いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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カテゴリ:“119104”にこめて( 3 )


クリスマスまでのアドベント

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 何でもできることは尊いが、人々の中に生きることは互いに協調し合うこと、つまりワークシェアリングの中で、物や、お金を分け合うこと。
 それでは、何でもできることにはどんな意味があるのか。
 「手間を知り、大変さを知り、感謝を知る」ことではないだろうか。

 智慧ある人はこう生きるであろう。
 ひとりで無理はせず、それぞれの役割を生かし、それぞれの役割に感謝する。
 そして、自分たちの力ではどうにもならないとき、何か大きなものに乗っかって、苦難を乗り越えていくのだろう。
 その乗っかっていく何かを見つけることが人生の「宿題」なのかもしれない。

 夢を見た、クリスマスの夜。
 浜辺を歩いていた、主と並んで。
 砂の上に二人の足が、二人の足跡を残していった。
 私のそれと、主のそれと。
 ふと思った、夢の中でのことだ。
 この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。
 立ち止まって後ろを振り返った。
 足跡はずっと遠く見えなくなるところまで続いている。
 ところが、一つのことに気づいた。
 ところどころ、二人の足跡でなく、一人の足跡しかないのに。
 私の生涯が走馬灯のように思い出された。
 なんという驚き、一人の足跡しかないところは、生涯でいちばん暗かった日とぴったり合う。
 苦悶の日、悪を望んだ日、利己主義の日、試練の日、やりきれない日、自分にやりきれなくなった日。
 そこで主のほうに向き直って、あえて文句を言った。
 「あなたは 日々私たちと共にいると約束されたではありませんか。
 なぜ約束を守ってくださらなかったのか。
 どうして、人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、まさにあなたの存在が必要だった時に」。
 ところが、主は私に答えて言われた。
 「友よ 砂の上の一人の足跡しか見えない日、それは私が君をおぶって歩いた日なのだよ」。
        アデマール・デ・パロス 作 「神われらとともに」(別名:浜辺の足跡)より 

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 フランクルたち、生き残ったユダヤの民は、その宿題の答えを持っていたのかもしれない。






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by ikenosai | 2014-12-02 11:42 | “119104”にこめて | Comments(0)

“119104”にこめて②

 隣を歩いていた仲間が、立てた上着の襟で口元をかばいながら、ふいにつぶやいた。

「ねえ、君、女房たちがおれたちのこのありさまを見たらどう思うだろうね・・・! 

女房たちの収容所暮らしはもっとましだといいんだが。

おれたちがどんなことになっているか、知らないでいてくれることを願うよ」そのとき、わたしは妻の姿をまざまざと見た!

 雪に足を取られ、氷に滑り、しょっちゅう支え支えられながら、何キロもの道のりをこけつまろびつ、やっとの思いで進んでいくあいだ、もはや言葉はひとことも交わされなかった。

だがこのとき、わたしたちにはわかっていた。

ひとりひとりが伴侶に思いを馳せているのだということが。

 わたしはときおり空を仰いだ。

星の輝きが薄れ、分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。

今この瞬間、わたしの心はある人の面影に占められていた。

精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。

わたしは妻と語っているような気がした。

妻が答えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。

まなざしでうながし、励ますのが見えた。

妻がここにいようがいまいが、その微笑みは、たった今昇ってきた太陽よりも明るくわたしを照らした。
(ビクトール・E・フランクル「夜と霧」より)

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~結婚記念日を“夜と霧”に重ねて~

 着の身着のまま送られてきた収容所の中で、生き抜く大きな力となっていた妻の存在。

現代においてここまで伴侶を思える機会などなくなってきているのかもしれない。

しかし、本当に辛いとき、悲しいときに伴侶を思い、感謝の気持ちになれるとしたら、その感覚は計り知れない幸福感になるだろう。

幸福は精神の中でつくられていくのだと強く感じる場面だった。

 1997年の今日、僕たちは結婚した。

今でも思うこと、それは、この人と結婚できて良かったこと。

それが、これまでの嬉しいことの原点。

夏の終わりの記念日。

いつも、思い出す。

あの日から始まった色々なことを。

そして、フランクルに学ぶ伴侶への思い・・・。
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by ikenosai | 2014-08-31 08:47 | “119104”にこめて | Comments(1)

“119104”にこめて①

 わたしたち、この収容所に最後まで残ったほんのひと握りの者たちが、あの最後の数時間、「運命」がまたしてもわたしたちをもてあそんだことを知ったのは、人間が下す決定など、とりわけ生死にかかわる決定など、どんなに信頼のおけないものかを知ったのは、それから数週間もたってからだった。


 あの夜、トラックの荷台で自由への道をひた走っていると錯覚した仲間たちのことを思うと、またしてもテヘランの死神の昔話を思い出す。


 というのは数週間後、わたしは数枚の写真を見せられたのだが、それはわたしがいた収容所からそう遠くない、わたしの患者たちが移送されていった小規模収容所で撮られたものだった。


 患者たちはそこで棟に閉じこめられ、火を放たれたのだ。写真は半ば炭化した死体の山を示していた。 (ビクトール・E・フランクル「夜と霧」より)

     

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                    いけのさい 作(刺繍)




 収容所に送られた初日、最初の選抜で分けられた自分とは別のグループがどこに行ったのか同僚に尋ねる場面が強烈なインパクトを与えている。


 もう一つのグループは煙突からもくもくと天に昇って行ったのである。


 初日の洗礼で生きた心地がしなかったことだろう。


 しかし、それから幾多もの修羅場をくぐり抜けて行く。


 フランクルがどれほどの低い確率で生きながらえたことかと、この事実に驚くことだろう。


 どんなに強運でどんなに信仰が深くてもここまでの確率で生きのびるのには何か特別な力でも授かっていない限り不可能ではないかと思う。


 それでもあの連続する最悪の事態を何度も乗り越えたフランクルには何か特別な使命があったのだと思う。


 そして、この劣悪な環境の中でフランクルが見せた仙人のような心と周囲へのまなざしはただただ感動せずにはいられない。


 それは人間が本来持っている精神の自由に他ならない。


 また、フランクルにはいつ死んでもいい、潔く正しく生き尽くすという覚悟と信念があったのだと思う。


 悔いのない人生はまず、覚悟から始まるのではないだろうか。


 私たちは日々の暮らしの中で覚悟して生きていくことが大切である。


 その他にもう一つ、身近な人を大切にしていることが伝わってくる。


 著書の中では妻を本当に愛し、大切に思っていること、妻に感謝していることが分かる。


 妻だけでなく周りの人への思いやりが伝わってくる。


 フランクルが伝えるもの、それは周囲への愛、信じて覚悟すること、そして、最後の最後まで希望を持つことだったと思う。


 フランクルは収容所の中で絶えず希望を持っていた。


 そして、ここでの暮らしをいつかみんなに伝えようと強く思い、イメージをしていた。


 それが生きのびる希望だった。


 また、収容所で生きのびた人の特徴は、配給された食糧をもまずは他人からと譲れるような慈悲深さと謙虚な心だった。


 そして、そのような人が最後まで生きのびているという事実を「夜と霧」は後世に伝えている。




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by ikenosai | 2014-08-08 15:48 | “119104”にこめて | Comments(0)