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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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ルールやマナーがあってこそスポーツの価値はある



ルールやマナーがあってこそスポーツの価値はある_e0148909_10192956.jpg
高校時代、無償でボクシングを教えて下さった江見トレーナーと選手だった私
江見トレーナーは元プロボクサー、中日本新人王で松田ジム出身


江見トレーナーの記事へクリック→ https://ikenosai.exblog.jp/13157956/



 最近、プロボクシングの世界戦で計量失敗による対等でない対戦が複数あった。

ボクシングは柔道やレスリングと同様に、約束された体重制限のもとでその階級の勝敗を決める。

柔道では無差別に対戦する試合もあるがボクシングでは体重が違うと、かなりのハンディキャップが生じるのも私の経験上よく理解できる。

まず、でかい人間と戦うのは実際に怖くて恐ろしい。

一発振り回すだけで何が起こるか分からない。

体重制限は、あらかじめ決められているルールであって、そのルールを守ってこそ原理原則に基づいた試合が成立するはず。

そうでなければ、体重別の価値はなくなり、路上のチンピラ同士の喧嘩にレフェリーが入る程度のもの。

やはり、納得がいかないし、大きいのは有利になるのは当然。

 学生時代にアマチュアボクシングではあったが、参加した大学のリーグ戦。

会場は東京ドームの隣の後楽園ホール。

私が大学1年の時はまだ後楽園球場があったが、翌年から取り壊され、3年、4年の時には東京ドームができていた。

リーグ戦の日に隣で「マドンナ」のコンサートがあって、控室そばの非常階段に出るとマドンナの歌声が聞こえていたのを覚えている。

当時は、夕方5時から試合が始まった。

計量と医師による検診は当日の朝8時に後楽園ホールの選手控室集合で始まる。

エントリーしている選手は、丸裸になり、陰部を手で隠して計量の順番を待つ。

傍から見ると異様な光景である。

素っ裸の男衆が列をなす不思議な光景に最初のうち私は違和感があった。

まして、私なんかは200~300gは余裕を持って秤にのっていたので、パンツを履かせて欲しいくらいだった。

 大学1年のリーグ戦では、重い階級の先輩が夜逃げしていなくなっていて、ライト級(当時60kg)の私は、ウェルター級(当時67kg)で出なさいと言われ、増量しても足りない状況で出場した。

1戦目は大きさに戸惑いを感じ、一発もらった時点でセコンドがリングにタオルを投げ込んで棄権負けになった。

私は悔しかった。

2戦目も増量してのウェルター級だった。

相手はミドル級(当時72kg)の選手が減量して私と対戦する。

普段は60kgの階級の人間が72kgの人間と戦うのには、相当の覚悟が必要で、これこそがまさに「清水の舞台から飛び降りる」思いだった。

しかも、その相手は前年のミドル級の高校チャンピオン。

それでも戦略を必死で考えながら過ごしてその日を待った。

初顔合わせの相手で、向こうには私のデータなどない。

私には色々な情報が入り、アマチュアの試合は1ラウンド3分の3ラウンドで終わるので、短期決戦なら勝算もあるのではと浅はかながら思い、最悪よりも最高の状態をイメージしながら思考をこらしていた。

そして、一発ももらわないうちに奇襲攻撃をかける戦略で挑んだ。

試合が始まった。

相手には2年連続高校チャンピオンというプライドがあった。
しかも、彼の栄光とは違って、私は地区予選で負けていた無名の選手。
周囲も、彼自身も100%、私には勝算がないと踏んでいた。

なので、奇襲攻撃をかけてもなかなか通用しない。

殴っても、殴っても倒れない。

ゾンビのように私の前に立ちはだかるのである。

開始のゴングからずっとワンツーの連打や、ボディーへのアッパーを繰り返していて、打ったパンチがほとんど当たって、かなり手応えがあった。

2度もダウンを奪っているのにも関わらず、無表情なデスマスクで立ち上がってくる。

「あしたのジョー」の矢吹丈と戦うホセメンドーサのような心境だった。

「いったい私は誰と戦っているのだろう、奴の幻影なのか?」って。

それでもあきらめずにひたすら連打を続けていたら、相手が3度目のダウンをして試合が終わった。

開始のゴングから60秒が経っていた。


ルールやマナーがあってこそスポーツの価値はある_e0148909_10195354.jpg

前年のミドル級高校チャンピオンをロープに追い込み連打
ウェルター級(67kg) リーグ戦(後楽園ホール)



 

 あんな試合は後にも先にも、あの一戦しかない。
それ以外で重い階級の選手と対戦すると、一発貰うごとに精神的に萎えていき選手生命すら縮めていく結果へ。

試合だけではない、スパーリングですらそうだった。
(山中慎介選手の心境がよく解る)

しかし、減量を気にせず食べられるのだけはまだ救いだった。

しっかり食べられるので体は元気だった。
自分だけ減量した感じだったら、さらに萎えるはず。

 高校チャンピオンを倒した次の第3戦は元の階級、ライト級で出るように言われた。

しかも、宣告されたのは試合の5日前だった。

65kgは裕に超えていた体重を60kg以下にしなければならない。

過酷な減量で試合当日は59.7kgになっていた。

5日間、まともな食事はほとんど取れず、栄養ドリンクやカロリーメイトのような栄養補助食品だけだった。

試合が終わったら、あれも食べよう、これも食べようと色々なものを食べる妄想に襲われていた。
朝の計量後から夕方までにマックのハンバーガー2個、シェーク、渋谷の食堂でカレーライス、寮に差し入れがあった仕出し弁当2人前、ヨーグルト3パック、果汁100%のオレンジジュース1リットル等々と減量中の妄想と計量後、自由になったこととのギャップで、食べたいだけ食べてしまった。

夕方の試合直前には3kg以上も体重が増え、むくんでいた。

現代に話を戻すが、そんな苦しみを抱えて出ているのに、一方が体重オーバーでも試合をするというのは、やはり「ぬるい」。

アマチュアですらそんな事は許されなかった。

現に、当時、計量オーバーは即、失格。

私の大学では、部の掟で丸坊主にされることになっていた。

全てにおいて覚悟が試されるのが本来のアスリートとしての条件、資格だと私は思う。

まして、お金をもらうプロスポーツ。

そんな「ぬるさ」では人には感動を与えられないし、報酬はその対価に値しない。

 大相撲の暴力事件にしても、他を傷つける穢れた力士が土俵に上がるのでは、女人禁制の土俵はすでにその輩で穢されていて、目に見える伝統やしきたりに囚われているだけにしか過ぎない。
果たして何が聖域なのか、どんな神の怒りに触れるのかと考えてしまう。

 スポーツは平和や感謝の祭典であったり、捧げものであって欲しいと私なりに思う。
怒りにまかせて人を殴るような人間が平和や感謝につながる種まきはできない。

 私が中学時代の男子バレー部、地区で一番強いチームだった。
顧問は公共物であるモップの棒を細工して選手のお尻を叩いていた。
毎週ではないが、土曜日の部活で1年生の仕事は、先生の通勤用の車を学校の水道で洗うことだった。
もちろん、先生の私物への奉仕であった。
地区大会優勝で後には高校総体出場選手を輩出している。
顧問の先生の貢献はかなりの評価があったはず。
しかし、その副産物は私たち1年生の1部を退部へと追い込んだ。
1年生だった私たちは部室でよく先輩に殴られた。
職員室では先生にも殴られた。
不思議なことに、あれ以来、バレーの試合を見なくなった。
あの時以来。
顧問の先生は後に市の教育長になり、私立大学の学長にもなった。
顧問の先生には私が大人になってからも何度か会った。
その時は本当に優しくて、就職でも大変お世話になった。

 世代間連鎖とは恐ろしい。
同じようなことを次の世代に繰り返すのだと私は思う。
私は、あの中学のバレー部退部以来、後輩への暴力は意識的に出来なくなっていた。
だから、後輩からなめられることもあった。
しかし、時間をかけて関われば、必ず心は通じ合う。
そして、強い信頼が得られることを、あの時以来、これまでの生き方で学んだ。

 結論から言えば、その都度、何が善で、何が悪かを考えながらその道、アスリートとしての道をどうか、どうか極めて行っていただきたいと切に願う。
そこにこそ輝きがあるのだと私は思う。



ルールやマナーがあってこそスポーツの価値はある_e0148909_10200224.jpg

全日本選手権2回戦(大学2年生)
ライト級(60kg)(8オンスのグローブ)




ルールやマナーがあってこそスポーツの価値はある_e0148909_10193913.jpg

国体岡山県予選決勝(高校3年)
ライト級(60kg)(10オンスのグローブ)


過去の動画と戦績が見られます クリック→ https://ikenosai.exblog.jp/22218302/










by ikenosai | 2018-04-20 11:13 | 私的視点 | Comments(0)
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