いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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カテゴリ:のぼーる(野球)( 20 )


「闘将」星野仙一の心意気

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「燃える男」「闘将」星野仙一さんが天に召された。

年明けの2018年1月4日だった。

昨年の夏休みに息子と一緒に倉敷美観地区にある星野仙一記念館に行った。



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 以前、巨人ファンだったころ、父の影響か、私は星野仙一さんが好きではなかった。

中日ドラゴンズ時代の印象からか・・・、

よく父が、「星野はすかん、口がわるーて乱暴で・・・」と言っていた。

 阪神の監督時代に挑んだ福岡ダイエーホークスとの日本シリーズ。

第7戦、引退が決まっていた広澤克実を9回表ツーアウトから代打で送り出す。

現役最後の打席が日本シリーズ最終戦。

広澤にとって、一生の思い出に残る現役最後の打席となった。

私は、星野監督の粋な演出に胸がいっぱいになって、

「何かあるぞ」とわくわくしてテレビを観ていた。

ホークスのピッチャー和田毅からホームランを打ったのである。

この思いがけない演出以来、「闘将 星野仙一」が好きになった。

(そのときの映像→下をクリック)
https://www.youtube.com/watch?v=CdJuQAwLy9I

 2013年、楽天の監督時代、マジック1で迎えていた西武ライオンズとの対戦の日。

私は夜勤明けの残業の後、昼頃に立川に戻ってきた。

立川駅から少し歩いて駐輪場に向かう途中のカフェでのこと。

よく見ると首脳陣とオープンカフェでパスタを食べている星野監督を発見。

興奮したが、グッとこらえて、眺めるだけで通り過ぎた。

本当は応援の言葉を掛けたかったが・・・。

その年、楽天は日本一になった。


 私の故郷、岡山県が誇るプロ野球界の英雄。

どうか、安らかに、

そして、これからの野球界を見守っていただきたい。













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by ikenosai | 2018-01-06 23:49 | のぼーる(野球) | Comments(6)

「ナイン」その2

 9人ギリギリの野球部

 息子は中学になっても野球を続けている。
中学校の野球部に入り、夏の大会で3年生が引退・・・。
今年最後の公式戦、市民大会準決勝(12月10日(日))も、女子マネージャーが加わって9人ギリギリの試合!

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 投打で流れがつかめない!

 守りのとき、ツーアウトからフォアボールや振り逃げでランナーを出し、けん制、送球がそれ、ランナー3塁。

 ランナーが気になりながらの投球、粘られながらフォアボール、ランナー1、3塁。

 次のバッターへの投球、置きに行ったストライク、討ち取るつもりが長打に・・・。

 このパターンが何回かあり、大差に。

 攻撃中は、ヒットが出て、盗塁失敗。

 2,3塁の時は、2塁ランナーが挟まれた間に3累ランナーがホームを踏む前に、あっさりアウトに。

 ①守備では、ここは絶対にアウトをとるべき時に失策があること。

 ②攻撃では、工夫した走塁や、ピッチャーのモーションの癖や配球のパターンなど、早い段階で観察をしておくことなど、野球のその奧にある醍醐味をまだまだ知らないまま戦っている。

 まだまだ、野球の入り口に立っていて、対戦チームとの意識の差が見えた試合だった。

 この冬に意識が変わればと・・・。

 そう願いながら、ひとり残って次の試合(準決勝もう一試合)を観ていた。











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by ikenosai | 2017-12-16 14:39 | のぼーる(野球) | Comments(0)

「ナイン」その1

 9人ギリギリの野球部

 息子は中学になっても野球を続けている。
中学校の野球部に入り、夏の大会で3年生が引退。
新チームを組むも、2年生がいないため、1年生部員が8人、女子マネージャーが1人。
9人目がどうしてもいないと出場できないもんで、女子マネージャーも一緒に練習をするようになり、公式戦へ!


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 はたして野球は勝つためにやるものか、楽しむためにやるものかで、内容も普段からの練習も変わってくる。
かつて、正岡子規が夢中になった野球は、打たせて、守ってを楽しむものだったと推測する。
最近の野球は、細分化されて、それぞれの専門分野を究めて、且つ、評価する。
「矛盾」という言葉を思い出す。
無失点投手と10割本塁打打者がいるチームが必ず勝てるのだが、同じ内容のチームが存在するとは思えない。
どう崩すか、失策をいくつ連鎖させ、それがつながることで点に結びつく。
それを考えると、柵越えができなければ転がすことが失策につながり、その繰り返しで得点になる方法がセオリーになる。
例えば先頭打者がフライをあげると1回の捕球でアウトになるが、1塁より遠い所にボールを転がすと野手が拾い、1塁に投げなければアウトにならない、遠いと悪送球になったり、足の速い打者走者だと先にベースを踏んだりと、セーフになる確率は高くなる。
そうやって野球には人生哲学のような味わいが生まれ、奥深いものになっていく。
もはや練習はそのためのものでもある。

 最近の息子たちのチームでは数人がピッチング練習をし、その他のポジションも変えて練習をしている。
左投げの息子がキャッチャーの練習をすることもある。
いろんなポジションをやってみることで視野は変わってくる。
息子は現在エース番号をもらっているが、変えられることもあるかもしれない。
ただし、今の人数だと一桁の番号は確実で、ひとりでも欠けると試合には誰も出られなくなる。
しかも、1年生チームが体格の大きな2年生もいるチームと真剣勝負をしている。
いろいろなことを考えながら9人の野球を噛みしめて楽しんでいる。
私も時々観に行って楽しんでいる。













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by ikenosai | 2017-11-23 13:47 | のぼーる(野球) | Comments(8)

野球の神様

 8月27日(木)は息子とふたりで神宮球場へ!

夏の高校野球西東京大会決勝戦「八王子 対 東海大菅生」。

午後1時試合開始だったので、いい席を確保するため、午前11時半前には球場入り。

なんとかバックネット裏を確保。
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ちょうど練習が始まる前だった。

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ケーブルテレビの高校野球のマスコット「夏の女神」を発見!


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そして、試合が始まった!

私たち親子は、八王子の応援!

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3塁側(八王子側)応援席を見上げると満席。


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1塁側(東海大菅生側)もほぼ満席に見える。

前半3点リードしていた八王子だったが、中盤に同点に・・・、そして、延長戦へ。

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延長11回表、さあ、これから攻撃・・・、エンジンを組んで気合いが入る。

そして、八王子に点が入る、さらにもう1点追加・・・。

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その裏、最後はダブルプレーで試合終了。

周りは歓喜に包まれていた・・・!

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かけよる球児たち・・・!

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そのまま、閉会式も観ていた・・・。

息子にこの瞬間を見せたくて・・・。


 野球の神様について私は考えていた・・・。

今日のこの1試合は八王子高校に神様が降りてきて、勝利という輝きを私たちに見せてくださった。

こんなとき、私は、いつも敗戦チームの選手のほうを見てしまう・・・。

そして、輝いていた選手ひとりひとりを眺めていた。

 この日まで、一生懸命に取り組んできたことに輝きを感じながら・・・。

今日は負けてしまったけど、甲子園を目指してがんばってきたこと、その中で、今はつかめていない、まだ気づいていないもう一つの栄光が必ずこの先にあることを伝えたい・・・。

そして、必ず神様が微笑むときが来ることを待っていて欲しいと願うのである・・・。

この大会にたずさわった人々、そして高校生諸君、女子マネージャー、選手からマネージャーに変わった球児、ボールボーイ、プラカードを持った人等々、高校野球をとおして、かけがえのないすばらしいものをつかんだはず・・・。

今は気づかなくても、必ずいつか気づく日が来る・・・。

そして、気づいたときに、高校野球ってなんて素晴らしいんだろうと必ず振り返る・・・。

その日が必ず来ますようにと願いつつ球場をあとにした・・・。


 夏の甲子園、西東京の高校球児、そして、そのまわりのみんなの夢を束ねて八王子高校がんばれ・・・!







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by ikenosai | 2016-07-28 23:57 | のぼーる(野球) | Comments(2)

虎穴に入らずんば虎児を得ず



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4月5日(火)

 急いで仕事を切り上げて、息子と待ち合わせている三鷹駅へ。

先日、いただいた阪神対巨人戦のチケットで東京ドームへ。

 私の影響で、息子は阪神のファン。(パリーグは西武ライオンズファン)

ほぼ試合開始の18時に東京ドームに着いた。

残念ながら、振替の指定席はすでにうまっていて、外野席最上階の立ち見しかなかった。

しかも、熱烈なファンたちが陣取っていたため、半ばあきらめ気分で、3回終了までトイレや売店がある通路の席であらかじめ買っていた弁当を食べていた。

それでも、応援の様子から、誰がバッターで、ヒットかアウトか、点が入ったかが十分に解るので、その応援を聞きながら、状況確認を息子としていた。

そんな状況でも息子は何だか楽しそう・・・。

私は、それを見ていて嬉しくなっていた。

巨人戦の阪神ファンのいでたちに、私は度肝を抜かれた。

特別な応援ユニフォームは異常な感じ・・・。

これはその渦中に初めて入って気が付いた。

好きな選手のユニフォームとニッカポッカに刺繍・・・。

これが尋常ではない、「くたばれ読売」なんて書いてあるもんで、私は関西独特の雰囲気を思い出していた。

高校時代、私の高校は関西からの寮生が多く、そのうえ阪神ファンが多かった。

高3の時の運動会は黄色組、シンボルは「虎」、応援歌に「六甲おろし」。

しかも、その年は、巨人槙原から放ったバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発。

阪神が日本一になった年だった。

こんな時、いつも出遅れる私だったもんで、ものすごい違和感があった。

しかし、慈悲深い阪神ファンの心意気が好きで、30歳を超えたころには、阪神が好きになっていた。

ちなみに、息子の名前は「秀太」。

さすがに、SHUTA(田中秀太)のユニフォームはもう売っていない・・・。

私は、こわざの効く選手が特に好き・・・。


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最上階、あの長身の藤波もここからではコメ粒ほどの大きさにしか見えない・・・。

4回の阪神の攻撃から渦中に入り、応援。

ビール売りのお姉さんが、恰幅の良い44番のおじさんに、「梅チャンのファンですか?」と質問すると。おじさんが一言「よく見なさい」と背中を見せた。(R.BASSにお姉さんは恐縮)


 6回が終了してからだった・・・。

帰り支度をした年配の男性が、息子の応援ぶりを見てか、2枚の半券を私の手に握らせてくれたのである。

「3列目に2席あるから、どうぞ・・・」


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息子と私は、思わず声をそろえて「ありがとうございます」。

そして、3列目へ・・・。


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 今度は、選手がすぐ近くだった。

レフトの高山、センターの横田がまじかに・・・。(表情までよく見えた)

そして、試合は8対2で阪神の勝利。

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 息子は観衆に溶け込み、「六甲おろし」を歌い、勝利に酔いしれていた。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

今回得た「虎児」とは、いったい何だったのか・・・?

初めて「トラキチ」の応援席のど真ん中に入って見えたもの、それは熱烈なファンが集う「同窓会」だった。



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 他にもたくさんの選手のユニフォームが・・・。

私は金本、息子は鳥谷のユニフォームを着て応援していた。

世代を超えて集う熱烈なファンたちが、今の選手たちを支えている・・・。








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by ikenosai | 2016-04-08 17:21 | のぼーる(野球) | Comments(2)

今年も、プロ野球観戦(セ・パ交流戦)

 6月12日(金)

今年もセ・パ交流戦。

しかも昨年同様のカードでライオンズ対スワローズ戦。

昨年と違うところは、息子のチームメイト2人を誘って、4人で観戦。

そして、今年は3塁側スタンドからの観戦。

今シーズンの交流戦。

息子は3試合目の観戦。

対タイガース。

対カープ。

そして、対スワローズ。

この試合のみ私と一緒。

友人のお父さんに秋山のユニフォームを借りての応援。

本当に好きなのは、阪神タイガース。


しかし、西武ファンの応援も嫌いじゃない・・・。



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セパコちゃんの応援から始まって!

  

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レオも!


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1回の裏、ライオンズの攻撃。
スワローズ先発の山中の3球目をライオンズ2番の栗山がファウル。
3塁側スタンドに飛んできたファウルボールが勢いよくバウンドして私がナイスキャッチ。
グローブをはめて待っていたのが功を奏した。
記念ボールになって息子は大喜び・・・!

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ラッキーセブンの7回ライオンズの攻撃も追い上げなく意気消沈。

みんなで風船を飛ばしたが・・・!。


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試合終了。6対9でライオンズは負けた。

それでも子どもたちはホームランも観たし、投手リレーだったので楽しかった様子。


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そう言えば、私と同い年の清原和博が入団した頃のライオンズは強かった。
青いユニフォームが懐かしい・・・。
陰ながら清原氏の第2の人生を応援している。






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by ikenosai | 2015-06-13 23:36 | のぼーる(野球) | Comments(2)

アゲイン 28年目の甲子園

 今日は、公休日。

午前中に、用事を済ませ、映画館へ。

先月、3日で読み終えてしまった重松清さん原作の「アゲイン~28年目の甲子園~」を観に行った。

28年目の甲子園の年齢は、私にとってジャストの年齢。

原作をほぼ忠実に映像化していて、まるで本を読み返しているような感じだった。

最初からエピローグまでが期待通りの完成度だった。

ほぼ同じ箇所で涙が溢れてきた。

青春時代に掛け違えてきたボタンを、少しずつ直していく。

そして、深い傷だったかさぶたをもう一度はがして治療し直すような場面。

それぞれの傷を28年目の甲子園が癒していった。

40代ではないが、柳葉敏郎さんも、中井貴一さんも配役にぴったりの味を出していた。

妻や娘に注ぐことのできなかった純粋な思いが再び呼び起こされ、忘れていた大切なものを探しにいく。

その目標が再び目指す甲子園にあった。

40代、子育て一段落の方、真っ最中の方、その中で、ボタンを掛け違えてきてしまった方にはかなり突き刺さるものが・・・。

 ふと、高校時代からを振り返った。

これまでの私を支えてきたもの、そのとき、そのときに支えてくださった人々を思い出していた。

もちろん、別れてしまった恋人たちも・・・。

さらに思うことは、ボタンの掛け違えをせずに私を支えてくれている妻に感謝がこみ上げてくる。

これまで私に愛想を尽かさないで寄り添ってくれていることに・・・。

見終わるとそんな気持ちになっていた。

先月読んだ原作の感動を「ふたたび」・・・。
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by ikenosai | 2015-01-21 16:34 | のぼーる(野球) | Comments(0)

送りバントが効きはじめ・・・

 先週のこと、昼時に急いで駆け込んだ飲食店の中のポスターに私は釘付けになった。
それは、「アゲイン 28年目の甲子園」という映画のポスターだった。
28年目といえば、私はほぼジャストの年齢。
気になって書店へ行き、原作を購入。
同じ岡山県出身の重松清さんの作品だった。
忙しい仕事の合間にも関わらず、夢中になって読んでしまい、気がつけば3日目には読み終わってしまった。
なんという不覚。
もっと味わって読めば良かったのにと思っても、もう遅い。
しかし、あとから、あとから、効いてくる送りバントのような余韻。
まさに、私の好きな野球の題材で・・・。
ふと、同年代と重なって、いろいろなことを思いだし、考えていた。
それぞれの持っているそれぞれの悩みや、苦しみが28年前に遡って蘇ってくる。
そして、いつの間にかみんながやさしさを取り戻していく。
最後の、甲子園でのキャッチボール・・・、そして、エピローグでのキャッチボールにじわじわと効いてくる重松さんの文章の送りバントが何とも言えぬ感動を呼び、いつしか涙が溢れていた。
久しぶりに、純粋な涙が・・・。
特に、40代半ばの人には何か突き刺さるのでは・・・。

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by ikenosai | 2014-12-24 20:52 | のぼーる(野球) | Comments(1)

お彼岸の朝

 今日は午後から夜勤。

朝早く野球の試合に出かける息子の弁当を作った。

遠い過去の記憶、私にはまだぬぐえない悲しいことがある。

小学校6年生、私はソフトボールチームのキャプテンをしていた。

レギュラーは6年生が2人、5年生が7人だった。

一見、弱小のチームではあったが、5年生にセンターを守っていた怪童がいて、ビハインドな状態から同点ホームランを打って、その後逆転し、最後は優勝。

チーム初優勝の陰にいた大きな土台。

翌年は、彼がキャッチャーでキャプテンになって連覇。

彼の父はコーチだった。

中学で野球部に入り、将来が有望視されていた。

私も、彼は関西方面の高校からスカウトがきて、甲子園にいくものだと思っていた。

そんな彼の家で何が起こったのか・・・?

両親が離婚し、父は飲んだくれになり、最後は、父子で心中したのである。

なぜ、何があったのか、詳しくは分からない。

やさしい彼の眼差しだけが、今も私の記憶に残っている。

私の心の中にいた名選手として・・・。

彼が亡くなったころ、姉の部屋から、「海岸通り」という曲がかかっていた。

涙声で姉が言っていた。「この曲を聴くと亡くなったあの子を思い出す」と。

今でも、あえて聴く日がある。

生きている私にできる小さな小さなこと、彼の供養になればと・・・。

(♪・・・あなたをのせたふねが、ちいさくなってゆく♪)


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by ikenosai | 2014-09-23 09:58 | のぼーる(野球) | Comments(0)

永遠の甲子園

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 昨日、高校球児たちの夏の甲子園が終わった。

 いつものことだが、縁もゆかりもない学校同士の対戦では、私は下馬評の弱いチームを応援する癖がある。

 リアルタイムで観ることができなかったが、三重高校を応援していた。

 今大会では、一押しの敦賀気比高校が優勝すると思っていた。

 しかし、勝負の世界はやってみなければ分からない。

 まして、拮抗する高校同士の対決。

 野球をしていなくても、私が憧れていた甲子園。

 思えば、ほかのスポーツに置き換えてその夢に近づけていたのかもしれない。

 3戦3敗のまま、無名の選手のまま、体育推薦で進学した私は、野球部に根強い人気のあった駒澤大に行かせていただいた。

 閑散としたボクシング部の練習場は、たまに来るOBや監督、コーチはいたが、ほとんどは数名の選手が静かに練習をしていた程度だった。

 2学年上のM先輩に私は可愛がっていただいた。

 今でも、後輩に優しく接することができるのはその先輩のお陰だと思っている。

 そのM先輩の同じ学部の仲良しに、野球部の人がいて、時々私たちの練習場にくることがあった。

 気さくな関西なまりの人だった。

 わたしは最初、ただの野球部くずれの恰幅のいい先輩程度にしか見ていなかった。

 ある日、M先輩が、その野球部の先輩を詳しく紹介してくれたことがあった。

 本人を前に、こいつはこう見えて、PL学園の野球部出身でさあ、桑田が1年の時のキャッチャーだったんだよ、と紹介してくださった。

 控えではあったそうだが、正捕手の怪我で、出番があり、しかもホームランも打っていた。

 何より、甲子園で優勝しているのである。

 そんな人を目の前にして、私はそんなに盛り上がらなかったのである。

 最近になって、当時のこと振り返ってみた。

 ジュンク堂書店で分厚い高校野球史をくまなく探し、とうとうその先輩の情報を見つけたのである。

 PLで活躍した、しかも優勝したメンバーであることが今頃になって熱く感じ始め、なぜ、あのときもっと話をしなかったのかと悔やんでいた。

 それ以前の、池田高校の畠山投手、名電の工藤投手、そして、このブログでも紹介している宇部商の秋村投手のことはよく覚えている。

 なのに、なぜ・・・。

 実は、他のスポーツもそうだった。

 私は、自分のやっていたスポーツにしか視界がなかったのである。

 だから、ボクシングのことは誰よりも詳しく、マニアックだった。

 しかし、高校野球はそこまで観ていなかったことをジワジワと思い出してきた。

 あれだけ、話題になった清原、桑田のドラフト会議も、ニュースで見て知る程度だった。

 ぽかんと空いた情報のない青春時代。

 そういえば、早朝から夜まで練習に励んでいた。

 当時は、おニャン子クラブが大人気だったが、その話題にはまったくついて行かれなかった。

 そんな私に、あるとき、仲の良い友達が、菊池桃子、知ってる・・・?と聞いてきた。

 私は、菊池桃子の顔も名前も知らなかった。

 今思えば、それほどまでに、何かに夢中になれたことに感謝している。

 わたしも、アスリートの真似ごとをし、いつしか、甲子園で優勝するような人たちと同じ大学の体育会でスポーツをしているとは、そのころは夢にも思っていなかった。

 広島カープの野村監督が一つ上の先輩で、大学の体育会年間最優秀選手に選ばれていた。

 嬉しいことに、その翌年は私たちボクシング部のチームメイトが年間最優秀選手に選ばれた。

 彼は、1学年下のK君で、その後にはバルセロナオリンピックのアジア予選までいったのである。

 ロンドンでは、うんと若い後輩の清水聡君がメダリストになった。

 彼をずっと育ててきた指導者が、こんな私を大学にすくい上げてくださった。

 今回の夏の甲子園。

 優勝した大阪桐蔭は秋の大会でコールド負けをしている。

 もともと、強いチームなどない。

 そこまでいくには、計り知れない努力があるからだろう。

 そして、その努力の結集が、最高のチームワークによって醸されているのだろう。

 やっぱり、野球は素晴らしい。

 この秋、息子も、地域の野球チームに入る。

 野球の裾野で、小さな感動を積み上げて欲しい。

 そして、いつの日か、人生を彩る何かを見つけて欲しい。

 私は、夏の甲子園に青春時代の余熱を感じ、そこから、生きる力をいただいている。

 この夏輝いていたすべての高校球児たちに“ありがとう”と伝えたい。

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by ikenosai | 2014-08-26 11:12 | のぼーる(野球) | Comments(0)