてきた。

たとえ、一夜の恋人であっても、永遠の恋人のような眼差しで意味深な目配せをするものの、何も言えなくて、さらっと別れてきた。

 男同士になり、しばらく無言だった。

それぞれが、陽炎のような一夜の恋を胸に閉じこめて、語り合うこともしなかった。

だから、今日まで僕も黙っていた。

彼女にまた会いたい。

僕はそう思い、そう願っていた。

 ポカンと穴の空いた心のまま一週間が過ぎ、さらにもう一週間が過ぎた。

違う友だちに誘われ、あの海に行き、砂丘のいちばん高い場所に座っていた。

海を見下ろすと、あのときの僕たちの光景に似た、若者たちが楽しそうに海で遊んでいた。

ああ、僕の恋は終わったのだ・・・、あの日の朝に・・・。

陽炎のように消失したのだと思い、ぼんやり若者たちを眺めていた。

 どこか聞き覚えのある弾んだ声に、一瞬、ハッとなった。

そして、その声の女の子をよく見てみた。

楽しそうに男の子と手をつなぎ海ではしゃいでいた女の子は、あのとき一夜をともにした彼女だった。

陽炎のように儚くも、大切にしていたはずの記憶が粉々にされてしまい、僕は、思わず、後ずさりして、その場所から立ち去ってしまった。

太陽がギラギラと照りつける熱い、熱い砂の上で、汗だくになっていた。

赤道直下に落ちた砂漠のミイラのように、僕は渇ききっていた。

僕の心は渇ききってしまって、そして、潤わない心のまま、この夏が終わるのを覚悟した。

気が付けば、必死になって、その場から逃げていた。

一夜の恋など成就するはずがない。

僕は、何度も何度も自分に言い聞かせていた。

いや、慰めるように心の中でつぶやいていた。

それでも、あの夜の出来事は嘘ではなかった。

そう信じて、残りの夏を過ごしていた。

今年はもう、海に行ってはいけない、絶対に行かないと心に決めて・・・。




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by ikenosai | 2017-02-04 22:49 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第10夜 初恋


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 新しい春の風に吹かれていた。

まだ、12歳の僕はふわふわとした感じで学校に通っていた。

野球部に入ろうか、サッカー部に入ろうかと思っていたのに、何だか自信がなくて、結局は誰も踏み入れていない新しいものを求めていた。

負けず嫌いなくせに自信がない。

しかも、全校生徒は千人もいる。

力に差がないと思ったのでバレー部に入った。

そして、覚悟を決めて丸刈りにした。


 最初の数ヶ月は、見込みがあると思われたので気合いが入った。

先輩たちは強く、地区でも優勝するチームだった。

体育館を2つに仕切るネット越しに、女子のバレー部の練習が見える。

女子も強かったので、顧問の先生も協力し合って、強化練習をやっていた。

月曜日から土曜日まで部活はあった。

土曜日は、顧問の先生の車の洗車が1年生の練習メニューに組み込まれていた。

モップの太い棒をしごき用の棒に細工して、時々生徒のおしりを叩いていた。

怖くておっかない顧問の先生。

それでも、どこからとなくこみ上げてくる愛情を僕は感じ取っていた。

この先生に気に入られたら、きっと強くなる。

そんな錯覚さえもあった。

顧問の先生は絶対的な存在、つまり、神様のような存在だった。

練習着はまだ体操服だったので、学年もクラスも名前も分かった。

1年生の女の子も全員分かった。

いつも気になる女の子。

ぱちりとしたやさしい目に僕は心奪われ恋に落ちた。

一方的な僕の思い。

寝ても覚めても、彼女のことばかり。

ノートのはしに漢字や覚えたてのアルファベットで名前を書いたりして、授業中は上の空。

放課後は、誰にもばれないように彼女を探し、眺めていた。

恥ずかしくて、僕ひとりの中にその思いを閉じこめては、あの笑顔を思い出し、恍惚になり、思春期特有の発作に襲われていた。

 もう、彼女しか見えない。

電話をかけて、彼女が出ても、そこから何も言えなくてこっちから切ってしまう。

恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもない。

片思いだけが何倍にも膨らんでいく。

そんな日が何日も続いていく。

そして、切なさだけが膨らんだ状態で残ってしまう。

切なさをかき集めて、僕は手紙を書いた。

好きで、好きで、大好きで、もう止まらない、彼女への思いを手紙にしたためた。

手紙は郵便で出した。

必ず届いて欲しいという気持ちからか、切手を2枚貼って、2倍の料金で出した。

投函した日は、彼女を見かけても、まだ、大丈夫だった。

しかし、2日、3日と経って、不安になってきた。

しかし、手紙を止めるわけにはいかないので、とうとう覚悟した。
3日目に彼女と目があったとき、いつもと違う感じがした。

手紙が届いたのだろう。

それでも、僕はそのことに触れることができず、ためらったまま、何もできないでいた。

何日も、何日も過ぎて、段々とそんな不安な感覚、切ないままにいることに慣れてきた。

切ない夜を何日も集めて、センチメンタルな夜を膨らませ、その感覚に酔いしれていた。

自分の世界に閉じこもり、世界で一番センチメンタルな少年になりきっていた。


 秋から冬にかかるころ、試合がないオフシーズンに入った。

張り合いもなく、連日続く、筋肉トレーニングにうんざりし始めていたころだった。

僕は、不良の仲間に加わり、部活をサボり始め、放課後の街に繰り出していた。

一度、たがが外れると、もう後は落ちるところまで一気に落ちていった。

先輩に呼び出され、部室に行くと、殴られた。

それも、休んだ日数分殴られた。

泣きながら、練習に加わるが、ついて行けず、次の日は結局サボってしまった。

遠目に見えていた彼女の様子が、僕とは裏腹に充実している。

僕は、自分でだめな奴の烙印を押してしまった。

とうとう先生に呼ばれ、殴られた。

あれだけ車を洗ってやったのにという、恩着せがましい思いがあったが、どうしようもなくこみ上げてくる僕の不穏な感覚は、結局のところ、自業自得でこうなったのだという自分の不甲斐なさから、やがて懺悔の思いへと変わっていった。

それでも、先生は僕を心配してくれていた。

やっぱり、神様だった。

時々、家まで会いに来てくれた。

これまで結局、かっこ悪い僕だけしか彼女には見せていなかった。

もうその後に成就することはないとあきらめた。

そうしているうちに、僕はバレー部をやめてしまった。

 それでも、何かやったらどうかと、親に進められ、卓球部に入った。

学校では花形だったバレー部をやめてしまい、半分帰宅部がいる卓球部に入っても、きっと続かないだろうと自分では思っていた。

それでも、不良から足を洗っていたので、暇だった。

2年生の初夏、3年生が引退したので、僕は先輩にしごかれることもなく、自分たちの時代を迎えた。

練習は、誰にも制限されなかったので、毎日行って、見る見るうちに力を付けて、秋の大会にはレギュラーになった。

それでも時々横目にバレー部の練習を見ていた。

やっぱり、彼女は可愛かった。

ずっと変わらず、僕の憧れのままだった。

僕は去年より10センチ背が伸びた。

彼女は、去年より大人びてきた。

走ると胸がゆらゆらと揺れて、くびれた腰からお尻にかけてのシルエットに僕は目のやり場に困ってしまう。

本音は、誰もいないところでずっと見ていたかった。

何だか僕だけが子どものまま置いてけぼりにされている、そんな感じがしていた。

しかも、バレー部をやめてしまって、根性のないヘナヘナな男にしか見えていなかっただろう。

それでも、彼女がずっと好きだった。

その思いは以前からずっと変わりなかった。

帰宅部だけにはならないまま、試合にも出ていた。

それでも、ずっと地味なままの卓球部だった。

それに引き換え、女子のバレー部は、地区大会を制覇し、彼女はその中でもレギュラーだった。


 3年生になって、彼女と同じクラスになった。

しかも、男女で遊ぶ同じ仲良しグループに僕も彼女もいた。

あのまま返事の来ていない一方通行の恋文は僕と彼女だけの秘密のままだった。

切なかったが、あの1年の時よりもその感覚は薄れていた。

それでも、彼女と話すとき、あのかわいい眼差しにどきどきしていた。

同じグループで話したり、遊んだりして成就しない恋ではあったが、敗者復活戦で上位入賞したくらいの嬉しさはあった。

あのとき、告白していなかったら、今こそ告白して成就したに違いないとも思ったが、やはり、何の取り柄もない僕だけに、よくよく考えると、恋人に昇格はしないだろうと思い直した。


 3学期になって、いよいよみんなの進路が見えてきた。

僕は県立高校と滑り止めに私立高校を受験した。

彼女は、バレーの特待で僕とは違う私立の高校に行くことになっていた。

卒業式が終わって、春休みになって、みんなで遊ぶ日が何回かあった。

しかし、彼女は一回も来ることなく、新学期が始まった。

結局、卒業式に会ったのが最後だった。

しかも、高校2年の途中で、父親の転勤で九州に転校してしまった。

いよいよ彼女は遠くに行ってしまった。

結局、あのときの恋文の返事は帰ってこなかった。

精魂込めて、何日もかけて、推敲した力作だったのに・・・。


 大人になってから、あのときの仲良しグループにいた女の子たちと飲んでいたときに、ふとしたタイミングで、当時の恋文の話を出したら、女の子たちはみんな知っていた。

なので、とっくに僕の失恋は決まっていて、僕より先にみんな知っていたのには赤面した。

それでも、彼女の思いに否定的な感じがなかったのか、今日までみんな黙って、一緒に楽しく過ごしていてくれていた。

僕は、もう会うことのない彼女に思いを馳せ、心の中でそっと「乾杯」をした。

僕が初めて恋した人に「ありがとう」って・・・。

(「恋別離苦」失恋小話より)








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by ikenosai | 2017-01-15 12:11 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第3夜 山背(やましろ)に散る



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 第3夜 山背(やましろ)に散る 


 19歳の11月、オリンピックの予選で京都に来ていた。

一週間分の荷物を大きなバッグに詰めて来たが、3回戦で敗れ、帰ることになった。

同じ日に負けた後輩と京都駅で別れ、僕は音信不通になっていた彼女のところに行くことにした。

アドレス帳を見ると石清水八幡宮の近く。

場所をしっかり確認してそこに向かった。

すぐに住所は見つかったが留守だった。

何時間か時間をつぶし、再び戻ったがまだ留守だった。

やはり、会えないのかと呆然と立ち尽くしていた。

すっかり日が暮れて、しばらく経って彼女の部屋の方を見ると、明るくなっていた。

僕は急いで玄関に行き、ノックをした。

僕の顔を見るなり気まずそうな彼女には、かつてのワクワクするようなやさしいまなざしはなくなっていた。

全日本選手権でベスト16までいったこと、そして、これまでのことをたくさん話したが、結局、長居もできず追い出されてしまった。

その様子から、新しい男がいるに違いないと悟った。

もう、ここにはいられない。

切なさもあったし、試合の疲れもあって、どうでもよくなっていた。

駅に向かい電車に乗ったが、次の淀駅でその日の電車は終わってしまって、どうでもよい気持ちが加速し、考える力もなくなってしまっていた。

しかし、失恋とは裏腹に空腹を感じ、駅前に1軒だけラーメン屋があったのでそこに入り、がっくりと肩を落としラーメンをすすっていた。

試合にも負け、さらに失恋の傷手はかなり堪えた。

ラーメンを食べ終えても、どうすることもできない。

しかし、ここに留まるわけにもいかない。

ぼんやりとしながらも時折、これまでのことを振り返っていた。

1年前の冬、一夜を共にした日のことを。

あの柔らかな肌に触れ、唇に触れ、一点の曇りもない思いを彼女に寄せていたこと。

それだけを思い出し、それだけを励みにひたすら東京でがんばっていたこと。

さっきまでその思いは続いていたはずだったのに・・・。

なのに、あの一瞬で崩れてしまった。

たったこれだけの出来事にも左右されるほど重い恋だったのかとも思った。

何も手に付かないほどに僕の心は傷ついていた。

もう取り戻すことのできない現実から逃れようとして、歩いていた。

そして、遥か遠くに見える京都タワーを目指して歩いていた。

パラパラと降り始めた雨の中を傘も差さずひたすら歩いていた。

おおよその見当でも10km以上はあったはず。

それでも“トコトコ”歩いた。

そのとき僕にはそうするしかなかった。

無気力だったが、止まることもできず、歩くしかなかった。

今さら雨を理由に彼女のところに戻る訳にもいかず、ただただ京都タワーを目指して雨の中を歩き続けた。

雨に濡れ、上着が重くなっていった。

さらに、1週間分の遠征の荷物の重さも加わり、体力は一気に消耗していった。

真夜中の京都で、降りしきる雨の中を僕の抜け殻が歩いていた。

あれだけ遠くに見えていたはずの京都タワーが少しずつではあるが大きくなっていた。

真夜中の雨と失恋の痛手で身も心も完全に冷えきってしまって・・・。

暗闇の道はときどき車が通り過ぎて行ったが、ヒッチハイクをする気にもなれず、この傷手を味わいつつ、センチメンタルな自分にただただ酔いしれていたのかもしれない。

京都タワーが見えなくなった。

見上げると、すでに真上だった。

駅舎はまだ開いておらず、入り口の階段に腰を下ろし、丸くなっていた。

動きを止めてしばらくたつと寒くなってきた。

湿った服からしみこんできた水分で冷やされた体がブルブルと震えてきた。

疲れと寒さ、しだいに遠のく意識。

そんな中でシャッターの開く音で再び意識が戻った。

西に向かうホームに行き、最初に来た電車に乗り込んだ。

網干行きだった。

これなら終点まで行っても平気だった。

コトコトと電車が動き始めて足元のヒーターがじんわりと足を温め始めた。

そして、心地よさからかしばらく深い眠りについた。

明石を過ぎた辺りから停車するごとに目が覚め、姫路で姫新線に乗り換えた。

たまたま、津山までの直通の列車がホームに入っていて急いでそれに乗り込んだ。

どんよりとした早朝に、湿った空気が立ちこめる客室にぱらぱらとしか座っていない乗客。

4人掛けの向かい合わせの座席に座り、靴を脱いで向かいの席に足を乗せ、小雨の降る外をぼんやりと眺めていた。

播磨高岡、余部、太市、本竜野、東觜崎、播磨新宮、千本、西栗栖、三日月、播磨徳久、佐用、ここまでくれば、あとは目をつぶっていても、家に帰れる。

ノスタルジーの風に誘われて、初恋を思い出していた。

大人への階段の途中、あれは、中学2年の夏休み、自転車で兵庫に入り、千種川を下って相生に行った時のことがよみがえってきた。

まだまだ青く、失恋も淡々としていたように感じていた。

あのころに比べると、失恋のレベルも随分と変わっていた。

やはり失恋のダメージは大きかった。

それはかなりのものだったのだろう・・・。

家についてからも一日中布団に潜り込んでしまって、何もする気がおこらなかった。

どんなに思いを寄せていても、あの人にはこの思いは届かなかった。

それでも、思い尽くしたという妙な満足感だけがしばらくの間僕の支えになっていた。

そしていつしか、そんな思いも薄れていった。


数年後のクラス会、彼女と久しぶりに会うことがあった。

もうすでにニュートラルな気持ちになっていて、違和感や不安などなくなっていた。

しかし、彼女の方は気まずそうだった。

彼女の口から「結婚するね。」と一言告げられた。

僕は精一杯の笑顔で「おめでとう。」と応えた。

それから10数年が経った。


 次に会ったとき、僕も結婚し、それぞれが独身ではない関係でお酒を飲む機会があった。

それは、昔の仲間を交えてのことだった。

彼女の苗字が結婚前に戻っていた。

どこでボタンを掛け違えて来たのか、恋焦がれていたあのころの懐かしさと、破局を迎えてしまった彼女の心境を思うと、複雑な切なさが鈍痛な感覚ではあったが、ジワジワと僕の心の中に伝わってきた。

しかし、彼女の本音はわからない。

本当は清々しているのかもしれない。

それでも、僕ならば、僕が彼女の夫ならばきっと後悔するに違いないと思った。

図々しくも、「僕と結婚していれば良かったのに・・・。」と思ったが、その言葉をそっと心の中に閉じこめた。

果たして、彼女は今幸せなのか・・・。と、ときどきそんなことを思う。

あれから何年か経ってしまったが、彼女とは会っていない。


 今ごろになってつくづく思うことがある。

あのころの僕は青く、無垢な心だったのだと・・・。

奈良の都の平城京、やがて月日が経ち、色々あって山の背に遷都された平安京。

山城(山背)の地名の由来を高校時代に習った。

彼女はそのころ、同じ教室で過ごしていた。

しかし、あの京都での出来事は、僕にとって、しばらくの間、応仁の乱のあとのようだった。

まるで焼け野原のようになってしまって、心の傷手に支配されていた・・・。

そして、修復しないままになっている。

完治する傷ではないけれど、それを忘れられるものを求めて生きてきた。

振り返れば、感謝とともに、心の中の風景は古都の味わいに変わっていた・・・。

僕を穏やかな心へと運んだものは、新しい人との楽しい時間の積み重ねに他ならない。


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by ikenosai | 2016-12-18 16:13 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第5夜 いでし月かも


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 再び金浦空港に降り立った僕を出迎えてくれたのは一つ歳下の女性だった。

タクシーを拾ってソウルの街まで、それぞれの国の言葉が解らないので、片言の英語で話すだけだった。

それでも、笑顔だけは絶やさず過ごしていた。

レストランの立ち上げで来たものの、幹部がごっそりクビになり、通訳も辞めていた中、技術指導を任されていた。

 会社に残った彼女たちは、右往左往しながらも何とかお店のオープンまでの準備でてんてこ舞いの様子。

僕はただ、僕のペースでしか関われず、開店、昼のピーク時、そして、夕方、閉店とピンポイントで店に入っていた。

午前中は学校を卒業したての男の子が入り、彼女はランチ前から閉店までの勤務だった。

アメリカ留学の経験がある社長はワンマンで、売り上げ金を途中で持っていくもんで、こちら側の経営マニュアルなど通用しない。

表向きの部分、店の雰囲気だけを日本から盗もうとしているのが伺えてはいたが、こっちも上からの命令で、動くしかなかった。

このまま行くとこの経営は沈没すると思っていたが、互いの苦労をねぎらい、励まし合うように彼女と僕は働いていた。

 店から道を挟んだ向かいのホテルに僕は泊まっていた。

ここで2週間過ごす。

時折、部屋の窓から店の方を見下ろしていた。

 ある夜、ホテルの窓から見下ろすと、歩道のベンチで休んでいる彼女が見えた。

閉店してすぐに帰るはずの彼女がぐったりと疲れた様子。

地方の町「春川」からソウルに上京してきている彼女は一人暮らしだった。

地下鉄に乗って帰るはずなのに、なんだかうつろで寂しい表情に見えた。

僕は窓を開け、彼女に声をかけた。

見上げた彼女が「おおう!」と指さした。

そこには大きな満月が夜空に映えていた。


 僕も思わず「おおう!」とオウム返しに言葉を発し、「ジャスターモーメント」と言って、下に降りて行った。

今、ここで何をしているのかたずねると、「タイヤード」と答える。

「ハングリー」と返すと、「イエ(はい)」と答えるので、静かなレストランに連れて行った。

入ってみると、そこはイタリアンレストランだった。

日本ではすでにブームは終わっていたが、この国ではまだまだ高級感が漂い、高いメニューに彼女は戸惑っていた。

「ノープロブレム、アイハブイナッフーマネー」と言うと「リアリー」と言って元気になってメニューを見始めた。

日頃から疲れ切って家に帰るだけ、そして、リフレッシュもできぬままで、次の日も、その次の日も仕事にきていたのだと思う。

僕が切り出し、コースを注文したが、ワインは「ノーサンキュー」とのこと。

どうやらアルコールが飲めない様子。

それでも前菜、サラダ、肉料理、ピッツァ、パスタを食べきり、最後のデザートは僕の分も食べた。

僕は白のグラスワインを飲みながら、元気になっていく彼女を見ているだけで嬉しかった。

片言の英語で話す会話はなかなか通じず、時間がかかることもあった。

それでも、お互いに興味があったのか、夢中になり、あっという間に時間だけが過ぎてしまっていて駅に行くも電車はすでに終わってしまっていた。

 困った様子の彼女に僕は戸惑ってしまった。

それでも、疲れを癒さなければと思い、僕の部屋に連れって行った。

ホテルの歯ブラシやタオルを渡し、僕はソファーで寝て、彼女にベッドで寝ることをジェスチャーで伝えると彼女は何も言わず首をたてに振った。

明け方目が覚めると彼女はもうすでに起きていて、身支度もしてベッドに座っていた。

あと1時間もすると僕は店に行かなければならない。

彼女はまだ休める。

それなのに、彼女は「プリーズ」と言って僕をベッドの布団の中に入るよう勧めた。

「ドンウォーリー」と言って1時間後に起こすと言っている。

そして、彼女がソファーに座った。


 次に目が覚めたとき、僕の顔の真上には彼女の顔があった。

僕の頬に手を当てて、笑顔で気持ちよく起こしてくれた。

言葉は通じなくても、心が通じているような嬉しい気持ちになって目が覚めた。

僕は、あくびをしながら起きあがり、彼女に鍵を渡して、出るときにフロントに渡すように伝えた。


 昼前になって彼女が店に現れた。

何だか僕だけがそわそわとした感じだった。

そして、以前より彼女が美しく見えていた。

彼女との間に誰にも言えない小さな秘密ができてしまった。

その日の夜は早めに帰って僕は眠った。

煌々と輝く月夜の下でカーテンを開けて眠った。

彼女と一緒に海に行った夢を見ていた。

大きな月の下で手をつないで何も言わないまま足早に浜辺を歩いている。

時折振り返ると月夜に照らされた笑顔が、昼間の明るさの中にいるようにくっきりと見えていた。

彼女が気になってしかたがなかった。

 目が覚めた。

やはり彼女が気になってしかたがなかった。

彼女は休日だった。

会えないだけで、何だか切なくて、不思議な感覚だった。

それはまるで思春期のような独特の感覚だった。

そして、胸がキュンとなるような苦しみに襲われていた。

一定ではなく、落ち着いたり、急に激しい苦しみを伴ったりして、不安定なものだった。

何だか彼女がいないだけで、仕事に行く気持ちもイマイチだった。

通訳もなく進めていく仕事は、思い通りにはいかなかった。

それでも、彼女の来る日は違っていて、楽しかったし、彼女も僕の進める仕事に協力的だった。

 ある夜、みんなに声をかけて、飲みに行った。

もちろん、彼女も一緒だった。

二十歳そこそこの若者ばかりだったので、彼女は少し落ち着いて見えた。

みんなで飲んでも、僕と彼女だけが少し年上で、その輪から外れているような感じだった。

それもあってか、僕と彼女は弾き出され、いつの間にかくっついていた。

僕はテレていたが本音は嬉しかった。

大した会話ができている訳ではなかったが、そうしているだけで嬉しかった。

何となく安心できる感覚が異国での孤独感を癒し、心の隙間にすっぽりとはまってしまっていた。

不思議な感覚だった。

どこの国であれ、僕には彼女のような女性の存在が大きかった。

それでも、何時か離れていくときのことを考えると、それ以上彼女との距離を縮めることはできなかった。

紳士のような距離間を保とうと僕は誓っていた。

気がつけば、懸命に仕事の後押ししてくれている彼女が側にいた。

 そして、最後の日はやってきた。

日本人の父を持つパートのおばさんが別れを惜しみ、涙を流しながら「さようなら」と言っていた。

この国との関係の複雑さを日に日に感じていたこともあって、彼女を好きでありながらも複雑な心境で深入りしないよう努めていた。

彼女も日本人の僕への何か、違和感のようなものを感じていたと思う。

それでも、好きだという純粋な気持ちを僕なりに大切にしていた。

ひとりひとりと握手をし、お別れの言葉を言って店を出た。

 空港まではタクシーに乗って行った。

空港までの見送りは彼女だった。

無言のまま後部座席の隣に座っていた。

乾ききった雰囲気の中で目も合わさず、帰国する感じだった。

僕は寂しかった。

彼女がどこの国の人であろうと、純粋に好きだと思った。


 出国手続きを終え、出発ロビーに来た。

いよいよ別れなければならない。

やはり寂しかった。

やっと目を合わせた僕たちは、純粋に抱き合った。

額と額をくっつけて、彼女の額に僕は唇を付けた。

そして、「ソーロング」と言葉を掛けた。

離れ際に、何とも言えない寂しい感情に襲われていた。

彼女の目には涙がきらりとしていた。

僕も充血した目を感じていた。

もう一度、抱き合ったらきっと唇にキスをするだろうと思った。

しかし、そこで止めて背を向けた。

 エスカレーターを下りはじめたら彼女が「ムーン・・・」、「ファーストナイト・・・」「ドゥーユーリメンバー・・・?」と大きな声で言っていた。

しかし、エスカレーターが降りていくと、言葉もかき消され、あわただしい出発前の機内へと入っていった。


 成田に着いたのは夜だった。

細くなった月が空に見えていた。

耳に残っていた彼女の声とともに、幻のような恋が記憶の中から、遠くへ、遠くへと離れていくのを僕は感じていた。


 小さな涙がきらり・・・。

滲んで見える空港の灯りをリムジンバスの窓から眺めていた。

大きな月を思いだし、酔いしれていた。

そして、あの夜に思いを馳せて、小さく「さようなら」と呟いた。

それは、もう会うことのない異国の彼女に向けてだった・・・。



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by ikenosai | 2016-11-12 00:28 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第9夜 片思いの遺言


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第9夜 片思いの遺言


 お母さんは恋をしていた。

お父さんがいるのに、恋をしていたと思う。

5年前に見つかったガン細胞は、もう手遅れの状態になっている。

お父さんは現実を受け止められないまま固まっている。

お母さんにやさしい言葉を掛けられない。

今しかないのに・・・。

お母さんは、覚悟していた。

あと半年もない命だと・・・。

 
 定年後からやっているゲートボールが楽しかった。

しばらくはずっと借りていたゲートボールのスティック。

僕は、いつかプレゼントしたくて探した。

新品があまりにも高くて買えなかったので、時々、インターネットのオークションで探していた。

それでも高かった。

僕は、酒を減らし、たばこを減らし、願掛けのつもりで、毎月5千円を貯金して、半年後の母の日にそれをプレゼントした。

やはり、新品は買えなかった。

ネットオークションで買ったスティックをできるだけきれいに手入れしてプレゼントした。

その次の週にお母さんは大喜びでゲートボールに出掛けた。

嬉しくて、嬉しくて、息子からのプレゼントだとみんなに話していた。

僕は、初めてお母さんがゲートボールをやっているところを見た。

なかなかの腕前だった。

驚いたのは、すごく上手いのに自分のスティックを買わずに毎回借りていた人がいたことだった。

家に帰って、お母さんに聞いてみた。

「あのおじさんはどうして自分のスティックじゃないの・・・?」

「あの人は、お金がなくて自分のスティックは買えないのよ。」

「一番上手だけど、威張らないでいつもみんなと仲良くしているいい人なの。」

「お母さんあの人が一番好きなのよ。」

「きっとあの人も、お母さんのこと好きだと思うの。」

「分かるんだ。」

「でも、分かっているだけでいいの。」

「老婆の初恋なのよ。」

「もう、思うだけでいいの。」

「それだけで幸せ。」

「お父さんがいて、あんたがいて、お姉ちゃんがいて。」

「そこに、素敵な人が一緒にゲートボールをしているだけで幸せなの。」

確かにお母さんは、ゲートボールの日はバッチリ化粧して、お見合いにでも行くみたいにきれいだった。

お父さんはまんざらでもない顔をして見送っていた。


 楽しみだったゲートボールも休みがちになった。

お母さんはしんどそうにして休む日が出てきた。

そんな日のお母さんは寂しそうだった。

辛そうな表情で、ウィックも付けず、ニットの帽子をかぶっている。

やせ細った頬で顔が小さくなっていく。

体もやせ細って小さく小さくなって、腰も曲がってしまっている。

僕を産んでくれたたくましいお母さんはもう面影がなく、天国の使者を迎えるために軽く、さらに軽くなっているように感じて切なかった。

それでも友達が来ると気丈に振る舞った。

お母さんは、本当の親友だけしか呼ばなかった。

お母さんは、自分がガンだと分かっていた。

だから、どれだけ苦しいかも覚悟していたし、イメージもしていた。

それでも、やっぱり苦しいのは嫌だと言っていた。

あと1ヶ月位になって、希望していたホスピスに入れた。

僕は、本当にお母さんが死ぬんだと実感し始めていた。

やっぱり、やっぱり、寂しくてたまらなかった。

お母さんのいない世界なんて想像もつかなかった。

神社に行き、お寺に行き、教会に行き祈った。

それでもお母さんは死んでしまう。

神様にどうすればいいのか何度も尋ねた。

神様は教えてはくれない。

ただ、黙って、寂しがる僕とお母さんをただただ見守っているだけだった。

そうだ、お母さんの喜ぶことをしよう。

お母さんの言うことを聴こうと決心した。

お母さんは、あまりしゃべらなくなった。

最後の力を振り絞り、お母さんが死んだらこうして、ああしてとお願い事を言い始めた。

僕は全部ノートに書いていった。

お通夜も葬儀も身内だけ、家族とお母さんの妹と僕の家族、お姉ちゃんの家族、そして、仲の良かった親友4人、家族ぐるみで付き合っていた僕の友達の家族だけ呼んで欲しいと言っていた。

そして、納骨が終わって一段落したら、ゲートボールのサークルで特にお母さんが仲良くしていた人たちだけ呼んで欲しいと言っていた。

「お母さんの好きだったあの人にお母さんの使っていたスティックを使ってもらって欲しいから、必ずあげてね。」

「これはお母さんのお願いなの。」

「あの人はきっと受け取ってくれるわ。」

「だって私のことが絶対に好きだから。」

「そして、最後のお願いがあるの。」

「あなたたち姉弟はずっと仲良しでいてね。」

「お父さんのこと大切にしてね。」

「ずっと、ずっとだよ。」


 ホスピスに入ってから1ヶ月半、やっぱり来る日が来た。

お母さんの意識が遠のいていく、前日から何度か危篤状態になっていた。

昼前になって、ご飯を食べようと部屋を出ようとしたときだった。

お母さんは手をそうっと挙げ、視線を僕に向け、僕の手を呼んでいる。

僕は、なんだ元気じゃんと思った。

僕はお母さんの手を握り、お母さんはその手をぎゅっと握り返した。

僕の顔を見ながら手を握った。

ぎこちない表情に見えたが、お母さんは一生懸命だったはず。

僕の視線を確認すると、うん、うんとうなずき、もう一度手を強く握って目を閉じた。

目尻にスーッと涙がしたたり、目元が震えていた。

そして、強く握っていた手の力が一気に抜けていった。

離したくなかった。

この手を離すと、お母さんはどこか遠くにいく感じがしてどうしても離したくなかった。
寂しくて、寂しくて・・・。

僕は大泣きした。

お母さんが死ぬなんて、嘘だ、絶対に嘘だ。

僕は、子どものようにおいおい泣いた。


 お母さんの遺言通りに通夜も葬儀もおこなった。

納骨が終わり、一段落してから、お母さんが好きだったゲートボールの仲間達を家に呼んだ。

仏壇の遺影に手を合わせ、そして、お母さんとの思い出を語り始めた。

やっぱり、お母さんはみんなに好かれていた。

やっぱり、大切にされていた。

良かった。

嬉しくて涙が出てきた。

そして、お母さんが好きだったおじさんに声を掛けた。

「母からの遺言で、このスティックをおじさんにもらって欲しいと言われまして・・・。」

おじさんはお母さんの遺影に向かって、手を合わせ、深々と頭を下げた。

そして、おいおい泣いた。

やっぱり、おじさんもお母さんが好きだったんだと思った。

僕は心の中でつぶやいた。

「お母さん、良かったね。」


(親友と天国に召された親友のお母様に捧げる)






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以前、親友のお母様が感激してくださったそうめんを使った夏野菜パスタ!




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by ikenosai | 2016-10-01 05:59 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)

第1夜 “ムーンリバー”が流れた夜

  今日は娘が通う高校の学園祭。

力あふれる吹奏楽部の演奏に「感激」・・・。

高校生はこうでなくては・・・!

硬式野球部の写真の展示を観ながらこの夏の西東京地区予選を振り返っていた。

それぞれに何かが残ったはず・・・!

途中で部活を辞めてしまった娘も、楽しそうに参加していた学園祭。

学校はありがたいなあ・・・と感謝がこみ上げていた。



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第1夜 “ムーンリバー”が流れた夜

 金曜日の渋谷はどの店も若者でごった返していた。

大した期待もせず、ただひたすら酒場にいて、あまり酔わぬようにと意識し、飲み続けていた。

今日は、バイト先の各店舗の仲間たちが集結するコンパの日だった。

やがて、男の子だけの集団に女の子も入ってきて、さらに盛り上がってきた。

初めのうちは冷静に、冷静にと意識し、高まる期待を押さえていた。

しかし、高まる期待は少しずつしぼんでいき、やがて飲み会は終わり、みんな駅に向かった。

帰るグループと次の店に行くグループに別れることになり、迷わず帰るグループに入った。

これ以上飲む気もなかったので帰る方向の電車に乗った。

気がつくと電車は同じ駅を何度か通過していた。

隣には飲み会の途中から隣にいた女の子が座っていた。

どうやら彼女も少し酒に酔っていた。

電車はさらに一周し、渋谷に戻ってきた。

彼女に手を引かれ横浜方面に向かう電車に乗った。

多摩川の長い鉄橋を渡り、次に気がついたときは、横浜駅を過ぎていた。

どうやら、彼女のテリトリーなのか、何の迷いもなく終点まで乗ってしまった。

そして、終点の桜木町から、歩道の石畳にある道標をつたうように港の方へ行き、山下公園に出た。

行く当てもなくここにたどり着いたカップルたちでベンチはいっぱいだった。

夜風が少し肌寒く、もう一枚上着が欲しいくらいだった。

しかし、寒さからか寄り添うのにはちょうど良かった。

二人が座れるベンチは空いていないため、あきらめて、石川町駅の方へ行った。

すでに日付は変わっていた。

電車も終わっていて、ここで足止めになった。

一夜を明かすには少し寒かったので空室のあるホテルを探して入った。

何の抵抗もなく彼女はついてきた。

疲れていたのか、酔っていたのかは分からないけどそのまま眠ってしまった。

 目が覚めたのは明け方だった。

シャワーの音で目が覚めた。

ここにたどり着くまでのこともまったく覚えていない。

シャワーから出てきた彼女は、バスタオルを体に巻いたままベッドに入ってきた。

入れ替わりに僕がシャワーを浴びた。

戻ってきたときには彼女は深い眠りに入っていた。

僕もふたたび眠った。

チェックアウトの時間が迫り、あわてて外に出た。

幻のような一夜が明け、意気投合したような錯覚で、僕たちは手をつなぎ歩いていた。

元町の店のシャッターが次々と開き始めた。

彼女が立ち止まり、水色の印象の強い店内をのぞき、ショウウィンドウを眺め始めた。

そして、一緒に店に入った。

オープンハートのネックレスは買えなかったが、記念にピアスを買ってプレゼントした。
カフェに入り、嬉しそうにピアスを付ける彼女の表情を眺めていた。

長い髪をひとつに束ね、白く透き通るような耳に小さな銀のハートのピアスがよく似合っている。

涼しげな眼差しに僕は釘付けになり、動けなくなっていた。

ああ、何て美しい人なのだろう。

酔っていたのか、昨夜の暗闇の中では気がつかなかった。

彼女はサンドウィッチを食べながらカフェオレを飲んでいた。

僕はタバコを吹かしながらアイスコーヒーを飲み、夢が覚めなければという願いと時々襲ってくる不安からか憂鬱になっていた。

カフェを出て、彼女と手をつないで、坂をひたすら登った。

高台に出ると眼下には横浜港が見えていた。

次第に人が増え、涼しかった朝が終わり、太陽が真上にきていた。

外人墓地を通り抜け、再び元町に戻って石川町から電車に乗った。

何度か乗り換え、鎌倉で降りて、門前町の古い喫茶店に入った。

表面をこんがり焼いたクラブサンドにレタスとかりかりに炒めたベーコンがはさんだのを一緒に食べた。

何をしていても、どんな表情になってもすべてが美しい。

完璧なまでに僕は虜になってしまった。

店を出て、大きな鳥居をくぐり海に出た。

遙か遠くに江ノ島が見え、その手前にサーファーたちが黒山になって波を待っている。

砂浜に降りる階段の途中に腰を下ろし、海を眺めていた。

彼女は裸足になって波打ち際に歩いて行った。

よせては返す波打ち際を行ったり来たりしていた。

そして、僕のところに戻ってきて横に座り、片腕を抱き、寄りかかってきた。

思わず彼女に向くと、額と額がくっついた。

しばらくそのままでいた。

胸がキュンと苦しくて、切なかった。

そして、時間が止まればいいのにと思った。

それは不思議な感覚でもあった。

何とも言えぬ心地良さと相反する耐え難い不安が襲っていた。

ただそうしているだけでドキドキしたり苦しかったりと複雑だった。

そして、彼女の唇に僕は初めてキスをした。

抱きしめたまま動けなかった。

いや、動きたくなかった。

彼女が急に立ち上がり、僕の手を引き、海へ、海へと誘い出した。

波打ち際で手をつないだまま行ったりきたりしていた。

日は西に傾き、ギラギラと光る水面に目を細め、僕は海側にいる彼女を見つめていた。

波の音に僕の言葉はかき消され、彼女も何か話してくるが上手く聞こえてこない。

ただ、伝わるのは強く握る彼女の握力と手のぬくもりだけだった。

彼女が僕の手から離れ、海の中へ入っていった。

遠く浅い海に感じていたが、腰まで浸かり、あっという間に肩まで浸かっていた。

立ちつくす僕は何も出来なかった。

そして、彼女がとうとう見えなくなった。

それでもまだ戻ってくると信じていた。

日は沈み、やがて月の光が波間にゆらゆらとしていた。

ハッと我にかえった僕は彼女を探しに海に入っていった。

彼女はどこにもいなかった。

大きな声で呼んでも、深く潜っても、もう見つからなかった。

海辺にはもう誰もいなくなっていた。

真夜中の月の光が波にゆらゆらとしていた。

砂浜で僕はぐったりとして仰向けになった。

疲れていた。

そして切なさがジワジワと僕を襲っていた。

波にきらきらと映る月の光に向かって目を閉じた。

まぶたの裏にまだハッキリと彼女の涼しげな眼差しが映っていた。

やはり、疲れていた。

そして、しばらく眠ってしまった。

朝の日差しに起こされ、半分開いた窓のカーテンが風で揺れていた。

そこは海ではなく、自分の部屋だった。

涼しげな彼女の眼差しだけが記憶に残り、あとは夢の中の出来事だったように感じていた。

そして、つけっぱなしのステレオからは“ムーンリバー”が静かに流れていた。






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by ikenosai | 2016-09-17 22:31 | 恋別離苦(短編集) | Comments(2)

第6夜 美しいままで



高校総体の予選から・・・(失恋小話)


 今日は、日本の卓球がオリンピックで個人としては初めてになるメダル獲得の日!

以下は僕が高校時代の頃の話、そして、それをモチーフにして作った失恋小話。

卓球の国体予選、岡山の男子高校生だけで500人が予選に出場。

その中から5人が選出される。

僕は3回戦で負けて、ベスト128がやっと・・・。

それだけ、裾野は広いと思った。

どうしても国体に出たかった僕は、途中で競技種目をもう1つ増やした。

卓球以外ではあったが、国体選手にはなれた・・・。

あれから30年が経つが、やはり卓球でその頂点に立つのはすごいと思う。






第6夜 美しいままで


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年目の高校総体予選は僕にとって栄光の年だった。

団体で臨んだ試合ではシングルスとダブルスに出場していた。

地区総体は地域あげての大イベントでどのクラブ活動にも所属しない生徒はとりあえずどこかの会場に行き試合を観戦することになっていた。

なので僕たちの試合会場にも大勢きていた。

暗いスポーツと思ってやっていた卓球だったが、中学からやり始め、これには結構はまって、高校では1年からレギュラーで出してもらっていた。

そして、今回の会場には中学のときのクラスメートだった女の子がわざわざ僕の試合を観に来てくれていた。

応援の後押しもあってか、張り切っていた僕は全試合に勝ち、チームはベスト4まで勝ち進むことができた。

その日の夜に彼女から電話があり、僕たちの交際が始まった。

毎日が卓球の練習の日々、それでも時間を作っては待ち合わせをし、少しの時間でも会っていた。

てれていたのか、僕はプラトニックな関係でいることに何の違和感もなかったが、周りでは大人の関係にと急ぐ者が多かった。

僕は恥ずかしくてキスもできなかった。

僕は楽しかった、ずっとチェリーな少年のままでいいと思っていた。

それでも1年後、プラトニックな関係のまま彼女と別れてしまった。

彼女は泣いていた。

こんな拙い僕との別れにも淋しそうに悲しんでいた。

その様子を見てから本気で後悔した。

別れてきたのだと自分に言い聞かせ、未練を必死で断ち切って練習に励んでいた。

一人だけの朝練の日々、不安や孤独感に必死で立ち向かっていた。

何度も走って、くたくたになるまで練習をしていた。

孤独の中にあっても僅かな希望とささやかな楽しみだけを妄想していた。

しかし、それは自分の世界でしか抱けなかった。

そうやって満足させようとしている自分を不快にも必死で受け入れている青い僕がいた。

何かにとことん励むことで希望につなげていたように思う。

 高校3年の冬、希望が現実となった。

勉強もろくにしなかった僕が体育推薦で大学に進学することになった。

彼女に電話で話すと「じゃあ遠くに行っちゃうね」と淋しそうに話し、これから遊びにおいでと家に誘われた。

友達に話すと「おまえもチェリーを卒業するんか」と言われ、万全の準備をして家を出ようとしていたときに「今日は会えないわ」と電話がかかってきた。

僕のもう一つの卒業式はおあずけになってしまった。

そして、何もないまま僕は上京した。

数日後、大阪に出た彼女から実家に手紙が届いたので母に転送してもらった。

僕も手紙を書いて、相変わらずのプラトニックな仲良しのまま遠距離での文通をしていた。

 夏休み、国体予選で田舎に帰り、勝って県代表になった。

中国大会まで1ヶ月あったので、バイトをしながら実家に残った。

彼女と電話で話しているうちに大阪で会うことになった。

僕は高速バスに乗って大阪に行った。

大阪の街を案内してもらい、大坂城に行ったり、一緒にご飯を食べたりして過ごした。

夜には帰ると両親に伝えていたので夕方、梅田駅で別れた。

帰りは電車だった。

迷いやすい僕を気遣ってくれてか、ホームまで見送りに来てくれた。

最後の最後、電車が発車する間際になって僕は彼女の手を握って「元気でな」と言葉をかけると、彼女は「最初からこうすれば良かったなあ」と言い、手をつないでデートすれば良かったと僕も後悔していた。

彼女は淋しげな表情を抑え、笑顔を作って手を振ってくれた。

いよいよ電車が走り出して遠ざかっていく彼女を横目に、彼女がまだ僕を好きでいてくれていたことにやっと気がついていた。

それでも、僕たちは仲良しの友だちでずっとこんな関係を続けていた。

それぞれに何のトラブルも持ち込まないさわやかな関係を高校2年の時からずっと続けていた。

26歳のとき僕は田舎に帰った。

1年半も田舎にいたので、彼女が帰省したときに会える日があった。

僕は免許を取って以来ペーパードライバーで、田舎でやっとマイカーが持てるようになったので、彼女を誘って山陰までドライブをした。

運転が下手な僕の助手席でも彼女は楽しそうにこれまでの色々な話をしてくれた。

それでも、僕に気遣ってか恋人の話は一切しなかった。

山陰は僕の得意な場所だったので迷うこともなくすいすい行けた。

雨が降ったりやんだりする中で湯村温泉まで行った。

温泉には入らなかった。

浦富海岸に寄ると雨があがっていて海を眺めながらぼんやり過ごした。

帰りはまた雨が降っていた。

暗くなっていたので家まで送った。

近くの広場に車を止めて語りつくせぬ話をまだ続けていた。

それでもどこかで切り上げてまた別れなければと、少し淋しい気持ちでそのタイミングを待っていた。

彼女もそんな切ない気持ちでいたのかもしれない。

彼女が車から降りなければという雰囲気になってきた。

お互いに淋しい気持ちが通じ合っていたのか解らないが、彼女と目と目が合って、しばらく見詰め合う時間があった。

表情が分かるくらいの暗闇の車の中だった。

周りには誰もいなかったので僕はそのまま彼女の唇に自分の唇を重ねた。

彼女は抵抗なく僕の行為を受け入れた。

そして、抱き合い、長い間、その状態でいた。

彼女の目から涙が流れていた。

彼女は涙声になって強く抱き合ったまま会話を続けていた。

付き合い始めた高校時代から10年が経っていた。

初めて僕たちは恋人たちのように唇を重ね、お互いの気持ちを感じていた。

あの日の青く、切ない思いが10年経ってよみがえってきたのを僕は感じていた。

初々しいはずの彼女は成熟した大人になっていた。

それでも、僕には10年前のあの純真無垢のまま接してくれていた。

そして、これから何年か経ってまた会ったとき、もし彼女がひとりだったら、次は僕から交際を申し込むつもりだった。

あれ以来、彼女とは会っていない。

あの阪神淡路大震災で彼女は被災地にいた。

被災地でお世話になっていた男性の住む家族の家に嫁ぐことになったと最後の電話で彼女から聞いた。

永遠のお別れになると僕は直感した。

そして、あのときのまま、思い出を閉じ込めて、僕からも彼女からも連絡は取っていない。
               「恋別離苦」(短編集)より


                                                                                                                                                       

                           







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by ikenosai | 2016-08-12 22:04 | 恋別離苦(短編集) | Comments(0)