いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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カテゴリ:現世に乾杯!( 27 )


立川の花火 “2016”

 今年は15名のお客さんを招いて、我が家のベランダから花火を楽しみました!

 
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by ikenosai | 2016-07-31 21:40 | 現世に乾杯! | Comments(0)

小学校最後の運動会



2013年 6月 9日 投稿の記事より・・・


  私自身の中学の運動会も思い出していた。

 小学校では全てのリレーがアンカーで、応援団長をしていたのに中学では一気に陰の存在。

 800メートル走に出場し、7人中ビリ、2年のときは400メートル走で7人中3位。

 3年のときは、おたふく風邪と髄膜炎で2週間休んで卒業アルバムの運動会のところを見ても、記憶にない場面ばかり。

 決して輝けるものではなかったと記憶している。

 それでも、母は応援に来ていたし、運動会前には自主練習をしていた私にスタミナドリンクを毎日飲みなさいと1箱買ってくれていた。

 両親との色々なことを思い出していた。

 小学6年のとき、父はソフトボールチームの監督になった。

 レフト側のファウルボールの位置に校舎があり、1階が音楽室で2階が図書室。

 1階の音楽室のガラスがファウルボールで何度も割られていたので、その都度用務員のおじさんがガラスを入れていた。

 大変な仕事と思った父が、家に余っている大量の板ガラスを寄贈し、1階の音楽室の窓全面に鉄のネットを組んで取り付けた。

 事前に学校から許可を得て、何日かに分けて少しずつ奉仕活動として自己負担で取り付けた。

 それ以来、音楽室のガラスは壊れなくなった。

 それは、卒業後も、私が大学を卒業して数年後の建て替えまでの間ずっとだった。

 私が通う学校のために精一杯できることをやってくれた父に今はとても感謝している。
 

 果たして私は、子どもたちの通う学校にどれだけ恩返しできているだろうか?そして、先生たちに感謝できているだろうかと思いながら1日を過ごしていた。

 学校は素晴らしい、とにかく子どもたちを見ながらつくづくそう思った。



 


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追記(平成28年6月)

  そして、今回は2年ぶりに運動会を観に行くことができた。

 6月28日(土)だった。

 私の役割は弁当作り!

 友人の父も招待して一緒に観た。









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by ikenosai | 2016-05-30 22:34 | 現世に乾杯! | Comments(0)

贈り物

 田舎からお米が届いた。

一族の長男だった私が、東京に来たもんで、お米作りも途絶えてしまう。

父の願いとは裏腹に、私は田舎を捨てて、東京に・・・。

米作りは、大変な上に、儲からない。

だれも作りたがらないのは当然かもしれない。

 それでも、両親は最後の力を振り絞るように、私に米を送ってくれている。

姉夫婦も協力して、大変な思いをしながら、米作りをしてくれていた。

それだけでもありがたくて、ただただ感謝だった・・・。

 昨日、届いたお米の上にハサミがのっていた。

懐かしい、私が子どもの頃から見覚えのあるハサミ・・・。

梱包していた父が、取り除くのを忘れたまま、送られてきたのである。


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 すっかり歳をとった父が、段々遠くへ行くようで寂しくなった。

それでも、春はもう来ている。

今日の帰り道、桜が咲いているのを見て、義理の母を思い出していた。



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 桜が満開のころ、義理の母は天国に旅立った。

いつか行く道、しかし、目に見えない存在になるとやはり、寂しい・・・。

私も少しずつ近づいている・・・。

それは、父よりも、母よりもずっとあとのことだろう・・・。

せめて、そうであることを願っている。

それが、お父さん、お母さんといつか交わしてきた約束だから・・・。








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by ikenosai | 2016-03-10 22:20 | 現世に乾杯! | Comments(2)

今日は誕生日

 先日、法事で東雲に住む親戚の家に行った。

東雲(しののめ)と読めたのは、通っていた中学校の校歌の歌詞に出てくるから・・・。

私の通った中学校は、津山東中学校。

「東雲の空明けそめて、緑あやなす丘の上・・・」

B’zの稲葉さんと同じ母校。

そして、同じ校歌。


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帰りに見た日の入り・・・。


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橋の下を浮遊していたクラゲ・・・。

凡人の私は、こんな感じかな・・・。

誰にも注目されず、小さく、小さな一隅を照らして生きている・・・。




 そして、今日は1月18日、早朝から雪明りで目覚めた。

「白皚皚たる一面雪景色」(今東光さんの「失望するなかれ」に出てくる)私の好きな雪景色の表現。

 今日は48歳の誕生日!

今年は申(さる)年、閏(うるう)年、オリンピックの年。

私は48歳の年男。

考えてみると、次の年男では、還暦になる。

干支と十干の巡り合わせが最初に戻る年まであと12年。

そして、いろいろなことを考えていた。

親のこと、子どもたちのこと、まわりの人たちのこと、仕事のこと・・・。

どう考えても、折り返し地点はけっこう前に過ぎている。

それでも、人としては成長していきたい・・・。

今年は、魂を磨いて、心の器を大きくしたい・・・。

意識して、そういう年にしていきたい・・・。











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by ikenosai | 2016-01-18 23:27 | 現世に乾杯! | Comments(6)

立川の花火 “2015”


 今年の立川の花火大会。

西日の暑いベランダで、さらに、消防署と自衛隊駐屯地のほぼ毎日のヘリコプターの騒音。

しかし、1年に一度の大イベントになる、このベランダから見上げる大きな花火。

胸にド~ンと突き刺さる花火の爆音。

初めての来客もあり、感動していただき、すてきな一夜に・・・。

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月夜に・・・

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見上げる義理の父・・・



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騒音の駐屯地も、今日は花火が1年分の不満をかき消して・・・


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花火はベランダのすぐ上に・・・


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光のあと、しばらくして響く爆音、そして静かに火の粉が落ちていく・・・
昔は、かまやつひろしの髪の毛にたとえていたのに、今の子たちはライオンキングと言っていた・・・


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クライマックスに近づくと・・・
一つの花火が散らばって、そこからさらにカラフルに開いた花火。
花火の中に花火が入っていて、職人の心意気が伝わってくる・・・
花火の余韻にしばらく浸って・・・
今年の夏も、一つ過ぎていった、そんな感じがして、少し切なくなった・・・
そういえば、たくさん作ったご馳走の写真を一枚も撮らなかった・・・
それぞれの記憶の中にだけ残して・・・






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by ikenosai | 2015-07-26 21:46 | 現世に乾杯! | Comments(4)

竹鶴政孝氏の本当の子ども

 フィクションとノンフィクションを混同される方がいらっしゃるので、削除し、編集させていただきました。

事実は事実としてお伝えしたいこともあるのですが、しばらくは掲載を控えさせていただきます。

晩年のステキなエピソードが満載でしたがしばらくの間、我が家でとどめておきます。

イイネをくださいました皆様に心より感謝申し上げます。

また、ご指摘等、こちらが負と捉えるコメントをくださった方へは、誠に申し訳ございませんでした。

 ご指摘にそいつつ、今後も、個性的なセンスで一隅を照らして参ります!




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 岡山の県北のおいしいお酒。

 「御前酒」「五十鈴」「加茂五葉」「諸白」「東郷」「作州武蔵」「藤娘」「富久迎」「舌鼓」「武蔵の里」「旭鶴」等々。

 学生時代に酒販会社でバイトしていたときに、配達でうかがった造り酒屋もたくさんございます。

ちなみに、「御前酒」は俳優の(故)長門勇さんが、「加茂五葉」は将棋の(故)大山康晴名人がローカルのコマーシャルに出ていました。「御前酒飲まにゃあ、ええ酒じゃ」、「酒は断然加茂五葉ですね。加茂五葉は岡山河内屋へどうぞ」




 

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by ikenosai | 2015-01-27 13:59 | 現世に乾杯! | Comments(0)

1月18日 47才の誕生日に!

 今日は私の誕生日。
まず、元気であることに感謝。
家族に感謝。
そして、私を産み、育ててくれた両親に感謝。
 この一週間は、慌ただしい一週間だった。
義理の祖母が10日に天国に召され、16日金曜日は葬儀だった。
享年99才の大往生だった。
このお祖母様のおかげで私は最愛の妻と巡り逢い、最愛の子どもたちを授かった。
本当に感謝という言葉でしか表現できない。
そして、葬儀の前日の15日木曜日は、夜勤の仕事を終え、入選した娘の絵を観に行った。
昨年と同じ、北多摩地区中学校美術展だった。
個性的な作品を作る娘。
どこか私と似ている感じ・・・。

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得意分野があるだけでもありがたい。
そして、この作品を選出してくださった中学校の先生にも感謝。

今日は、誕生日にと妻がご飯を作ってくれた。
私の好きな母の料理。
マザコンではないが、こんな気配りをしてくれる妻にもただただ感謝。


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by ikenosai | 2015-01-18 21:07 | 現世に乾杯! | Comments(2)

故郷

「旅情」

  

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                     那岐山(残念ながら紅葉は終わっていました。)
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                   菩提寺(法然上人の幼少期の修行寺)
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                  法然上人が植えたといわれる大銀杏
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                        実家の干し柿
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                        西南西に日が沈む頃
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                  北北東は那岐山、まだ明るい(山の向こうは鳥取県)

2014年、11月21日(金)

 夜勤明けの日、小走りに私は駅に向かった。
どうしても会いたい友人に会うためだけに、津山の実家に新幹線で帰った。

 2時過ぎ、明石を過ぎた頃、まだ、おやつには早いが、岡山に着くまでにと、買っておいた、カフェラテとついでに買ったシベリアを食べながら、外を眺めていた。
南の上にあるキラキラとした太陽が、海を銀盤のように照らし、私は見とれてしまっていた。
ぼんやりと旅情に浸っていたら、また、駅を通り過ぎた。
反対側の窓を見ると、復活した姫路城が堂々としていた。
悠々と流れる月日の中を、慌ただしく通り過ぎている私。
ふと、上京してからの30年足らずの月日を思い返していた。
トンネルに入って、窓に映った自分の顔を見ると、白髪交じりの中年になっている自分に気がついた。
やっぱり歳をとっているんだと感じながら顔をじっと見ていた。
そういえば、友人とも30年のつき合い。
こんな私を今も大切にしてくれている。
本物といえる友人は他にはいない。
そう思い、この縁の意味を深く深く考えていた。
馴染んだ景色を車窓から、ぼんやりと眺めながら。

 しばらくして、慌ただしい今週の出来事を断片的に思い起こしていた。

 娘と二人で、NHKの連続テレビ小説「マッサン」を観ていたときのこと。
帰郷したマッサンと幼馴染みのやりとりが、中学2年の国語で出てきた魯迅の「故郷」と重なり、娘に話してみた。
すると娘は、この前、授業が終わったばかりとのこと。
私の伝えたい思いが、すべて伝わった。
今は、中3で出てくるお話。
共有できたことが嬉しかった。
 景色を眺めながらの旅は、旅情とともにいろいろなことを考え、そして、気づくことがある。
ケータイやパソコンの画面ばかり見ていても、こんなに旅情は湧いてこないと思う。
そして、今も忘れず覚えている「故郷」の最後の文章が頭の中に浮かんでいた。
「希望とはもともとあるものでもないし、ないものでもない。それは地上の道のようなものである。地上にはもともと道はない、歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

 具体的に行動しなければ見えてこないし、気づかないことばかりである。
少なくとも、私はそんな人間であり、これまでの経験上、それを強く感じている。
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            中学校の修学旅行、自作の清水焼の絵付け






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by ikenosai | 2014-11-23 10:40 | 現世に乾杯! | Comments(0)

世界一のスコッチウヰスキーを作った男の晩年


 英国の『ウイスキーマガジン』が2001年に行ったコンテスト「ベスト・オブ・ザ・ベスト」の結果、ニッカウヰスキーの『シングルカスク余市10年』が総合第1位となった。


私はすぐに同じ蔵で眠っていたウイスキーを取り寄せた。


2位がサントリーの『響21年』で、世界のウイスキーの頂点を日本勢が独占した。


そのとき、まだおばあ様はこの世にいらした。


NHKの連ドラでウイスキーが注目されている。

世界一のウイスキーを作る男の晩年を支えたお祖母様もきっと天国でお喜びのことでしょう。


 我が家に残る、お祖母様の遺品。


リタ婦人亡き後の晩年を寄り添ったお祖母様からいただいたいくつかの品々。


非売品の書籍、タンブラー(竹と鶴の絵柄の特注品)等々。


今は、写真ととともに、妻の幼少のころの思い出とともに・・・。

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by ikenosai | 2014-09-30 21:18 | 現世に乾杯! | Comments(1)

~袖振り合うも多生の縁~

 大学2年のとき先輩の弁当屋を離れ、たまたま入った三軒茶屋の牛丼屋の求人広告から私の運命は変わっていった。

覚悟を決めて、朝6時半からのバイトを志願した。

人手がなく、困り果てていた社長にとって私はまさに救世主のようだった。

とんとん拍子で時給が上がり、1年も経てば全部の先輩を追い越していた。

不器用で愚かな私も真面目だけがとり得だった。

当時は牛丼のたれも、焼肉定食のたれも、しょうが焼きのたれも全てを自分たちで作っていた。

今思うに、あの牛丼の味を越える店に私はまだ出逢っていない。

大学4年のとき店長になった。

月給は35万円。

学生のぶんざいで高収入だった。

社長に可愛がられ、大切にしていただいた記憶ばかりである。

一途に牛丼の店を切り盛りしていた。

毎朝、日報を書き、棚卸しをし、発注をして・・・。

前日の売り上げを持って銀行に行っていた。

あわただしい日々に疲れ果てていた日もあった。

唯一の癒しは、窓口の可愛くて愛想の良い新人の女の子。

いつの日か、それが楽しみになっていた。

いつか、この人の心に私の思いが届きますようにと念じ続けていた。

神様に祈り、仏様に祈り続けていた純粋な私がそこにはいた。

振られそうになるたびに、恋愛ソングに酔いしれて、失恋ソングに酔いしれて・・・。

こんな思いになれたことに切なさの中にあっても、しみじみ感謝していた。

出逢いから5年後、彼女は私の花嫁になってくれた。

何か力強いご縁があったのだと思う。

赤い糸なのか何なのかはわからない。

前世でご縁があったのかもわからない。

愛媛県西条市、新居浜市に先祖がいる彼女と南宇和に先祖がいる私。

合せて8人の祖父母のうち、4人が愛媛県出身。

どこかでつながり、どこかでご縁をいただいていたのだと思う。

先祖と先祖でつながって、魂と魂がつながっていたのかもしれない。

そう思うだけで感謝がこみ上げてくる。

私を、私の奥さんを、私たち全てを育んでくださったご先祖のご縁に感謝だと思う。

袖振り合うも多生の縁・・・人の出逢いは不思議なもの。

そして、世界一美味しいと思っている牛丼を食べられる三軒茶屋のあの店は今はない。

それでも、私はあえて松屋に牛丼を食べに行く日がよくある。

お世話になった社長は設立当時の幹部だったとのこと。

なので、松屋の牛丼を食べると、これまでの全てのご縁に感謝が込み上げてくる。

そして、私をここまで導いてくださった現世の人々にもただただ感謝が込み上げてきては、命の洗濯をしている。

三軒茶屋の牛丼屋から始まった私と奥さんとの出会いの日々・・・。

そう言えば子どもたちが生まれてから行っていないあの三軒茶屋の街。

懐かしい思い出の詰まったあの街は今どうなっているだろう・・・。
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by ikenosai | 2013-12-26 18:43 | 現世に乾杯! | Comments(0)