いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
by ikenosai
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文化だより 第28号

文化だより 第28号

                文化高等学院通信(平成18年2月創刊・研究誌)
                 特定非営利活動法人 文化高等学院


“親の“自立・子どもの自立”
~子どもは親の背中を見て育つ~



「人生今からだ」

 ~石川 洋 著~より


 人間を育てることほどむずかしいものはない。落ちこぼれ、いじめに、手の打ちようのない先生も多い。

江戸末期熊本藩「時習館」をたてて人材育成をした堀平太左衛門は、その指針のなかで「人を育てることは、川に橋をかけるようなものだ。えてして橋は道のあるところに限られるが、そうであってはならない。導かれる者は、川上にも川下にもいるからである。その者がいる場所から川を渡れるようにすることだ」と教示している。橋はその人に架ける。今こそ必要な教育の心である。


“人運”

 人運は、人の役に立つことから生まれる。

積極参加し待ち人になってはならない。

 人の長所の見える人は、必ず成長することができる。

 嫌な人を生かすことは、自分の器を大きくする。

 人につくすことを知らない人は、子孫を駄目にする。

 損得よりも縁を大切にする人が本物である。

 他の人は自分の合わせ鏡である。


“親の道、子の道”

 子どもが抱く父親像は、母親の教えたイメージに大きく影響する。

 子どもに楽な道を選ばせる親は、子どもが一生苦しい荷物を背負うことになることを肝に銘ずることである。

 今日の終わりに明日の準備を習慣づけてあげることが明日への責任を果たすことである。

 子どもの友だちを粗末にする親は、必ず子どもに反抗される。


“人生五訓”

1、原理原則を教えて下さる先生をもつこと。

2、叱って下さる先輩をもつこと。

3、品性を高め合う友をもつこと。

4、自分より秀れた後輩をもつこと。

5、嘘のつけない親をもつこと。

※反省という自己弁解から一歩も出ない。叱って頂くことである。

                石川洋 著 「人生今からだ」より



 夫の“存在”


“お母さんというのは、安心できるいい夫に恵まれたときに、いちばんいい母親になるのです。どんな親でも自分の子どもに期待し、子どもに生きがいを求めます。しかし、夫婦がおたがいに相性がよければ、夫婦の生活はしっかりと存在しますから、子どもに自分の思いどおりになってもらおう、というような関係の深入りをしないですみます。夫との関係が深ければ、それだけ、子どものありのままの姿を尊重しやすくなるわけです。ところが、夫を受け入れられなければ、その満たされない部分を子どもに求めることになります。もっともっといい子になってほしいという、子どもにとっても親にとっても、たいへん不幸な悪循環としての過剰期待に、はまりこんでしまうことがよくあります。”


“本来、親が育児する喜びというのは、二つの観点があると思うのです。ひとつは子どもに期待できる喜び、もうひとつは、子どもを幸せにすることができる喜びです。このときに、できることなら、子どもを幸せにできる喜びのほうを、ずっと大きくもって、子どもに期待する喜びは、小さくしていただきたいと思います。親が子どもに期待する喜びを、大きくしてしまった場合に、子どもからみると条件つきの愛情になるわけです。そして、その期待が過剰になってしまうと、子どもは愛されているという実感をなくしてしまいます。”

  「子どもへのまなざし」 佐々木正美 著より



 子育てで、よく言われる“4訓”


 乳児は肌を離すな

 幼児は手を離すな

 少年は目を離すな

 青年は心を離すな


 肌を離すなとは、本能的にある安心の欲求を満たすこと。

 手を離すなは、ずっとそばにいて危険から守ること。

 目を離すなは、見守ることで、危険から守ること。

心を離すなは、信頼によって心をつなぐこと。つまり、関わらなければ始まらない親子の関係、それが子育てです。


 以前、地域の教育関係の人たちが集まる会合に参加した時の自己紹介で「お母さんは、早く家に帰ってお子さんと過ごしてあげてください。」とコメントすると、公立の保育士さんから怒られ、「女性への“冒涜”だ、謝罪しろ。」とまで言われたことがありました。仕事が忙しくてなかなか家に帰れないのでしょう。そんなのは自分を正当化するただの言い訳だと思いましたが、他者への配慮のない自身の発した言葉をまず反省し、謝りました。しかし、そんな感情的な人が子どもたちを見ているのかと思うと、残念に思い、悪因が蒔かれているのではと心配になりました。感情で論破するような人には、人は育てられないし、生かすことも難しいでしょう。ましてやる気なんて起こりません。不登校や引きこもりの子どもたちと関わる中で感じた根本的なこと、幼少期の周囲の、特にお母さんの関わりがどれだけ影響しているかを強く感じていただけに、本当に残念でした。



以下の5項目、お子さんはどうですか?


1.テレビ、ゲーム、スマホなどの利用時間に制限をかけていない。

2.子どもは、食事の後にお皿を下げたり自分のものをしまったりなど一切しない。

3.子どもは、「おはよう」などの挨拶をしない。

4.友人宅、レストラン、食事などに関し、最低限守るべきマナーを、教えていない。

5.子どもの習い事や受験先を、全て親が決めている。


 過保護だったり、過干渉だったりと、子育てがなかなか上手くいっていないで悩んでいる親御さんが結構います。果たして何が足りていないのかと言うことなのですが、一つにはイマジネーション、つまり想像力だと思います。これをするとこの先どうなるのかという想像力なのです。その時々の親の感情に子どもが振り回されてはいないでしょうか。こうした悪因の“たね”はやがて、周りの友だちや、果ては次世代の子育てにと影響します。


 最近の福祉業界を例にとっても、誰かのために・・・と志を持って従事されている人たちで成り立っているはずなのに何かおかしい・・・。そんな事件が頻発していることはニュースでもご存じだと思います。人の幸福につながる架け橋となる仕事には、原則として、“誰がために”という、人の幸せに自分の幸せを重ね合わせられる、“器”とでもいいますか、大きくて優しい心がなければ、長続きはしません。耐えきれなくなってしまうと、暴言や暴力などでしか対応できず、離職してしまう人もいます。イマジネーションがカギなのです。相手の心を読むことなのです。それも、何パターンかの心を読むことなのです。そして、アクション、つまり、立振舞や行為が重要なのです。人が怒りや違和感を覚えるときは、人として、“いかがなものか”と思ってしまう行為や行動によってです。テレビ、ゲーム、スマホなどの利用において、約束事がないままほったらかしているのにも、面倒臭い、今更・・・、なんて感じで“おざなり”にしているのが正直なところでしょう。家以外の公共の場等、また、食事などでのマナーや常識も、今更・・・。という感じでしょう。そういう親たちが電車やバスの優先席でケータイやスマホをいじっている訳です。心臓にペースメーカーが入っている人がそんなにたくさんいるとは思いません。しかし、そう言った人たちへの配慮。あえて、気遣いや心配りをするという、“人として”のマナーを公共の場で約束し合っている社会のルールの“いろは”の“い”なのです。公共の禁煙エリアでの喫煙も同様ですね。しかし、注意する方が恐い時代です。車掌だって直接には注意しません。見て見ぬふりをした方が楽です。警察だってあまり注意しません。今、指示されている業務ではないということでしょう。親だってそうです。“人として”を教えることは、親自身が“人として”どう生きるのか、その背中を見せて実践していくことなのでしょう。これから先をどうイメージし、どう生きていくのか、そして、最後は覚悟して生きていくのか、中途半端な気持ちのまま生きていくのか、それだけの違いで、その差は大きく変わっていくことでしょう。



お薦めの“1冊”


 「人生今からだ」


著 者 石川 洋

出版社 ぱるす出版

価 格 1,080円(税込)


 私が大学
4年のときでした。姉の結婚式で帰っていた岡山からの復路の新幹線の途中、新大阪から隣の席に座ってきた出張中の会社員の方と意気投合し、結局、東京駅に着くまでの間、仕事を通しての人生訓を教わったのです。その方が、最後に結論として言われた言葉が、「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということでした。その方の職場には、東大をはじめ、慶応、早稲田と日本の上澄みにある大学を卒業した人たちが、苦労し、時には泣く泣く働くこともあるとのことで、上司からは、辞めてもかまわない、代わりはいくらでもいるんだからと言われているそうでした。その段階で、私には無理だという、最初からあきらめのような、不安のようなものが頭の片隅に残りました。しかし、その方は付け加えて、もっとも重要なこととして、気持ちの問題。向上するバイタリティーが必要なんだと言われました。石川洋さんのこの本を読んで、当時の、就職活動に入る学年だった自分を振り返るのです。そう言えば、あの頃は何も知らないくせに元気だけはあったと・・・。

この本のはしがきに「誠実なる青年時代の苦しみを経験した者でなければ、心豊かな老いを迎えることはできない」と倉田百三さんの言葉を引用され、終わりに、親鸞聖人の言葉でこう締めくくられています。「人生経験の中で、誰もが迎える“死”ほど不思議なものはない。だれもが、おだやかに迎えたい終着駅である。(中略)最後の人生勉強は「ありがとう」の一語に尽きるのである。」


 新幹線で臨席に座られた会社員の方は、花博で来日していたジャネットジャクソンのバースデイパーティーを主催した電通マンだったのです。その方の言葉と重なって何度もこの本を読み返し、今からだと気持ちを入れ替えています。



編集後記


 彼岸(天国)に近づく私の父は、老いてなお、進化と言いますか、人として向上し続けている背中を私に見せています。そんな父の口癖に、「子どもは親の背中を見て育つ、だから、おまえの生き方は、子どもに影響するんだよ」と言った後、必ず、「お父さんはそれができなかった、おまえたちにしてやれなかった」と晩年になって、反省の言葉を伝えています。私はそう思ってくれているだけで涙が溢れ、自分の至らなさ、親孝行のできない未熟さに反省をするのです。父の思いにどう答えていこうかと考え、そして、自分に与えられた子育てをしっかりしなければと言う答えにたどり着くのです。次世代を大切に育てることは、先祖の思いに答えることなのだと思うのです。そして、親世代からの自立、依存しない生き方をそろそろ意識しなければと思います。子育ては育児書のマニュアルやテクニックではないのですね。最後は慈悲の愛があったかどうかなのだと思います。不器用でいいんです、愛があれば、愛されたという記憶が残れば・・・。(
S
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by ikenosai | 2015-10-01 22:02 | 文化だより | Comments(0)
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