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あの人が会いに来てくれたのは、僕の死刑が確定してからだった。 今更何をって、そう思った。 でも、不思議だった。 もうこの世に未練などないと自分に言い聞かせて冷めきっていた。 そのはずだったのに。 上告が棄却されてから、僕の目の前の世界がどんよりとした鉛色になった。 最後は暗黒へと落ちていく僕の人生だとそう思って覚悟していた。 これが僕に敷かれた運命のレールだったのだと、そう思っていた。 あの面会以来、あの人から書簡が届くようになった。 短い文が葉書1枚に書かれている。 なぜ、僕に会いに来てくれたのかが分かり始めたのは、それからだった。
まだ充分に若かった。 あの人と僕はそれぞれの田舎から上京して何年か経っていた。 あの人が幸せになるはずだった結婚が破談になったばかりだった。 あの人を奈落の底に突き落としたのは、急に降りかかった多額の借金だった。 もう生きていけないとガックリと肩を落とし、抜け殻のような日々を送っていた。 そんなとき僕たちは出逢った。 政略結婚で持ち直すはずだったあの人の父が経営する会社が倒産し、雲隠れの後、両親が心中。 残されたのは10億円を超える負債だった。 頼るあてもなくただ彷徨っていたあの人、そして、クリスマスの午後、僕たちはめぐり逢った。
僕は早朝からのバイトで疲れ切っていた。 その帰り道だった。 同僚のおばさんから貰ったクリスマスケーキを左手にぶら下げて歩いていた。 大学は冬休みに入り、部活はなく、イヴはずっと一人だった。 やさしい同僚のおばさんは僕が一人でクリスマスイヴを過ごしているのを分かっていたのだろう。 おばさんは昼も夜も働いていた。 何でも、ブールミッシュというお店で注文して買った苺の大きなケーキだった。 ケーキをぶら下げて歩いていた僕の背後から自転車が突っ込んできた。 僕は転んで、持っていたケーキが一回転して下に落ちた。 慌ててケーキを見るとまだ充分に原型をとどめていた。 運が良かった。 あの人は暗い表情で、申し訳なさそうに謝った。 そのあまりにも暗い表情が心配になった。 不安というか、幽霊のようになって自転車を押していたのが妙に心配で、この人は死んでしまうのではないかという何だか他人ごとではないような切なさに僕も巻き込まれていた。 いや、あのとき一緒にいなかったらきっと死んでいたと思う。 僕は足を引きずりながら、大怪我をした振りをしてあの人にアパートまで送ってもらった。 イヴは一人だったけど、クリスマスは誰かと過ごせる嬉しさで、思わずあの人に「ありがとう」とつぶやいたら、「どうして」と言いながら不思議そうに僕を見ているので、「嬉しいから、ありがとう」と今度ははっきりと伝えた。 思わず見つめ合い、寂しさからか、心が通じ合う不思議な感覚が心地良かった。 今にも壊れそうなきゃしゃなあの人を今でもはっきりと僕は覚えている。 恋人でもないのに不思議なつながりを感じていた。 お互いに恋人ではないことは意識していた。 それは充分に分かっていた。
一生の友だとお互いに思っていた。 何か霊的なつながりとでもいうか、一線を越えられない身内のような、もしかしたら前世でつながっていたのかもしれないとさえ思っていた。 連絡を取らなくなったのはあの人が結婚してからだった。 嫉妬深い亭主への思いやりからか、お互いに連絡を取らないことをあの人から申し入れ、僕は約束をした。
それから書簡が届くようになった。 僕は、あの人の亭主が亡くなったことを連絡を取らなくなって以来、知らなかった。 ただ、やさしさからか、僕に同情し、支えようとしてくれているのだと勝手に思っていた。 なので、刑務所に届く書簡にも、あの人の振る舞いにも、負い目というか、同じ目線での関わりだとは感じられず重かった。 それからしばらく、僕は亡くなった亭主のことも知らないままにあの人の書簡を受け取っていた。 なので、荒んだ僕の心などどうでもいいのにと投げやりな気持ちだった。 こっちは死刑執行の時が来ればおさらばだからどうでもよかった。 なのに、あの人の書簡は僕を必死に人間に甦らそうとしていた。 後になってだが、そう強く感じるようになった。 ある日の面会では、僕のことより、もっと他の人にすべきことがあるのではと言ってみた。 嬉しかったのに、ひねくれていた僕は反射的にそんなことばかり言っていた。 あの人から、「あなたは私の命の恩人だから・・・」と言われ、これまでのすべてのいきさつが少しずつ分り始めた。 そして、あの人が出家して尼さんになっていることも分った。 一度、死んだことにして、仏門に入り、一定の期間に修業をして得度し、最初は剃髪もしていたらしい。 駆け込んで来る女性の悩みを聞いては、その人を思い、ただただ祈っていたという。 だから僕のこともひたすらに祈っていたのだと思う。 僕は太いパイプにつなげられて、脈々と流れてくる神の愛とでもいうか、仏の慈悲とでもいうか、心穏やかになる瞬間を感じることが多くなっていった。 やがて、贖罪の思いから、後悔にかられて泣きだしたり、来世でも償い続けたいという気持ちになって、気が付けば僕も祈る時間が多くなり、お経を唱えることが自然な感覚になっていた。
どう足掻いてもリセットなどできない。 来世で償うこと以前に、まず、今、何ができるかと悩んでいた。 後悔の日々はずっと続いている。 あのときもっと冷静になっていたらと。 その後に起こる今の気持ちを予測できていたのなら。 と、そう後悔していた。 自分の欲望を満たそうとしてみたり、自分を立てようとすれば、必ず同じうような思いの人間とぶつかるのも今では充分に理解できる。 そういった人間関係の苦しみをどれほどの多くの人が持っているだろうかと思う中で、僕のようになって欲しくないと強く願うようになっていた。 人間関係の苦しみは、サイコパスでない限り、どこかで修復できると思った。 ただし、事件が起こってからでは取り返しがつかない。 僕のようになっては、娑婆への生還はできない。 それを刑務所の中での後悔から、あの人と関わりながら学んだ。 正しいことの積み重ねがどれだけ尊いのかをやっと分かり始めていた。 しかし、今更ながらと、そう思えてあきらめていた。 そんな思いを、もし叶えられることができるのならば、あの人にそんな思いになれた感謝の気持ちを伝えることくらいしかできない。 それもあってか、あの人と会うことが僕には大きな支えになっていた。 「あなたが好きよ、あなたの本当の心、真心が好きだから」って。 あの人の愛はアガペ、男女の愛ではなく、僕を支える神の愛だった。
執行の日が来ることは。 そう思っていた。 それは、最後に神様とつながったという自分都合の思いからだったのかもしれない。 大好きだったあの人が僕の心に寄り添っていてくれたこと。 それだけで、生まれてきて良かったって思える。 神の姿は愛になって現れる。 仏の慈悲は、神仏へとつながる太いパイプ。 あの人は僕の喜びを願う心で祈ってくれていたと思う。 あの人のお蔭で今僕はこうして覚醒しているのだと。 善き思い、善き行いができなかった後悔と反省の祈りから、拭え切れない罪への贖罪の気持ちが滾々と湧き出ている。 だから願い、そして、祈ることしかできなかった。 そう思えたことへの感謝の気持ちが僕を生かしている。 それでも後悔しか残らない。 不安定なままの僕はそう思うこともある。 僕によって死んでしまった人の命はもとには戻せないのだから。
それは突然。 「何か食べたいものは・・・」との希望を聞かれてから、その日が近づいたのだと気づいた。 その日から食事が喉を通らなかった。 だから執行までの断食を希望し、その日を待った。 そして、僕の罪によって不幸になった人々のことをひたすら祈った。 ゼロに戻せない大罪の中で、泣きながらお経を唱えていた。 この苦しみがなくなるのならと思ってか、死刑執行の日に償えると思い、僕にとっては希望の日になっていた。
最期に思い出したのは、僕より先に罪を償うために心中した両親のことだった。 涙を押し殺して「ごめんなさいお父ちゃん、ごめんなさいお母ちゃん」ってつぶやいていた。 次に思い出したのは、僕の心を変えていったあの人だった。 不思議な未練が僕を襲っていた。 何も成就しないままの虚しさが僕にのしかかっていた。 こんなに苦しい思いが待っているとは今日まで知らなかった。 殺された人たちの思いがじわじわと伝わる中で、僕は一瞬の痛みを伴うだけで、空へと消えていった。 そんな安定のない気持ちで臨終の向こう側へと飛び越えていった。 償えたつもりになって空へと向かっていた。
天国を待つような卑しい心が支配するもう一人の僕が、天国を期待していた。 救われたいと願う図々しさが、心の奥底に見え隠れしていて僕の魂がまだ臨終を彷徨っていた。 閻魔様には絶対に許されぬ大きな罪の代償をこれから深く理解することになるとは分からぬままに三途の川へと向かっていた。
そこにはすでに死んでいた両親が僕を待っていた。 大きな釜を囲み、僕の身長ほどの長い箸でうどんを食べていた。 腹ペコで、腹ペコでがっつく僕は上手く食べられないことに苛立っていた。 お父ちゃんが苦笑いをしながら長い箸でうどんをすくい、僕の口に入れながら、「こうして、まず相手に食べさせてあげることが肝心なんだ」と言った。 空腹を我慢して、まず、長い箸でうどんをすくって、斜め向かいにいた見知らぬ人へ差し出して食べさせた。 がっつく相手が見る見る笑顔になっていく。 それを重ねていくうちに、僕は空腹でなくなった。 天国への入り口は心の空腹を満たすことが何なのかを教えてくれた。
そして、じわじわとそれぞれの思いを僕に投げかけてくるのである。 「お前さんは何か? わしらの思いをなんにも考えずに生きていたのか。 苦しい、苦しいと投げかけても我々の供養もせず自分中心に生きていた。 天罰が下ったのはそのためじゃ。 あらゆる負の因縁を集めて苦しみの中に置かれたのだ。 あのとき、先祖の供養や自身を浄めることをしていれば、こんな苦しみに苛まれず過ごせていたはずじゃ。 わしらの思いに寄り添えば良かったはずだったのに。 苦しかろうに。 彼岸で苦しむのは徳のなさと、来世や子子孫孫への悪因縁の相続。 わしらと同じように、苦しい、苦しいと言い続けるしかない。」とそう言われた。 「白鳥は哀しからずや空の青、海のあをにも染まずただよふ」
僕のアイデンティティーはこの一瞬で消えていくけど、空の青、海のあをでもなく、はっきりと区別できるひとりの人間として存在したのだと。 残念なのは、人殺しをした後悔という大きな概念に支配され消えていくことなのかもしれない。 あのときこうすれば良かったと。 無の境地とは真逆の血の池地獄へと足を踏み入れていく不安の境地にさらされながら、苦しい感情が治まらないままに。 誰かに供養して浄めてもらいたいのにその思いが伝わらぬ歯がゆさに苦しみながらあの世で彷徨っている・・・ ずっと、ずっと・・・
by ikenosai
| 2018-05-25 09:19
| 恋別離苦(短編集)
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