いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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~多様化する若者への支援~

◇発達障害者支援法の施行で自立支援に希望が!

 戦前、戦後の極端な時代に翻弄され、さらに高度経済成長の中で、曖昧にされてきた子どもたちへの子育てと教育は今、個々に合わせたカスタムメイドな処遇環境が必然的な状況です。


◇発達障害をどう捉えるかが鍵となる
 発達障害者支援法では、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ方々の援助等について定められています。

長年にわたって福祉と教育の谷間で取り残されていた発達障害者を社会福祉の法制度において位置づけ、発達障害者の福祉的援助の道を開くため、障害の早期診断・療育・教育・就労・相談体制などにおける発達障害者支援システムの確立を目指すことなどが初めて制度化されるようになりました。

以前、「育て直し」で詳しく取り上げましたが、学校、家庭、社会等の環境において適切で確実な関わりをしていくのは非常に困難です。

答えが何かなんて解らなくなっています。

そういった社会において増えているうつ病などの精神的な心の問題に加え、発達障害へも公の立場から光が当てられるようになってきました。

しかし、これには1つの問題があります。

それは親や保護者の意識です。

障害をどう受け入れ、どう向き合うかで該当する本人のその後に影響するのです。

そして、早期発見・早期支援が個々の幸福につながっていきます。


◇カスタムメイドの支援プログラムで個々に合った支援を

 心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害、発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受けることなどに対し、その心理機能の適正な発達を支援し、及び円滑な社会生活を促進するため、その特性に対応した医療的、福祉的及び教育的援助がスムーズに受け入れられるために、関係者を中心とした協力体制のもと適切な環境が具体化されるようになっていくことでしょう。

ただし、その環境づくりをするためには保護者を中心とした関係者のより深い理解と子どもたちの幸せを実現させようとする意識を持って、かつそれを行動につなげていかなければなりません。


◇差別なく支えられる環境づくりを

 生きていく中で不公平と感じることはたくさんあります。

衣食住がままならないのであれば、これは国家レベルでの問題でもあるのです。

幕末からの政策、法制度において、誰を優先してきたかが今ごろになってはっきりと出てきているのです。

戦前戦後においても、その時代時代で価値を強制的につくらされ、長年にわたって、知恵を育てるといった教育はなされてきませんでした。

戦後の諸外国の介入で、私たちは自由を手に入れたかのような錯覚をしていますが、張り子の虎のような政策や貨幣経済に強い影響を受け、その中でたくさんの利益を得た者もいるかもしれませんが、知恵が育たぬ生き方は、心身の充実を優先した価値を生むこともなく、歪んでしまった新たな価値を生み、社会や集団にそぐわないものを排除し、目隠しをしてきただけなのです。

そして、その世代間の問題が、子育ての環境、教育の環境に影響を与え、それぞれの自己実現に向けた生き方が分からないまま、社会への順応を強制させられてきたのです。

それでは、社会は何をすべきかということになります。

そこに実は教育の真価が問われているのです。

問題解決はそんなに難しいことではないのです。

それぞれができることを確実にやって、努力を惜しまない価値観を持つこと。

すべての評価をお金に換算しない生き方ができるようになることなのです。

それぞれが何とか食べていかれることが大切で、適切な所得の再配分や資源配分の調整は大きな課題なのです。

そして、努力もせず、その努力の意味も理解できないまま公教育を通過しているのであれば、そこに文科省や教師の責任があるのです。

ひとりひとりは違います。

以前、DNAについて取り上げましたが、それぞれの自己実現に向けてそれぞれの成長が百パーセントに近づくことが、子育てであり、教育なのです。

どの時代でどの年齢であっても、学ぶ姿勢は大切なことです。

子どもたちにおきている問題は、社会をそのまま映している鏡なのです。

すべてはおこりうるべくしておきているだけのことなのです。

受容し、ともに学び、育てていくことなのです。


◇幸せを願うとはどういうことなのか

 若くして息子さんを亡くされた方がいました。

筋ジストロフィーという難病のため23歳で亡くなったそうです。

当時は医者のほとんどがこの病気を知らなかったそうです。

病院を虱潰しに訪問し、やっと息子さんの病気の真相が明らかになった夜。

眠る息子さんの前で、夫婦ともに向き合い、一晩、泣き明かしたそうです。

経営していた会社を離れ、息子さんの病気とともに人生を歩むことになります。

小学校の途中で歩行困難になり、毎晩、お父さんの介助で入浴をしていました。

14歳のある日、お風呂の中で息子さんが「僕の病気は治るの・・・?」と尋ねます。

お父さんは、覚悟はできていましたが、とうとうこの日がきてしまったかと複雑な気持ちだったそうです。

それでも真実を話すしかないと決めていました。

お父さんが「治らない。」と答えると、息子さんが「じゃあ何歳まで生きられるの・・・?」と尋ねます。

お父さんは「20歳位だと言われている。」と答えたそうです。

どうやら、息子さんは分かっていたようです。

しかし、お父さんがどう答えてくれるのか、それを確かめるために質問をしたのです。

「僕には僅かな時間しかない」と息子さんは悟ったそうです。

残されたわずかな人生そして今を息子さんはどう生きるべきか考えたのだと思います。

翌日から猛勉強を始めたそうです。

息子さんにとって悔いのない生き方とはおそらく、今を懸命に生きることだと思ったのでしょう。

そして、両親は息子さんの幸せな生き方を願いながら最期まで寄り添ったのです。

短命であるから不幸、長生きであるから幸せとは限らないのです。

それは如何に自分らしく自己実現に向けて生きていくかが幸せに生きていくためには必要なのです。

その生き方への知恵を授けることが教育の最大の目標だと言えるのです。

幸せを願い、自己実現に向けての知恵を授けることなのです。

それは知識優先型で偏差値の高い大学に身の丈も合っていないのに苦しんで勉強して進学することではないのです。

しかし、それが苦しみでなければいいのですが・・・。

その知識優先型偏差値教育の象徴である官僚ですら、汚職事件で裁かれたりして決して親が願ってはいない、自分でも願ってはいない自己実現とはほど遠い人生を歩む人もいるのです。

話が極端かもしれませんが、誠実に生きるための知恵を授けることが本当は大切なのです。


◇産業革命から学ぶワークシェアリングの意味

 産業革命はひとりの人間が10人分、100人分の仕事をして、多額の利益を得ることを可能にしました。

家畜の力を使い、水力を使い、最後は機械化され、蒸気の力を利用し、石炭から石油へと進化し、さらにコンパクトなエンジンが開発され、しかも廉価になっていったのです。

今まで人間がやっていた仕事はどんどん機械に奪われ、逆に機械を持った人間は何人分もの仕事を奪っていったのです。

そこに貨幣経済のトリックが加わり、本来の人間のもつ大切な感覚を麻痺させていったのです。

お金というものは腐りません。

物々交換をしていた時代からみると凄いことなのです。

しかも無限に増やすことが可能なため、ひとりでは使い切れないほどの欲望におそわれるのです。

金持ちになりたいのはごく自然なことかもしれません。

しかし、米国中心の貨幣経済が蔓延り、ニクソン大統領のころ通貨(ドル)は印刷さえすればよいと考え、しかも多額のドルを海外に放出してしまったのです。

海外に出ているうちはアメリカも金持ちの国でいるような気持ちになれますが、さて、そのお金が国内に戻ってきたときは一気にインフレションに襲われることでしょう。

金本位制を止めたために、印刷物としてのお金はいずれただの紙切れになってしまうのです。

最終的に残るのは地に着いた経済活動だけなのです。

ドルを拒否したイラクは適当な理由をつけられて国家を潰され、イランも同様の道を辿るような状況です。

救世主オバマ大統領がそんな政策をとらないでいてくれれば救われる国もあるでしょう。

これまでのアメリカの経済政策は落語の八つぁん熊さんの花見酒と同じことをやっているだけなのです。

熊さんが酒樽の持ち主になって、1杯10文で八つぁんに飲ませる。

酔っぱらったところで今度は酒樽の持ち主を交代して、熊さんがもらった10文を払って飲んでいく。

その繰り返しで何回も飲んでいくのです。

お金が行ったり来たりしていて増えることも減ることもない。

しかし、確実に酒は減っていくのです。

これを地下資源に置き換えると先進欧米諸国の経済にあてはまる訳です。

二酸化炭素の排出権を発展途上国から買い取るのも似たようなものです。

いずれ温暖化につながるのですから。

しかも取引されるお金が兌換紙幣でないため大インフレになったドイツと同じように、やがて紙幣はただの紙切れになってしまうのです。

それでは仕事とはいったい何かということになります。

人間本意に考えると仕事とは人間にできる人間に必要なことをするための労働で社会においてはその分業をしているのだといえます。

そのためにはそれぞれが分担を持つことなのです。

だから役割の意味とか価値を感じて従事することは重要になるのです。

キャリア教育の基本はそこにあるといえます。

しかし、どうでしょう。

知恵を絞れば楽な生き方は何とおりもあります。

だから、株や不動産を自在に操って生きている人も多く、利己主義に生きようとすればそれなりの生き方ができる世の中でもあるのです。

しかし、人間の生存を原則に、かつ人間らしく、かつ文化的にバランス良く生きる道を考えたら結局は、誰かがお金を持ちすぎることも、仕事をやらなさすぎることも問題になるのです。

歪んだ考えは心の中の価値観にまで影響を与え、幸福感を得るための指針がずれたり、崩れたりするのです。

人間社会において、人とのつながりはとても重要です。

信頼関係から生まれる安心感は心を安定させるための必須条件です。

仕事もお金も分け合うことでそれぞれの役割が果たせ、その満たされた幸福感からも信頼関係は生まれるのです。

そして、有能なものにはそれだけの使命があり、能ある鷹が爪を隠すようではせっかくの才能も日の目を見ぬまま消えていくのです。

能ある鷹は爪を出せ。

有り余る才能を出し切る充実感は本人の幸福感だけでなく、周囲にその恩恵を与え、感謝されることでしょう。

そこに価値の持てる教育が今、求められているのです。

そして、その才能はニーズに応えるためにあり、人々の代表者として授かったに過ぎないのです。


“お弁当”

 子どもたちのお昼ご飯には、親の子育てへの意識がそのまま現れています。

お昼にいただく弁当はお母さんの子どもへの関心の深さがうかがえます。

だからといって重箱にたくさんの手の込んだおかずを詰めればいいということではありません。

保育園や幼稚園でお弁当の日が増えるとお母さんたちから不満が出るそうです。

現代のお母さんも忙しいようです。

今の子どもたちの弁当事情は、冷凍食品が多く、しかも、温めないでそのまま入れておくと昼には具合が良くなっているものがあります。

これだったらお父さんも作れるので、お母さんに代わってお父さんの日もいいのではないでしょうか。

世の中が夜型の生活スタイルになって、寝る時間はタイムスケジュールの中で押していきます。

そして、ギリギリまで睡眠にあてられ、朝の時間が少なくなってしまうのです。

朝の身支度の優先順位は、食べることも、新聞を読むことも省かれます。

親が遅ければ、子どもはもっと遅いです。

弁当も本当は作りたくありません。

なので、一番子育てに手を抜く親は、お金を持たせて、コンビニなどで買わせるのです。

もっとひどい親は、お金も持たせません。

その典型が、給食費などを払わない親です。

小学校卒業後、中学でも給食があればいいのですが、なければお金も持たせないで学校に行かせるのです。

朝寝坊で朝飯抜きで昼も抜きだと子どもは学校にいられません。

勉強をする気にもなれません。

だから、同じような仲間を集めて、学校を抜け出し、遊ぶのです。お金もなければ悪いことをして遊ぶ方法を考えもします。

同じ家庭環境で同じ境遇だと同じような価値観で遊ぶようになるのです。

そして、親子の距離が離れ、反抗するようになっていきます。

親は関わるのが面倒だからほったらかしてしまい、子どもの精神的な成長を支えられないまま大人にしてしまうのです。

 お母さんが作る弁当には、一生の幸せを約束するくらいの愛情が詰まっています。

子育てへの意識がたくさん詰まっています。

季節のものや前日の夕食の残りでも子どもは満腹になれるのです。

お母さんの気持ちがその弁当から伝わるから大切に食べるのです。

買った弁当は見栄えはいいですが、冷たく味気ないものです。

やがて大人になって、子育てするようになったとき、お母さんの弁当に感謝し、自分の子どもにも弁当を作るのです。

弁当を作ってもらえなかった子どもは、母の弁当のイメージが記憶の中にないのです。

それはとても不幸なことです。

それでも、次の世代を大切に考えるお母さんは意識を変えて子育てをしていきます。

素晴らしいお母さんだと思います。

しかし、なかなかそうはいかないようです。

私が生まれた昭和40年代は便利な子育てが蔓延しました。

今、その時代に育った人たちが親になって子育てをしています。

だから、便利が一番なのです。

子育てもできるだけ楽な子育てを優先してしまいます。

弁当作りは、普段作らない人にとっては楽ではありません。

だから弁当を作らない人が少なくない世代なのです。
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by ikenosai | 2009-06-04 15:48 | Comments(0)

親との距離、他人との距離

 思春期は、幼少期からの周囲の関わりがとても大きく影響します。

そのため、幼少時期からの関わってきた経過を振り返り、今後に生かしていくことが大切になります。

子どもが幼い時期は、不安ごと全部を受け止めてくれる大人が必要です。

その環境が安心につながっていきます。

この時期に膝にのせたり、抱っこしたりして、スキンシップをしていないと、子どもは不安定に育ちます。

そういった関わり不足の影響で自立しようとする精神が育たなくなり、いつまでも大人になれなくなるようです。

 思春期は中途半端な答えしか出せない時期でもあるので、まだやってもいないのに“無理”だとか、決断ができず“微妙”というような答え方をします。

そんな表現はさほど気にすることもないのですが、周りの大人たちがそういった表現を否定するような場合は、ますます不安定になっていくのです。

 女の子の場合は、幼少期から大人の体に変わる頃までの間に、父親を中心とした男性とのスキンシップも充分にとっておいて欲しいものです。

思春期以降の異性との関わりの中で、不足していたスキンシップなどの影響が年齢に相応しい男女交際を困難にさせ、淋しさや心のすき間を埋める方法として性意識へのハードルをより低くしてしまうようです。

 男の子の場合は、その逆で、女性を中心とした母親とのスキンシップが重要になります。

 思春期にはいると今度は、同性の親との信頼関係が重要になります。

女の子であれば、父親には話せないことばかりになってきますし、男の子であれば、母親には話しにくいことばかりになってきます。

そこで、親としては、否定もせず、肯定もせず、全部の悩みを受け止めてくれる大きな度量が求められるようです。

そして、少しずつ、方向性をつけてあげながら、しっかり見守っていかなければ、糸の切れた凧のように不安定になっていくのです。

再び意識を持とうとしても、もとの原型を留めていないくらいに傷ついてしまうのです。

そこで、子どもの行動を同情することもなく、頭から否定すると、子どもは大きく反抗し、親よりも友だちとの信頼関係を優先するようになっていきます。

 もともと離れていた親子の距離なので、自分を理解してくれる人が現れると、そちらを優先するようになるのは自然なことです。

少しでも、一時でも自分に理解を示してくれた人間に心を許してしまうのです。

それが異性だったら、性に走るのは自然なことなのです。

それ以外に信頼関係らしきものをつくったことがないのですからしょうがないのです。

タイムリーな性教育は、実のところ、子どもが大人の体になるまでが勝負です。

親が面倒臭がったり、子どもの質問をはぐらかしたりすると、正しい理解は遠のいてしまうのです。

 “14才の母”というドラマが話題になりましたが、現在日本の10代の出産は、年間1万6千人から2万1千人もい ます。

驚くことに14歳以下の出産も、毎年40人~50人もいて、10代の中絶数となると3万件前後もいます。

ドラマの影響なのか、その後、ドラマのヒロインのようになりたいという浅はかな考えの少女たちが一時の感情で理性を失い、妊娠し、出産をするのです。

もし思春期までの親との関わりが充分だったら、恋愛対象の男性とは年齢に合った交際、年齢に合ったコミュニケーションからしっかり選別し、理性ある男女の関係を築けるはずです。

それは、恋愛対象の相手より、親との距離の方がより近く、信頼関係も充分だからなのです。

そして、信頼ある親のアドバイスに耳を傾け、悩みを相談できるはずなのです。

14歳以下で妊娠し、出産した赤ちゃんの親権は、自立できない実母よりも祖父母の方が育てられるだろうということで、実母の弟や妹として戸籍に入れられることが多いそ
うです。

 意識した親の関わりによって強い心が育っていき、理性の備わった交際ができるようになり、やがて本物のパートナーを見つけたとき、母親との信頼関係と同じくらいの信頼関係がパートナーとの間にも出来上がっていくでしょう。

そして、その出来事に母親が祝福し、やがて父親や家族からも祝福されるようになるのです。

 子どもは早かれ遅かれ育っていくものです。

大切なものを育んで、自立して親もとをはなれていくのです。

授かり、やがて自然に返す運命なのです。

子どもは自分のものではないのです。
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by ikenosai | 2008-10-23 16:50 | Comments(0)

病んでいる現代人

 私が新幹線に初めて乗ったのは、大学受験で東京に来るときでした。

新大阪まで高速バスに乗って、そこからひかり号の自由席券を券売機で買いました。

駅のホームでは何本もの新幹線が出ては入り出ては入りして、よくまあこんな間隔で満席の車両が入るものだとビックリしました。

運良く、窓側に座れたので、私は窓に顔をくっつけて外の景色に釘付けでした。

新幹線の速さにも興奮しましたが、京都を過ぎ、遠くかすかに見える琵琶湖らしき大きな湖、名古屋城、浜名湖、富士山、熱海から見える海、新横浜を過ぎて、多摩川を渡り、東京タワーが見えたとき、ああとうとう東京に来たと実感しました。

山手線に乗り換えても、景色に釘付けでした。

皇居が見え、東京タワーが見え、高輪のプリンスホテルが見え、首を右に左に、景色を見るのに忙しかったのです。

そんなもんで、今でも車窓からの景色を眺めるのは大好きです。

 ある夏休みのこと、飛行機で母の実家の島根に行ったとき、翌日から台風で、数日後の飛行機が心配でした。

台風は出発の前夜に通過しました。

雲のない青い空に、飛行機が飛び立ちました。

離陸から、しばらくして、祖父母の住んでいる浜田市瀬戸ヶ島が真下に見えました。

しばらくすると今度は、日本海側から瀬戸内海側に行き、明石海峡大橋が見え、琵琶湖が見え、富士山が見え、伊豆半島が地図と同じ形で見えました。

台風一過のプレゼントに思いがけず感謝しながら、大展望台から日本列島を眺めたような気がしました。

この日のチケットは倍額でもいいとさえ思いました。

 先日、家族で帰省して、その帰りに名古屋を観光しました。

さあいよいよ東京に帰ろうと新幹線の予約をすると、ほぼ満席で、家族はバラバラに座りました。

残念ながら、私の大好きな窓側には座れませんでした。

そして、新幹線は到着するまで、ほとんどの窓の日除けが下りたままで、みんな眠っていました。

忙しいビジネスマンには移動時間は寝るに限るようです。

そして、私のとなりのビジネスマンは、両肘を、肘置きにのせて、新聞を大きく広げ、読んでいました。

私は、その隣で、体を潜めて、弁当を食べていました。

景色の見えぬ、暗い新幹線の指定席車両から私は思いました。

多数派が景色に興味がないこの現状に、少数派の私の方がおかしいのだろうかと・・・。

そして、子どもたちもゲームに夢中で、外の景色には興味がなかったようです。

新横浜を過ぎた頃、息子を抱きかかえ、出入口の扉に行き、そこから一緒に外の景色を眺めていました。

成田エクスプレスを追い越し、山手線を追い越し、その景色に息子は大喜びでした。

いつまでもこんな無邪気な心を大切にしてくれたらいいのになあと・・・思ったわがままな私でした。
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by ikenosai | 2008-10-23 16:47 | Comments(0)