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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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“子煩悩”だった森鴎外


  父は人の気持について、実に微妙な、同情深い心を持っていた。

その人の欠点、ひけめ、そうしたものに少しでも触れる事を非常に憎み、かつ怖れた。

 母が子どもたちを叱責するような場合、その子どもの容貌だとか、その他の欠点に触れるような事が少しでもあると、父はたとい自分の子どもに対してであってもそう言う事を言うものではないと言ってよく怒った。



 上の文章は、森鴎外の次女、小堀杏奴さんの著書『晩年の父』の中に出てきます。

父としての鴎外は、その当時としては珍しいほど子どもたちに対してあたかい接し方をしていました。

幼い子どもたちが寝るときに、鴎外の手を子どもが握って安心して眠りにつく。

寝入るとまた書斎に戻っていって仕事をしました。

子どもが話す長々としたおとぎ話を喜んで微笑みを浮かべながら聞くのです。

こうした子どもの世界に同じように浸って話をしたのは、教育的な配慮もあってのことでした。

妻に対して、「お前はもっと子どもの話を一生懸命に聞いてやらなくてはいけない。

大きくなるほど子どもは親に何でも話せるようにして置かないと、思いがけない間違いが起こるものだ」と言っていたそうです。

鴎外は、陸軍の軍医総監を務めた軍人であり、家でもよく軍服をきたまま過ごしたそうですが、心は物静かで柔らかな人物だったようです。
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by ikenosai | 2008-11-09 09:51 | 温故知新 | Comments(0)
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