いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新のトラックバック
終戦のエンペラー
from Anything Story
カテゴリ
画像一覧
お気に入りブログ
記事ランキング
最新のコメント
 いつもやさしいコメント..
by ikenosai at 21:10
素敵なお写真ですね。 ..
by suzu-clair at 08:01
> manekinnte..
by ikenosai at 21:45
大トロ・・・・ そ..
by manekinntetti at 06:24
> sakomamabo..
by ikenosai at 23:10
以前の記事
メモ帳
ライフログ
タグ
ファン
ブログジャンル
検索
人気ジャンル

思春期におたふく風邪

 中学3年の時、おたふく風邪にかかった。

いとこの通う保育園で流行し、やがて私にもうつった。

頬の下の辺りが膨れてきて、段々見てくれが悪くなってきた。

そして、体を動かすのも辛くなってきて、数日間は学校を休むことになった。

当時、寝たきりの祖母を訪問に来るドクターが、私を気遣い連日の往診をしてくれた。

やさしいドクターの往診にとても感謝した。

1週間が経って、症状も落ち着き、来週から学校に行っても良いでしょうと言われ、私は食べたいものをリクエストし、母は夕食に出してくれた。

鯛の刺身に、すき焼きだった。

めっきり免疫力の低下していた私だったが、そんなことはすっかり忘れていた。

その日の夕食後、久しぶりの風呂からあがって、すっきりしていたら、体がかゆくなってきて、あっという間にじんま疹におそわれた。

体中がかゆくてかゆくて、かいてかいてその日のうちにエレファントマンのようになってしまった。

結局、次の週も連日休んだ。

難解な症状にドクターは往診を重ね、数日後に髄膜炎であることが解った。

おたふく風邪に続いて、髄膜炎を引き起こし、めっきりやせて、気持ちも萎えていた。

その間には中学校で運動会もあったが、見学することすらできず、家で寝ていた。

友だちも心配し、見舞いにきてくれたが、じんま疹だらけの不細工な顔にもかかわらず必死で愛想をふりまいた。

運動会にはでたかった。

勉強は苦手だったが、成長期のまっただ中で運動だけは誰にも負けない自信があった。

空白の2週間。

卒業アルバムを見ても、運動会の写真には全く見覚えがない。

あれだけ毎日休まずいっていた自分にとって、空白ができたことがショックだった。

2週間ほとんど動くこともできず、ぐったりと布団の中に横たわっていた。

母がテレビでも観られればと居間に布団を敷いてくれた。

隣の部屋では寝たきりの祖母がいた。

ふすまごしに私を気遣ってか、よく言葉を掛けてくれた。

めっきり参ってしまっていた私は、寝込んだ初日から昼間はずっとテレビばかり観ていた。

昼間のテレビは、あまり興味がわかなかったが、何となく観ていたら、2時から「木枯らし紋次郎」の再放送が始まった。

それは、私が寝込んでからずっと、月曜から金曜日までやっていた。

退屈なはずだった私は、翌日も、その翌日も2時になるのが待ち遠しかった。

市川崑監督の味のある作品だった。

紋次郎の人間性に不思議な魅力を感じた。

ただの渡世人に見えたが、生い立ちにすごく暗い影を持っている。

当時の赤ん坊は穀潰しのように扱われ、家族の定員をオーバーするとまびかれていた。

貧農の住む里山にはまびき地蔵があり、紋次郎もそうなるはずだった。

しかし、どういう訳か生きながらえた。

小さい頃から、おまえはまびかれるはずだったと兄姉から言われ続けて、思春期を迎えた紋次郎は家を出ていく。

誰とも関わろうとはしない彼が、最後に何とも言えない人間らしい後味を残して番組が終わる。

原作の笹沢佐保、市川崑監督の絶妙さに加え、どろどろとした鈍い殺陣のシーン。

1つ1つにこだわりがあり、関わったスタッフの熱意が伝わってくる。

地味に紋次郎を演じる中村敦夫が非常に魅力的である。

ドラマ自体が卓越した作品になっていて、回を重ねるごとにその魅力にどっぷりと浸かってしまった。

2週間もの間、病の床で何もできなかった私にとって、この紋次郎の時間は唯一の楽しみの時間だった。

思春期のおたふく風邪は、その後にも心配を残した。

それは、私が子どもを授かるまで続いた。

妻の妊娠の知らせに、私の両親は本当に喜んでくれた。

今でも、中村敦夫をテレビで見かけると、私は木枯らし紋次郎を思い出し、当時の闘病の日々と、今は亡き我が家のホームドクターを思い出す。

今年は、市川崑監督が天に召された。

素晴らしい作品の数々に感謝し、心よりご冥福を祈る。

そしてまた、昭和の巨匠が去り、1つの時代が過ぎ去っていった。
[PR]

by ikenosai | 2008-12-04 05:22 | 思い出のポケット | Comments(1)
Commented by おたふく風邪.com at 2009-01-13 09:38 x
ikenosaiさん、はじめまして(^^)
『おたふく風邪.com 』を運営している木下と申します。
www.otahukukaze.com

こちらのHPを参考HPとして紹介してもよいか確認したく
直接コメントさせていただきました。
おたふく風邪を患った当事者様やその関係者様の記事を掲載することで
同じ悩みを持つお母さん・お父さんたちの助けになると考えております。

既に皆様のご好意よりブログをいくつか紹介していますので
『闘病記・ブログ』のページを是非ご覧くださいませ。

御了解頂けるようでしたら
折り返し掲載方法をご連絡差し上げますので
何卒よろしくご検討をお願いいたします。

メールにてご返信頂ける場合は、下記アドレスまでお願いいたします。
mail☆otahukukaze.com(@を☆に変更しております)
<< 君子ガ豹変セネバ ドリルとパンの思い出 >>