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いけのさい~子育てと教育の一隅を照らす


「ありがとう!」で終わる人生を目指して、日々のことを振り返り、そして、これからのことを考える。
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42歳の誕生日に・・・


 あっという間の42年。

されど、色々あった42年。

私は生まれてからわずか4年くらいしか父方の祖父とは過ごしていない。

恐くて厳しい祖父だった。

私が悪戯をするたびに、大きなモグサを首根っこや肩にのせ、灸(やいと)を据えた。

よく叩かれたと思う。

そのせいか、今でも吃音がある。

子どものころはもっとひどかった。

それだけで、みんなにいじめられたこともある。

足りない子、落ち着きのない子と言われ、小学校入学当時は、一番前に座らされ、賢くて優しい女の子の席の隣だった。

おまけに左利き。

当時は珍しく、“ギッチョ”かと行く先々で言われた。

入学早々に先生と母の意見が合い、徹底して右で字を書く練習をさせられた。

今では右で字を書き、左で箸を持っている。

昨年末から実家に帰っていたら、引き出しから通信簿が出てきた。

小学校1年生から高校3年生まで全部あった。

母が大切にしまってくれていたのだろう。

小学校1年生から4年生までは“よくできる”が体育の球技のところくらいにしかついていない。

本当に勉強のできない子の通信簿だった。

娘に見せたら笑っていた。

祖父の折檻の影響なのか、私自身がダメ人間なのかと考え込んでしまった。

 年末に“男はつらいよ”をやっていた。

夜だったので寝る準備をして、息子と一緒に布団の中だった。

旅先のバスの後ろの席で手元不如意の寅さんに私の宿に泊まらんかと声をかける一人旅の老人。

妹さくらの夫ひろしの父役の志村喬だった。

私は志村喬の出演している映画が大好きである。

“七人の侍”、“生きる”などの黒沢映画を何度も観た。

志村喬が出ているだけで何だか心が落ち着く。

遠い昔に出逢った・・・。

そんな感じがする。

志村喬の映像が遠い遠い、あの恐かったはずの祖父と重なるのである。

どこかで憧れを抱いてのことか・・・?

それとも、本当に祖父を思い、慕っているのか・・・?

ハッキリとした答えはない。

でも、1つだけハッキリしていることがある。

それは、今の私は、祖父を恨んではいない。

むしろ、愛おしく思える。

還暦を迎えることなく、他界した祖父。

なくなる間際に、スイカが食べたいと言ったそうである。

昭和40年代の真冬のことだった。

父や叔父たちは、果物屋を手当たり次第さがして見つけてきた。

翌朝、私は目を閉じて何も言わぬ祖父の亡骸を目の当たりにした。

死んだ人を初めて見る瞬間だった。

そのときは、死んでいるとは思わなかった。

村の焼き場に運ばれ、積んだわらの上にのせられて、焼かれたあとの祖父のお骨を拾うときにやっと死んだんだと思った。

村の焼き場は、祖父の火葬が最後だった。

今では土が盛られ、築山になっている。

代々続く貧困な家系。

それでも、先祖は懸命に“誠実”に生きてきた。

それだけに、一族の長男として生まれてきた私への期待は大きかったのかもしれない。

それに反発するかのように私は子ども時代を過ごしてきた。

志村喬の姿は亡き祖父のほんとうの心のうちを考えさせてくれているのだと思う。

強くて優しい紳士の姿で・・・。
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by ikenosai | 2010-01-18 04:13 | 思い出のポケット | Comments(2)
Commented by taka at 2010-01-18 14:29 x
42歳の誕生日おめでとうございます。このお歳で、お仕置でお灸を据えられたことに驚いています。(東京オリンピックを境に、身体に痕が残るようなお仕置は廃れていったと記憶していました)
私は昭和20年代の生まれですが、悪さをすると大きなモグサで、背中に何度も何度もお仕置をされて、その都度、熱さに泣き喚いていたことが、懐かしくも痛かった思い出として残っています。
Commented by ikenosai at 2010-02-07 20:07
 コメントありがとうございます!
共感していただける世代ですね・・・。
誰かに読んでいただけているのが本当に嬉しいです!
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